オランダで直面した「医療行為はどこまでするべきか」--医療ガバナンス学会

医療技術が発展していく中、どこで治療の線引きをするべきなのか。このことも今後は考えていく必要があるのではないでしょうか。

【筆者:坂本遙・チェコ共和国国立パラツキー大学医学部生】(略歴は本文末尾)

「チャーリー・ガードのことを知っていますか?」

司会者からのこの質問を皮切りに、安楽死についてのレクチャーが始まりました。私は今年の7月、オランダで行われたグローバルヘルスのあるサマースクールにチェコで医学を学ぶ日本人として参加しました。他の参加者はブラジル・メキシコ・コロンビアといったラテンアメリカや、アフリカ、EU各国と様々な国から集まっていました。

チャーリー・ガードという英国の新生児の男の子は先天性の難病を患い、彼の両親は医師に生命維持装置を取り外す尊厳死を勧められていました。両親は治療のための渡米を望みましたが、英国最高裁判所と欧州人権裁判所は、生命維持装置を外すことを認める判決を出しました。最終的に両親はこの決定を受け入れ、2017年7月、チャーリー・ガードは亡くなりました。

8日目のこの日、開催場所のオランダでは大人と子どもへの安楽死が合法化されているので、まずは安楽死に関するレクチャーを受けました。レクチャーの後、異なる国の参加者で構成された小グループに分かれ、子どもに対する安楽死について話し合いました。

話し合いを通じて、出身国によって医療倫理に対する態度が想像以上に異なることを知りました。私が感じた違いは主に、貧しく発展途上の国では合理的な判断が行われる傾向があり、それに対して豊かな先進国ではより感情や平等さに重きが置かれる傾向があることです。これは「乳児の病気の治癒率が何%なら治療をするのか?」を議論した時に強く感じたことで、以下のやり取りがとても印象に残っています。

ウクライナからの参加者が「治癒率が3%と低かったら中絶や安楽死を選ぶ人がウクライナでは多い。3%は喩えの数字であるが、治療を諦めるのに値する数字だ」と述べていました。理由は、ウクライナの医療資源が少ないからでした。低い治癒率の子を救う余裕はなく、もし救いたいと思う余裕のあるお金持ちがいるのであれば、そういう人はドイツや海外で治療を受ければ良いと続けていました。

それに対して、英国で学んでいるスロバキア人は「貧富の差で治療を受けられるかどうか決まってしまうのは不平等だ」と語気を荒げて意見しました。それに対するウクライナ人の反応は"That is life"とシンプルでした。平等という言葉をただ振りかざすだけの言動は、きれいごとであると突きつけられた気がしました。

グループワークの後、再び全員が集まり全体で話し合いが行われました。この時司会を務める先生から様々な質問が投げかけられました。私の印象に残ったのは以下の2つです。

(1)治療法がないと思われていた病気の治療に取り組み始める国、たとえば高い技術を持つアメリカや日本といった国がある。この場合、それまでは諦められていた命が救われる可能性が生じる。一部の国では治療される人が他の国では治療されない不平等さはどうしたらよいのか。

(2)治療の決定において、科学的なデータは役に立たない。決め手になるのはfeelingとemotionである。感じ方は個々で異なるので、病気の苦しみのレベルはどう決めればよいのか。

医療がどこまで介入するべきなのか、治療をどこまで続けるかの判断は難しいのだとこの日の授業を通して知りました。そしてこの問題は安楽死だけではなく、高齢者の医療などにも当てはまるのだと思います。

ヨーロッパの多くの国は、細かい制度は国によって異なりますが、日本と同じ国民皆保険制度を導入しています。ある程度豊かな先進国では医療が「平等」に受けられる環境が今のところあるということです。ただし、この誰でも平等に医療を受けられるという環境は、医療費の増加という問題も同時に引き起こしています。

日本では医療費の増加が度々問題として取り上げられていますが、私が住んでいるチェコでも日本と同じく年々増え続ける医療費が問題となっています。気軽に病院に行けること、技術の発展、高齢化がその要因です。日本では高齢化が進みこれから医療費が更に必要になると考えられています。私が医学を学ぶチェコの大学病院に老人医療の病棟が新しく建てられていることからもわかるように、チェコでの高齢化も進んでいます。そして、高齢化ランキングを見てみると、上位50位を占めるのはほぼヨーロッパです。

これらのことを踏まえると、国民皆保険を取り入れている国は制度を変えない限り近い将来現在の医療システムが破綻すると思われます。ヨーロッパの国々より低い税率の日本の場合、破綻を迎える日はより早いでしょう。

今回、発展途上国と先進国の考え方の違いを目の当たりにしてみて、先進国は平等という名のもとに行き詰まっているように感じました。医療技術が発展していく中、どこで治療の線引きをするべきなのか。このことも今後は考えていく必要があるのではないでしょうか。

(本記事はメールマガジン「MRIC」からの転載です)

【筆者プロフィール】

1995年アルゼンチンの首都ブエノスアイレス生まれ。東京で育ち、聖心女子学院卒業。2015年よりチェコ共和国国立パラツキー大学医学部に在学中。

医療ガバナンス学会 広く一般市民を対象として、医療と社会の間に生じる諸問題をガバナンスという視点から解決し、市民の医療生活の向上に寄与するとともに、啓発活動を行っていくことを目的として設立された「特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所」が主催する研究会が「医療ガバナンス学会」である。元東京大学医科学研究所特任教授の上昌広氏が理事長を務め、医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」も発行する。「MRICの部屋」では、このメルマガで配信された記事も転載する。

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(2017年11月10日
より転載)

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