香川真司が立ち向かうプロ生活最大の試練 マンU・モイーズ監督の「浅はかさ」の犠牲に (森昌利)

巨額の移籍金でマタを獲得も、マンチェスター・ユナイテッドの苦戦は続いている。そればかりか、モイーズ監督に見られるのは一貫性のない選手起用。記録破りの低迷による焦りなのか、選手たちからも不満が出てもおかしくない。香川にもサバイバルが訪れたと言えるだろう。

巨額の移籍金でマタを獲得も、マンチェスター・ユナイテッドの苦戦は続いている。そればかりか、モイーズ監督に見られるのは一貫性のない選手起用。記録破りの低迷による焦りなのか、選手たちからも不満が出てもおかしくない。香川にもサバイバルが訪れたと言えるだろう。

■ ストーク戦、本当に不運だったか

「We were extremely unlucky(我々は極めて不運だった)」

「extremely」という言葉は「もうこれ以上はない」というニュアンスが含まれている。

モイーズ監督は、ストーク戦直後のTVインタビューで敗戦理由をそう語った。

確かに前半11分にCBのエバンス、同45分にもうひとりのCBジョーンズと、ディフェンスの要2人が揃って計算外の負傷退場。また、先制点は相手MFアダムスの直接FKだったが、ゴール前でキャリックがこのボールをひざに当て、コースを大きく変えたことで決まってしまった。

さらに、モイーズ監督は、アダムスの2点目は「お手上げのワールドクラス」と発言。リバプールを追われたスコットランド代表にしてはやり過ぎのゴールと示唆。ついでに言えば、この日のストークにはものすごい強風が吹き付け、コンディションも悪かった。

しかし、疑惑のPKもなく、退場者も出さずに11人で90分を戦った試合。「extremely」という言葉を使うほどの不運はなかったのではないか。

僕は逆に、後半、2点目を奪った後も決定機を作り続けたストークが、3点目を奪えなかったのは不運だと思った。

とくに後半17分、ストークMFアルナウトビッチが放ったシュートは限りなく3点目に近かった。

スタッツを見ると、ポゼッションはマンチェスター・ユナイテッドの62%だが、枠内に飛んだフィニッシュはストークの6対4。決定機の質で格下ストークが上回ったと言えるだろう。

今季、早くもリーグ8敗目を喫した直後、モイーズ監督の様子はまさにぼろぼろという感じだった。

「どうやって勝てばいいのか分からない」

極めつけの不運を嘆いた後、50歳のスコットランド人監督はさらにそう嘆いた。けれども僕には、この結果はモイーズ監督自身が招いたものとしか思えない。

■ 不公平な選手起用

まず、この試合でファン・ペルシー、ルーニー、マタの3人を同時先発。いくらなんでも早すぎないか。

ファン・ペルシーは2ヵ月半、ルーニーも1ヵ月の負傷明け。1月25日に加入したばかりマタは、今季チェルシーでモウリーニョに干され続けていた。

この3人がいかに潜在能力の高い選手達とはいえ、100%の出来にはまだ遠いはずだ。これはフィットネスを重視するモイーズ監督にしては、少々短絡的な決断ではないだろうか。

ここで香川を例にすると、シーズン前半、コンフェデ杯出場でプレシーズン参加が遅れ、フィットネスが足りなかったことが原因で、モイーズ監督は日本代表MFを頑として使わなかった。

しかし、10月23日の欧州CL戦(対レアル・ソシエダ)で香川が見せ場を作ると、その後はアーセナル戦も含め、先発起用した。こういう香川の使い方には、モイーズ監督のフィットネス哲学がしっかりと見え、公平さも感じた。

しかしファン・ペルシー、ルーニー、そしてマタとなると話が違うようだ。自分の基準より、名前を優先した起用と言っていいのではないか。

ファン・ペルシーは前節、そしてこのストーク戦でもゴールを決めたが、まだ90分は戦えない状態。CB2枚が故障退場してキャリックがセンターバックに下がり、その影響でトップ下からボランチまで下がったこともあって、ゴールに絡む"らしい見せ場"を作れなかったが、ルーニーは明らかに試合勘が鈍っている様子だった。

かつてファーガソン前監督は、「怪我明けのウェインは、ベストに戻るまで多少時間を要する」と話していたが、あのワンダーボーイの「考える前に動く」という天性のサッカー感覚は、やはり試合に遠ざかってしまうとなかなか取り戻せないものなのだろう。

しかもファン・ペルシー、ルーニー両エースが不在の間、マンチェスター・ユナイテッドを引っぱり、今の攻撃陣の中では最もフィットしているはずのヤヌザイの出番もなし。

もちろんマタ加入の最大の犠牲者は、この試合でベンチ外となった香川真司だが、負傷者続出の1月、チームを支えたヤヌザイやバレンシアは、この試合をベンチから眺めてどんな気持ちになっただろう。

■ 子供のような浅はかさ

BBCの電子版は、この試合結果を報じたページで、「モイーズの記録破りのシーズン」という見出しをつけ、5つの記録を掲載した。

1.1984年12月26日以来のストーク戦敗戦(奇しくもこの試合でストークの指揮を取ったマーク・ヒューズ監督が、ブライアン・ロブソン等とともに、この試合をマンチェスター・ユナイテッド選手として戦った)。

2.スウォンジー相手の初敗戦。

3.1972年以来となるニューカッスル戦敗戦。

4.1992年以来となるエバートン戦敗戦。

5.1978年以来となる、オールド・トラッフォードでのWBA戦敗戦。

前述したが、マンチェスター・ユナイテッドの2月の段階での8敗はプレミアリーグ発足以来最多だという。今後、アーセナル、リバプール、マンチェスター・シティとの対戦も残っており、このままでは13位に沈んだ1989-90シーズン以来となる二桁敗戦を喫する可能性も高い。そうなれば、4位以内の欧州CL出場権確保も絶望となるだろう。

ただし、そういった結果も"コンディションよりスーパースター"という、名前優先の起用を見ていると、モイーズ監督の自業自得ではないかと思えてくる。こうした起用をして、結果が出ないと、様々な形でチーム内に不信感がつのるのではないか。

中でも香川のメンタルが一番心配だ。試合後モイーズ監督は、香川のメンバー落ちについて「体調の問題ではない」と話していることから、この処遇は戦力外通告にも近い。

しかしこの時期、移籍期間も終わってこの処遇はきつい。

それに加え、確かに移籍金はきっちり3倍だったが、この2試合でそれほど素晴らしい活躍をしたわけでもないのに、マタを持ち上げるモイーズ監督の言葉には、子供が新しい高価なおもちゃに夢中になるような浅はかな響きもあって、気持ちが暗澹とする。

■ 香川が挑むサバイバル

その反面、モイーズ監督が忘れてはならないのは、この試合でファン・ペルシー、ルーニー、マタがそろい踏みして負けたという事実だろう。

普通に考えれば、メンバーチェンジも含め、なにかしらの変化、てこ入れは必要だ。そのてこ入れのオプションとして浮上するためには、香川がトレーニング場でフィットした自分をアピールし、モイーズ監督に食いついていくしかない。

残りもわずかに3ヵ月半となり、ブラジルがぼんやりと見えてきた今、香川真司のマンチェスター・ユナイテッドにおけるサバイバル、いや、プロ生活最大のサバイバルはまさに佳境を迎えようとしている。

結果が欲しくて焦った監督に、2月に入った途端に"ベンチ外"という厳しい仕打ちを受け、日本代表MFがここからどんな巻き返しを図るのか。

香川を取材してきた身としては、ここはただじっと見守ることしかできないのがもどかしい極みだが、ドイツであっと言う間にトップに登り詰めた日本のNO.10の強運を信じて、今季中の華々しい活躍を望むだけである。

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