「燃料電池車」は"ガラカー"になる:これだけの理由

FCVに未来があるかは不透明だ。むしろ世界には普及せず、日本の一部だけでしか使われないガラパゴス・カー、"ガラカー"になる恐れもあるとみておくべきだ。
A Toyota Motor Corp. Mirai fuel-cell powered vehicle is displayed during the launch event in Tokyo, Japan, on Tuesday, Nov. 18, 2014. Toyota will start selling its Mirai fuel-cell vehicle next month for 7.24 million yen ($63,000), which Japan will subsidize with the aim of repeating the success of the world's most popular hybrid. Photographer: Tomohiro Ohsumi/Bloomberg via Getty Images
A Toyota Motor Corp. Mirai fuel-cell powered vehicle is displayed during the launch event in Tokyo, Japan, on Tuesday, Nov. 18, 2014. Toyota will start selling its Mirai fuel-cell vehicle next month for 7.24 million yen ($63,000), which Japan will subsidize with the aim of repeating the success of the world's most popular hybrid. Photographer: Tomohiro Ohsumi/Bloomberg via Getty Images
Bloomberg via Getty Images

トヨタ自動車は12月15日に世界で初めてとなる市販の燃料電池車(FCV)「MIRAI(ミライ)」を発売する。メディアでは連日、FCVを盛り上げる記事が掲載され、自動車専門誌も概して好意的な評価だ。経済産業省は「水素社会の第一歩」と位置づけ、FCVの燃料である水素を充填する「水素ステーション」の設置を税金を使って後押しする政策を打ち出している。だが、トヨタが圧倒的に先行し、ホンダも含め日本メーカーが先行優位にあるとはいえ、このFCVに未来があるかは不透明だ。むしろ世界には普及せず、日本の一部だけでしか使われないガラパゴス・カー、"ガラカー"になる恐れもあるとみておくべきだ。

「ゼロ・エミッション」ではない

FCVは、水素を吹き付けると空気中の酸素と反応し、発電する「フューエル・セル」と呼ばれる素子が最大の技術要素だ。水が電気分解する逆工程の反応を実現したものである。電気でモーターを回して走行する点では電気自動車(EV)の一種だが、バッテリーではなく、車上で発電する点が違う。現状で、電気自動車とのもう1つの違いは、水素タンクを満タンにすれば、「ミライ」の場合で650キロの走行が可能で、150〜200キロにとどまっている純粋のEVよりもはるかに長距離走行が可能という点だ。しかも、FCVはEVと同様に排気ガスが一切出ない点で、クリーンな自動車でもある。

こう語れば、FCVが次世代の自動車の本命のように感じられるかもしれないが、FCVが自動車の本流として世界に普及する可能性はきわめて低いだろう。

いくつもの課題があるが、まず立ちはだかるのは燃料である水素の供給だ。水素は空気、水、石油、天然ガスなど様々なものに含まれており、水素製造の方法も多様だ。太陽光発電などで水を電気分解する方法や天然ガスから水素を採ることも可能。原子炉の高温を使って水から水素を発生させることもできる。

そこをとらえて、「水素は空気や水から無限に取り出せるため、枯渇しない究極のエネルギー」と無邪気なことを書くモータージャーナリストもいるが、実はこれはとんでもない間違いだ。水素を水や空気から生産するのには莫大なエネルギーが必要であり、その投入エネルギーが水素に置換されただけの話だ。投入エネルギーが化石燃料であれば二酸化炭素も発生しており、ライフサイクルで見れば、決して「ゼロ・エミッション」ではない。

困難な「水素輸送インフラ」の構築

さらに大きな問題は、水素の輸送インフラが地球上にはほとんどなく、ゼロから構築しなければならない点だ。かつて、サウジアラビアの砂漠に太陽光発電パネルを並べ、発電した電気で水を分解して水素を生産し、専用タンカーで日本に運べばいい、というアイデアを唱える人もいた。だが、水素は腐食性が強い気体であり、きわめて爆発しやすく、爆発力も強力な物質である。耐腐食性の専用貯蔵設備が必要であり、タンカーやパイプラインで長距離輸送するには向いていない。そのため、FCVに水素を充填する水素ステーションを整備しようとすると、建設コストはガソリン、軽油などを売る通常のガソリンスタンドの5倍以上もかかる。

水素を生産し、輸送し、販売するのは、既存の自動車用燃料のなかで最も難しく、コストも大きい。日本やドイツなど国土面積もそれほど広くなく、精緻な水素供給ネットワークを張り巡らし、それをメンテナンスし、安全な操業が可能な国であれば、FCVの普及も可能性があるかもしれない。だが、言うまでもなく、今、自動車の最大の市場は中国であり、モータリゼーションが進んでいくのは新興国、これから自動車が普及するのは途上国である。新興国、途上国で水素を供給するインフラが整い、燃料電池車が普及する可能性は50年以内には困難だろう。21世紀前半で自動車に求められる条件は、途上国を視野に入れれば、燃料が安く手軽に安定的に調達できる、ということになる。水素はその条件からはずれる。

国と自治体のバックアップ

トヨタが発売する「ミライ」は、税込みで723万6000円。ドイツの高級車が十分に買える価格だ。これではとても売れないため、国が1台あたり約200万円もの補助金を出し、何とか500万円台前半で買えるようにするという。しかも、トヨタのお膝元の愛知県ではさらに県が約75万円の補助金を上乗せするため、450万円前後になるという。燃料のインフラ構築にも国が資金支援をする予定で、これから首都圏や関西圏には20~40カ所の水素ステーションが設置される。

トヨタが進めるプロジェクトだけに、国も地方自治体も全面的にバックアップする形だ。無論、国がイノベーションとその成果の普及を後押しすることに異論はない。だが、その程度の燃料インフラではユーザーの利便性からみてまだまだ実用性に乏しいし、FCVが本当に将来性と普及の可能性、そこから広がる公共性を現状で持っているかと言えば、難しいだろう。

たとえば、世界には途上国も含め、大きく2つの自動車向けインフラができている。第1は、ガソリンと軽油の供給インフラだ。原油を製油所で精製し、タンクローリーや小型タンカーで油槽所と呼ばれる2次貯蔵拠点に運び、そこからガソリンスタンドに運ぶというネットワークは、先進国はもちろん、途上国にもかなりできあがっている。

第2は、送配電網だ。EVは、急速充電機などを備えた専門の充電ステーションだけでなく、家庭や駐車場、街角でも、電線が伸びてきている場所であれば時間はかかったとしても充電はできる。そうした姿は、電動バイク、電動自転車が年間3000万台以上も売れる中国では当たり前になっている。電力インフラは自動車用にも簡単に転用でき、力を発揮する。そして何より、EVは走行コストがガソリン車の3〜4分の1以下という安さも競争力になっている。

こうした既存のインフラを押しのけて、巨額の資金を投じて水素ステーションを各地に建設しようという機運が、果たして日本以外の国に広がるだろうか? 可能性はきわめて低いだろう。とすれば、日本が官民あげてFCVの普及に力を入れても、日本だけが突出し、世界のスタンダードにはならない商品になってしまう可能性がある。高度で精緻だが日本でしか普及しなかったために「ガラパゴス化」した携帯電話、いわゆる「ガラケー」と同じ轍にはまる危険性が極めて高いのだ。

米欧メーカーの「痛い教訓」

もちろん、そうした「ガラカー化」を警戒し、トヨタは独BMWとFCVで連携を組んでおり、ホンダは米ゼネラル・モーターズ(GM)、日産自動車は独ダイムラー、米フォードと組んでいる。米欧メーカーもFCVの技術的な潜在力をまだ追求しようとしている。だが、それをもって、トヨタ以外がFCVを将来の商品として考えているかといえば違うだろう。あくまで、技術的な劣後を警戒した行動なのだ。米欧メーカーには、トヨタが世界で初めて市販車として世に送り出したハイブリッド車(HV)の痛い教訓があるからだ。トヨタのHV開発を甘くみたことで、HVの普及に乗り遅れ、環境車全体でもトヨタの後塵を拝するようになったという考えが、FCVでもトヨタに追随する動きになっている。

FCVはきわめて意味のあるイノベーションであり、いつの日か、何かの形で大きな存在になる可能性は十分にある。だが、これから20~30年という期間で、世界中の車社会に与えるインパクトは決して大きくはないだろう。優れた技術が必ずしも「勝ち組」となるわけではないのは、主に1980年代後半に戦われたビデオ規格におけるソニーのベータ方式の敗北が証明している。トヨタの「ミライ」はじめ、日本の自動車メーカーが注視するべきは、技術の先進性だけでなく、新興国、途上国への普及の可能性なのだ。

新田賢吾

ジャーナリスト

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(2014年11月27日フォーサイトより転載)

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