金正恩「外交デビュー」:4月の「バンドン会議60周年」という可能性

ロシア大統領報道部は1月28日、モスクワで5月9日に開催される対ドイツ戦勝70周年記念式典に金正恩(キム・ジョンウン)第1書記が出席することを確認したと明らかにした。

ロシア大統領報道部は1月28日、モスクワで5月9日に開催される対ドイツ戦勝70周年記念式典に金正恩(キム・ジョンウン)第1書記が出席することを確認したと明らかにした。

ロシアサイドは金正恩第1書記が訪ロに前向きであることを何度も強調しているが、これは、ウクライナ問題で今回の対ドイツ戦勝記念式典への首脳の出席を西側が大挙拒否する可能性が高いため、「金正恩カード」を使って国際的な関心を引こうという狙いもあるとみられる。

しかし、北朝鮮に近い消息筋は「われわれは最高指導者の外国訪問を数カ月前に通告することはない。通常早くても1カ月程度前で、現時点でモスクワへ行くかどうかは決定していないと考える」と述べた。北朝鮮の最高指導者の情報統制や警備を考えればうなずける見方だ。

金日成、金正日が親子で訪問

これと関連し注目されるのは、4月にインドネシアで開催されるバンドン会議60周年記念行事である。インドネシアでは、ジャカルタでバンドン会議60周年を記念し4月22~23日アジア・アフリカ首脳会議を開催し、同24日にバンドンで60周年記念行事を行う。

インドネシア外務省報道官は北朝鮮の金正恩第1書記を招待したことを明らかにしているが、まだ北朝鮮側から回答はないという。

1955年4月にインドネシアのバンドンでアジア・アフリカ会議が開催され、これが非同盟運動のスタートとされる。金日成(キム・イルソン)主席はバンドン会議10周年の1965年4月9日から21日まで息子の金正日(キム・ジョンイル)氏を同行しインドネシアを訪問した。飛行機に乗ることを嫌った金正日氏が飛行機に乗ったことが確認されている数少ない事例である。

金日成主席は著作「非同盟運動はわれわれの時代の強大な反帝革命勢力である」(1977年)を発表するなど非同盟運動を支持した。

金日成主席は、インドネシア訪問中の1965年4月14日にアリ・アルハム社会科学院で「朝鮮民主主義人民共和国における社会主義建設と南朝鮮革命について」という有名な演説を行った。金主席はこの演説で「主体の思想」という言葉を使い「思想における主体、政治における自主、経済における自立、国防における自衛」が朝鮮労働党の一貫した立場であると強調した。後に「主体思想」へと発展する基礎がここで語られた。

筆者は、外交舞台に慣れていない金正恩第1書記が、最初の外国訪問で多国間首脳会議に参加する可能性は高くないと考えるが、金正恩第1書記にとってモスクワへ行くリスクよりは、インドネシアへ行くリスクの方がはるかに小さいと考える。

バンドン会議60周年行事には中国も最高指導部を送るとみられる。2005年の50周年記念行事には胡錦濤国家主席が出席した。

中国は昨年末から関係修復のラブコール

金正恩第1書記が最初の外国訪問としてモスクワへ行けば中国の反発は必至だ。中国は昨年末から北朝鮮に対して関係修復のラブコールを送り続けている。

中国は金正日総書記の死亡3周年の昨年12月17日、北京の北朝鮮大使館で行われた追悼行事に中国共産党序列第5位の劉雲山政治局常務委員を出席させ、劉氏は金正日総書記について「中朝の伝統的友好の発展と継承に重要な貢献を行った」とした上で、「中国共産党は中朝の友好を高度に重視している」と表明した。

昨年末の国連安全保障理事会での北朝鮮の人権問題討議についても、中国は一貫して安保理での討議に反対している。もちろん、中国自身が国内で人権問題を抱えていることもあるが、中国は北朝鮮の「最高尊厳」(=金正恩第1書記)への圧迫が北朝鮮を挑発路線に走らせかねない危険性を知っているからだ。

中国外務省の洪磊副報道局長は金正恩第1書記の誕生日である1月8日に、祝賀メッセージを送ったことを明らかにし、「金正恩同志の指導の下、北朝鮮式の社会主義を推進し、発展させ続けるよう望む」と述べた。さらに中国外務省はホームページで「新たな1年、『伝統継承、未来志向、善隣友好、協力強化』の方針に沿った関係発展を望む」との文言を加え、中国の対北朝鮮外交の基本である16文字スローガンを掲載した。

韓国紙、中央日報は1月31日、中国が1年余り中断していた北朝鮮への航空燃料の支援を昨年末に再開し、年末に8万トンを提供したと報じた。

北朝鮮はこうした中国の関係修復へのアプローチに表面的にはまだ呼応していない。北朝鮮の党機関紙「労働新聞」は2月3日、金正恩第1書記が新年にあたり、世界各国の指導者に年賀状を送ったことを報じたが、固有名詞に言及せず、ロシア大統領、中国国家主席、キューバ国家評議会議長という順番だった。

小国である北朝鮮の「自尊心」や「意地」を見せつけるような報道であったが、北朝鮮も水面下では中国との関係修復を模索している。

中朝間では関係冷却化にともない、中国共産党中央連絡部と朝鮮労働党国際部の対話パイプが機能していない。両国ともに、窓口機関の権限が低下している。しかし、今年になり、こうした対話チャンネルが動き出した兆候がある。北朝鮮の党国際部の幹部が最近、訪中し、中国側との関係修復を模索したとみられる。

ロシアに北朝鮮支援の経済的余力はあるのか

また、北朝鮮が中国を牽制するためにロシアへの接近を図っていることは明白ではあるが、中国の役割をロシアに期待することは無理である。

ロシア極東発展省は昨年10月21日、北朝鮮で今後20年間に250億ドル規模の鉄道網の改修・整備を行う計画に合意したと発表した。計画の総延長は3500キロになるという。しかし、この計画に参画するとされたロシアの建設会社は事実上、破綻しているという情報もある。

さらに、韓国紙、朝鮮日報は1月23日付で、ロシアと北朝鮮が昨年末、ロシアが老朽化の激しい北朝鮮の送電網の改修事業を行い、北朝鮮がロシアにレアアースを提供することで合意したと報じた。事業規模は200億ドルから300億ドルとした。

しかし、ウクライナ問題で国際的な経済制裁を受け、原油価格の下落やルーブルの急速な下落で経済的に危機にあるロシアが200億ドルとか300億ドルの協力事業を行うと考えるのは現実離れしている。

中朝間の貿易総額は年間60億ドルを超えているが、ロ朝間の貿易総額は1億ドル程度でしかない。北朝鮮のロシア接近は、北朝鮮の貿易構造の多角化や中国への牽制ではあっても、ロシアが中国の役割を肩代わりできるものではない。ロシアに北朝鮮支援をする経済的な余力があるとは思えない。

大国の中国が、昨年末から関係修復を呼び掛けているのに、それを無視して金正恩第1書記がモスクワへ行けば、中国の反発は必至だ。

バンドンという舞台の価値

一方、インドネシアであれば、北朝鮮としても、外交的にもかなり無理が利く上に、ここで最初の外国元首との首脳会談を習近平国家主席と行うことも可能だ。中国としても、核問題で何の進展もない状況で、金正恩第1書記を北京に呼ぶことは負担だ。しかし、「最初の首脳会談」として、インドネシアで金正恩第1書記と首脳会談を行うことは可能だろう。

北朝鮮にとっては、金正恩第1書記のバンドン会議60周年記念行事への参加は、金日成主席、金正日総書記の足取りをたどる旅にもなる。それは国内的も大きな意味を持つ。

北朝鮮は今年10月の党創建70周年を目指して内外政策を動かしている。経済分野では食糧の自給などにやや好転がみえる。外交面でも成果が必要だ。米朝関係はオバマ政権下ではもはや対話すら困難だ。その意味で、非同盟外交のルーツであるバンドン会議は格好の舞台だ。そこで中国との関係改善の糸口を見つけることができれば、10月の70周年に中国の代表団が訪朝する可能性もある。

筆者は、依然として、金正恩第1書記が多国間首脳会談に出席する可能性は低いと考えるが、若い指導者として国際的なデビューをするなら、モスクワよりはバンドンの方が可能性が高いのではと考える。

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平井久志

ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

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(2015年2月15日「新潮社フォーサイト」より転載)

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