安倍首相「70年談話」に向けられた世界の視線

8月15日がこれほど世界の注目を浴びたのは、最近にないことだった。
ASSOCIATED PRESS

8月15日がこれほど世界の注目を浴びたのは、最近にないことだった。

日本の降伏で第2次世界大戦が終結してから70年。この10年で中国は日本を追い抜いて世界第2の経済大国となり、軍事力も伸ばして周辺海域でわがもの顔で振る舞いだした。米国はその間イラク・アフガン戦争の泥沼に足をとられ、加えてリーマン・ショックに激しく揺さぶられ内向きとなった。その中で日本は「失われた20年」から果敢に脱出を試みだし、防衛政策も大きく見直し始めた――。

これがおしなべて世界の目に映る、先の大戦のアジア戦線での主役らの今日の姿だろう。そのアジアに世界史の主舞台は移りはじめ、そこで日本の安倍晋三首相が微妙な「歴史問題」に触れて戦後70年目に当たっての談話を発表するというのだから、世界のメディアが注目しないわけがない。

目を引いたのは、いまや世界の知識人が目を通す雑誌の筆頭になった英誌『エコノミスト』8月15日号の堂々6ページにわたる特集「アジアの第2次世界大戦の亡霊」だ。【Asia's Second-World-War Ghosts, The Economist, Aug. 15th-21th】

靖国神社のA級戦犯合祀問題から説き起こして「合祀」という概念を探ることから始まり、最後は中国残留孤児のドラマで終わる特集は、全体としてバランスがとれた歴史評価だと、当欄筆者には思える。日本の明治維新は、今日の中国の台頭でさえ比較にならないほど世界史に大変動をもたらした、日露戦争での日本の勝利はアジアを勇気づけナショナリズムを喚起した、一等国となった日本は、それでも欧米の人種差別を感じていた......などが、簡潔に指摘されている。

中国のプロパガンダへの警戒

エコノミスト誌のこの号は、日本の安倍首相の「歴史修正主義」よりも、むしろ習近平主席の率いる中国のそれを問題だと見ている。特集とは別の巻頭論説は「習近平の歴史授業(習近平への歴史の教訓、の意味もある)」。【Xi's history lessons, ibid】

論説は言う。9月はじめに「抗日戦争勝利記念日」を軍事パレードなどでこれまでになく大々的に祝う習近平の歴史観は次のように要約できる。帝国主義日本を打ち破るのに中国は重要な軍事的貢献を果たし、甚大な被害に耐えたのだから、中国はアジアをどうするかについて、もっと言い分を聞いてもらってよいはずだ。日本はいまでも危険な国だ――。

しかし、この主張は歴史と今日の実際をゆがめている、と論説は指摘する。中国戦線で抗日戦争を戦った中心は共産党というより国民党政権ではないか。日本は戦後、平和国家として歩み、民主主義を深く根付かせ、人権尊重は徹底している。「歴史をゆがめて、自分たちの野心を正当化しようしているのは中国共産党だ」

エコノミスト誌の見方は、英語圏を中心とした西側世界の常識的な意見をおおよそ代弁していると見てよいだろう。同誌の特集記事が南京虐殺について言及する中で、死者数を「10万単位でないにしても万単位(tens if not hundreds of thousands)」と表現している点にも、中国のプロパガンダへの警戒が読み取れる。

「歴史問題使った圧力はやめるべき」

8月15日を前に、これも世界の知識人がよく目を通す英紙『フィナンシャル・タイムズ(FT)』も大型特集を組み、日中韓の近代史観を、3カ国の歴史教科書の記述を紹介するかたちで分析している。【History lessons feed competing nationalisms, FT, Aug.12】

2ページにわたる大特集は、3カ国の教科書には、それぞれナショナリズムにとらわれた問題点があると指摘する。ただ、日本の場合はそうした問題点をめぐって「右翼ナショナリストと平和主義者の間で活発な論争が続けられている」。しかし「中国では歴史の解釈は共産党の専権事項で、論争は許されない」。韓国では「ナショナリズムを突き動かしているのは根深い被害者意識」で、それが南北分断により複雑さを増している。つまり、3カ国を比較して健全なのは日本だということになる。

安倍首相談話後の17日付の同紙社説「アジアは過去より未来に焦点を」は、中国と韓国が国内事情で歴史問題を蒸し返すことこそ「危険だ」と指摘した。社説は両国に対し、日本の侵略の被害者でありながら前向きに対応しているフィリピン、シンガポール、インドネシアといった他のアジア諸国を見習うよう促している。【Asia should focus more on the future than the past, FT, Aug.17】

その東南アジアに目を向けると、前向きな姿勢の中にも厳しい視線は残る。シンガポール紙『ビジネス・タイムズ』は安倍談話の後、香港在住のベテラン記者フランク・チンのオピニオンを掲載した。安倍談話は先の大戦について「本当は日本がすべて悪いわけでない」ことを示唆して古い話を蒸し返し、「慰安婦問題」も正面切って扱っていない。「すべてをこれでおしまいにして前に向かって進もう」という具合にはいかなかった、とチンは失望を隠さない。【Abe's speech: moving on without a sense of closure, The Business Times,Aug.19】

しかし、もうすぐ日本人は戦後生まれだけになるのに、こうして日本の首相が10年毎に談話を出すのは意味がない、とチンは言う。中国の公式な立場が「少数の軍国主義者だけにしか戦争責任はなく、日本人民は被害者だ」というのなら、戦争中に生まれてもいない人たちに謝罪を繰り返させることはしないはずだ。「かれらに戦争への責任はなく、謝罪を求めるべきでもない」とチンは言う。

それでも「歴史と向き合うことは日本の現在と未来にとって重要」であり、それは謝罪談話を出し続けるのとは別問題だ。

「70年が過ぎたのにタイムスリップしたかのように1930年代、40年代に閉じ込められるのでなく、敵味方なくみんなが21世紀を進んでいくべき時が来た」

チンは特に中国を名指しして「今日の課題で優位に立つために、歴史問題を使って日本に圧力をかけるのはやめるべきだ」と批判している。

安倍談話には批判的だが、バランスがとれたオピニオンだ。

韓国は西欧を見習うべき

チンが最後に指摘した「歴史問題」の現下の課題への「利用」に関連し、第3国は中韓の策略に巻き込まれるなと注意を促すのは、米誌『アメリカン・インタレスト』の最新号に掲載されたオーストラリアの若手論客ジョン・リーのエッセー「お節介はするな」。日本人の立場では言えないことをズバリと言ってみせる。【Mind Your Own Business, The American Interest, Sept./Oct.】

この4月末の安倍首相の米議会での演説の前に、米議会下院の超党派の24議員が公開書簡で安倍首相に過去の謝罪の確認を迫り、慰安婦問題への対応を求めた。国家安全保障会議のメデイロス・アジア上級部長(当時)も歴史問題への「真摯で前向き」な対応を求めた。これらの行為は果たして日韓関係改善に寄与するのか、とリーは疑問を投げかける。

現在の北東アジアは、日中韓の間の古くからの競争が激しくなる一方の状況だ。その中で中韓は歴史問題をめぐる感情的しこりに決着を付けたいという「高い志」からでなく、3国の分断を引き延ばし、日本を貶める狙いで「歴史問題を利用」している。

特に韓国はワシントンの戦略広報(PR)会社まで使っており、争いを米国にまで持ち込もうとしている。韓国の肩を持つようなことを公然と米議員や高官が言えば、韓国はますます争いを長引かせようとするばかりだ。それで得をするのは中国と北朝鮮だけである、とリーは論じる。

リーは、有望な若手日本研究者である米ボストン大学のトーマス・バーガーの日独の戦後問題処理比較の近著などを引用し、日本の近隣諸国への公式な謝罪がドイツに比べ20年も早く始まっていたことを指摘する。にもかかわらずドイツの戦後処理の方が日本よりうまく行ったのは、北大西洋条約機構(NATO)のような多国間の安全保障の枠組みがアジアにはなく、各国がそれぞれ米国と2国間で同盟関係を結ぶ「ハブ・アンド・スポーク」(自転車の車軸とスポークのような形)だったためもある。

ただ、リーも指摘するように、中韓以外のアジアの主要国やオーストラリアとインドは、これまでの日本の謝罪を受け入れた。歴史問題で日本との関係をこじらせることはなく、むしろ日本が中国に拮抗するかたちで「自信をもって積極的に、ナショナリズムを高める」のを歓迎している。リーは(1)歴史問題で韓国の肩を持つのはアメリカの国益を損なう、(2)謝罪はそれを受ける側が前向きでなければ意味がなく、韓国は西欧を見習うべきだ――と結論付ける。

まだまだあなどれない米国の力

こうして、アジアの戦後70年が世界の注目を浴びるのは、冒頭で述べたようにアジアを中心にして世界の大きなパワーシフトが起きているからだ(そして、それを引き起こしたのは、遡れば日本の明治維新なのである)。そのパワーシフトの台風の目は、中国だ。だが、中国はアメリカを超えることができるのか――。

この点について、リアリスト(現実主義)系の米外交専門誌『ナショナル・インタレスト』が、興味深い論考を載せている。筆者は豪シドニー大学のサルバトーレ・バボネス准教授。バボネスは、かつての世界覇権国である大英帝国との比較、中国の置かれた地政学的状況、人口動態の比較などから、アメリカの覇権は21世紀もずっと続くと見る。【American Hegemony Is Here to Stay, The National Interest, July/Aug】

アメリカ衰退論の根拠にされるのは経済、特に毎年破算騒動を起こす政府債務だ。だが、バボネスは覇権移動を論ずるのに年単位あるいは10年単位でなく、世紀(100年)単位の視点が必要だと言う。英国がワーテルローでナポレオンを打ち破り、世界覇権掌握へと歩み出した時、政府債務残高のGDP(国内総生産)比はなんと250%(今の日本と同じくらい)、米国の現在の政府債務残高のGDP比は80%だから、比較にならないほど借金まみれだった。しかも、当時の財政・金融では債務への対処法も限られていた。大英帝国の世界覇権への途はそこからスタートしたのだから、米国はまだこれからも有望だ。

しかも、米国には英豪加ニュージーランドという英語国の盟邦があり、世界の海空とサイバー空間で圧倒的な力を誇っている。大学・シンクタンク・言論を通じ、思想界も圧倒している。

それに比べ、中国は北にロシア、東に日韓、南にインド・ベトナムという有力な中堅国と対峙し、西に出れば弱体国家か失敗国家ばかり、自国の西部一帯でさえ不安定だ。中国はこれから人口減少に直面し、2050年までには約13億の人口が毎年0.5%ずつ減っていく状態となるのに対し、米国は約4億が毎年0.5%ずつ増加していく。英語国全体は移民と出生率で人口を着実に増やし、しかも世界のトップ級の才能は米国だけといわずとも、多くが英語国へ集まっていく。

バボネスは米国に古代ローマ帝国との類似を見るが、別に目新しいわけではない。ただ、その類似を英語圏5カ国というかたちで論じるところが面白い。最近の世界経済動向を見ると、米国の力はまだまだあなどれないし、中国は脆弱という感をあらためて持つ。

「米中対ソ連」から「米ロ対中国」へ

同じ号のナショナル・インタレストでもう1つ目を引いたのは、米外交問題評議会の名誉会長レスリー・ゲルブの論文「ロシアとアメリカ・新たな緊張緩和へ」だ。ゲルブは、これから再構築すべき米ロ関係を「デタント(緊張緩和)・プラス」と呼んで、論じている。【Russia and America: Toward a New Détente,ibid】

今日のウクライナをめぐる混乱と米欧対ロシアの緊張状態は、(ゲルブも引用しているが)いまとなっては有名な1997年2月の故ジョージ・ケナンの予言通りである。NATOをロシア国境まで西に拡大していけば、「ロシア世論の民族主義・反西欧・軍国主義傾向を煽り、ロシア民主主義の発展を阻害し、東西関係に冷戦ムードが復活し、ロシア外交を西側のまったく欲していない方向に向かわせる」。一字一句違わないかたちでケナンの指摘は的中している。冷戦期から苦労して結んだ核軍縮合意さえほころびだしている。

しかも、軍縮条約の枠外に置かれている戦術核の欧州での状況を見れば、米国はNATO5カ国に200発の爆撃機用核爆弾を配備するだけなのに対し、ロシア側は数千発を持ち、うち2000は陸海空ですぐにも実戦配備できるという。核兵器の世界で本当に米国と張り合えるのは、今もロシアだけだ。

冷戦時代もよく知るゲルブが、ロシアとの関係をリセットするための具体的提案をしているのがこの論文である。要は、米側は現実的な目を持って、ロシアを大国として処遇し、ロシアにも大国らしく責任ある態度を持ってもらう。相互尊重の中で、地域問題・テロ対策・核兵器拡散防止で共通利益や相互補完性を追求していこうというのが基本路線だ。

この論文で極めて興味深いのは、こうした方向で具体的に米ロ関係と協力が進めば、対中国で「好ましい影響」が出るとゲルブが論じているところだ。米国もロシアも中国の経済力伸張に伴う軍事力拡大には懸念を持っている。米ロが一緒にそれに対抗するのは「悪くない」。米ロ関係は米中・中ロ関係よりも利害が一致するところが多い、とゲルブは言う。ゲルブの提案する方向で事態がすすめば、かつての米ソ対立時代に、米中が結んでソ連を牽制した大戦略が、一巡りして、今度は米ロ対中国というゲームになる。米国の次期政権は果たしてそんな大戦略を仕掛けられるか。その時、日本はどう立ち回るかも考えておいた方がよさそうだ。単純な回答は日ロ接近路線を続けることだが、ワシントンと綿密に連絡しながら日中和解を進めていくという戦略もありえるだろう。

米国に託された使命

紙幅も尽きてきたので、手短にもう2点ほどの紹介にとどめる。米外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』の最新号は、編集長ギデオン・ローズによるオバマ外交総括(ちょっと早過ぎ?)を載せている。【What Obama Gets Right, Foreign Affairs, Sept./Oct.】

ローズの評価では、オバマ大統領はノーアウト満塁でピッチャーマウンドに立たされたが、難局をなんとか乗り切ったということになる。イラク・アフガン戦争にリーマン・ショックという大危機の中で、米外交の核心である「自由な国際秩序」の維持は果たした。この核心を守るために、危うい軍事関与は極力避けたから、周辺部は切り捨てた(ウクライナなど)。

守りの姿勢でオバマがなんとか危機から救い上げた自由民主主義世界を、再び拡大方向へ持って行けるか、日本や欧州も含めた「自由な国際秩序」側の課題だ。

ローズの論文は、米国という国家に託された使命について考えさせるようなところがある。

もう1点お勧めしたいのは、米大統領選予備選が始まる前から早くもヒートアップする中で、アメリカ政治文化についての独特の考察をした『アメリカン・インタレスト』誌最新号掲載の論文「政治的親密さの問題」。【The Problem with Political Intimacy, The American Interest, Sept./Oct.】

大統領選を見て気付くように、米国の選挙では、候補者は自分の家族生活や家族史をあらいざらい有権者に見せようとする。なぜなのか。論文筆者は、そこに潜む感性へのアピールの淵源を、ギリシャ・ローマ時代の古典的修辞学とは一線を画すスコットランド啓蒙の修辞学の伝統に遡って探るところからスタートして、アメリカ独特の政治文化を腑分けしていく。知的興奮を誘う小論だ。

米大統領選といえば、世論調査を使って競馬のようにいま誰が先頭かというような話ばかり溢れるが、こうした知的考察をもっともっと読みたいものである。

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会田弘継

ジャーナリスト。1951年生れ。東京外国語大学英米科卒。著書に本誌連載をまとめた『追跡・アメリカの思想家たち』(新潮選書)、『戦争を始めるのは誰か』(講談社現代新書)、訳書にフランシス・フクヤマ『アメリカの終わり』(講談社)などがある。

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(2015年8月31日フォーサイトより転載)

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