「軍事援助」か「人道援助」か?:「イスラム国」に付け入られた言葉

日本政府が軍事資金を拠出したかのような批判をする「イスラム国」側、これに対して非軍事の「人道支援」だと反論する日本政府。この対立はいったい、どこから生じたのか?
Japanese Prime Minister Shinzo Abe speaks during a press conference at a hotel in Jerusalem on January 20, 2015, demanding that the Islamic State group immediately free two Japanese hostages unharmed after the jihadists posted a video threat to kill them. The Islamic State group threatened to kill the two Japanese hostages unless Tokyo pays a $200 million ransom within 72 hours to compensate for non-military aid that Abe pledged to support the campaign against IS during an ongoing Middle East. AFP PHOTO / THOMAS COEX (Photo credit should read THOMAS COEX/AFP/Getty Images)
Japanese Prime Minister Shinzo Abe speaks during a press conference at a hotel in Jerusalem on January 20, 2015, demanding that the Islamic State group immediately free two Japanese hostages unharmed after the jihadists posted a video threat to kill them. The Islamic State group threatened to kill the two Japanese hostages unless Tokyo pays a $200 million ransom within 72 hours to compensate for non-military aid that Abe pledged to support the campaign against IS during an ongoing Middle East. AFP PHOTO / THOMAS COEX (Photo credit should read THOMAS COEX/AFP/Getty Images)
THOMAS COEX via Getty Images

突然、インターネット上の映像に黒ずくめの姿で現れたイスラム過激派組織「イスラム国」のメンバーとみられる男。安倍晋三首相に対して言い放った。

「『イスラム国』と戦うために2億ドルを支払うというばかげた決定をした」

その2億ドル(約236億円)をわれわれに払わなければ人質の日本人2人を殺害する、というのだ。

これに対して、安倍首相は、2億ドルは「避難民が命をつなぐための支援だ。必要な医療、食料、このサービスをしっかり提供していく」と反論した。

政府はその後、首相官邸と外務省のホームページ上に、日本語、英語、アラビア語で「人道支援やインフラ整備などの非軍事分野での支援です」と書いたメッセージを掲載した。

政府関係者の中には、「『イスラム国』側の勘違いも甚だしい」と言う人もいる、と報道されている。

日本政府が軍事資金を拠出したかのような批判をする「イスラム国」側、これに対して非軍事の「人道支援」だと反論する日本政府。この対立はいったい、どこから生じたのか?

「イスラム国」側に、湯川遥菜さん(42)は昨年8月、後藤健二さん(47)は同11月以降に拘束され、1月20日に突然、「イスラム国」側が2人を人質にして身代金を要求した。安倍首相が3日前の1月17日に訪問先のエジプトで行った政策演説を待っていたかのような動きだった。

軍事援助とみられた?

「中庸が最善:活力に満ち安定した中東へ」と題する政策スピーチで安倍首相は何と語ったか、見直す必要がある。外務省のホームページで、「2億ドル援助」の下りを日本語と英語のバージョンで比較してみる。

「イラク、シリアの難民・避難民支援、トルコ、レバノンへの支援をするのは、ISILがもたらす脅威を少しでも食い止めるためです。地道な人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します」

We are also going to support Turkey and Lebanon. All that, we shall do to help curb the threat ISIL poses. I will pledge assistance of a total of about 200 million U.S. dollars for those countries contending with ISIL, to help build their human capacities, infrastructure, and so on.

この中のISILとは「イラクとレバントのイスラム国」の略。Lはレバントのことで、東地中海沿岸のシリア、レバノン、イスラエルなどの一帯を指す地名。「イスラム国」(IS)は昨年初めまで、ISILとかISIS(イラクとシリアのイスラム国)と呼ばれていたが、ISに名称を変更。日本のメディアはISと統一しているが、外務省はなおISILを使っている。

まず、援助の提供先は、日本語で「ISILと闘う周辺各国」、英語ではthose countries contending with ISIL としているところが気になる。書面だと「闘う」だが、首相が読むと「戦う」とは区別が付かない。英語はcontending。contendは「闘う」場合も「戦う」場合も「論争する」場合も使う。ボクシングの対戦相手はcontenderという。とすれば、「イスラム国」と闘っている国への援助だから、必ずしも軍事援助か、人道援助か明確にされていないことになる。日本語、英語とも「地道な人材開発、インフラ整備を含め」と例示はしているが、このままだと、これらの他に軍事援助が入っているかもしれない、という可能性は排除できないのではないか。

援助の目的は、日本語ではイラク、シリアの難民・避難民に向けて「ISILがもたらす脅威を少しでも食い止めるため」、英語ではto help curb the threat ISIL poses となっている。英語の方がやや強く、逐語的には、ISIL がもたらす脅威を抑制するのを助けるため、と訳せる。

いずれにしてもISの「脅威」に対する対応策である。ISはテロ組織を超える軍備でイラク・シリアを席巻してきた。そんな脅威に対応する助けとしての援助だから、軍事援助か、とIS側が受け取ることは十分予想できるだろう。日本は基本的に援助を非軍事に限定しているが、彼らの文化が異なることも想定する必要がある。

堂々たる人道援助だったのに、テロ組織に付け入られる隙を見せてしまったことが悔しい。

なぜ最初から「人道支援」と言わなかったのか

この援助は、安倍政権が「イスラム国」の脅威を受ける周辺国支援のために打ち出した無償資金協力。中東向け総額25億ドルの経済支援の一部で、対象国は、「イスラム国」に領土の一部を実効支配されているイラク、シリアのほか近隣のレバノン、トルコなどとされている。 避難民への食料提供や仮設住宅建設に充てられる。テロリストや武器の流入防止を目的とした国際空港への機材設置の経費も含まれる。2月中旬以降に国際機関を通じて送金する予定といわれる。

それなら、なぜ最初から明確に平和的な「人道援助」と銘打たなかったのか。米政府や中東各国からの援助要請があり、急いだのかもしれない。防衛力整備や軍事技術交流に積極的な安倍政権の勢いが余ったのかもしれない。

演説草稿を起案した部局と2人の人質問題を担当する部局が異なり、スピーチライターには人質問題の息詰まる状況が伝えられていなかった可能性もあるだろう。

しかし、昨年12月には、後藤健二さんの妻に約20億円もの身代金を要求するeメールがあり、外務省も状況を調査していたと伝えられる。そのさなか、首相の中東訪問を飾る大型の政策演説だった。スピーチライターが身代金要求のことを知っていたら、もう少し慎重な言葉遣いになっていただろう。「イスラム国」側から映像を通じて身代金を要求されてから、「人道支援」だと強調したが、不用意だったかもしれない。

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春名幹男

1946年京都市生れ。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒業。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授を経て、現在、早稲田大学客員教授。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『スパイはなんでも知っている』(新潮社)などがある。

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(2014年1月22日フォーサイトより転載)

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