実は超強気、挑発すらしていたザック。日本語訳で隠れてしまったイタリア人指揮官の"真意"

ブラジルW杯に挑む日本代表メンバーを発表した記者会見。実はこのときザッケローニ監督は非常に強いメッセージを発していた。イタリア在住ジャーナリストの手をかりて会見を読み解くと、驚きの真意が浮かび上がってきた。

ブラジルW杯に挑む日本代表メンバーを発表した記者会見。実はこのときザッケローニ監督は非常に強いメッセージを発していた。イタリア在住ジャーナリストの手をかりて会見を読み解くと、驚きの真意が浮かび上がってきた。

■ 本当に"ボランチ"で悩んでいたのか?

5月12日、ブラジルW杯に挑む日本代表23人が発表された。メンバー選考に焦点がいきがちだが、ザッケローニ監督が記者会見で何を語ったのか、そしてその真意はどこにあるのか、考える必要はあるはずだ。

というのは、23人の発表後、イタリア在住のジャーナリスト・宮崎隆司氏と会話すると、気になる点を指摘していたからだ。それが一つや二つではなかった。イタリア語で実際に何を言っていたのか。宮崎氏の指摘をもとに検証していきたい。

氏はまず、「悩みどころは、ボランチを1枚多く連れていくかどうかだった」というコメントに違和感を覚えたという。

ザッケローニは「ボランチ」と訳された言葉について、「Centro-campista(チェントロカンピスタ)」と発言した。これは「MF」という意味で、日本での守備的なMFを意味する「ボランチ」とは意味合いが違う。日本で言う「ボランチ」と表現する場合、イタリア語だと「Mediano(メディアーノ)」あるいは「Centrocampista Difensivo(チェントロカンピスタ・ディフェンシーボ)」となる。

日本代表のMF登録4人はすべて「ボランチ」の選手。そういったこともあり、通訳者はわかりやすいようにボランチと訳した可能性はある。

だが、これが一般的な「MF」を意味していたとすればどうだろうか。現在の日本代表は2列目の選手もFWとして登録されているが、これはあくまで登録上の問題で、2列目はMFともとらえることができる。

であれば、細貝萌を選ぶかどうかという単純な話ではなく、中村憲剛をどうするか、あるいは1トップタイプを除いた9~10人のMF全体の構成で悩んでいたことも考えられる。そして、前述の発言の直前には「先週末も広島に行った」と言っている。ここも訳していない言葉がある。

ザッケローニは「最後の最後まですべての試合を見た。例えば広島」と言っている。ここを「広島」とだけしてしまうと、"青山か細貝か"という二元論になってしまうが、果たしてそんなに単純な話であろうか。

■ どうしても入れたかった若手がいた可能性も

"青山か細貝か"――。これはその後の質問でも引きずってしまう。「ボランチの選考で悩んだということだが、細貝を外して、青山を入れた決断の理由は?」という質問が出た。

この回答としては、「その決断は難しく、先ほども言ったが、ボランチを4枚か5枚かで悩んだ」となっているが、実際の言葉としては、「いや青山のポジションが問題ではなかった」と冒頭に言っている。つまり質問を真っ向から否定したことになる。

悩んだのは本当に「ボランチ」なのだろうか。各ポジション、役割ごとに細かく呼び名がある戦術大国イタリアの指揮官が、「ボランチ」を意味するのに広い意味を持つ「Centro-campista(チェントロカンピスタ)」という表現をするだろうか。

選手選考に関してはこんなことを言っている。「フレッシュな若い選手も入れられなかったことも残念だった」。ここは訳し方の違いかもしれないが、「何人かの若い選手が非常に私を悩ませた」と語っていた。そして一瞬言葉を詰まらせたあと、「その彼を入れることができなかった」と続く。

気づいただろうか。"何人かの"という複数形が"その彼"と単数形になっている。ザッケローニ監督は意中の若手一人がいた可能性が高い。"その彼"と言ってしまったのは、思わず口を滑らせてしまったのではないか(南野か、原口か、宮市か...定かではない)。

ついでに言えば、「ブラッターにお願いしたがだめだった」とあるが、これは「電話に出なかった」となる。電話して返答があったわけではない。これは完全なジョークで、ザッケローニ監督は電話などしていないだろう(会場でも笑いが起きたことから気づいているメディア関係者も多かったはずだ)。

■ 良い結果がついてくる。ザックは断言していた

ここまで振り返ったが、重要なのは通訳者の揚げ足をとることではない。宮崎氏も、「あれだけの緊張感のある場で素早く翻訳しなければならないのは、非常に難しい。私は時間をかけて翻訳したので指摘できただけのこと」と擁護する。

その上で、「ザッケローニ監督は非常に強気な発言を繰り返していました。驚いたほどです」と加える。会見を日本語を通して聞いた私はそのようには感じなかった。もしかしたら通訳者が何らかの意図があり、あるいは協会からの指示により配慮をしたのかもしれない。次からさらに細かく見ていく。

【会見での発言については、スポーツナビから引用した】

「良いパフォーマンスをすれば、良い結果がついてくると思っている」。ここは、「思う」とは言っていない。断言している。

「成功と失敗のラインはどこか?」という質問には「私自身は違った考え方を持っていて」と回答したことになっているが、ここでザッケローニ監督は怒っていたという。わざと謙譲語を用いていた(日本語でもそうだが、わざとらしい丁寧語やへりくだった表現は何か意図がある時に用いるのが普通だ)。指揮官の頭には失敗はなく、ネガティブなことは一切考えていないのだろう。

「ここ半年で3日間しか集まれていないので、まずは全員でこのチームのやり方をおさらいしたいと思う」。このあとの言葉が抜けている。「それを踏まえて(戦術などの)考察を始めたい。しかし、我々が何をすべきか、ということに重きをおいて進んでいきたい」。

ここは「良いパフォーマンスを~」につながる。あくまで自分たちのサッカーをすることを優先し、それができれば結果が出るということを強調している。

■ 選手たちへの絶対的な自信と信頼

「主導権を握って戦うことが大前提で、それができないことも想定内ではある。自分たちがこれまでやってきた、そういった状況に耐え得る戦術的準備は進めてきたつもりだ」。ここはかなり強い表現を用いている。

「主導権を握って戦うことが大前提で、それができない事態になっても、選手たちは十分な戦術理解を持っているので、自分たちが難しい状況に陥ることはない」。困難な状況にならない、とまで言っている。選手への絶対的な自信がうかがえる。

「自分たちのサッカーをして、自分たちの能力を最大限に出してブラジルのピッチで戦いたいと思う」。このあと、訳していない言葉がある。

「選手たちは極めて高い能力を持っている。繰り返すが、私は深く信頼している。フィジカルコンディションが整えば、非常に質の高いプレーができる。だからコンディション調整に全精力を傾けている。もちろんどれだけ質が高いプレーができるかは、相手あってのことだが」

選手たちへの信頼の高さを再度、言葉にした。繰り返しになるので、訳さなかった可能性もあるが、表現を変えて同様の表現をしたということは選手たちへのメッセージともとらえることができる。

「これまでの4年間はコンフェデ杯以外は結果を残している。時にいわゆる格上と呼ばれている相手にもいい戦いをしたことがある」。ここでもザッケローニは強気の姿勢を崩さない。「同等あるいは格上との対戦でも、時に相手を半ば辱めたこともある」と発した。

同等は韓国のことを指しているのかもしれない。3-0で完勝したこともある。そして"辱めた"と述べている。"いい戦い"とは大きく意味が違う。強豪を相手にしても自分たちが打ちのめすことができることを暗に示しているのかもしれない。

■ 隠されていた対戦国への強烈なメッセージ

「もし、負けるようなことがあった場合は、良いプレーだったと相手チームをたたえられるような戦い方をしたいと思う」。ここも同様だ。「我々を倒す相手がいるとすれば、私は自分から(相手に)握手を求める。敵が極めて優れたプレーをしたということだ」。"極めて優れた"を2回繰り返した。

前述の"辱めた"も含めて、対戦国に向けての発言ではないだろうか。打ちのめしますよ、そして"あなたたちが極めて優れていなければ日本を倒すことはできませんよ"と。挑発ともとれる発言だ。指揮官はメディアを通して、早くも仕掛けたことになる。

ここまで長く検証してきたのも、ザッケローニの意図を伝える義務があると思ったからである。この記事が翻訳される可能性は高くはないかもしれないが、指揮官の真意は何としてでも発信したい。そして対戦相手に伝わることを切に願う。あなたたちは極めて優れた相手ですか? と。

さらにこんなことも言っていた。これも伝えるべき指揮官の真意だろう。「外部からの圧力を防ぐ選手たちにはストレスの掛からない環境・状況を作っていきたいと思うし、プレッシャーが掛かる場面でも自分たちのサッカーに集中させていきたい」

ここでは、「自分が選手の盾になる。そうなってでも選手たちを守る」と断言している。さらにプレッシャーについても、「選手たちへのプレッシャーはピッチ内でのものに限られる」とも語っている。

これは、お願いの体裁をとっている。誰に? 日本のメディアにだ。過度に騒ぎ立ないことをお願いしているのだ。もちろんこれをどうとらえるかは各メディアに委ねられるわけだが。

以上が代表発表で述べられたザッケローニ監督の真意だ。単に23人を発表しただけでなく、指揮官からの強烈なメッセージが込められていたのだ。

戦いは既に始まっている。日本のメディアは翻訳された言葉をただ流しただけだった。意図を汲み取ろうとしたメディアがどれだけあっただろうか。我々は可及的速やかにW杯モードに入らなくてはならない。今のところ、指揮官と我々は見ている景色が違う。

text by 植田路生

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(2014年5月14日フットボールチャンネルより転載)

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