「シリア技術者」狙った「モサドの工作」か:11年前の「北朝鮮列車大爆発」

2004年4月22日、中国国境に近い北朝鮮平安北道・竜川駅で起きた、列車の大爆発。爆発威力はマグニチュード3.6の地震規模に相当し、161人の死者が出た。
RYONGCHON, NORTH KOREA - UNDATED: In this handout photo released by the World Food Programme April 25, 2004 North Koreans attempt to clear rubble in Ryongchon, North Korea. Two trains collided April 22, 2004 at the train station in Ryongchon resulting in a huge explosion that destroyed thousands of buildings. The Red Cross have urgently requested more information on the disaster, which killed over 150 and injured some 1300, so they can help the victims of the tragedy. (Photo by World Food Programme via Getty Images)
RYONGCHON, NORTH KOREA - UNDATED: In this handout photo released by the World Food Programme April 25, 2004 North Koreans attempt to clear rubble in Ryongchon, North Korea. Two trains collided April 22, 2004 at the train station in Ryongchon resulting in a huge explosion that destroyed thousands of buildings. The Red Cross have urgently requested more information on the disaster, which killed over 150 and injured some 1300, so they can help the victims of the tragedy. (Photo by World Food Programme via Getty Images)
Getty Images via Getty Images

11年前の2004年4月22日、中国国境に近い北朝鮮平安北道・竜川駅で起きた、列車の大爆発。爆発威力はマグニチュード3.6の地震規模に相当し、161人の死者が出た。

正確な負傷者数は不明だが、1000人以上で、駅から200メートル離れた竜川小学校で76人もの小学生が死亡したとも伝えられた。

2日後の北朝鮮の発表だと、硝酸アンモニウム肥料を積んだ貨車と石油タンク列車の入れ替え作業中に起きた事故とされている。だが、その驚異的な爆発規模から事件性を疑う見方も強かった。そもそも、爆発規模はTNT火薬換算で推定0.8キロトン級もあったというのだ。

注目されたのは、訪中した金正日総書記(当時)が同駅を通過した約9時間後に爆発が起きたこと。総書記を狙ったテロとも報道された。当時の北朝鮮鉄道相が総書記の列車の通過予定時刻を漏らしたという疑いで処刑された、との情報もあった。また、携帯電話を使って起爆装置を作動させたとみられることから、北朝鮮当局は携帯電話の使用を全面禁止した、とも伝えられた。しかし、テロ説を裏付ける証拠などはいまだに示されていない。

ところがこのほど、インテリジェンスに詳しい著名な英ジャーナリスト、ゴードン・トーマス氏(83)が、『ギデオンのスパイ-モサドの秘史』(Gideon's Spies:The Secret History of the Mossad)の新版で、イスラエル対外情報機関モサドとの関連を指摘し、新たな脚光を浴びている。

「ギデオン」とはイスラエルの歴史上の英雄の名前。この著書は初版発行が1995年で、トーマス氏は新しい情報を入手するたびに書き足すところがユニークと注目され、今回で第7版となった。

現場に飛散したプルトニウム

それによると、この列車爆発は、3年後の2007年9月6日にイスラエルが行ったシリア核施設空爆の発端となる事件だったことが分かったというのだ。

トーマス氏が明らかにした新事実は、爆発した列車にはシリア人核技術者12人が乗っていて全員死亡したこと。さらに、連結された貨車には、核兵器製造用の純度が高いプルトニウム(推定55キロ)が搭載されていた、というのだ。

列車は黄海を望む積み出し港、南浦に向かっていた。死亡したシリア人はイラン・ナタンズのウラン濃縮施設で働いていた技術者たちで、放射性物質を受け取るために北朝鮮を訪問していた。恐らく、技術者が付き添ってプルトニウムをシリアに輸送する途中で爆発に遭遇した、ということなのだろう。しかし、爆発でシリア人技術者は全員死亡、遺体はシリア軍機で母国に輸送された。

大爆発のため、プルトニウムが現場から飛散、防護服を着た北朝鮮兵数十人が何日間も現場への立ち入りを禁止してがれきを除去した。モサド当局は、プルトニウムの一部は回収された、とみている。

しかし、爆発の原因についてトーマス氏は未確認だとしている。従って、爆薬をだれが仕掛けたかについても、トーマス氏は何も記していない。

ただ、これ以後、モサドはシリアと北朝鮮の間の核協力を監視、シリアの軍幹部や科学者らが十数回にわたって北朝鮮を訪問して北朝鮮高官らと会談した事実を確認したという。トーマス氏は、イスラエルによるシリア核施設空爆の真相を追う取材の一環で、北朝鮮の列車爆発事件に関する情報を入手したとみられる。

北朝鮮入りしたナゾのモサド工作員

残念ながら、トーマス氏が得た新情報はこれですべてだった。

しかし、違う角度からモサド関与の疑惑を追及する米国人ジャーナリストがいることが分かった。元駐シンガポール米大使を父に持ち、AP通信やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌記者などを経てフリーになったネイト・セイヤー氏(55)だ。

彼は2013年6月に北朝鮮情報専門サイトNKニューズに寄稿した記事で、列車爆発が起きた後、2004年4月末の時点で北朝鮮に滞在していたといわれるモサド工作員について伝えている。

このモサド工作員は、1967年米首都ワシントンに生まれた米国とイスラエルの二重国籍を持つ男。本名はゼブ・ブルッケンスタインといわれ、父親はワシントンのユダヤ教会シナゴーグで宗教研究部長をしていたという。

彼はゼブ・バルカンなどの偽名も使って、2004年3月3~20日の間ニュージーランドに滞在。脳性マヒの男性になりすましてニュージーランド旅券を申請、取得して中国に渡航した。4月11日に広州で盗まれたカナダの「ケビン・ウィリアム・ハンター」名のパスポートを入手して、4月末に北京経由で平壌入りした。

平壌では、「セキュリティ・コンサルタント」と名乗り、中国国境にセキュリティ目的の壁を建設し、それにイスラエル製の動体探知装置や暗視装置を取り付けるという商談を北朝鮮側と行っていたとの説をセイヤー氏は紹介している。

バルカンの名前はモサドが1990年代からヨルダンやドバイなどで行ったイスラム原理主義組織ハマスの幹部殺害および同未遂事件にかかわった人物として挙げられてきた。

真相はいかに

しかし、セイヤー説の弱点は、バルカンと列車爆発事件との直接的な関連を証明できていないことだ。通例だと、事件の関係者は事件発生直後に直ちに現場を離れ、出国するのが常だが、彼は事件発生時の滞在地が不明で、事件後に北朝鮮に入国したとみられている。

またセイヤー説が、爆破された貨車が積んでいたのはシリア向けミサイル部品、としている点もトーマス説とは異なる。

さて、真相はどうだろう。トーマス氏もセイヤー氏も一定の評価を受けてきたベテランで、書かれた内容は信用できる。両氏の違いは、トーマス氏がモサドを取材対象として長年追いかけてきた点だ。彼はモサドによるシリア核施設爆撃の取材を続けるうちに列車爆発事件の真相に触れたようだ。

本欄では何回かモサドの工作を取り上げてきた。現職のクリントン米大統領とモニカ・ルインスキーさんの電話盗聴工作についても書いた。だが、北朝鮮領内への工作員の潜入は非常に難しい。列車爆破工作が事実とすれば、モサドの実力を証明することになるが、これほど多数の死傷者を出した事件であり、加害行為に対する強い反発も想定される。このためその全容解明にはなお相当の時間が必要だろう。ただ、シリア核施設は北朝鮮の技術協力で進められ、モサドが綿密に両国関係者の追跡を続けていたのは明白な事実だ。

2014-07-09-d70499f0b5b7f1ca9c9956395c1cc69260x60.jpg

春名幹男

1946年京都市生れ。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒業。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授を経て、現在、早稲田大学客員教授。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『スパイはなんでも知っている』(新潮社)などがある。

【関連記事】

(2015年5月13日フォーサイトより転載)

注目記事