自民党大会が3月5日に開催され、党総裁の任期を従来の連続2期6年から3期9年に延長する党則改正などが決定された。これによって、2018年9月に任期切れだった安倍晋三総裁(首相)は3期目に挑み、最長で2021年9月まで現職にとどまる可能性が出てきた。
この党大会のもようを伝える翌6日の各マスコミの報道で注目されたのが、朝日新聞朝刊1面の「首相、来年秋以降の解散探る」と、産経新聞朝刊1面の「解散風『4月選挙』も」である。
振り返ってみると、ここ1年間ほどは、解散時期に関する話題といえば、昨年7月の参院選と同時に実施する「衆参同日選挙説」と昨年12月から今年1月にかけて実施する「年末年始解散総選挙説」だった。しかし、いずれも空振りだった。
朝日「来年秋総選挙」報道の根拠
1月下旬に通常国会が召集され、来年度予算案の審議が始まった。予算の成立は通常3月後半なので、その間の約2カ月は解散総選挙をしないのが普通だ。予算成立までの国会審議日程に影響が及び、年度内成立が難しくなるからだ。
また、今年7月には東京都議会議員選挙があり、公明党はこの前後3カ月の国政選挙を嫌がる傾向がある。大きな選挙が連続することによって、支持母体である創価学会の選挙活動力が分散する上に、負担も大きいからだ。
このため、安倍首相は連立与党を組む公明党の意向に配慮して、この間の衆院選は避けるだろう。こうしたことを考え合わせると、衆院解散・総選挙の時期は今年秋以降というのが常識的な見方だった。
ところが、朝日新聞がさらに1年遅い「来年秋以降」の可能性を書き、産経新聞は逆に今年の秋よりも半年早い「4月」説を書いたため、永田町ではあちこちで解散時期をめぐる憶測が飛び交うことになった。
朝日新聞の記事は、自民党が次の衆院選で「30議席前後を減らす可能性がある」という自民党幹部の分析が根拠となっている。本当にそうなれば、改憲勢力が衆院で3分の2の議席数を割り込むことが想定され、安倍首相の念願である憲法改正の実現が危うくなる。
それどころか、せっかく党総裁任期を3期9年に延長したのに、3期目はおろか衆院選敗北直後に退陣に追い込まれるケースさえあり得る。
むしろ、安倍首相は衆院を解散せずに今の安定勢力を維持したまま、2018年9月の自民党総裁選で3選を果たし、その後に衆院解散・総選挙を実施。2021年9月までの長期政権を維持する中で、憲法改正などにじっくり取り組むというのが、この記事から推測されるひとつのシナリオだ。
しかし、そもそも朝日新聞に登場する自民党幹部の「自民党30議席減」の根拠はどこにあるのだろうか。実は、最近、自民党は独自の世論調査を実施。衆院選で現有議席よりも約30~50議席減少するという調査結果を得ている。これによって、「安倍首相が早期解散に慎重になっている」と話す官邸関係者もいる。
「小池」「区割り」「蓮舫」というファクター
これに対して、産経新聞が紹介する「4月選挙」説は、今年7月の東京都議会議員選挙と5月に提示される衆院選挙区画定審議会の区割り変更案の影響を重要視している。小池百合子東京都知事の旋風が吹き荒れる中、自民党は都議選で大敗することを懸念している。
敗北すれば、その悪い流れが衆院選にも悪影響を及ぼすのは確実だ。また、区割り変更は100選挙区前後に影響が及ぶ。このため、変更後の選挙態勢づくりの難航が予想される。
さらに、産経新聞には書かれていないが、今国会での閣僚らの稚拙な答弁や森友学園問題などの真偽不明の不祥事も解散時期を左右する。これらの問題の影響で内閣支持率が下降気味。このまま放置しておくと、時間がたてばたつほど安倍内閣にとって状況は悪化する恐れがある。
また、自民党が脅威に感じていた野党共闘が暗礁に乗り上げていることも解散時期を考える上で重要な要素である。野党の盟主である民進党では憲法改正、原発ゼロ問題で党内対立が激しさを増している。民進党内の旧維新の党グループも分裂した。
これらの諸問題を解決できない蓮舫代表の指導力不足も明らかで、東京都議選で負ければ、蓮舫氏が辞任に追い込まれることもあり得る。
自民党から見れば、民進党が蓮舫氏の下で混乱したままの方が得だと言わんばかりに、「蓮舫さんが代表でいるうちに選挙をやっておいた方がいい」(首相側近)という声もある。
蓮舫氏に代わる民進党の新党首が党の混乱状態を立て直し、野党共闘が再び軌道に乗り始める前の選挙のほうが、自民党に有利だというわけだ。
閣僚の「稚拙答弁」相次ぐ
ただし、政治情勢は時々刻々と変化している。特に最近は毎日のように新たな問題が浮上している。
「予算委員会では隠蔽3点セットについて特に議論していきたいと思う」
衆院予算委員会で来年度予算案審議がまがりなりにも順調に進んでいた2月13日、民進党の山井和則国対委員長は国会での政府・与党との対決方針をこう掲げていた。
この時点での隠蔽3点セットとは、①南スーダンにおける自衛隊PKO(国連平和維持活動)日報問題②テロ等準備罪(いわゆる共謀罪)問題③中央省庁の天下り斡旋問題――のことである
これらの不祥事で野党からの攻撃の矢面に立たされた稲田朋美防衛相、金田勝年法相、松野博一文部科学相の3大臣のうち、特に稲田、金田両氏の答弁は拙劣をきわめた。
天下り問題では、早々に前川喜平・文部科学事務次官が辞任に追い込まれ、残る2つの問題では、野党が稲田、金田両大臣の辞任要求で足並みをそろえている。
安倍内閣を攻撃するための材料が、期せずして野党に転がり込んできた形で、野党は今が好機とばかりに集中砲火を浴びせた。
今の安倍内閣の閣僚の顔ぶれをみると、比較的答弁が安定している菅義偉官房長官や麻生太郎副総理兼財務相らはいいが、稲田、金田両氏以外にも危なっかしい閣僚は多い。
自衛隊の日報問題などは、与野党の実力が拮抗している政治状況だったら、内閣がひとつ吹っ飛ぶほどの大問題である。こんなことなら、内閣改造あるいは衆院解散で局面を打開しようという起死回生策が、自民党内で話題になってもおかしくない。
だが、逆に不祥事が国民から嫌われ、早期解散が裏目に出る可能性もある。
「森友解散」は「森友隠し」?
さらに、ここにきて浮上した新たな問題が大阪府の森友学園問題である。問題そのものは昨年から一部の地方議員によって指摘されていたが今年2月に入ってマスコミ報道などによって、ニュースとして拡散した。
主に小学校建設用地をめぐる財務省や国土交通省、さらに小学校設置認可に絡む大阪府の疑惑が槍玉に挙がっていたが、さらに進んで学園との関係が指摘された安倍首相や昭恵夫人、稲田防衛相らも巻き込んで大問題に発展してきた。
また、森友学園の籠池泰典理事長らの独特のキャラクターは新聞、テレビ、インターネットが飛びつきやすいネタだった。
安倍夫妻がこの問題に関与しているかどうか、土地取引に不正があったかどうか、口利きをした政治家がいるかどうか、そういう本質的な問題を抜きに森友問題はエンターテインメント性さえ帯び、全国民の大きな関心事となった。
事の善悪は別として、すでに森友問題は、安倍内閣に対する国民の信用を低下させる効果を発揮し始めている。
そうした中で、安倍首相が衆院解散・総選挙を決断した場合、「森友隠し」と批判されるのは目に見えている。安倍首相は、森友問題の騒ぎが収まっていない中での選挙が自民党に不利に働く可能性も計算に入れなければならないはずだ。
ポスト安倍「禅譲路線」の岸田氏
一方、自民党総裁任期延長は、ポスト安倍を狙う候補者たちの戦略にも大きな影響を及ぼしている。
現時点で安倍首相に対抗できるようなポスト安倍候補は見当たらないが、将来の可能性も含めて考えれば、後継首相候補として名前が挙がる筆頭格は岸田文雄外相と石破茂元幹事長だろう。
自民党岸田派(宏池会)の重鎮であり、岸田氏の前の派閥会長だった古賀誠元幹事長は2月15日夜、BS日テレの番組に出演して、安倍首相の後継者について、こんなふうに指摘した。
「ポスト安倍は安倍さんだという考えは変わらない。むしろ強くなった。残念ながら安倍さんに代わる日本のリーダーは見当たらない」
だが、そう言いつつも次のように加えた。
「でも、うち(宏池会)の岸田さんだって必ず日本のリーダーになるという信念をもって頑張っている。志は立派なものだ。そのタイミングは岸田さん自身が決める」
「ポスト安倍は安倍さん」という言い方は、2018年の総裁選で岸田氏は出馬を見送り、安倍首相が3期目を務めるべきだというふうに聞こえる。さらに、それに続く発言は、安倍首相の自民党総裁としての任期が切れる2021年の総裁選では、岸田氏が勝負をかけるだろうという意味に受け止められる。
岸田氏は石破氏と違って、前回の内閣改造で外相にとどまった。安倍首相の下で働いた上でポスト安倍を狙うという禅譲路線を貫いていこうということだ。
石破氏は「森友問題」への対応を批判
これに対して、石破氏は内閣改造で閣僚ポストから退いた。その石破氏の最近の言動には、聞きようによっては内閣批判と受け止められかねないものがある。批判の矛先は森友問題である。
「国会で参考人を呼ぶかどうかは国会でお決めになることなので、私がとやかく言うことではありませんが、政府与党全体としてこの問題(森友学園問題)は国民の財産である国有地というものがどうなったのかということをきちんとお示しして、いろいろな疑惑を払拭していくことが党の信頼を確立するためにも大事なことではないかなというふうに思っている」
これは3月9日の石破派(水月会)の例会での発言だが、要するに安倍内閣は森友問題についてきちんと国民に説明できていないと言っているのだ。
また、この段階では籠池氏が証人喚問に出席することは決まっていなかったのだが、証人喚問や参考人招致を実現すべきだと言っているように聞こえる。このころ、自民党は野党側の森友問題に関する参考人招致の要求を拒絶していたので、石破氏の発言は自民党執行部批判とも言える。
その石破氏は自民党大会終了後に、記者団に囲まれ、以下のように述べた。
「総裁選に必ず出るとか、そういうことを前の年から言うべきではない。(中略)前回の総裁選は無投票だった。次回も無投票というのは、党内のいろいろなご意見を生かすことにならない」
2018年の自民党総裁選で、誰も安倍首相に挑む候補がいなければ、自分が手を挙げるという意味だろう。
北朝鮮のミサイル発射や金正男氏殺害事件、さらにはトランプ米大統領就任など、日本に関係する大ニュースが今年に入って目白押しである。しかし、そういう大きな話題を差し置いて、森友問題という、ある意味では実に小さな問題が日本の政局に影を落とし始めている。
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(2017年3月22日フォーサイトより転載)