白戸圭一:では、中国をアフリカ側がどう見ているのか。事実関係からいきましょう、
アフリカにおける面白い世論調査があって、1つはBBCが2014年までやっていた調査です。アフリカではケニアとナイジェリアとガーナが調査対象国でした。調査では、次のような質問をするんです。「あなたは、日本(あるいは中国)が世界にとってポジティブな役割を果たしていると思いますか。ネガティブな役割を果たしていると思いますか」。
中国への肯定的な評価はあるが
白戸:2014年の調査で、ケニアでもナイジェリアでも6割以上の人たちが、「中国は世界にとってポジティブな役割を果たしています」と答え、中国を肯定的に評価していました。一方、中国に対する評価が世界で最も低い国は日本でした。日本国内で中国をポジティブに評価している人は、わずか3%(笑)。日本人は中国が嫌いだからでしょう。
もう1つ、アフリカにある「アフロ・バロメーター」という世論調査機関が2016年に、アフリカ36か国で計5万4000人に中国への評価や印象を問うた面接形式の世論調査があります。その結果を見ると、国によって随分差があるけれども、西アフリカのマリでは80%以上の人が中国の働きにポジティブな評価を与えています。最も低い国でも、中国の役割を肯定的に評価している人が30%以上はいました。中国に対する肯定的な評価が高いというのが、アフリカの現実なんです。この事実を『朝日新聞』の「グローブ」でそのまま紹介したら、あっという間にネトウヨの人たちから、ねつ造していると非難された(笑)。
篠田英朗:『フォーサイト』で書けばよかったですね。
白戸:どんなことをしても中国が評価されているという事実を受け入れたくない日本人がいるということに、暗たんたる気分になります。まさに右の鎖国ですよ。
私は、別に中国がアフリカで正しいことをやっているということを言いたいのではなくて、アフリカの人たちが中国をどう見ているかという、あくまで数字を紹介したに過ぎません。
「アフロ・バロメーター」の調査結果について、もう少し先に進むと、アフリカ人は中国のことを意外に冷静に見ているんだなと思いました。調査結果からは、多くのアフリカ人が中国製品や中国が建設したインフラのクオリティーの低さを指摘し、これらに対して非常に強い不満を抱いていることがわかりました。
もう1つおもしろかったのは、調査は2016年ですから、トランプ政権が誕生する前の結果だという点には留意が必要なんですが、「世界のどの国のようになりたいか」という質問に、アフリカのほとんどの庶民は「アメリカ」と答える。あるいは旧宗主国の英仏なんですね。あと南アフリカという回答も割と高い。これらを合わせると全体の半分くらいになります。つまり自由民主主義の国です。一方、中国との回答は2割強くらいしかないんですね。
強権体制支配者的な思想では、国内統治を効率よく進めて権力を独占するために、中国はモデルになり得る国でしょう。支配層の中には、中国というのはいい体制の国だ、と答える人が当然いるでしょう。
しかし、ご存知の通り、アフリカはもともと国家自体が植民地の産物であり、近代国家としては疑問符が付く国が少なからず存在する。今の国家は、そんなに確固たるものとは言えない。だから内戦やクーデターが多いわけですが、アフリカ人は国家の枠に縛られていないし、ガバメント嫌いな人間はたくさんいて、政府に対してかなり自由にモノを言います。ですから、中国のような国にはなりたくないという意見が結構多いのは、よくわかるのです。
そういう意味では、中国政府が中国の体制モデルをアフリカに持ち込んで、アフリカ諸国の政府が自国の国民を締めつけたからといって、アフリカの諸国が中国のような国になるかというと、そうではないと思います。
現地のニーズにマッチしているかが重要
篠田:人間というのは不完全なものなので、完璧じゃないと好意的な評価を得られない、なんてことはないんですよ。誰かが誰かを好きであるというのは、彼は完璧な人間で一点の曇りも欠点もないからではなく、ひょっとしたら間違いだらけ欠点だらけで、時にはあいつには相当な迷惑を受けているんだけど、でも憎めない、結構いいところもあるんだみたいなことで好意的な評価をするわけですね。アフリカの人の中国に対する評価もそれと同じで、品質が悪いことなんてちゃんとわかっているんですよ。でもその一点だけを取って、中国はとにかく絶対だめだとなるかというと、そんなことはない。そんなこと言ったら、世界の人々が全部だめになる。日本だって同じように欠点だけ挙げようと思えばあるわけですからね。
白戸:いろいろ援助してくれるし、コミットしてインフラもつくってくれているという部分は評価している、そういう感じなんでしょうね。
篠田:我々もそのように総合的に評価して、何で中国に好意的なんだ、あんなに品質が悪いのにと言うのは、全く意味のない反応。
白戸:それが出てくると、げんなりしますよ。
篠田:例えば、南スーダンのジュバ大学にも紛争解決センターがありますが、その建物は、中国の援助です。まあ、こういう事例はたくさんあって、リベリア大学はキャンパス丸ごと中国の援助ですね。だけどそういうジュバ大学の建物は穴だらけで、水たまりがそこら辺にあったりする。じゃあ、それで根本的に中国人を否定して、日本が素晴らしいということになるかといったら、そうはならない。日本だったら工事やるって言ってから、逃げちゃって、たぶん危ないから人送れません、なんてことになってしまう。どっちもどっちですよ。
人間にはいろんな長所や欠点があって、アフリカ人もそれを全部見きわめたうえで、日本人や中国人とつき合っているわけで、早いのがいいか、完璧を期するのがいいかっていうのは、普通の人間はどっちもどっちなんですよ。
白戸:ケース・バイ・ケースですね。
篠田:アフリカ人にとっても、どっちもどっち。そういう状況で、日本を持っていって、それが現地のニーズとマッチしていることを日本人がわきまえて、「うちはこれができるし、実はそれは意外にあんまりできないんだけど、お宅はこの場面でこうだから、うちのこれがいいんじゃないか」と言ったときに、うちの国のことを結構わかっているんじゃないか、ちゃんと勉強してきたんですね、と言ってもらえるかどうかがすごく重要なところですね。そういったところをわきまえているかどうかが問われるし、さっきの世論調査の評価の仕方も、本当は中国人っていい人なのか、悪い評価なのかとか、そういうふうに捉える必要はない。
白戸:全くありませんね。
篠田:アフリカには、中国人を受け入れたいニーズがやはりあるんだ、と考えたほうがいい。ではそのニーズとは何なのか。日本人と重なるところがあるのか。正直、日本はこれはできないけれども、ならばこの辺のニーズはどうなのかと、ちゃんと分析していかないといけないということですよね。
白戸:そういうことですね。品質なんかについては冷静に見ている。現段階では、技術の高さでは日本に比較優位があるでしょう。
インテリジェンスの中核に入るような支援も
白戸:それから、アフリカ人は意外に冷静に状況を見ているので、民主的な価値とか、訓練センターみたいなところでPKO(平和維持活動)のノウハウを教えていくことが、日本にはできる。
篠田:技術の比較優位性も、基本的には数カ月単位でどんどん縮まってきているので、正直、もっと焦るべきですよ。今多少でも優位があるものは頑張って育てていかないと、優位がなくなってしまいますからね。2年、3年たつと。
白戸:ウガンダが自力で電気自動車をつくったんですよ。この間、日本人のビジネスマンにそのことを話したら、最初信じてもらえなかった(笑)。仕方ないので写真を見せて、ようやく信じてくれました。ウガンダのマケレレ大学という、旧植民地時代からある大学の先生や学生たちがつくったんです。
篠田:優秀な大学ですからね。
白戸:非常にレベルが高い。アフリカの中でもトップクラスの大学で、そこの学生たちが、アメリカのシリコンバレーでスタートアップ(起業)するような人たちの資金を得たりしてつくっちゃった。そしたらウガンダのヨゥエリ・カグタ・ムセベニ大統領は「これはいい」と。そこから先の話は早いですよ。事実上の、一党独裁とは言わないけれど、強権支配の国ですから、政府がトントン拍子に話を進めて、国営の自動車会社つくっちゃって、今、工場を建設中です。首都のカンパラから100キロほどのジンジャーという町につくってます。そういうのもできるようになって、
マケレレ大学自体が優秀な大学だけど、そこの学生たちは英語で教育されているから、みんなアメリカやイギリスの超一流大学とかに行って技術を勉強してきている。そういう面では、日本よりも遙かにグローバル化しており、世界の最先端技術にアクセスしているのです。日本人は「日本の技術はすごいから、アフリカなんか歯牙にもかけない」と思っていますが、それも結構怪しくなってきているんですよ。
篠田:そうですね。
日本が比較優位性を持って、部隊のあるなしではなく技術で入っていく。そのためには自衛隊が道路もうまくつくれたほうがいいだろうけど、実はあんまりそんなに価値はないんですよ、PKO部隊に道路をつくってもらうなんてことは。道路をつくっても、南スーダンの土壌とは合わずに、メンテができなかったりするとかえって害があったりする。
私が自衛隊の人に、一番やったらいいと一推ししているのがドローンです。ドローンはPKOで最先端なんですよね。世界最先端の技術を持っている米国やロシアは、そう簡単にはPKOに入ってこないし、自分たちの最先端技術をPKOにシェアするなんていうことはないですから。万が一あったとしても、自分たちで勝手にやったのを時々教えてくれるぐらい。
で、ドローンを導入するときに、ヨーロッパ諸国が結構頑張ってやっているんですよ。だったら日本人も頑張れば結構いけるんじゃないかと思うんです。ドローンはイラクにいたときから結構使ったりしていて、今にしては単なる昔話なんだけど、あのままもう少し、オペレーションの中で使う実践経験も踏まえて技術の革新を図っていったら、ドローンをもってPKOに入っていけたのではないか。ドローンを動かす人間も一緒に張りつければ、インテリジェンス機能のところに入っていけるので、PKOをやっている意味が高まるんですね。情報がどんどん集まってくるところに、かなり中核的な情報のところに必ず日本人が入るっていうことになったはずなんですが。
白戸:官にしても何にしても、日本のエリートをアフリカに引っ張り出すのはなかなか簡単なことではないです。
篠田:PKOはPKOなりにいろんな人たちをかき集めて、いろんな状況でやっていますから、それを踏まえてやれば、日本の比較優位というのが見えないこともない。でもとにかく憲法9条があって、憲法学者がうるさいから道路だけつくりますというのは、それはそれでいいのかもしれないけれど、それは誰が聞いても何の味気もないつまらないだけの話ですよ。ここにまだ優位があるからこれを生かして入って、それで我々にも利益のあるような情報がもらえるみたいな、そういうやり方がないのかなと、よく考えます。そこにもすごく焦燥感があります。
というか、本来もっと焦るべきなんだけど、焦るべき人が野党の国会対策とか、憲法学者の言説のチェックみたいなことばかりしているわけですからね。それやっていて忙しいから、毎日深夜タクシーで睡眠時間ないですと言われてもね。
白戸:アフリカのことを考えていくと、必ず日本の話になるんです。いつもそうなんです。いつも日本の話に戻ってくる。日本はこれで大丈夫かなというのが、非常にいろんなところで見えてしまうのがアフリカとのつき合いです。でも、篠田さんからお話のあった、3つの日本外交の柱のマルチの部分の主戦場がアフリカで、そこを切り捨てたら大変だという話は非常に有益でした。ありがとうございます。(了)
白戸圭一 立命館大学国際関係学部教授。1970年生れ。立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了。毎日新聞社の外信部、政治部、ヨハネスブルク支局、北米総局(ワシントン)などで勤務した後、三井物産戦略研究所を経て2018年4月より現職。著書に『ルポ 資源大陸アフリカ』(東洋経済新報社、日本ジャーナリスト会議賞受賞)、『日本人のためのアフリカ入門』(ちくま新書)、『ボコ・ハラム イスラーム国を超えた「史上最悪」のテロ組織』(新潮社)など。京都大学アフリカ地域研究資料センター特任教授、三井物産戦略研究所客員研究員を兼任。
篠田英朗 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)など多数。