ハンガリーの「元移民」から見た「ドイツ総選挙」の影響--医療ガバナンス学会

ドイツの難民政策はいつまで続くのか。

【筆者:吉田いづみ・Semmelweis(センメルワイス)大学医学部生】

私はハンガリーで医学を学んでいる学生だ。私が通うセンメルワイス大学にはハンガリー語、英語、そしてドイツ語コースがある。ドイツ語コースがあるため、多くのドイツ人が在籍している。そして先日、ドイツで総選挙が行われた(9月24日投開票)。結果はメルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が全体の33.0%の票を得て第1党となり、アンゲラ・メルケル首相の4選が決まった。

しかし、今回の選挙結果について、ドイツの地元紙では「メルケル首相率いる連立与党にとって、第2次世界大戦以降最悪の結果」と報じている。

難民政策に猛反対

私の大学の友人の多くはルーマニア、特にトランシルヴァニア出身の両親を持つ。トランシルヴァニアは11世紀にハンガリー王国に併合されて以降、一時期ドイツやオーストリア領の時代もあったが、から第1次世界大戦後の1920年までハンガリー王国領であり、ハンガリー語を第1言語としていた。小説や映画で知られるドラキュラ=ヴァンパイアの出身地としても有名だ。

1920年以後はルーマニア王国に併合されたが、第2次世界大戦後に誕生した共産党一党独裁のルーマニア社会主義共和国で、初代大統領となったニコラエ・チャウシェスクの独裁政治によって、多くの住民がドイツ・ミュンヘンなどに移住した。しかし、当時は政府から移民への生活費や居住などの援助は全くなく、移住したルーマニア人は、ゼロから自分たちで生計を立てなければならなかった。子供を受け入れてくれる学校を自分たちで探し、ドイツ語を学び、職を探し、生活していた。

そしてそのような移民の子供たちが両親の影響でハンガリー語を話すことができ、ハンガリーに馴染みがあるということで、ハンガリーに医学を学びに来ている。私が学ぶ大学のドイツ語コース学生の3分の1は、そういった経緯があるそうだ。

そんな彼らからしてみれば、今の「難民なら誰でも受け入れます」といったメルケル首相の政策はあり得ないもので、反対だ。自分たちの両親や祖父母らがそこまで苦労してドイツで生計を立てた歴史があるのに、今の難民が無償で住居や教育、医療を受けられるなど、考えられないのだ。ましてや、もともとドイツに住んでいた人でさえ、たとえば子供が保育園の待機児童となっている中で、難民が優先して教育を受けられることには猛反対なのだという。

「声を得る」選挙結果

そんな反対派の多い難民受け入れ政策だが、戦後最悪の結果と言われながらも、今回もメルケル首相が当選した。ドイツ総選挙の選挙方法は、選挙権を持つ18歳以上の国民全員が参加し、小選挙区では個人名を、比例代表では政党名を記入する。得票数と議席数の決定には細かい取り決めがあるが、メルケル首相は今回も自身が率いるCDUの党首であり、選挙によってCDUが第1党になれば自動的に首相として4選が決まる仕組みだった。

ただ、今回の選挙結果を受けて、政党単体としては歴史的な惨敗となった社会民主党(SPD)は、CDU・CSUとの連立を解消し、野党にまわることとなった。そして、反イスラム色が強く、難民受け入れに反対する新興の右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、今回第3党に大躍進したが、メルケル首相が推し進めてきた難民政策に対する有権者の反発を追い風にしてきたため、今後も勢力を強めるとされている。実際、AfDへの支持は、事前の世論調査が示していたよりも高かったという。そのため、今回の選挙結果はドイツの政治制度を変革し、選挙前の連邦議会で意見が反映されていなかった人々が「声を得る」ことになったと報じられている。

今年に入ってからドイツは、難民の中で自国に残っている家族や親戚がいる場合はその家族の受け入れも認めることになり、今後難民は約3倍にまで増えると予想されている。時代が違うとはいえ、かつて難民としてドイツに移住し、自らの生活を切り開いていった人々にとって、今のメルケル首相の難民政策は受け入れられない。今後、この選挙結果がメルケル首相の政権運営にどう影響していくのか、ドイツの難民政策はいつまで続くのか。将来ドイツで働くことを希望する私にとって、ますます目が離せない議論となる。

医療ガバナンス学会 広く一般市民を対象として、医療と社会の間に生じる諸問題をガバナンスという視点から解決し、市民の医療生活の向上に寄与するとともに、啓発活動を行っていくことを目的として設立された「特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所」が主催する研究会が「医療ガバナンス学会」である。元東京大学医科学研究所特任教授の上昌広氏が理事長を務め、医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」も発行する。「MRICの部屋」では、このメルマガで配信された記事も転載する。

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(2017年9月26日フォーサイトより転載)

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