原油先物市場に「人民元建て」で上場した中国の「野望」--岩瀬昇

「LNG市場」もまた、上海に先を越されてしまうのだろうか。

まだフォーサイトに引越しする前に『岩瀬昇のエネルギーブログ』を書いていたころ、読者から「中国がサウジアラビアに対し長期契約を人民元ベースにするよう要求している、という噂が金融筋には根強くあるが、何か分かったら書いてください」というコメントをいただいたことがある。友人、知人たちに打診してみたが、当事者が両国政府そのもののようなものなので、まったく掴めなかった。当然ながら業界情報としては流れていない。

だが、思考の時間軸の長い中国のことだから、国際決済通貨として人民元を通用させようという努力は愚直に続けているのだろう、と考えていたので、今朝(3月26日)『Financial Times』(FT)の記事を読んだ時は、「やはり」と独り言(ご)ちていた。

原油取引の決済通貨については、イランなどの産油国もその昔に「米ドル離れ」を試みたことがある。だが、上手く行かなかった。

東京商品取引所で上場している原油の決済通貨は、日本円となっている。だが、これも1つの障害となって、残念ながら同取引所の原油先物取引はまったく振るわないままだ。東京の場合、取引単位が「50キロリットル」というのも首を傾げる要因である。また、「金儲けは悪」という日本人に根強い倫理観も、同業者以外の幅広い層からの参加を拒んでいるのだろう。

やはり、幅広く海外から多くの投資家を惹きつけるためには、まずは分かりやすいこと、たとえばアービトラージュ(裁定取引)がすぐに計算できる仕組みが必要なのではないか。

ネックは人民元

FTのエネルギー担当記者Anjli Ravalが解説しているこの記事は、「China seeks to extend oil market clout with new contract」という見出しで、サブタイトルが「Beijing eyes bigger role for currency for renminbi-based benchmark」となっている(東京時間3月25日20:00頃)。

FTの解説記事では、先物のポジションを現物と交換する場所(原油の受け渡し場所)がどこなのか、また複数の原油間の価格調整をどうするのかなど、分からない点もあるが、とりあえずは「お金儲け」が何よりも好きな中国人たちがこぞって参加するのではないだろうか。どのくらいの期間で、どのくらいのOpen Interest(流動性を担保する未決済保有残高)が積み上がるかが当面の焦点だろう。外国勢の参加も最初は華僑が中心で、非中国系海外勢の参加には、やはり決済通貨がネックになるのではなかろうか。

「LNG市場」もまた、上海に先を越されてしまうのだろうか。

さて、記事の要点を次のとおり紹介しておこう。

■中国は月曜日(3月26日)、長いあいだ待たれていた人民元ベースの石油先物取引を上場する。世界最大の原油輸入国は、アジアで販売される原油の価格づけ(pricing)への影響力を持とうとしてきた。上海国際エネルギー取引所は、期近限月(front month)の始値(opening price)をバレルあたり416元、約66米ドルとしている。

中国がこの上場を行う理由は?

■米国エネルギー省によると、中国は昨年840万BD(バレル/日量)を輸入し、790万BDの米国を追い抜いた。現物市場の主導的な買い手となった中国は、毎年数兆ドル単位で取引されている石油先物契約でも同等の力を発揮したいとの野心を持っている。中国はまた、影響力を世界に拡大し、人民元を世界レベルでの重要なプレイヤーにしたいと考えている。

詳細は?

■上海先物取引所の一部分で、INEとして知られている上海国際エネルギー取引所(Shanghai International Energy Exchange)での取引は、9:00~11:30、13:30~15:00、そして夜間の21:00~02:30に行われる。1000バレルが取引単位で、中国の「勝利原油」と「ドバイ原油」や「バスラ・ライト(イラク原油)」を含む6種類の中東原油など7油種が受け渡し可能になる。

この価格指標は牽引力になるのか?

■目的は、価格を中国の製油業者が処理している原油に可能な限り近づけ、米ドルベースの「WTI」や「Brent」などの国際的な価格指標から支配力を奪い取ることにある。だが、これを実現するには、この新しい価格指標が国際的な石油会社やトレーダーたちから支持されなければならない。流動性(Liquidity:売りたい時に売れ、買いたい時に買えるだけの十分な取引量があること)の問題、および国家が為替を通じて金融および商品市場に介入するとの観点から、彼らが参加するかどうかは疑問視されている。

誰かが心配すべきか?

■大手中東産油国は、将来、自分たちの売る原油の価格づけに関して、中国の買い手から、この価格指標を反映させろとのプレッシャーがくることが予想されるので、今後数年間、動向を注意深く見守っていくだろう。基本的には(市場の)重心が東に移っているので、生産国は消費国に現物原油の力を渡す事になる可能性がある。

誰が取引するのか?

■この契約には、中国および海外の投資家が参加できる。150以上の国内ブローカーと、「CNOOC(中国海洋石油総公司)」や「China Oil(CNPC=中国石油天然気集団公司=の子会社)」あるいは「Unipec(Sinopec=中国石油化工総公司=の子会社)」のような国有石油会社、および「JPMorgan」、「Bands Financial」、「Straits Financial Services」や国内ブローカーの香港子会社など、10社の外国勢が取引登録をしている。

■在香港の「Bands Financial」のマネージング・ディレクターであるJeremy Goldwynは、「最初はほとんどが地元の産業界や投機家たちなどになるだろう。それから外国勢が、複雑なルールや仕組みについて理解を深め、参入して来るだろう」と語った。(岩瀬 昇)

岩瀬昇 1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、2度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクの延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか? エネルギー情報学入門』(文春新書) 、『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』 (同)、『原油暴落の謎を解く』(同) がある。

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(2018年3月27日
より転載)

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