台湾「蔡英文」が最も恐れる男 「国民党の反日的言動は支持しない!」--野嶋剛

2020年の総統選にも影響を及ぼすとも見られる人気者で、2018年12月25日の着任後もその一挙手一投足が注目を集めている

台湾で昨2018年11月に行われた統一地方選は、蔡英文総統率いる与党「民進党」の惨敗で終わった。

その激変を演出したのは、圧倒的不利と見られた台湾南部最大の都市・高雄市の市長選で「韓流」と呼ばれるほどの現象を巻き起こして勝利した国民党の韓国瑜氏(61)だ(2018年11月25日「速報! 台湾統一地方選:与党『民進党』打ち砕いた『韓流』ポピュリズムの破壊力」参照)。

2020年の総統選にも影響を及ぼすとも見られる人気者だけに、12月25日の着任後もその一挙手一投足が注目を集めている。このほど、ジャーナリストの野嶋剛氏と「フォーサイト」に対して、日本のメディアで初めてとなる単独インタビューに応じた。

「韓流」は合理的な現象

野嶋剛 韓市長は元立法委員ではありますが、国民党や政府で重要ポストを経験したわけでもなく、全国的な知名度も低く、高雄とも縁が薄かった。立候補したとき、当選できると思っていましたか?

韓国瑜 五分五分ですね。投票の日まで、五分五分という思いでした。

野嶋 高雄では伝統的に国民党は弱い。誰も候補者のなり手がいないなか、最初は当選不可能な泡沫候補扱いでしたね。

犠牲バントみたいなね(笑)。でも私はそう思わなかった。高雄を歩きながら私の考えを伝えていくと、人々の受け止め方が次第に変わっていったのです。常に選挙費用は不足し、大変な選挙戦でしたが、私に恐れるものは何もなかった。

野嶋 高雄市民が熱狂的にあなたを支持する様子はあなたの名字を取って「韓流」と呼ばれ、台湾全体の選挙情勢すら変えました。なぜ「韓流」を起こせたのですか。

日本に小泉純一郎という首相がいましたね、真っ白い髪の毛をした人。彼も、人々を大きく感動させ、動かしました。政治学でカリスマ、という存在です。私がこの選挙でカリスマ化したとすれば、私の力ではなく、台湾の人々が現状に「もう勘弁してくれ」と感じていたのです。台湾は何十年も(統一か独立かの)イデオロギー対立に巻き込まれ、経済は低迷する一方だったからです。

野嶋 だから韓市長は選挙で「政治はゼロ、経済が100」と主張したのですね。

私は選挙のスローガンに生活の改善を掲げました。一方、私の対立候補である陳其邁氏はイデオロギーの路線を選び、「民進党は台湾民主の聖地・高雄で負けられない」と昔ながらの主張を繰り返しました。陳氏は台湾の民衆の思いを理解できていなかったのです。

野嶋 先ほどのカリスマという指摘ですが、あなたの当選はポピュリズム政治の出現という要素もあったのではないかと感じます。

私は「高雄はどんどん老いて貧しくなっている」と主張しました。市民は最初は怒り、拒絶し、反論しました。メンツがあるからです。ですが、いつしかこの点をめぐって論議が始まり、私の主張が広がり、みんな沈黙して思考し、「なるほど、そうかもしれない」と考えてくれたのです。それが投票結果につながりました。

野嶋 あなたの当選は、ポピュリズムではなく、奇跡でもなく、合理的なものだったと?

そうです。合理的な理由があったのです。

野嶋 もし当選していなかったら、今頃、何をしていましたか。

北海道でのんびり旅行していたかも(笑)。そのあとは帰国して、農家をやっていたでしょう。私はなんといっても「賣菜郎(八百屋のおやじ)」ですから(筆者注:韓市長は出馬前は台北で農産物販売輸送関係団体のトップを務めており、選挙中は自らを賣菜郎と呼んで庶民性をアピールしていた)。

台湾が大切にすべき「日米中」3つの文化

野嶋 日本に行ったことはあるのですか。

実は私は1985年に中華民国政府が日本に派遣した大学生10人の1人なのです。数千人の大学生の希望者から選抜されました。当時は1ドルが260円でした。(同年のプラザ合意で)1年後には150円台の円高になって日本は大騒ぎになった頃ですね。

野嶋 お父さんは日本と戦争を戦った軍人で、あなたも眷村(大陸から渡ってきた外省人の軍人らの居住区)で育った人間です。日本を憎む気持ちはないのですか?

子供時代はありましたね。しかし大人になって日本文化と日本人に触れて、そうした伝統的な対日観と、実際の日本の姿は一致していなかった。1985年の訪日では日本での飛行機の離着陸で日本アジア航空(後に日本航空に吸収)の職員が滑走路で深々とお辞儀をしてくれました。農村に行くとみんな挨拶して頭を下げてくれる。衝撃でしたね。お菓子も羊羹もきちんと綺麗に包装されている。都市も農村もどのトイレも清潔でゴミ1つ道路に落ちていない。子供の頃に受けた教育と全く違いました。たった14日の日本旅行でしたが、それから徐々に日本の人々と接触するようになり、考えも変わりました。私の妻は小学校を経営していますが(筆者注:雲林県の私立ヴィクトリアアカデミー)、台湾で唯一、日本語を教える小学校なのですよ! 台湾の日本関係の人材には断絶があります。私は、次世代には中国語と英語に加えて、日本語の能力を身につけることを期待しています。

野嶋 あなた個人は別かもしれませんが、(慰安婦像の設置や福島県などの食品の輸入規制問題などで)国民党の最近の動きは反日的だと日本人が受け止めても仕方がない面があり、日本では国民党の復活を心配する声があります。

(コップを持って)これが台湾です。中には3つの文化が入っています。米国文化、中華文化、日本文化です。この3つの文化がすべてこの島にあり、台湾はこの3つの文化と経済力を吸収して健康に強く育った「子供」なのです。米中日の世界3大経済体が台湾内部で衝突すれば台湾は衰え、弱体化します。台湾の指導者、政治家はこの点を理解すべきです。

野嶋 他文化に対する包容力が必要ということですか。

まさにその通りです、野嶋さん。包容力、融合、受容、そして喜び。その方向に向かわないと、台湾はパワーを失ってしまう。あってはならないことです。いまの台湾では衝突が起きてしまっている。これは聡明なやり方ではありません。

野嶋 では、党内の反日的な言動は支持しませんか?

党内の反日は受け入れません。日本の皆さんの、高雄への投資や観光を大歓迎します。高雄には壁はなく、世界と友人になります。反米、反華(中国)も受け入れません。台湾は美しい女性で、3人の男性(米中日)に追いかけられるようでなければならない。我々は3人の男性と一緒に映画をみてコーヒーを飲み、しかし「結婚」はしてはいけない。結婚するとあとが大変だからです(笑)。

野嶋 高雄はずっと台湾ナンバー2の都市でした。しかし、最近は台南や台中に関心が集まり、日本人観光客からも敬遠され、高雄の重要性や魅力が低落しているように見えます。

日本人だけではなく、若者も高雄から離れています。仕事がない。お金が稼げない。生活がよくならない。空気汚染がひどい。都市全体が没落しています。高雄人が暮らしたくないのにどうして外部の人が来てくれますか?

野嶋 高雄の没落が観光客にも影響している、ということですね。

日本、韓国、香港、中国大陸、誰も来てくれない。だから医療ツーリズムやキャンプ、高齢者滞在、映画産業などを発展させたい。人々が台南に行くのは正常です。古都で楽しく食事も美味しい。台中、桃園に行くのも当然で、そして高雄に来ないのも当然なのです。高雄には特色がないのです。例えば、高雄には(日本統治時代に日本軍が掘った)洞窟がたくさんあり、観光地として整備してくれと指示しました。旧日本軍の山下奉文という人もいますね。マレーの虎と言われた人です。彼の財宝がどこかに隠されているという噂があります。もしかすると高雄の洞窟から出てくるかもしれません(笑)。高雄に観光資源がないわけではないのです。うまく活用するために頭脳を使っていないだけです。

総統の椅子に興味はない

野嶋 日本の安倍晋三首相への評価はいかがですか。

米国のドナルド・トランプ大統領も、大陸の習近平総書記も強烈なナショナリストです。安倍首相も同様です。この3人のナショナリズム意識はとても強いと感じます。ですから、いま台湾は非常に注意深く行動しないといけません。このタイミングでもし台湾がナショナリズムを高めたら大変なことになります。安倍首相の故郷である山口県の出身者からは、ナショリストが多く輩出しています。安倍首相には「日本・ファースト」の気持ちがあり、それはトランプ大統領の「アメリカ・ファースト」にも通じます。ただ、安倍首相は米国と中国との関係についてはとても慎重に対処していますね。

野嶋 韓市長は、同じ人気者である台北の柯文哲市長(無所属)と関係が良好だと聞いています。彼のことをどう見ていますか。

彼は5歳から50歳まで優等生クラスでしたが、私は5歳から50歳まで劣等クラス生でした(笑)。だから個性は全然違います。当然、友人ではあります。(農業関係を通して)台北で一緒に仕事をしていましたから。

野嶋 将来、彼と組んで総統選挙を戦う可能性はありますか。

彼と一緒に日本に遊びに行くことはあっても、総統選挙には一緒に出ませんよ。

野嶋 では、あなた自身は総統の椅子に興味がありますか。

ありません。いまは高雄の経済と教育を急いで改善する。これが最重要です。

野嶋 くどいようですが、2020年の総統選に出るという選択肢はない?

興味はありません。高雄のことに専念するのは最重要です。

野嶋 国民党の総統候補では、高雄市長選であなたを大いに助けた王金平元立法院長はいかがでしょう? ほかにも、朱立倫・元国民党主席、呉敦義・現国民党主席、馬英九元総統などが野心を示しています。

いま国民党はこの4人で麻雀をしています。誰が上がるのか私はわからない。タッチしません。誰が上がるか決まったら、彼(総統候補)と協力するだけです。

野嶋 あなたがそう思っても、韓流人気に頼りたい人たちが放っておきませんよ。

妻でさえ私を頼りにしていないのに、彼らが私を頼りにする?(笑) 麻雀は4人で打つものです。彼らが麻雀を打っている間、私は高雄経済の発展に専念します。

野嶋 いまの国民党に欠けているものはなんでしょうか。

民意に近づくことです。庶民の声に耳を傾ける。この4人は政治の世界に数十年ずっといます。人民から遠く離れていないでしょうか。私の心配はそこです。蔡英文総統も同じで、民衆と離れてしまい、たった2年間で有権者を失望させました。私は高雄市長選まで政治から17年間離れていました。だからわかるのです。もしずっと政治家であったら、傲慢で冷淡な人間になって民衆から離れてしまっていたでしょう。政治家はセブンイレブンに買い物に行かず、ショッピングモールにも市場にも行かない。秘書が全部やってくれるからです。国民党の総統候補には、ぜひ民衆の声にしっかりと耳を傾けてほしいと思います。

野嶋 2016年の総統・立法委員選挙で国民党が大敗を喫したのも、馬英九総統(当時)がそうだったからですか。

それだけではなく、(馬氏は)政治において気迫不足で、実行力もなかった。台湾をより強く、より豊かにすることができなかった。

野嶋 国民党が長い間、あなたを評価せず、重用しなかったという思いは?

私も相当悪ガキでした。毎日怒り散らし、毎日うろつきまわって、怒りっぽく、上層部を困らせまくった。(民間にいた)17年間で多少はいい子になりました。

野嶋 あなたには少々ヤクザっぽいところがある。認めますか?

ははは、少しだけ、少しだけです。私の気質は庶民的で、誰とでも仲良くなれます。あなたが来る前にこの部屋にいた人たちは仏教徒です。昨日は米国人が5人訪れました。ヤクザも素人もどんな人も歓迎し、心を開いています。

最良、唯一の選択肢は

野嶋 最後に、センシティブな中国問題です。「92年コンセンサス」は「一中各表(1つの中国、解釈は中台それぞれ異なる)」だとあなたは思いますか。中国は「一中」は言いますが、「各表」は言いませんね。

対岸がどうであれ、我々は(台湾側の考える「92年コンセンサス」を)堅持すればいいのです。

野嶋 では、中国も、台湾側のそうした姿勢(「各表」)をある程度、受け入れると?

対岸も否定、反対はしないと思います。対岸にとって重要なのは「1つの中国」。そのあとの部分はまた別の話です。同時に、大多数の台湾人も「92年コンセンサス」には反対しません。つまり台湾人と対岸はともに「92年コンセンサス」を受け入れられる。台湾は、この仕組みのなかで、現在のライフスタイルを維持していくことができます。

野嶋 「92年コンセンサス」は、台湾が中華民国であるという前提です。台湾が「中華民国」体制を維持すれば中国ともうまくいく、という考え方ですね。

大多数の台湾の民衆は、中華民国を受け入れています。蔡英文総統は、中華民国は好きではない、「92年コンセンサス」も受け入れないと言う。ならば独立しかない。でも独立はしない。では一体、台湾人民をどこに導いていくのでしょうね。台湾は五輪には中華台北(チャイニーズ・タイペイ)名義で参加する。中華台北は国名ですか? 違います。でもそれを受け入れている。一種の方便だからです。「92年コンセンサス」もそのようなものです。

野嶋 では最近の習近平氏の演説で強調された「一国二制度」はどうでしょうか。

「一国二制度」は、台湾の絶対的多数が受け入れません。香港、マカオを見ればわかるでしょう? 「92年コンセンサス」のもとで中台関係を発展させる、それが現時点での最良であり、唯一の選択肢です。

野嶋 中国を訪問する予定はありますか?

現時点では決まっていません。決まっているのは、2月と3月にシンガポールとマレーシアを訪問して、高雄のフルーツをセールスしてくることです。基本は「南南協力」です。1つは東南アジア、1つは中国南部。中国北部には行きません。北部は政治的に敏感ですが、南部は経済の要素が大きいからです。

野嶋剛 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、「台湾とは何か」(ちくま新書)。訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。最新刊は「タイワニーズ 故郷喪失者の物語」(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com。

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(2019年1月15日
より転載)

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