「対米融和」に舵を切ったプーチン大統領が異例の「土下座外交」--名越健郎

強気の反米発言を繰り返してきたプーチン大統領だったが、この2~3週間は「土下座外交」のような低姿勢の発言が目立つ。

米国の「ロシアゲート」疑惑追及が本格化する中、ウラジーミル・プーチン大統領がこのところ、米露関係やロシアゲートで積極的に発言し、米世論の鎮静化に努めている。

疑惑が泥沼化すれば米露関係改善は遠のき、孤立が長期化するとの懸念がありそうだ。米上院は新たに、選挙戦に干渉したロシア要人を対象とする対露制裁強化法案を98対2の圧倒的多数で可決し、議会の反露感情の強さを示した。

米露首脳は7月7、8両日ハンブルクで開かれるG20首脳会議の際に初会談を行う予定で、ロシアは首脳会談の成果に向けてダメージ・コントロールに乗り出した形だ。

マケイン議員にエール

毎年恒例のプーチン大統領の国民対話「大統領との直通回線」は、政権が万全の準備で臨む最も重要な対外発信装置だが、6月15日の対話は、200万件以上の質問の中から米アリゾナ州に住む米国人男性が登場した。

男性は、「私はあなたの大ファンで、ロシアのシンパだ。米国では国を挙げて反露ヒステリーが起きている。ロシアは敵ではないというメッセージを米国人に送ってほしい」と述べた。

大統領は

「あなたの発言に感謝する。ロシア大統領として、われわれは米国を敵とみなしていないことを強調したい。それどころか、過去2回の大戦で米国は同盟国だった。帝政ロシアは米国の独立を支援した。反露ヒステリーは米国内の政治闘争の結果だ。世論調査では、ロシアに好意的な米国人は多いし、ロシアにも米国に好意的な人が多い。米露関係が軌道に乗るよう強く望んでいる」

と答えた。

アリゾナ州は、米議会の反露急先鋒で大統領の天敵であるジョン・マケイン上院議員(共和党)の地元であり、このやりとりは入念に設定されたパフォーマンスだった。

大統領は6月初め、米映画監督オリバー・ストーン氏のインタビューにも応じ、マケイン氏について、

「彼は古い世界に生きているが、私は彼が好きだ。これはジョークではなく、国益のために献身する彼の愛国主義に敬意を抱いている」

と、マケイン議員にエールを送った。

大統領は以前、マケイン氏を

「ベトナム戦争でハノイの監獄に収容され、精神的におかしくなった」などと酷評していた。マケイン議員は5月、「プーチンは『イスラム国』以上に世界の安全保障にとって脅威だ」

と述べ、上院の対露制裁強化法案を主導したが、大統領は従来の対決姿勢を封印し、変身を印象付けた。

前FBI長官に「亡命」の誘い

「国民対話」でプーチン大統領は、7月の米露首脳会談の展望に関する専門家の質問にも、

「米国とは協力できる分野が少なくない。何よりも大量破壊兵器の不拡散問題がある。米露は最大の核保有国であり、この分野で協力するのは当然のことだ。北朝鮮だけでなく、他の地域についてもだ。貧困問題や環境破壊対策、イラン核問題、ウクライナ問題もある。シリアや中東情勢では、両国の建設的作業なしに進展は考えられない」と述べ、

「われわれは米国と建設的対話を行う用意がある」と強調した。トランプ大統領が脱退表明した温暖化対策の国際化枠組み「パリ協定」についても、「米国抜きでこの分野で何か合意するのは意味がない」とし、トランプ政権に配慮した。

ロシアゲート疑惑でも、トランプ政権にすり寄る姿勢がみられた。大統領はジェームズ・コミー前米連邦捜査局(FBI)長官の議会証言について、

「コミー氏は何も証拠を提示しなかった。意外なことは何もなかった」とし、

「コミー氏がトランプ大統領との会話をメモし、それを友人を介してメディアに伝えたことが最も意外だった。情報機関トップが会話を記録し、それを外部に漏らすのは極めて驚きだ。(ロシアに亡命した)エドワード・スノーデン氏とどこが違うのか。もしコミー氏が訴追されるなら、ロシアへの政治亡命を認めよう」

と述べて笑いを取った。コミー証言に精通し、ロシアゲートの推移に相当気をもんでいることが分かる。

こうした対米融和姿勢の背景には、欧米の対露制裁強化への焦りが見て取れる。

「ロシアは制裁にいつまでも耐えていけるのか」との質問に、大統領は

「ロシアは何度も各国の制裁に耐えてきた。西側はロシアをライバルとみなす時、制裁に打って出る。100年前のロシア革命の時もそうだった」としながら、

「米上院が新たな制裁強化法案を策定したのには驚いた。何も起きていないのに、何が理由というのか。米国の内政問題が理由とすれば、ロシア封じ込め政策は常に適用される」

と指摘した。上院の新法案がロシアゲートを理由にしていることに衝撃を受けた模様だ。

サイバー攻撃を認める

プーチン大統領は6月5日、米『NBCテレビ』との会見にも応じ、米大統領選でのクリントン陣営へのサイバー攻撃を事実上認める発言をした。

大統領はこの中で、「ロシアは政府レベルでは一切サイバー攻撃をしていないが、一部の愛国主義的なハッカーが西側の反露政策への報復としてハッカー攻撃を仕掛けた可能性はある」と述べた。

米国の17の情報機関が一致してロシアのサイバー攻撃はあったと主張しており、もはや逃げ切れないとみなした模様だ。

一方で大統領は、

「米国のような巨大国家の選挙集計をサイバー攻撃で変更できるはずがない」「米国もこれまで、ロシアを含め他国の選挙結果を変えようと何度も干渉してきた」

「州ごとの選挙人総取りの選挙制度自体に問題があるのではないか」

などと述べ、選挙自体への影響はないとの認識を示した。トランプ大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー大統領上級顧問が昨年12月にロシア国営開発対外経済銀行のセルゲイ・ゴルコフ総裁と接触し、秘密チャンネルの設置を提案したとの報道には、

「ロシアはどの候補の陣営ともチャンネルを築こうとしたことは一切ない」と否定。ロシアから多額の講演料を得たフリン前大統領補佐官(国家安全保障担当)についても、「パーティーで同じテーブルに座っていたらしいが、ほとんど会話はしていない。挨拶だけだ」

と強調した。

モラー特別検察官によるロシアゲートの捜査を通じ、ロシアはトランプ陣営との接触を全面否定し、トランプ政権を暗に擁護する立場を取るとみられる。

ロシアゲートは想定外

プーチン大統領は6月2日、サンクトペテルブルクでの経済フォーラムで演説し、参加した米国の実業家らを前に、

「現在の米露関係は冷戦後記録的な低レベルで推移している」

「両国関係の冷却は経済関係に打撃を与えずにはいられない。米露貿易は過去3年で30%減少した」

「米国のビジネスマンに言いたい。米露政治関係の正常化を支援してほしい。トランプ大統領を支援してもらいたい。米露関係の正常化は必ず両国の国益に合致すると確信する」

などと訴えた。

強気の反米発言を繰り返してきたプーチン大統領だったが、この2~3週間は「土下座外交」のような低姿勢の発言が目立つ。

トランプ新政権誕生で米露正常化が進むと歓喜したのも束の間、想定外のロシアゲートが米議会や世論を硬化させ、対米外交が裏目に出たショックの大きさがうかがえる。

ただし、ロシアがウクライナやシリア問題で具体的な対米譲歩に乗り出す形跡はない。「米政界の反露ヒステリーは、来年の大統領選でのプーチン再選に向け求心力を高める効果がある」(6月6日付『モスクワ・タイムズ』紙)との見方もある。対米融和発言は、欧米の攪乱を狙ったレトリックにとどまりそうだ。(名越 健郎)

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名越健郎

1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。

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(2017年6月20日フォーサイトより転載)

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