名門医学部「純血主義」が生む「不正」「性犯罪」「医療事故」--上昌広

不正に入学した学生は退学させ、不正に入学し、医師免許を得た者は、資格を抹消すべき。この際、膿を出し切らなければならない。
不正入試問題のあった東京医科大学
不正入試問題のあった東京医科大学

2018年は医学部の不祥事に明け暮れた1年だった。それを象徴するかのように、12月14日、文部科学省は医学部を対象に実施した入試状況の緊急調査の結果を公表した。この調査では、全81の医学部のうち、9校が「不適切」と認定された。女子や浪人の受験生を差別し、OBの子弟を優遇していたことが明らかとなった。

慶大の不正入試疑惑

不適切と認定されたのは、岩手医科大学、東京医科大学、昭和大学、順天堂大学、日本大学、北里大学、金沢医科大学、神戸大学、福岡大学の9校だった。さらに聖マリアンナ医科大学は差別を否定したため、「不適切の可能性が高い」とされ、大学は調査を求められた。

12月29日には、東京医大が第三者委員会(委員長・那須弘平弁護士)の調査結果を公表した。女子や多浪生への差別は2006年度から始まり、伊東洋・元学長が指示したと認定した。その理由として、附属病院の経営のため、結婚や出産で離職する可能性がある女子学生の合格者数を抑えたいという思惑があったと結論した。

わが国は憲法14条で「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と規定されている。東京医大の行為は憲法違反の可能性が高い。民主主義の根幹に関わる問題であり、病院経営というゼニカネの問題で済ませてはならない。

東京医大の問題は、これだけではない。調査報告書では、さらに、入試問題漏洩、OBの国会議員による口利き、寄付金が合否に影響した可能性も示唆された。

こうなると「犯罪」だ。関係者は民事、刑事で厳格に処分すべきだ。また、不正に入学した学生は退学させ、不正に入学し、医師免許を得た者は、資格を抹消すべきだ。この際、膿を出し切らなければならない。

もちろん、これは氷山の一角だろう。知人の東京医大幹部は、「私たちだけが批判されているが、もっと悪質な連中は他にもいる」と言う。今回、名前は挙がらなかったが、男女の合格率が異なる大学は他にもある。例えば、慶應義塾大学の女子の合格率は男子の0.55倍だ。平等に扱って、このような偏りが生じるとは考えにくい。

慶大の不正入試疑惑は、これだけではない。月刊誌『選択』は2019年1月号で「慶應医学部『系列校進学』に情実疑惑」という記事を掲載した。新入生を対象とした1名の研究医養成枠は、附属高校から、成績と関係なく、小論文と面接だけで入学させるらしい。誰もが選考基準に興味を抱く。ところが、昨年入学した1名は、医学部長(当時)を務めていた人物の子弟だった。医学部長は、入学試験の最高責任者だ。『選択』は「『あいつが反対したから、自分の息子が選ばれなかった』と後からにらまれたくないとの思惑も働いたのではないか」との関係者の見方を紹介している。誰もが納得するだろう。この件、違法ではないが、世間の常識からは逸脱している。

閉鎖的なムラ社会を形成

どうして、こんなに医学部で不祥事が相次ぐのだろう。なぜ、こんなことでやっていけるのだろう。

それは、我が国では政府が医学部の新設を認めないため、新規参入者との競争に曝されないからだ。優秀な生徒を入学させ、しっかりと教育しなくても、入学希望者は殺到する。何もしなくても、カネが入ってくる。その1例が東京医大の裏口入学だ。

さらに、東京医大の贈収賄事件で明らかになったように、監督官庁である文科省とも癒着している。前出の東京医大幹部は、「文科省に我々を処分する資格はない」と開き直る。

医学部がここまで腐敗してしまったのは、なぜか。それは閉鎖的なムラ社会を形成しているからだ。特に私大医学部で、その傾向が強い。

まず、学費が高い。安いとされる順天堂大でも6年間で2080万円もかかる。埼玉医科大学(3957万円)や北里大(3953万円)とは比べものにならないが、一般家庭が払える額ではない。この結果、「半分以上の学生の親が医師(順天堂大OB)」という特殊な環境が出来上がる。

さらに、多くは単科大学だ。まわりは医者の卵ばかり。授業や実習はもちろん、私生活まで共にするところもある。順天堂大や昭和大では新入生は寮生活を送ることが義務付けられている。

順天堂大の場合、発祥の地である千葉県佐倉市近郊の啓心寮に入寮する。同大は、そのホームページで「順天堂大開学以来の伝統」と誇り、「最終日の裸まつり。寮生全員でミコシを担ぎ酒々井町を練り歩きます。寮祭を終えた寮生は誰もが熱い感動で充たされ、固い友情と順天堂で学ぶ誇りが生まれてくるのです」と自画自賛する。まるで昭和のノリで、いまどき、体育系大学でも、こんなことは言わない。

課外活動で付き合うのも医学生ばかりだ。慶大のような総合大学でも、サークルやクラブは医学部独自のものが存在する。若者が成長するには自らと異なる存在との接触が欠かせない。ところが、現在の医学部教育は、このような視点が皆無だ。

私大医学部の多くの教員は、このことに問題意識すらもっていない。自らも狭いムラ社会で育ってきたからだろう。特に名門とされる医学部に、その傾向が強い。

教授の大半が自校卒

東京で名門とされるのは戦前からの御三家である慶大、東京慈恵医科大学、日本医科大学に加え、順天堂大、昭和大、東京医大の6校だろう。このうち3校が、文科省の調査で「不適切」と認定された。さらに、慶大の疑惑も紹介した。

一方、それ以外の東京の私大医学部5校のうち、「不適切」と認定されたのは、わずかに日大だけだ。大きな差がある。

私が注目するのは、「名門大学」では、教授の大半を自校卒の医師が務めることだ。特に臨床系で、その傾向が強い。『医育機関名簿2017-'18』(羊土社)を用いて、我々の研究所(医療ガバナンス研究所)が調べたところ、臨床系教授(特任や客員は除く)のうち、自校の卒業生が占める割合(大学院卒も含む)は、慶大の86%を筆頭に、最下位の順天堂大でも50%だった。順天堂大は天野篤心臓血管外科教授を筆頭に、スター教授を外部から招聘するが、それでもこの数字だ。

ちなみに、「その他」の5大学に分類された帝京大学は2%。教授陣の多くは東大など別の大学の出身者だ。このような「人事交流」が学内に異なる文化を持ち込んでいるのかもしれない。

「名門医大」は純血主義だ。そして、そのことを誇りに思っている。国立大学を卒業し、ある「名門医大」の教授を務めた人物は、「毎年、新年会の理事長の挨拶では、団結や母校愛が強調され、なかば強制される。余所者には入れない独特の世界」と評する。

余談だが、東京の大学で閉鎖的な大学が、もう1つある。それは東京大学だ。教授の大半は自校出身で、鼻持ちならないエリート意識をもつ。本稿では詳述しないが、東大から不祥事が続出している病理も、「名門医大」と似ている。

関連病院とのいびつな関係

話を戻そう。閉鎖的な環境で生まれる名門意識が関連病院との付き合い方もいびつにする。慶大OBである土屋了介・元国立がん研究センター中央病院長は、「東大と比較して、名門とされる私大は関連病院を完全に仕切りたがる。慶應の場合、関連病院を慶大一色にしがちだ」という。

慶大の代表的関連病院である東京都済生会中央病院は、29の部長ポストがあるが、我々の研究所が調べたところ、そのうち24を慶大卒(大学院を含む)が占めていた。

この傾向は慶大に限った話ではない。東京医大の系列である戸田中央総合病院では、理事長、院長、4人の副院長全員、部長以上31人中、20人が東京医大出身(大学院を含む)だった。

東大の関連病院とされている虎の門病院では、49の部長ポストのうち、東大卒が占めるのは19だけ。歴代院長は東大卒だが、過半数の部長が他大学卒だ。東大の都合では動かない。

もちろん、「その他」に分類される医大は関連病院も少ないから、こんなことは起こり得ない。

こんな状況が続いて、腐敗しないほうがおかしい。その最たる例が性犯罪の多発だ。

古くは1999年5月、慶大医学部の学生5人が20歳の女子大生を集団でレイプした(逮捕は7月)。主犯の男は23歳だったが、実名は報じられなかった。被害女性との間に示談が成立し、最終的に不起訴処分となった。この学生は慶大を退学したものの、他の国立大学医学部に再入学し、現在は医師として働いている。

このような事例は慶大だけではない。慈恵医大では、2009年1月には36歳の内科医がビタミン剤と偽り、妊娠した交際中の看護師に子宮収縮剤を飲ませ、さらに「水分と栄養を補給するため」と称し、陣痛促進剤を点滴した。

この件は妊娠した看護師の知るところとなり、この男は不同意堕胎罪で逮捕され、懲役3年執行猶予5年の判決を受けた。さらに厚労省から医師免許を取り消されている。

2017年2月には、慈恵医大の31歳の医師ら3人が、泥酔した10代の少女を集団で準強姦した容疑で逮捕された。この件では不起訴となったが、暴行の事実は隠せない。

戦前からの医科大学で残るのは日本医大だ。同大では強姦事件はないが、恋愛での刃傷沙汰が起こっている。2017年5月、同大学の4年生が東京医科歯科大学付属病院に乗り込み、勤務中の41歳の歯科医に隠し持っていた刃渡り21センチの牛刀などで切りつけた。幸い、歯科医は一命を取り留めたが、全治3週間の重傷をおった。学生は駆けつけた警官に逮捕され、その後の捜査で交際中の女性をめぐるトラブルが原因と判明している。

このようなケースは氷山の一角だろう。事件化しなかった多くのケースがあると考えるのが普通だ。

「医療事故」「医療犯罪」が続出

こんな状況で、まともな医療が出来るわけがない。医療事故が多発する。なかには「犯罪」と言われて仕方ないものまである。

例えば、2012年には慶大の呼吸器外科教授だった野守裕明氏(当時)が、自らが主導する臨床研究のため、26人の肺がん患者の手術中に無許可で骨髄液を採取していたことが明らかとなった。

傷害罪で刑事罰を受けてもおかしくないケースだが、慶大は野守教授と専任講師を停職1カ月にしただけで、厚労省も刑事告発しなかった。

その後も事態は改善されないようだ。『選択』は2016年7月号で「実録『慶應病院オペ室』封印される手術ミス『続発』の戦慄」という記事を掲載している。この記事の内容は、知人の慶大の外科医から、私が聞いている話とも矛盾しない。

このような状況は慶大だけに限った話ではない。慈恵医大では2002年に有名な慈恵医大青戸病院事件が起こった。

この事件では経験の乏しい泌尿器科の医師が、高度先進医療であった腹腔鏡下前立腺摘出術を行ったところ、静脈を損傷し、患者を死に至らしめた。術者と第1、第2助手は業務上過失致死で起訴され、最終的に執行猶予つきの禁固刑が確定した。

慈恵医大の医療事故は、これだけではない。2017年1月には消化器・肝臓内科を受診した72歳の男性がCT検査を受けたところ、肺がんの疑いを指摘されたが、主治医が検査の報告書を読まず、約1年間、放置していたことが明らかとなった。患者は適切な治療を受けることなく、死亡した。

順天堂大も例外ではない。2018年4月には新生児の取り違えがあったことが判明しているし、2017年9月には無痛分娩の事故で提訴された。

このような事情を知る知人の開業医は、「自分の患者は紹介しない」と言う。このことは、データでも確認できる。

例えば、大学病院のドル箱であるがんの手術件数だ。『手術数でわかるいい病院2018』(朝日新聞出版)によれば、2016年の胃、大腸、肝胆膵、肺がんの手術数の合計は順天堂大898件、東京医大675件、慶大約670件、日本医大545件、慈恵医大477件、昭和大約450件だ(いずれも本院)。がん研有明病院の2025件、国立がん研究センター中央病院の1528件はもとより、順天堂大学以外は、学術研究にウェイトを置く東大病院(853件)にも及ばない。

特記すべきは、がん研有明病院や国立がん研究センターからの医療事故の報告が少ないことだ。2~3倍程度の手術をこなしているにもかかわらずだ。量が質に転化しているのだろう。このままでは、淘汰されるのは時間の問題だ。

「金融業者には絶好のカモ」

明治以来、首都の医療をまもってきたのは私大医学部だ。ところが、閉鎖的な男性社会に閉じこもり、「世間知らずのエリート」ばかりの集団になってしまった。女性差別、裏口入学、贈収賄まで罷り通っている。医療レベルは低下し、患者からも見放されようとしている。

人気漫画『ナニワ金融道』の著者である青木雄二氏は、以下のように言う。

「カネ貸しはね、自分より賢いやつにゼニは貸しません。これ、鉄則」

「金融業者は弁護士にはカネを貸さない。追い込みをかけようとしても、あれこれと頭のいい抜け道を使われたら、金融業者の手に負えなくなってくる。けど、医者には貸す。医者はいくら頭がよくても、やはり世間の知識にうといから、金融の抜け道なんていうのは知らない。学校の先生や警察官、公務員もこの類いだから、金融業者にとっては、絶好のカモ」

医師は医学バカであってはならない。医学的な専門知識とともに、社会的な常識をわきまえなければならない。グローバル化、情報化が進む世界で、求められる「社会的な常識」は増えている。いかにして、よき医師を育てるか、医学部教育の抜本的な見直しが必要である。

上昌広 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

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(2019年1月10日
より転載)

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