トランプ大統領の意思を「忖度」するヘイリー米国連大使--鈴木一人

ヘイリー国連大使がこの4月、一気に脚光を浴びる存在となった。

国連安全保障理事会の議長国は月ごとにアルファベット順のローテーションで変わり、今年4月の議長国はアメリカである。これまで「アメリカ第1主義」を掲げ、国連に対する拠出金の大幅削減を主張し、国連や多国間外交を毛嫌いしてきたアメリカのトランプ政権が、どのような国連外交を展開するのか、期待と不安の入り交じる形で4月を迎えることとなった。

安保理は、紛争地帯での情勢変化や、北朝鮮のミサイル発射のような突発的な出来事に対応することが多いため、1カ月ローテーション制の議長国が主導して何かを進めることは容易ではない。その意味では、どの国が議長国を担うのかはあまり大きな問題ではない、と見ることも出来る。

しかし、議長国によって安保理を緊急招集するかしないかの判断が分かれたり(たとえばロシアが議長国の場合、シリア問題での緊急招集を避けるなど)、報道向けの声明や記者会見などは安保理を代表して議長国が行うため、国際社会に向けてのメッセージに議長国なりのニュアンスを込めることも出来る。その意味で議長国がどの国であるのかというのは、意外に重要である。

アメリカは、これまでも常に本来の議長国の役割以上の活動を目指してきた。特に元サウスカロライナ州知事で、政治的野心に満ちたニッキー・ヘイリー国連大使は、この議長国の機会をアメリカ外交の晴れ舞台とすべく、議長国になる前から様々な宣伝活動を行ってきた。

ティラーソン国務長官が議長を務め、各国の外務大臣を集めた中東問題のハイレベル協議を行うなどのアイディアが次々と出されたが、残念ながらそれらはあまり成功していない。

トランプ外交の唯一の窓口

そのヘイリー国連大使がこの4月、一気に脚光を浴びる存在となった。

シリアのイドリブ県で化学兵器が使用されたとみられるアサド政府軍による空爆が行われたのが、4月4日。

それに対して国連安保理が議題として取り上げている最中、しかも米中首脳会談が行われている4月6日に、トランプ政権は地中海に停泊している艦船から60発(うち1発は不具合で海中に落下)のトマホーク巡航ミサイルを撃ち込み、シリアの空軍施設を破壊した。

また、米中首脳会談の前にインタビューに応じたトランプ大統領は、北朝鮮に対し、中国が行動しないのであれば米国が単独で行動するとも述べ、北朝鮮に対しても軍事力を前面に出した対応を進めていく姿勢を明らかにした。

これまで「アメリカ第1主義」を掲げていたトランプ政権が突如として紛争地帯に軍事的に介入し、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)党委員長とは「ハンバーガーを食べながら」対話するといった発言をしてきたのに、これまた突如として軍事的な圧力をかけ始めたことに多くの人が驚きを隠せなかった。

しかし、アメリカ外交のメッセージを発信すべきティラーソン国務長官は、メディアに対して極めてネガティブな姿勢を貫いている。

通常は外国訪問の際にメディアを同行させ、そこで記者懇談会などを行うのだが、ティラーソン国務長官は同行記者の数を極端に制限し、しかも代表取材のような形ではなく、メジャーとは言えないメディアの経験の浅い記者を同行させるといった形で、メディアを遠ざけている。

そのため、オープンな場で積極的に発言し、メリハリのあるコメントで知られ、また州知事としての行政経験やメディアとのコミュニケーションにも慣れているヘイリー国連大使の発言から、トランプ政権の外交を理解しようと注目が集まるのである。

ホワイトハウスの力学の変化

こうしたアメリカの対外政策の変化の背景には、ホワイトハウスにおける政策決定の力学の変化があると思われる。

その大きな変化を引き起こしたのは、バノン大統領首席戦略官が国家安全保障会議(NSC)中核メンバーから外れたことと、代わってトランプ大統領の娘婿のクシュナー大統領上級顧問とマクマスター国家安全保障担当大統領補佐官が、政策決定の実権を握ったことに起因すると考えている。

この力学の変化により、トランプ政権の対外政策は軍事的対応の方に優先順位がつき、外交交渉による問題解決の役割が小さくなったように見える。その大きな要因として、国務省の高官ポストが(これは国務省に限らないが)ほとんど埋まっていない上、各国の大使もオバマ政権で任命された大使は一斉に辞任させられたにもかかわらず、新たな大使がほとんど任命されていないなど、国務省が機能不全に陥っているという状況がある。

また、国務省は意思決定過程から外され、職員の士気は下がっており、具体的な仕事もないため、食堂でコーヒーばかり飲んでいると『アトランティック』紙の記事でも報じられている。

その上、エクソン・モービルのCEOであった、外交経験や政治経験の無いティラーソン国務長官は国務省の職員との関係が全くうまくいっておらず、保守的なメディアからの攻撃を受けると簡単に職員の配置転換や辞職を求めるなど、マネージメントが崩壊しているという状況になっている、と『ポリティコ』紙も報じている。

そのため、トランプ政権においては外交交渉よりも軍事的圧力によって問題を解決するという選択肢が優先されるような状況にあるのだ。

「拠出金削減」という大方針

ヘイリー国連大使はこうした状況の中で、トランプ外交の唯一の窓口と見られているわけだが、政治経験のあるヘイリー大使といえども、国務省のサポートや外交政策全体の流れの中で訓令(インストラクション)を受けて調整する必要がある。

ところが先に述べたように、国務省が正常に機能していないため、ヘイリー大使は適切なサポートや訓令を受けることが出来ていないとみられる。

その結果、ヘイリー大使は大統領の意向を「忖度」せざるを得ない状況にある。彼女が明示的に受けている訓令は、第1に国連拠出金を削減すること、第2に、イスラエルに対する批判や非難に対しては徹底的に戦い、いくつかの国連のフォーラムからの脱退も含めた強い対応をする、というトランプ政権の大方針しかない。

たとえば、安保理の下にあるコンゴ民主共和国制裁のモニタリングを行う、専門家パネルのメンバーが2名殺害された事件が起こった際、ヘイリー大使は、「国連が展開しているPKOの縮小を進めなければ、米国の拠出金を減らす」と脅迫めいた発言を行った。

その根拠として、コンゴ民主共和国のカビラ政権が腐敗しており、PKOを派遣する価値がないことを挙げたが、専門家パネルのメンバーが殺害されたにもかかわらずPKOを縮小するのは、ひとえに拠出金削減という大方針があるからである。そのため、あらゆる機会を捉えて拠出金を減らすための理屈を探しているのだ。

また、イスラエルに対する批判が強く、パレスチナ問題に積極的に介入してくる国連人権理事会に対しては、理事会が「非常に腐敗している」と根拠を示さないまま批判し、このように腐敗した人権理事会には参加する意味はないとして、脱退すると主張している。

しかしその本音の部分は、イスラエル批判を繰り返す理事会に批判を控えさせるためであると考えられている。これまでもアメリカと人権理事会の関係は必ずしも良いと言えるものではなかったが、ここまで明白に脅迫めいた発言をするのは、やはりトランプ政権の大方針であるイスラエル擁護のためとみるのが適切であろう。

ホワイトハウスと食い違う大使の発言

しかし、それ以外のイシューについては、おそらく明示的な訓令を受けておらず、相当程度ヘイリー大使が判断をする裁量を持っていると考えられる。

たとえば、シリアのアサド政権が化学兵器を使用する前、ティラーソン国務長官がシリア問題に関して、アサド政権の退陣を最優先課題としないと発言したが(この発言が化学兵器の使用を容認したと受け取られた可能性もある)、ヘイリー大使は当初、ティラーソン長官と平仄を合わせていたのに対し、その後、テレビ出演して、「アサドが政権に就いたままのシリアの将来はない」と発言を修正した。

ところがティラーソン国務長官は発言を明示的には変更せず、世界中が呆気にとられている間に化学兵器が使用され、トランプ大統領はアサド政権が支配する空軍施設をミサイル攻撃する判断をした。結果的にはヘイリー大使の発言が大統領の判断と一致した形になったのである。

ヘイリー大使は、シリアに対するミサイル攻撃後、安保理の場で「更なる攻撃の用意がある」と発言し、自身が主張するアサド政権の退陣、すなわちレジームチェンジを実現することがアメリカの目的であると表明していた。

だが、マクマスター安保担当大統領補佐官は、「レジームチェンジを望んでいるが、それは米国のシリア政策の目的ではない」と明言し、ここでも議論が食い違っている。

結果的にシリアへのミサイル攻撃以降は、トランプ政権の問題関心は北朝鮮に移り、アサド政権を打倒するための戦闘のエスカレーションも見られない。むしろロシアやアサド政権の更なる攻勢を導き出した点からみれば、アメリカのミサイル攻撃は化学兵器の継続的な使用を抑制したとは言えるかもしれないが、シリア内戦を悪化させた結果になったとも言える。

ヘイリー大使はトランプ外交を動かしているのか?

このように明示的な訓令を受けないまま、国連の場でどんどん発言するヘイリー大使を評して、ティラーソン国務長官と同等の力を持ち、今やトランプ政権の外交を引っ張る存在である、との記事が『ウォール・ストリート・ジャーナル』に掲載された。

シリアやイラン、ロシアに関するヘイリー大使の発言が、ティラーソン国務長官やホワイトハウスよりも先で、それに引っ張られて発言の修正や後追いをせざるを得ない状況にある。実際、ホワイトハウスから発せられるメッセージが混乱しているだけに、多くの外交官はヘイリー大使の発言に注目せざるを得ない状況にある、という内容だ。

果たしてヘイリー大使の発言は、トランプ外交を動かしていると言えるのだろうか。

これまで見ている限りでは、ヘイリー大使が限られた情報や訓令の中からトランプ大統領の思考や発想を読み取り、状況に応じてその発言を修正し、なんとかアメリカ外交を他国にも理解出来るような言葉に変えようという努力の跡が見られる。

つまり、ヘイリー大使はトランプ大統領の思考を「忖度」しながら国連外交のみならず、トランプ外交全体を俯瞰しつつ発言しなければならないと自認しているように見えるのである。

故に、自らの発言がしばしばホワイトハウスによって修正されたり、全く異なる形で表現されたりすると、その後適宜修正せざるを得なくなるという状態に陥る。

元々選挙期間中はトランプ大統領を支持しなかったにもかかわらず、その気っ風の良さを買われ、政権発足早々国連大使に指名されたという異例の扱いを受けたヘイリー大使であるが、トランプ大統領と親しかったわけでも、その発想の原点を共有しているわけでもない。また、国連本部のあるニューヨークはワシントンDCから離れているため、ホワイトハウスの中で起きている様々な権力闘争や人間関係に関与出来ているわけでもない。

ヘイリー国連大使は目下、議長国としての権限を持つ4月の間に、安保理加盟国15カ国の大使をつれてホワイトハウスを訪問し、トランプ大統領や主要な議員と面会することを企画している。

安保理メンバーの大使が紛争や感染症問題の現場を全員で視察に行くといったことも過去に行われたことがあるが、今回の企画は、トランプ大統領が国連への拠出金を削減し、国連の活動が危機に瀕している状況を直接訴えたいという加盟国の切実な思いがあると同時に、ヘイリー国連大使にとっては、遠く離れたニューヨークではなく、自分の上司の目の前で活動することで、余計な「忖度」をする必要をなくし、自分の忠誠心をトランプ大統領に見せる機会を作りたいからなのだろう。

こうした政治的野心を持ち、トランプ大統領へのアピールを欠かさないヘイリー国連大使だが、その活動が結果として、国連に対してネガティブなイメージしか持たず、国連の役割を小さくしようと試みてきたトランプ大統領の意識を変化させ、国連の役割の重要性を再認識させる結果となっているとの記事が『フォーリン・ポリシー』誌に掲載されている。

これはある種の怪我の功名ではあるが、残念ながら、トランプ大統領の大方針である拠出金の削減を変更するまでには至っていない。(鈴木一人)

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鈴木一人

すずき・かずと 北海道大学大学院法学研究科教授。1970年生まれ。1995年立命館大学修士課程修了、2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授を経て、2008年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書にPolicy Logics and Institutions of European Space Collaboration (Ashgate)、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2012年サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(日本経済評論社、共編)、『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(岩波書店、編者)などがある。

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(2017年4月27日フォーサイトより転載)

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