国交樹立30周年「日本」と「ミクロネシア連邦」の架け橋となった「日系人」の物語(下)--フォーサイト編集部

ミクロネシア連邦が最初に連絡事務所を開設した国が、日本だった。
ミクロネシア連邦の地図。赤が首都パリキール
ミクロネシア連邦の地図。赤が首都パリキール
PeterHermesFurian via Getty Images

ジョン・フリッツ駐日ミクロネシア連邦大使(58)が東海大学政治経済学部経済学科に在籍していた1984年、東京・六本木にミクロネシア連邦の連絡事務所が開設され、国交樹立に向けた協議が始まった。

「建国はしたけれども、まだアメリカから独立を認められていないという難しい立場でしたが、当時のナカヤマ大統領がそれでも日本との関係を大事にしたい、と開設を決めました。現在、泉屋博古館という美術館がある場所にビルが建っていて、その一室が連絡事務所でした。大学生だった私は、授業がない時は必ず行き、実習生としていろいろな手伝いをしたものです」

ミクロネシア連邦が最初に連絡事務所を開設した国が、日本だった。両国の深い繋がりを考えれば当たり前のようにも思えるが、過去の遺恨はなかったのだろうか。

「基本的に日本との関係は良好ですが、戦前に日本の統治が30年間続いたという歴史があることは確かなので、当時の国民の100%が日本を無条件に受け入れられると思っていたのかと言ったら、そうではありません。戦前のことが心のどこかに残っている人もいる。国交樹立に向けて最も頭を悩ませたのは、そういう人たちにどう説明し、理解してもらうかということでした。なるべく過去の問題などの後ろ向きな話はせず、日本との経済関係という未来志向のポジティブな話をして、少しずつ理解を得ていったのです」

ようやく国交樹立が実現したのは、連絡事務所開設から4年が経った1988年12月。時同じくしてフリッツ少年も年に1人しか採用されない外交官試験に合格し、(上)で触れた通り正式に連絡事務所に配属されたのであった。

ちなみに連絡事務所から駐日ミクロネシア連邦大使館に改められたのは、翌1989年のことである。

大使といえども営業マン

「最初はグアムやサイパンに行きたいという電話がよくかかってきて、こちらがミクロネシア連邦の大使館だと伝えると、"首都はどこ? パリキール? 知らないな"と言われたものです。そこから少しずつ知名度を上げていき、ようやくミクロネシア連邦のどこどこに行きたいという電話がかかってくるようになりました。大使になるとデスクワークが増えるものなのですが、私は積極的に外に出て、PR活動をしています。大使と言えども営業マンでないといけませんから(笑)」

これからの課題は、民間外交の強化だという。

「日本との関係を次世代に繋げていくためには、政府だけでなく民間レベルでの交流が欠かせません」

その試みの1つが、名誉総領事の設置だ。大使が本社の営業マンなら、これは支社の営業マン。ミクロネシア連邦と縁のある全国の民間人を名誉総領事に任命し、PRをしてもらうのだという。もっとも「名誉」なので報酬はナシ。ボランティアである。

「当初は引き受けてくれる方を探すのが大変でしたが、現在、北海道、宮城、兵庫、高知、福岡の5カ所に1人ずつおります。中小企業の経営者や元県知事、南洋貿易と森小弁さんの関係者にお願いしました。みなさんご自分で会社を経営しているので、その一室を名誉総領事館にし、出先や何かでミクロネシア連邦の紹介をしてもらっています」

今年5月には高知県の尾﨑正直知事が旗振り役となり、日本の自治体とミクロネシア連邦やフィジー、パプアニューギニアといった太平洋島嶼国を繋げる「太平洋島嶼国・日本地方自治体ネットワーク」が設立された。

「現在16カ国、14の自治体が参加しており、このネットワークができたことで、参加国と日本との関係がより強固なものになったと確信しています。今までよりもさらに各地方の特色を生かした交流を持てる機会も増えることでしょう」

ちなみに、尾崎知事がネットワークを立ち上げた背景には、日本・ミクロネシア連邦友好議員連盟の前会長である森喜朗元総理の後押しもあったという。人と人との繋がりがまた新たな繋がりを生むのである。

鰹節工場で雇用創出

ミクロネシア連邦では今年2月、鰹節工場が竣工した。運営主体は、この地域でカツオ漁を手掛けている「大洋エーアンドエフ」(「マルハニチロ」のグループ会社、東京都中央区)と現地の「国家漁業公社」が設立した合弁会社だ。この国の排他的経済水域(EEZ)はカツオの好漁場で、日本にとっても主要な供給源なのである。

「ミクロネシア産のカツオは、日本では主に鰹節として流通しています。日本の漁船が入漁料を払ってカツオを獲り、冷凍して輸送。日本で鰹節に加工するのです。我々としては入漁料を貰って終わりではなく、雇用もつくりたいし、加工のノウハウも伝えて欲しいという思いがあり、日本と合弁会社をつくりました。本当は最終加工まで現地でできればいいのですが、鰹節はとても繊細でしょ。日本の工場を見学したら、本当に几帳面な作業で、高度な技術に忍耐力も必要だということがよく分かりました。あれは他の国には真似できません」

鰹節は日本の食卓に欠かせない一種の調味料だが、現地でも使われるのだろうか。

「日本の統治下にあった時代は出汁に使っていたようですが、今は他の魚介や鶏で出汁を取りますね」

名物料理は「ウム」(地炉)を用いた豚の丸焼き。地中に穴を掘って熱した石を入れ、葉っぱをかぶせて豚肉や魚や果物を置き、4時間ほど蒸す。

「でも最近は、特別な日にしか作りません。今はスーパーで何でも売っていて、若い人はお金があれば、ヤシの木に登るよりコーラを買ってしまう。さすがにマクドナルドはありませんが、バーベキューチキンやソーセージとご飯を簡単に組み合わせた弁当を売る店があり、それが言わばファーストフードです」

生活習慣病の患者が増加

実は、こういった弁当の普及が一因で生活習慣病の患者が増え、平均寿命が下がっているという。世界保健機関(WHO)が今年発表した「国別平均寿命ランキング」によれば、ミクロネシア連邦の男女合わせた平均寿命は69.5歳で、121位。1位の日本(84.2歳)とは歴然の差だ。

「もともと野菜を食べる習慣があまりないところへ、自給自足の生活にどんどん新しい食べ物が入ってきたため、肉や炭水化物だけ食べたり、コーヒーに砂糖をたくさん入れて飲んだりと、食事のバランスが偏ってしまっている。日本の調理師や栄養士などの専門家に来てもらい、島民と一緒に現地の食材を使って健康食をつくるというソーシャルツアーも開催しましたが、対策はまだまだです」

もう1つ、こうした「外からの物資」で増えるのが、ゴミだ。そもそもゴミを収集して焼却したり、リサイクルしたりするシステムがないので、ゴミが増えれば溜まっていく一方なのである。

「今後、観光客を誘致するうえでも、ゴミ処理の問題は重要です。ミクロネシア地域の国々では、一気に観光客が増えたことでゴミの処理が追い付かず、深刻な社会問題になっています」

そこで東京都八王子市の専門職員が2011年から2年間、青年海外協力隊として現地に駐在。寄贈したゴミ収集車を使って収集システムをつくり上げた。ただ道路が整備されていない地域も多く、現在もさらなる支援に取り組んでいる。

日本の友達が宝物

ミクロネシア連邦には年間5000~1万人の日本人観光客が訪れる。グアム経由で約5時間半の旅だ。今年9月に成田との直行便が週2便、開通したのだが、乗客が少なかったためか、1カ月半で運休してしまった。

「直行便は私の長年の夢でしたが、一気に週に2便も大丈夫かなと、心配してはいたのです。私の理想としては、我々の文化や習慣が変わらないように、少しずつ観光客を受け入れていきたい。何と言ってもミクロネシア連邦の魅力は、手つかずの自然ですからね。海に出ればイルカやマンタに出合えますし、水が透明なので、シュノーケリングで20~30メートル下まで見通せます。日本の疲れた社会人の方々は絶対に癒されますよ!」

目下、観光と環境保全を両立させるアイディアとして、日本人観光客が宿泊だけでなく現地の人と交流もできる「ジャパニーズ・ヴィレッジ」をつくってはどうかと、大使は考えている。チャレンジは尽きない。

「今年は国交樹立30周年という本当に特別な年です。私自身、いろいろな問題を1つずつ乗り越えてきたこれまでを振り返ると、とても素晴らしい経験をさせてもらったなと感じます。私の宝物は、日本に友達がたくさんできたこと。そういう方々が仕事上でも力になってくれていて、本当にありがたい。あと何年、日本に残るか分かりませんが、私たちが築いてきた日本との絆を、どうにか次の世代に繋げたいと思っています」

いつか大統領として対日外交に励む姿が目に浮かぶが、

「いやいや。大使の任を終えたら、国に帰って船乗りになりますよ」

日本とミクロネシア連邦の懸け橋となった日系3世の大使は、そう言って笑った。

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(2018年11月20日
より転載)

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