インドネシア「やり手女性起業家」大臣がリードする「海洋国家」構想

5月20日、インドネシア政府は違法操業をしていたとして拿捕した外国籍の漁船41隻を爆破して沈没させた。この措置をジョコウィ大統領に提案したのが、スシ大臣である。
The owner of Indonesian scheduled and charter airline Susi Air, Susi Pudjiastuti, speaks over the phone in Pangandaran, West Java, on September 10, 2011. A Susi Air Cessna Grand Caravan aircraft with one Australian and one Slovak pilot on board crashed in the country's remote Papua region, a company spokesman said, with both men feared dead. AFP PHOTO / Bay ISMOYO (Photo credit should read BAY ISMOYO/AFP/Getty Images)
The owner of Indonesian scheduled and charter airline Susi Air, Susi Pudjiastuti, speaks over the phone in Pangandaran, West Java, on September 10, 2011. A Susi Air Cessna Grand Caravan aircraft with one Australian and one Slovak pilot on board crashed in the country's remote Papua region, a company spokesman said, with both men feared dead. AFP PHOTO / Bay ISMOYO (Photo credit should read BAY ISMOYO/AFP/Getty Images)
BAY ISMOYO via Getty Images

5月20日、インドネシア政府は、違法操業をしていたとして拿捕した外国籍の漁船41隻を爆破して沈没させた。昨年10月に発足したジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)政権は、IUUと略される「違法(Illegal)、無報告(Unreported)、無規制(Unregulated)」漁業の取締りを強化している。違法操業船に対する爆破沈没の措置は、この政策の一環である。政府は、ベトナム、タイなどの送り出し国から強い懸念が表明されているにもかかわらず、12月以降数度にわたってこの措置を断行してきた。

今回の爆破措置の対象には、ベトナム、タイ、フィリピンなどに加えて、初めて中国船籍の漁船が含まれていた。そのため、インドネシア政府の中国に対する姿勢に変化が生じたのではないかとの報道も見られた。しかし、それはあまりに短絡的な見方である。

なぜなら、船を爆破するというのは強硬な措置ではあるが、あくまでも当局の捜査と司法手続きを経た上で行われる合法的なものであり、送り出し国によって扱いに差をつけることは難しい。また、外国船による違法漁業には、必ず国内にカウンターパートとなる企業が存在しており、船の送り出し国だけを対象とした措置ではない。そして、違法操業の取締りを主管するスシ・プジアストゥティ海洋・漁業相自身が、中国漁船に対する裁判所の軽微な判決に対して怒りを露わにしていた1人だからである。

高校中退の入れ墨......

そもそも、違法操業船を爆破沈没させる措置をジョコウィ大統領に提案したのは、このスシ大臣自身である。スシ大臣は、入閣した8人の女性大臣の1人であるが、気性の激しい公明正大な性格から考えても、中国だけに妥協的な姿勢をとるとは考えにくい。

彼女は、1965年にジャワ島西部のパンガンダランという地方の小さな町で生まれた。両親は養鶏取引業を営んでいた。中学校を優秀な成績で卒業し、高校はジャワ島中部のジョグジャカルタ特別州にある名門公立高校に進学するが、両親の猛反対を押し切って中退してしまう。本人は、その理由を「学校での勉強は、自分が知りたいことを教えてくれなかったから」と言っているが、当時のスハルト独裁政権下で禁止されていた政治活動に関与していたからという説もある。

その後、地元に戻って魚の行商などをしながら資金を貯め、1996年には自ら水産工場を建てて『ASIプジアストゥティ水産』を起業する。同社は、ジャワやスマトラ産のロブスターを「スシ・ブランド」として売り出すことで成功。その後、同社がロブスターの取引先を国外にも広げるようになると、ロブスターや生魚を日本やアメリカに直送できる体制を整えるため、自社で小型飛行機を購入する。そして、その直後の2004年12月にスマトラ島沖大地震・大津波が発生した際に、自社の飛行機で被災地アチェへの災害救援・復旧のための支援物資を輸送したのをきっかけに航空業界に本格的に進出し、『スシ・エア』社を設立する。同社は、いまや小型飛行機50機を所有し、地方路線での定期便やチャーター便を運航している。

彼女の型破りなところは、この経歴だけではない。右足首から脛にかけて彫ってある入れ墨、チェーン・スモーカー、胸元の大きく開いた服装、3度の結婚のうち2度が国際結婚、会話にしばしば混じる英語など、普段の行動からして彼女は非常に目立つ存在である。

彼女の「とがった」行動は、国民のスシ人気にもつながっている。政権発足から半年がたち、政権運営の失敗から支持率がはやくも5割を切ったジョコウィ大統領とは対照的に、スシは「行動力がある」と閣内でもっとも国民に支持されている大臣なのだ。

起業家として成功していたスシの入閣を推薦したのは、与党最大会派の闘争民主党(PDIP)の党首で元大統領のメガワティ・スカルノプトゥリであった。メガワティは、同党の支持者であったスシを、同じ女性として入閣させようと後押ししたとされる。しかし、その経歴は、家具製造業を自ら興して成功したジョコウィ大統領に似ている。スシは、成功した女性起業家としてさまざまな賞を授与されており、ビジネスの能力は、むしろジョコウィよりも上かもしれない。そのスシが大臣の職を任されたのが、ジョコウィの「海洋国家」構想で中心的な役割を担う海洋・漁業省だったのだ。

徹底的取締りの"荒療治"

ジョコウィ大統領が進める政策の柱である「海洋国家」構想は、自国のアイデンティティ確立から経済、安全保障に至る大きなコンセプトであるが、その中心は海洋資源の保護・管理、水産業の発展や海洋インフラの整備といった経済開発である(2015年3月20日「初来日直前:インドネシア『ジョコウィ大統領』の外交政策」参照)。この構想に沿って同省は、漁獲量を持続可能な形で拡大し、水産製品の生産と輸出を増加させ、漁村と市場を統合することで水産業従事者の所得を向上させるための施策を展開することが期待されている。

彼女は、水産業の発展にとって最初の障害となっているのが、野放しにされている違法操業だと考えた。1年間に5400隻の違法操業船がインドネシア海域で活動しており、その被害総額は年300兆ルピア(約2.8兆円)にのぼると述べ、これを徹底的に取り締まる方針を示したのである。

そこでスシ大臣が最初にとった方策が、大型の"元"外国籍漁船が違法に取得している漁業権の一時停止と再調査であった。インドネシア海域で操業が許されているのはインドネシア船籍の漁船だけである。しかし、実際には、タイや中国、フィリピン、台湾などの漁船がインドネシア人のブローカーを通じてインドネシア船籍を違法に取得し、表向きインドネシア企業としてインドネシア海域で操業している。これらの漁船は、船舶の位置情報を送信する機器のスイッチも切ったまま、違法に取得した漁業権を使って外国人船員による漁を行い、水揚げの報告もしないまま本国へ帰っていくのである。

スシ大臣は、このような違法操業を一掃し、将来的には真にインドネシア企業が所有し、インドネシア人船員が働くインドネシア籍の小型漁船による操業のみを認めることを目指している。そうして違法漁業による損失分を取り戻せれば、現在年1240万トンの漁獲量が、2019年には年1880万トンまで増やせると考えている。

実際にスシ大臣による違法操業取締りが始まると、これらの「元外国籍漁船」は一斉にインドネシア海域から引き上げていった。残って操業している漁船も、次々と当局の取締りによって拿捕されている。

ただし、違法操業の取締りは国内の漁船も対象となるため、漁業関係者の一部からは急激な政策変更を伴う「荒治療」に対して反発する声もあがっている。しかし、スシ大臣は、違法操業は単に漁業だけの問題ではなく、希少生物の密輸出や人身売買なども絡む「越境犯罪」の一部だと見ており、今後一層取締りを強化する方針である。

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川村晃一

独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所 地域研究センター副主任研究員。1970年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、ジョージ・ワシントン大学大学院国際関係学研究科修了。1996年アジア経済研究所入所。2002年から04年までインドネシア国立ガジャマダ大学アジア太平洋研究センター客員研究員。主な著作に、『2009年インドネシアの選挙-ユドヨノ再選の背景と第2期政権の展望』(アジア経済研究所、共編著)、『インドネシア総選挙と新政権-メガワティからユドヨノへ』(明石書店、共編著)、『東南アジアの比較政治学』(アジア経済研究所、共著)などがある。

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(2014年6月4日フォーサイトより転載)

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