中国の金融市場がおかしい。国外への資本流出が加速している。国内の債券市場は売りの嵐に見舞われている。米国株の上昇をしり目に中国株は元気がない。仮想通貨ビットコインの相場が急騰し、取引高も膨らんでいるが、その9割は中国勢といわれる。トランプ次期米大統領の登場で、米中は冷たい競合関係に入った。時ならぬマネー市場の乱は、中国側のアキレス腱をくっきりと照射している。
てんやわんやの中国金融市場
10年物国債の利回りでみた中国の長期金利は、昨年末には3.4%近辺。2016年8月には2.6%程度だったから、長期金利は約0.8%上昇した。その間、米国の10年物国債の利回りも同じくらい上昇しているので、米国に引っ張られた金利上昇であることが分かる。米連邦準備制度理事会(FRB)が2016年12月に1年ぶりに政策金利を引き上げたので、米国の債券が売られ利回りが上昇したのは自然な動きである。対する中国は金融の引き締めなどしていない。
それなのに中国の国債が売られ、利回りがハネ上がった原因は、いうまでもない。中国からの資本流出が加速し、国内がマネーの貧血状態になっているからだ。今や月間の資本流出額は1000億ドル、日本円で10兆円を超える。この資本流出に伴って、人民元を売って外貨を購入する取引が発生する。この外貨の需要に対して、誰かが外貨を渡さなくてはならない。当局が外貨を一元的に管理する中国の場合、外貨準備を取り崩して、民間に外貨を手渡すことになる。
中国の場合、外貨準備を保有しているのは、中国人民銀行(中央銀行)である。外貨準備を取り崩すということは、中央銀行である人民銀の資産が減少する結果となる。中央銀行の資産の減少とは、金融の量的緩和(QE)ならぬ量的引き締め(QT=Quantitative Tightening)となる。その結果、マネーが逼迫し、お金の値段である金利が上昇してしまうのだ。
2016月11月の米大統領選でトランプ候補が勝利し、ナヴァロ・カリフォルニア大教授ら対中強硬派が闊歩しているとはいえ、2016年12月の時点ではまだ新政権が始動している訳ではない。にもかかわらず、中国の金融市場はてんやわんやの大揺れなのだ。実際に新政権が始動したら、何が起こることやら。その話に入る前に、2013年3月14日に習近平国家主席が現在の職に就いて以降の、米中マネーの角逐を振り返っておこう。
オバマをなめ切った習近平
2013年3月末の中国の外貨準備は3兆4426億ドル。中国による米国債の保有額は1兆2703億ドルだった。外貨準備の約37%を米国債で運用していた勘定となる。証券保管機関のユーロクリア(所在地はベルギー)を通じて保有する米国債もあるから、多少の幅を持ってみる必要はあるが、それにしても外貨準備の3分の1余りは、米国債だったことになる。
その後も中国は経常黒字を伸ばし、2014年6月末には外貨準備は3兆9932億ドルまで拡大した。1年半で外貨準備は5506億ドル増加し、4兆ドルに乗せるかと思われた。あたかも、日本のバブルの頂点だった1989年末に日経平均株価が3万8915円の最高値をつけ、4万円に乗せるかと思われたように。
ならば、その2014年6月末の時点の米国債の保有額はといえば1兆2684億ドル。習近平が国家主席に就任して以来、1年半の間に中国の米国債保有は増加するどころか、わずかながらも減少しているのだ。その結果、外貨準備に占める米国債の比率は約32%まで減少した。2013年から14年半ばにかけては、オバマ米大統領が「中国の平和的台頭」を語り、米中でグローバルな問題を仕切ろうかと考えていた時期である。
そんな相手なら与しやすし。習主席はそうなめ切って、米国に対する挑戦を試みた。南シナ海の「9段線」内の島嶼部に対するサラミを切るような侵食であり、東シナ海での空の縄張り(防空識別圏)の設定などだが、オバマ政権はことごとく後手に回り、足元を見透かされた。
経済面ではアジアやアフリカの小国を国ごと買収してしまうような、露骨な人民元外交を展開した。その元手となったのが、あり余る外貨準備だった。韓国石油公社の内部報告書によると、中国は2012年から15年2月までCNPC(中国石油天然ガスグループ)、CNOOC(中国海洋石油)などの国営企業を通じて、27カ所の外国石油開発会社と油田の株式を取得した(韓国紙『中央日報』)。
株も不動産もバブル崩壊
そうした人民元外交を展開する一方で、習政権は外貨準備で米国債を購入するのをやめた。要するに、露骨な「ドル離れ」を始めたのである。カネの切れ目は縁の切れ目。同じ民主党政権でも、ビル・クリントン政権ならこの辺りで習政権の意図を嗅ぎ取り、牽制を加えただろう。
あたかも、1996年6月に橋本龍太郎首相(当時)がコロンビア大学の講演で「米国債を売りたい衝動に駆られたことがある」と発言したことを決して許さなかったように。そして1997年7月のアジア通貨危機に対処するために、榊原英資財務官がアジア通貨基金(AMF)構想を打ち出した途端、ドル基軸通貨体制への挑戦とみて、政権を挙げて潰しにかかったように。
ところが、オバマ政権は習政権のドル離れと人民元外交に対し、見て見ぬフリをした。その結果が、2015年に発足した中国主導のアジア・インフラ投資銀行(AIIB)なのだから、お笑い草である。米国主導の国際通貨体制は黄昏時を迎えた。そんな論評がメディアを支配したのも当然である。
だが、得意の絶頂と思われるときに、舞台は静かに転換しているものだ。実は中国の外貨準備は、2014年6月末をピークに減少に向かいだす。中国経済の過剰設備(過剰供給力)とその裏側にある過剰債務の問題が、いよいよ表面化してきたのである。国内に投資対象が見当たらないとみたマネーは、海外への逃避を始める。経常黒字を上回る、民間資本の流出である。
窮状に追い打ちをかけたのが、共産党自身が煽った株式バブルの崩壊(2015年6月)である。当局は株式から都市部の不動産にバブルをバトンタッチさせることで、事態を糊塗しようとしたものの、不動産の価格も高くなりすぎた。東京の物件より手狭なマンションの一室が、日本の数倍で取引されるような不動産バブルに持続可能性があるとは思えない。その危うさを誰よりも知っているのが、当の中国人たちである。だから、ますます資本流出に拍車がかかる。
拍車がかかった外貨準備の減少
中国の外貨準備は2016年11月末時点で3兆516億ドルと、3兆ドルの大台割れ寸前。2014年6月末に比べると1兆ドル近く減少している。ならば米国債の保有額はといえば、2016年10月末で1兆1157億ドル。外貨準備が2016年6月末時点の保有額は1兆2408億ドルだったから、夏場以降の急速な資本流出で資金繰りが二進も三進も行かなくなっていることがうかがえる。論より証拠。その間の中国の外貨準備と米国債保有額の実数を示しておこう(単位=億ドル)。
11月の外貨準備の減少に拍車がかかったのはいうまでもない。11月8日の米大統領選でトランプ候補が当選し、大型減税やインフラ投資、規制緩和に期待した「トランプ・ラリー」が始まったからである。債券から株式へ資金移動(ポートフォリオ・リバランス)が起き、新興国から米国への資本還流が起きた。新興国では米国に引っ張られて長期金利が上昇し、為替市場ではドルが独歩高となるなかで、新興国通貨は軒並み下落した。
FRB議長の胸の内
こうした流れに拍車をかけたのは、FRBによる1年ぶりの利上げである。赤穂浪士の討ち入りよろしく、イエレン議長の率いるFRBは2016年12月14日に0.25%の利上げを実施した。それだけなら織り込み済みだったものを、2017年の政策金利引き上げについて、イエレン議長は思いのほかタカ派の姿勢を示した。市場が予想していた2017年の利上げは2回。なのに3回という見通しを打ち出したのだ。
米国の失業率は4.6%と完全雇用に近い。そんななかで、トランプ次期政権が積極財政のエンジンを吹かせば、米経済は望ましくないインフレに陥ってしまう。ならば、財政が積極化する分、金融はきつめにする必要がある。イエレン議長のそんな判断は、経済政策の運営としては理にかなっている。とはいえ、大統領選のさなかに、トランプ候補からいわれない非難攻撃を受けてきたことを、イエレン議長が快く思っていないのも確かだろう。
「低金利政策でオバマ政権を助けているですって。ならば、トランプ政権の下では政策の筋を通してあげましょう」。その辺がイエレン議長の胸の内だろう。あるいは「2018年の任期が到来したら、再任しないと明言しているけど、任期いっぱいはやらせてもらうわよ」と腹をくくったのかもしれない。本来は金融緩和志向の強いハト派のFRB議長は、かくして心持ちタカ派に傾斜しつつある。
中国「通貨危機」の事態も
これはあくまで新大統領とFRB議長の痴話げんかのようなものだが、金融市場はその辺の心象風景を読み、米長期金利は上昇し、ドル相場も一段高となった。迷惑を被ったのは新興国だが、皮肉なことに、米国と肩を並べると意気込んでいた中国も、世界第2の経済大国であるより前に、図体の大きな新興国であることがハッキリしたのである。為替市場で人民元が1ドル=7元の大台近くまで売り込まれているのは、その象徴だろう。
経済運営が振るわない中国としては、この人民元安に乗って輸出を伸ばし、外需による景気立て直しを図れれば良いのだが、そうは問屋が卸してくれそうもない。1つは、元安が一段の資本流出を招き、資本流出に伴う外貨準備の減少が、意図せざる金融の引き締めをもたらす「負のスパイラル」の存在。
外貨準備が3兆ドルの大台を割り込むと、銀行への資本注入や海外での資源開発投資など、外貨準備を流用した不稼働資産を隠しおおせなくなる。外貨準備の相当部分が「張り子のトラ」であることが発覚すれば、通貨危機に見舞われたアジア諸国のような事態に襲われかねない。
その一方で、米中の貿易不均衡に神経を尖らす大統領が登場しようという局面で、人民元の下落が加速するようだと、トランプ政権の対中強硬論の火に油を注ぐことになりかねない。米国による為替操作国の指定はともかくとして、鉄鋼など中国の輸出品に対しては次々と高率関税をかけてくるだろう。新設する国家通商会議のトップに指名されたカリフォルニア大のナヴァロ教授は、今から手ぐすねを引いているに違いない。
勝者のない共倒れの可能性
米中の冷たい競合関係の根っこにあるのは、自分の背中が見えてきた2番を徹底的にたたく、米国という国の体質がある。1980年代のソ連はレーガン政権の仕掛けた宇宙軍拡(スター・ウォーズ計画)に付いていけず音を上げて、冷戦に敗北した。経済大国日本はソ連亡き後、クリントン政権の仕掛けた経済冷戦に沈んだ。そして今、中国が新たな冷戦の標的になろうとしている。かつてのソ連や日本と違い、中国は経済的にも軍事的にも米国とがっぷり4つに組むだろう。
米国自身もアフガン、イラク戦争とリーマン・ショックで体力を低下させ、かつての米国ではない。米中の「新冷戦」は勝者のない共倒れになる可能性だってある。トランプ・ラリーにはしゃぐ米国市場もその時は「こんなはずじゃなかった」と臍を噛むかもしれないし、中国は習体制や共産党支配にヒビが入っているかもしれない。日本も共倒れの渦に飲み込まれてしまいかねない。最後に高笑いするのがIS(イスラム国)や北朝鮮やロシアなのだとしたら......。
青柳尚志
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(2017年1月6日フォーサイトより転載)