香川真司に未来はあるか? 崩壊するマンチェスター・ユナイテッド

リーグカップでも敗れ、マンチェスター・ユナイテッドの低迷に歯止めが掛からない。チェルシーからマタが加入しても、果たしてチームの救世主となるのか。

リーグカップでも敗れ、マンチェスター・ユナイテッドの低迷に歯止めが掛からない。チェルシーからマタが加入しても、果たしてチームの救世主となるのか。

■「マンチェスター・ユナイテッドは完全にぼろぼろだ!」

―こちらは警察、何がありましたか?

「ああ、サー・アレックス・ファーガソンと話しができるか?」

―こちらは999(英国の緊急電話番号)、何か犯罪がありましたか?

「犯罪!? おおありだ、犯罪はマンチェスター・ユナィテッドだ! もう完全にぼろぼろだ!」

これは1月23日の英各紙が報じた実話である。前日22日の午後10時半頃、マンチェスター北部のチャンプソルからあった通報の一部だ。

泥酔だったらしいが、この男は日本の110番に当たる緊急番号に電話をかけてきて、ファーガソン前監督と「話せるか」と要求したという。

確かに緊急事態ではあった。この夜の10時半頃といえば、ピンポイントでマンチェスター・ユナイテッドのリーグ杯(キャピタルワン・カップ)敗退が決まった時間。準決勝第2レグのPK戦で敗れ去った瞬間だった。

これで唯一、優勝の可能性が現実的だった国内カップ戦敗退が決まり、モイーズ1年目の無冠が事実上決定した。

しかも相手は、今季のプレミアで19位に低迷するサンダーランド。初戦を2-1で落としていたとはいえ、ホームで格下を振り切れず、PK戦に突入。5人ずつ蹴って、サンダーランドもわずかに2ゴールではあったが、驚くことにマンチェスター・ユナイテッドはそれを下回るフレッチャーの1ゴール。まあ見る方からすると、これだけはずれるPK戦というのも珍しかったが、ファンは散々たる思いに沈んだことだろう。

さらにしかも、ローカル・ダービー相手で宿命のライバル、マンチェスター・シティは、準決勝2戦を6-0、3-0の2戦総合9-0で通過。ユナイテッドと同様、相手はリーグ18位に低迷するウエストハムだったが、こちらは相手を完膚なきまで叩き潰して、圧倒的な強さを示していた。

結果は惨敗だったが、PK戦に突入した時、僕はマンチェスター・ユナイテッドの勝利を確信していた。そういう展開だった。

■モイーズ監督はリーグ杯優勝に賭けていたはず

延長戦の後半終了間際、デヘアの痛恨のミスが飛び出した。サンダーランド右SBバーズリーが右足でとらえたシュートは、確かに強烈ではあったが、デヘアのほぼ正面に飛んだボール。だから、これをスペイン人GKがハンブルしてゴールラインを割った瞬間、スタジアム内に充満したのはマンチェスター・ユナイテッドサポーターの驚きのため息だった。

ところがユナイテッドは「2分」と表示された延長戦後半ロスタイムの2分目に、エルナンデスが同点ゴールを奪取。昨季までのトレードマークだった、試合終了間際の劇的ゴールを決めて、2戦ともきれいにホームチームの2-1勝利と揃い、2戦合計3-3となってPK戦にもつれ込んだ。

マンチェスター・ユナイテッドにしてみればまさに起死回生の展開。デヘアもPK戦で試合終了間際の痛恨のミスを帳消しにするチャンス。こういう状況ならまずマンチェスター・ユナイテッドがPK戦を制するだろうと思ったのである。

その予感はサンダーランドの第一PKキッカーだったガードナーが枠を外してさらに強まった。そしてデヘアはPK2本をセーブした。ところが、結果はサンダーランドの2-1勝利。これでは冒頭紹介したお騒がせ男じゃなくても、熱烈なマンチェスター・ユナイテッドサポーターなら、泥酔のあげくファーガソン監督に直訴もしたくなるだろう。

しかし、しつこいようだが、あの展開でPK戦、負けるか?

少なくともモイーズ監督はリーグ杯優勝に賭けていたはずだ。

1998年に監督になって以来、16年目で初めてつかんだメジャー・トロフィー獲得のチャンスだ。それに無冠を避ければ、今季不振に対する批判もかわせる。

確かに相手はマンチェスター・シティだが、決勝は1ヵ月以上先の3月2日。ルーニー、ファンペルシーが復帰した上での1発勝負なら、全く勝ち目がないというわけではない。

ところが、延長戦終了間際に同点にして、勢いに乗って挑んだPK戦で、1ゴールしか決められずに敗退。選手には、モイーズの"是が非でも決勝に行きたい"という気持ちが伝わっていなかったとしか思えない。

■イングリッシュでも聞き取れないモイーズの言葉

決勝に行きたかった、といえば、香川の交代もそれが理由だろう。前半、マンチェスター・ユナイテッドの攻撃陣の中では、唯一正確無比なラストパスを放って、決定機を創出していた日本代表MFを後半16分であっさり交代させた。守備力のあるバレンシアを投入したのは、後半になって押し込んで来たサンダーランドをゼロに押さえることを最優先したからだろう。

もちろん、香川にしてみれば、心が折れるような交代だったと思う。

試合後、香川はミックスゾーンに姿を見せず。またモイーズは明らかに憔悴した様子で、広報官が4分で会見を打ち切ってしまったため、香川、監督両人に対し、早すぎた交代理由を直接たずねることはできなかった。なので、守りを優先した「戦略的交代」という以外に理由が見つからない。

チームが試合に勝てば、こういう選手を駒扱いする交代もしこりを残さないが、負けた場合、監督は自信を失い、選手は監督に対する不信感をつのらせるのではないか。

モイーズ監督は、スコットランド訛がファーガソン監督よりきつく、日本人泣かせであるが、負けると訛がきつい上、語尾が不明瞭になり、さらに聞き取りづらくなる。

ちなみに、この時の会見コメントも僕には非常に分かりづらく、イングリッシュである妻に音声を聞いてもらったが、「訛はひどいし、もごもご言ってるからはっきりしない」と、彼女にも分からない始末だった。

まあそのくらい、何を言っても口ごもってしまうほどまいっていたのだろう。

このコラムでは一貫して、香川にはマンチェスター・ユナイテッドで開花して欲しいと記し続けてきたが、さすがにこの試合の交代劇と、モイーズの会見を見たら"移籍"という選択も悪くはないと思えてきた。

チェルシー戦でのベンチウォーマーという現実も厳しかったが、この試合での交代1番手という扱いからは、どう考えても、現時点でモイーズが香川を重用しているという結論には達しない。

■香川の出場機会はますます減少する

2年目の今季、開幕から香川にとって困難なシーズンになっていたが、11月27日に行われた欧州CL戦、レバークーゼンに5-0大勝した試合で主役になった。ここから台頭してくるかと思われたが、12月にウイルス性の病気にかかり、体調を崩して第一線から遠のいた。

そして今月、ルーニー、ファンペルシー不在の状態で、救世主役を期待されたが、イングランド代表FWとオランダ代表FWがいなくなって連携もなくなり、ダイレクトなサッカーに終始するチームで結果を出せず。こうした悪い流れの中、モイーズ監督は香川のランク付けを一段階落としたような印象だ。

それは、いわゆる「ファースト・チョイス」と呼ばれる絶対的先発ではない、準レギュラーという位置付けだろう。1.5列目の攻撃的選手は、ルーニー、ヤヌザイ、ウェルベック、バレンシア、ヤング、ナニ、香川の中から3人選ばれるが、ルーニーが復帰すれば、イングランド代表FWとヤヌザイの2人がファースト・チョイス。残りの1席を5人で争うことになる。

さらに悪いことにスペイン代表MFマタの移籍が、この原稿を書いている24日にも確定しそうだ。

となればモイーズも、マンチェスター・ユナイテッド史上最高の移籍金額となる64億円もの大金をはたいて連れて来た選手を使わないわけはないだろう。

すると、国内カップ戦もなくなった今、香川の出場機会はますます減少する傾向だ。ワールドカップを考えたら、今冬の移籍も視野に入れてもいいのではないか。

さて、最後にマタについて簡単に述べておこう。確かに昨季のプレミアで12ゴールを記録し、チェルシーの得点王になった選手で実績は文句なし。しかも最強スペイン代表で30キャップを記録し、その技術と左足の評価は高い。

しかし、今季モウリーニョがマタを使わなかったのは、そのワークレートの問題だというのが定説だ。

プレスをかけず、ボールを追いかけない。守備の貢献が足りないことが今季マタの出場機会を減らした。

■マタが救世主になる可能性は低そうだ

モイーズの4-2-3-1はストライカーを2人入れた4-4-2に近く、中盤の両サイドはモウリーニョ・チェルシーよりさらに守備を強いられる。

トップ下はあくまでルーニーのポジション。スペイン代表MFが守備をしない自身のプレースタイルを変える気がなければ、それで果たしてモイーズのサッカーにはまるのか。

ただし、このまま1月に補強をしないで、来季の欧州CL出場権を逃すような結果になれば、マンチェスター・ユナイテッドに対して、英メディアが痛烈な批判の嵐を巻き起すことは間違いない。

今回のマタ獲得は、モイーズ直々の希望というより、そうした批判をかわすため、とりあえずクラブの経営陣主導で獲得可能の大物選手を穫ったという印象もある。

マタ本人もブラジルW杯イヤーに突入し、出場機会を得るために新天地を選んだと思うが、今回のマンチェスター・ユナイテッド移籍に際し、自分のスタイルとチームのスタイルの相性を熟慮する時間はなかったのではないか。

日本では「香川の最大のチーム内ライバル出現」といったニュアンスの報道が目立つが、連携を得意とする香川と似たタイプなだけに、移籍後、ダイレクトなモイーズ流フットボールとの兼ね合いが心配だ。

それに、今季これまでのマンチェスター・ユナイテッドを見続けてきたところ、負け会見で口ごもるスコットランド人指揮官は、結局規律、フィジカル重視の監督で、香川をはじめとする、創造性の高い選手の扱いがあまり上手いとはいえない。

というわけで、どちらかといえば、マタが救世主になる可能性は低そうだ。それに1本しか成功しなかったPK戦を見た限りでは、選手の自信喪失と士気の低下はかなり深刻。残念ながら今季のユナイテッドは、この惨めなリーグ杯敗退をきっかけに、さらにずるずると泥沼に沈むような不振を続けそうだ。

今回のコラムで初めて香川に移籍を促したのは、出場機会の激減の可能性もそうだが、迷走する監督の下、帝国崩壊とでもいった状況にあるマンチェスター・ユナイテッドにこれ以上留まることが、果たして日本代表MFの将来に役立つのか、そんな暗雲のような疑問が今週のリーグ杯を現場で見て生じたからである。

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(2014年1月25日「フットボールチャンネル」より転載)

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