マイク・ポンペオ米国務長官が10月7日、北朝鮮を訪問し、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と会談した。7月以来約3カ月ぶりの4回目の訪朝だった。
当初8月末に訪朝しようとしたが、ドナルド・トランプ米大統領が「朝鮮半島の非核化が不十分」と判断して中止となり、米朝交渉は膠着状態に陥った。これを打破したのが、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領だった。9月5日に特使団を平壌へ派遣し、金党委員長の非核化への前向き発言を引き出した。
さらに文大統領は9月18~20日に平壌を訪問し、金党委員長と「9月平壌共同宣言」を発表した。この宣言で金党委員長が示した非核化の内容は、国際的な期待には満たない水準と見られたが、トランプ大統領は共同宣言発表の1時間後には「グッド・ニュース」と肯定的に評価し、米朝交渉の再開を指示した。この時点で、流れは第2回米朝首脳会談に向かっていた。
ポンペオ長官の今回の訪朝は、9月の南北首脳会談で明らかになった非核化の合意を具体化し、さらなる「+α」を協議すると同時に、終戦宣言を含めた米国が取り得る「相応の措置」を協議し、それを第2回米朝首脳会談にどう連動させていくかということが大筋の枠組みだった。
米国も北朝鮮も、ポンペオ長官の今回の訪朝についての詳細な説明を避けている。平壌で十分な合意があったとは思われないが、米朝双方は今回の訪朝を肯定的に評価し、「早期の第2回米朝首脳会談の開催」で一致した。だが、米朝双方は第2回首脳会談の具体的な日時や場所では合意できず、実務協議チームを立ち上げて協議することにした。
一方、韓国の文大統領はポンペオ長官から訪朝報告を受けた翌日の10月8日の閣議で、金党委員長のロシア訪問、中国の習近平国家主席の北朝鮮訪問がいずれも「まもなく実現する見通しだ」と語り、日朝首脳会談も「可能性が開かれている」として、北朝鮮をめぐる関係国の首脳会談が年内に相次ぐとの見方を示した。
ポンペオ長官の訪朝を検証し、第2回米朝首脳会談への見通し、関係国の対応などをチェックしてみたい。
非核化協議より外交日程
ポンペオ国務長官は9月19日、南北首脳会談での共同宣言発表を受け、米朝交渉の即時再開を表明。国連総会で訪米する李容浩(リ・ヨンホ)外相との米朝外相会談と、オーストリア・ウィーンでの米国のスティーブン・ビーガン北朝鮮担当特別代表と北朝鮮側との実務協議を呼び掛けた。そして金党委員長が韓国の特使団に明言したように、非核化実現の期限をトランプ政権の1期目の終わる2021年1月とすることを表明した。
トランプ大統領は9月24日の米韓首脳会談で、第2回の米朝首脳会談について「2度目の首脳会談は遠くない時期に開かれる」「日時と開催地を詰めている。近いうちに発表する」とし、開催地は第1回会談が行われたシンガポール以外とする、と前のめりの姿勢を示した。
ポンペオ長官は9月26日に、ニューヨークで李容浩外相と会談した。さらに米国務省は同日、ポンペオ長官が近く4度目の訪朝を行うと発表した。ポンペオ氏は同日『CBSテレビ』のインタビューで、第2回米朝首脳会談は「10月中にあるかもしれないが、それよりも後になる可能性が高い」と述べた。北朝鮮との非核化をめぐる具体的な内容が協議される前に、米朝の外交日程が前のめりに発表されるという状況が続いたのである。
ポンペオ長官はツイッターで、李外相との会談について「とても前向き」だったと評価。非核化や米朝首脳会談など次の段階について協議したとし、「多くの仕事が残っているが、われわれは前進を続ける」と決意を述べた。
ポンペオ長官は米中央情報局(CIA)長官の時に最初の訪朝をし、その時のカウンターパートが金英哲(キム・ヨンチョル)党統一戦線部長だったために、国務長官に職責を変えた後も金部長がカウンターパートを続けている。ポンペオ長官が李外相との会談を提案した背景には、強硬派で融通の利かない金部長よりは、今後は、国務長官の本来のカウンターパートである李外相との間で協議を進めたいという米国側の思惑があるのでは、という見方も出た。
18回も使った「信頼」
李外相は、昨年の国連演説ではトランプ大統領を「トランプとかいうもの」と呼び捨てにした。また、金党委員長が、トランプ大統領の国連演説を非難する声明で明らかにした「超強硬対応措置」について、「国務委員長同志(金正恩氏)のおっしゃることなので、私には分からない」が「水爆実験を太平洋上で行うこと」ではないかと述べるなど、挑発的な発言をした。
ところが今年の発言や立ち振る舞いは昨年とは様変わりした。
9月25日から10月1日まで、李外相は米国をはじめ中国、ロシア、日本など各国外相と会談したほか、アントニオ・グテーレス国連事務総長やヘンリエッタ・フォア国連児童基金(ユニセフ)事務局長など国際機関のトップと会談するなど、活発な活動を展開した。朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は10月2日、李外相の国連での活動について、中国やロシアなど13カ国の国名をいちいち挙げて外相会談を行ったと紹介したが、ポンペオ長官と河野太郎外相との会談については言及しなかった。
李外相は、9月29日の国連総会での演説で、北朝鮮が今年4月に「社会主義経済建設に総力を集中する新たな戦略的路線を提示した」と指摘。金党委員長は「朝鮮半島を核兵器も核の脅威もない平和の地にするための確固たる意志」を持っていると強調した。
また、トランプ大統領への批判は避けながら、米国で米朝共同声明の履行に悲観的な声が出ているのは声明の中身に不足点があるからではなく、「米国の国内政治と関連する問題」だとした。李外相は「非核化を実現しようというわが共和国政府の意志は確固不動だが、それは、米国がわれわれに十分な信頼感を持って初めて可能だ」と指摘し、朝鮮戦争の終戦宣言に応じようとしない米国を非難して、信頼関係がなければ「われわれが一方的に核武装を解くことはあり得ない」と強調した。
北朝鮮を非核化に導こうとするなら、信頼醸成措置として終戦宣言に応じるべきであり、そうした措置がない状況では非核化には応じる意志はない、という主張だった。李外相はこの演説でなんと18回も「信頼」という言葉を使った。
「核の申告」先送りを提案
この時点までの状況は、米国は北朝鮮に対して、核兵器、核物質、ミサイル、核関連施設などがどこに、いくらあるのかという「核の申告」を早期に行うよう求めている、というものだった。
一方北朝鮮は、李外相の国連演説に表れているように、現時点で最も重要なのはお互いの信頼関係構築であり、そのスタートとして米国が朝鮮戦争の終戦宣言をすべきであると主張した。
お互いが優先課題を提示した時の解決方法は1つだ。同時履行である。ポンペオ国務長官は、米国が「終戦宣言」を受け入れ、北朝鮮が「核の申告」をするという同時履行で問題解決を図る意図と見えた。
しかし北朝鮮にとって、米国との敵対関係が解消される前に「核の申告」をすることは、米国に攻撃目標リストを提出することを意味した。また、現在の国際状況の中で、北朝鮮が「核の申告」をしても、国際社会はそれを信じないだけでなく「まだ、あるだろう」という反応を見せることは確実だ。だからこそ、北朝鮮が同時履行であっても「核の申告」をする可能性は低いと見られた。
そういう状況下で、韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相が興味深い提案をした。
『ワシントン・ポスト』(10月3日付)によると、康外相は同紙とのインタビューに応じ、「最初から核兵器の目録を要求すれば、その後に、検証をめぐって続く論争で、交渉は膠着状態に陥る恐れがある」と述べ、北朝鮮の「核の申告」を先延ばしにすることを提案した。
康外相は、ブッシュ(子)政権当時の2008年に、北朝鮮がプルトニウム関連施設の数千ページにわたる資料を米国側に渡してから、交渉がむしろ悪化したことを例に挙げた。「核目録の申告を受けた後に、それを検証する詳しいプロトコールを生み出そうとしたが、結局、失敗した」「われわれは他の接近方法を取ることを願う」とした。そのうえで「核の申告」を先送りし、北朝鮮が提示した寧辺の核施設廃棄について検証を行うことで膠着状況を打破し、次の段階に進めると提案したのだった。
金党委員長は9月の南北首脳会談で発表した「9月平壌共同宣言」で、(1)北朝鮮は東倉里のエンジン実験場とミサイル発射台を、関係国専門家の参観の下で、まず永久的に廃棄することにした。(2)北朝鮮は米国が6.12朝米共同声明の精神にのっとり相応の措置を取れば、寧辺の核施設の永久的な廃棄などの追加措置を取り続けていく用意があると表明した――と約束している。
この約束を前提に、康外相は「寧辺の核施設の永久廃棄は北朝鮮の核プログラムで極めて大きな部分で、もし、北朝鮮が終戦宣言のような米国の相応の措置によって寧辺の核施設を永久廃棄すれば、非核化に向かうとても大きな跳躍だ」と指摘した。
康外相の提案は、「核の申告」を先送りし、金党委員長がすでに文大統領に約束した「寧辺の核施設」への査察・検証をまず行い、これを永久廃棄すれば状況が打開され、非核化が大きく進むというものだ。康京和外相は「申告はいつか必要になるが、それは米朝が十分に信頼し合えるような相互措置を取ってこそ実現できる」と強調した。
また「終戦宣言」は「法的な拘束力がある協定ではなく、政治的な文書」であり、米国に不利益を与えるものにはならないとした。
康外相は10月4日、韓国外務省での韓国メディアへのブリーフィングで、「非核化を完全に達成するためには、われわれが過去に行った方式と少し違う方式でアプローチする必要がある」「申告と検証がもちろん非核化に明確に必要な核心的な部分ではあるが、非核化のどの時点でそこに入るのかは米国と北朝鮮の協議の結果として出てこなくてはならないのではないか」と説明した。
韓国政府が米国にこうした提案をどの程度したかは不明だ。しかし、北朝鮮が米国との敵対関係が解消される前に「核の申告」をするとは思えず、興味深い提案と見られた。
「終戦宣言は対価を要求するものではない」
しかし北朝鮮は、康外相の提案が米紙に掲載される前に、終戦宣言をめぐる厳しい姿勢を示していた。
『朝鮮中央通信』は10月2日、「終戦は誰かが誰かに与える贈り物ではない」と題した論評を発表した。論評は「最近、米国のいわゆる朝鮮問題専門家らの間から、米国が終戦宣言に応じる代価として北朝鮮から核計画の申告および検証はもとより、寧辺核施設の廃棄やミサイル施設の廃棄などを受け取るべきだという荒唐無稽極まりない詭弁が湧き上がっている」と指摘した。
終戦宣言は米朝が新しい関係に向かおうとするなら当然なすべきことで、それに対価を要求することは不当である、という主張だ。筆者も含めて、北朝鮮が言っている「相応の措置」とは「終戦宣言」だという理解を否定した主張だった。
この論評の論理に則れば、金党委員長が南北首脳会談で示した、寧辺核施設の永久的廃棄のために米側が取る「相応の措置」は、終戦宣言だけでは不十分ということになる。北朝鮮の言う「相応の措置」は当然なすべき終戦宣言ではなく、経済制裁の一部緩和など米国側にさらなる譲歩を要求している可能性が高くなった。
北朝鮮が「9月平壌共同宣言」で「終戦宣言をすれば」ではなく「相応の措置を取れば」としたのは、それなりの思惑があったわけである。
そのうえで「朝米間の交戦関係に終止符を打つのは当然なことであるが、米国が終戦を望まないのであれば、わが方もそれに恋々としない」とした。そっちが終戦宣言が嫌ならやらなくてもいいが、それなら交渉は進まないぞ、という姿勢だった。
ポンペオ長官の訪朝を前にして、平壌での米朝交渉は難航が予想されていたと言ってよかった。(つづく)
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。