農業を変えるオープンソースハードウェアとファブ

広大な農地の上をドローンが飛び、四方に張り巡らしたセンサデバイスが生育状況を生産者に伝える。そんな光景が日本の大規模農業のスタンダードになるかもしれない。

広大な農地の上をドローンが飛び、四方に張り巡らしたセンサデバイスが生育状況を生産者に伝える。そんな光景が日本の大規模農業のスタンダードになるかもしれない。

食料と農業、農村に関する研究開発を行う国立の機関「農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)」の平藤雅之教授(筑波大兼任)が研究開発を進める「オープンフィールドサーバ(Open-FS)」は農作物の生育状況をモニタリングするデバイスで、Arduinoなどのオープンソースハードウェアを中心に構成されているため、コスト面や拡張性でもメリットがある。また、太陽電池と3G回線を使いスタンドアローンで機能するため、設置する場所を選ばない。(文:越智岳人 撮影:香川賢志)

テクノロジーを活用する大規模農業の今

世界規模でみると農業は大規模が進んでいて、テクノロジーの活用は避けられないと平藤さんは指摘する。

「アメリカでは農家1戸当たりの農地は100ヘクタール以上が基本で、大きいところでは数千ヘクタール規模(編集部注 東京都中央区の面積が1000ヘクタール)。私は今、北海道に住んでいますが本州の農家の平均が2ヘクタールに対して十勝は40ヘクタールぐらい。

日本の農業は十勝のように今後、どんどん大規模化していきます。ここまで大規模になると農地を隅から隅まで見て回るというのは難しくなります。さらに問題なのは、生育状況が悪いところがあった場合、その情報をすぐに知ることもできなければ、要因も把握できないわけです」

そういった中で欧米で普及しているテクノロジーを積極的に活用している北海道の農家は少なくないという。

「アメリカで売っている最新型の農業機械ってだいたいが無人で動くんですよね。十勝でも自動運転機能付きのトラクターが走っていますし、アメリカの商業衛星が撮影した農地の写真やデータを農協が買って、作物の生育状況を見ながらどこから収穫するかを予測するようなことをやっているんです」

平藤さんが開発するオープンフィールドサーバ(Open-FS)は大規模な農地に等間隔に設置し、発育状況をモニタリングするために開発された。

平藤さんの右隣手前にあるのがフィールドサーバ、奥にある背の高い円筒形のものが新型のオープンフィールドサーバ(Open-FS)。

ディスコンに泣かされた研究開発

フィールドサーバは気温、湿度、日射量をセンシングする他、土壌水分や地温、二酸化炭素濃度、紫外線量、害虫カウンタなどのセンサも追加でき、ネットワークカメラを通じて画像でも発育状況を確認できる。

収集されたデータは無線通信によって転送され、任意の形式でログ化でき、あらかじめ設定しておいたTwitterアカウントにデータをポストすることも可能だ。

計測する情報はどれも農家にとって必要不可欠なもので、実用化すれば発育状況が悪いエリアをタイムリーに特定して環境を改善できるほか、害虫被害を軽減し、大規模農業の生産性を大きく改善することが期待できる。

またそれらデータはクラウド上に保存され、ビッグデータとして分析・処理することで、勘に頼らない生産計画が立てられる。

まさに未来の農業モデルを実現する先進的な機器だが、開発にあたって技術トレンドの移り変わりとメーカーの仕様に振り回されてきた過去があった。

フィールドサーバから取得した情報をTwitterにpostした例

「開発当初はArduinoではなくて、日本の半導体メーカーからマイコンを調達して開発していましたし、小型化したハイエンドな電子回路を詰め込んで高機能化を目指していました。そうするとある日突然採用していたLSIが製造終了になったりして、その都度基板を再設計しなければならず、だんだんその『製造終了になって再設計』というサイクルも短くなってきたんですね。

最終的にはCPUまで製造中止になり、ソフトウェアまでゼロからやり直しになって、いつまでたっても研究用の段階から実用の段階に進められないジレンマがありました。本質的に何とかしないともう駄目だと思いました」

いったんは製品化までこぎつけたものの、莫大なコストと長期間の研究開発が必要な状況では、平藤さんが理想とする農業の未来はやってこない。

そういったジレンマを打開するきっかけになったのが、その当時世に出て間もなかったArduinoだった。

オープンフィールドサーバ(Open-FS)のマザーボード基板。独自に開発した基板の上にArduinoを搭載している。

メーカーの開発スケジュールに翻弄されていた中、Arduinoなどオープンソースハードウェアの導入を真剣に検討し始めたのがリーマンショック直後の2009年だった。

「その頃のメーカーの元気のなさにとどめを刺されたときに、オープンソースハードウェアっていうトレンドが世界で広まりつつありました。ただ、その当時のArduinoは今とは比べものにならないほど頼りないスペックで、大半の人は見向きもしない状況だったんですけど、そのどうしようもないものでも周辺機器がしっかりしてくると、世の中をひっくり返す革新性があるんですよね。

僕はAppleが『Apple II』でイノベーションを起こしたのをリアルタイムで見ていたので、同じような可能性があると思い、試しにArduinoベースで試作品を作ってみたんです。Arduinoだけでは十分に性能が出ない部分もありましたが、簡単な工夫ですぐに何とかなってすぐに完成しちゃったんです。

それまでだったらものすごいお金と時間がかかっていたものが一瞬でできて、ソフトウェアもArduino IDEという開発環境があるのですぐにできてしまって、これまでヘトヘトになるまで投入していたエネルギーとコストは何だったんだろうというぐらい簡単にできちゃったんですよね」

オープンソースハードウェアベースでの開発に切り替えた平藤さんの予想通り、決定的なプロダクトが登場するのに時間はかからなかった。

「IntelがArduino IDEをサポートしたEdisonというCPUモジュールを開発したことで、世の中の流れが大きく変わったことを感じましたね。『あんなのおもちゃでしょ』といってばかにする人がいても、世界のIntelがオープンソースのArduinoにかじを切っちゃうと、もうこっちが本流になってくる。

オープンソースの世界では、多少のトラブルにぶつかっても世界中のユーザーがネットで解決方法や情報を公開しているし、これまで一人でつまずいていた部分も一気に進められて、オープンソースハードウェアを使わない理由が無いところまで来てしまった」

オープンソース化の恩恵はマイコンだけではない。それまで生育状況を把握するためにネットワークカメラで映像を撮影していたが、廉価で仕様がオープンなカメラや特殊な光センサを組み込むのが簡単になった。それらへの給電をソフトウェアでコントロールして消費電力を抑えると、太陽電池の電力だけでも十分に稼働できるようになり、電源を必要としなくなった。

また通信環境も進歩し、状況に応じて無線LANから3G/LTE回線に切り替えられるようになった。GPSモジュールの組み込みも簡単になり、位置情報も正確に把握できるようになった。

さらにソフト開発のための開発環境に保守契約込みの高いライセンス費用を払うこともなくなり、1台当たりの製造コストが3分の1から10分の1程度に大幅に下がった。

オープンソースハードウェアに移行する前のフィールドサーバを手にする平藤さん。

太陽電池で給電できることには大きな意味がある。それは電線を埋めることが難しい農地でも導入可能になる点だ。

「電線を農地にひく際、農業機械が電線を切断しないよう地中深くに埋める必要があります。例えば以前設置したハワイのような火山島だとすぐ下が溶岩なので、岩を砕いて電線をひかなくてはなりませんでした。しかも、苦労して電線を地中に埋めたら、夜中にミミズを食べるために野ブタが土を掘り起こしてしまい、電線が地上に出ていました。電線が高く売れるということで、中国では電線泥棒に盗まれたこともありました。」

国外でも検証を進める中、国内で平藤さんの研究に興味を持つ農家は少なくないという。

「大規模農家の人は経営者としてのセンスを問われる要素があるので、新しい技術に興味がある人も少なくありません。10年ほど前、フィールドサーバ開発初期に知り合ったある農家は拾ってきた電柱のてっぺんにフィールドサーバと風力発電機を付け、自分で工夫して運用していました。4年前に十勝に赴任したときに再会したらまだありました。

そのとき、いきなり『今度はどんなことをするの? また面白いことをしようよ』って言っていました。これには驚きました」

オープンソースハードウェアへの方向転換以降、技術的な負の要因で開発がつまずくことなく、むしろデバイスやハードの進化と低価格化によって、大規模利用やキット化も見えてきたオープンソース版フィールドサーバ。既に今後のビジョンもあるという。

「ものを作って売るというモデルから、ものを使ったサービスを売るほうへシフトする可能性もあると思います。具体的に言うとフィールドサーバで取得したデータを売買するモデルです。『収集したデータは買い取るのでおたくの畑にこれを置かせて下さい』って言って、フィールドサーバを置いてもらって、必要な人にデータを売るというビジネスも十分に可能性としてあります。

フィールドサーバのような製品は、大手メーカーがしっかりした品質保証の中で量産化していくにはマーケットが小さすぎるんです。そうであれば、誰もが自分で組み立てからデータ売買までできるような仕組みを作り、事業者はデータの流通やコンサルティングに注力するモデルのほうがいいんじゃないかなと思います。

そうなるといかに簡単に作るかっていう問題になるので、そこでファブの発想が生きてくるわけです。」

自身もファブラボつくばのオーナーである平藤さんはビジネスとしてのファブの可能性に期待している。

「ファブは大きく2つに分かれています。ひとつはMaker Faireのような個人が趣味で作ったものを見せ合ったり共有する世界。もうひとつは世の中の需要に対してハイエンドなものを作ってビジネス化していく世界。今は後者がまだまだ弱い状況です。

フィールドサーバで例えれば、入口は趣味で作って自分の畑に設置してみた、みたいな形でもいいのですが、それをいろんな畑に設置してデータがたくさん収集できるようになると、サービスとしての価値を持ち始めますよね。趣味で始めた事がお金になればすごくハッピーじゃないですか。労働としての苦痛を感じずに楽しく過ごせる手段を一つでも提供し、それが大きな輪になっていくと、その仕組みで生活できる人も増え、結果的にファブ自体が生活を維持するための手段にもなりえる。そういうモデルをファブラボも活用しながら作っていかなければと思います」

取材協力:ファブラボつくば(FPGA-CAFE)

(fabcross 2015年5月22日の掲載記事「農業を変えるオープンソースハードウェアとファブ」より転載しました)

注目記事