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2018年06月27日 13時10分 JST | 更新 2018年06月27日 13時10分 JST

「セックスロボット」は人間の孤独を癒せるのか--大西睦子

不足する女性の代用とは。

 (Photo by Ethan Miller/Getty Images)
Getty Images
(Photo by Ethan Miller/Getty Images)

 中国国家統計局によると、中国では、2016年に男性の数が女性の数より3359万人も上回りました。この差は、カナダの人口に匹敵する数です。

不均衡な男女比をもたらした3つの条件

 中国がこのような状況に陥った原因としては、男児を好む文化、1979年から2015年まで続いた「1人っ子政策」、そして1980年代に導入された超音波技術による選択的中絶、が考えられています。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)グローバルヘルス研究所のテレーズ・ヘスケス教授らは、『カナダ医師会雑誌(CMAJ)』の報告(2011年)で、中国で「失われた女性」の圧倒的多数が、選択的中絶によるという明らかな証拠がある、と指摘しています。

 中国では伝統的に、社会的な地位の向上や家系維持のために、結婚は当然のことと考えられています。しかし『CMAJ』の報告によると、今後20年間、若い男性の10~20%過剰な状態が続き、余った男性はおそらく結婚できない、といいます。現在でも中国では、28~49歳の未婚者の94%が男性であり、そのうち97%は高校を卒業していません。結婚することができない男性は、「独身の犬」、「裸の枝」、「売れ残り男」と呼ばれています。

売れ残り男の退屈で孤独な人生

『ワシントン・ポスト』の「多すぎる男たち」という記事(2018年4月18日)で、広東省東莞(とうかん)市在住のリー・ワイビンさん(30歳)が取り上げられています。

 ワイビンさんが育ったのは山村で、そこでは男子の数が女子の数を上回っており、ワイビンさんにはこれまで1度もガールフレンドがいたことがない、といいます。

 ワイビンさんは現在、わずかな労賃の建設現場で働いています。そして家具はなく、タバコの吸いさしが床一面に広がり、壁に面した2段ベッドが並ぶ風通しの悪い相部屋に、5人の男性と住んでいます。

 東莞市の男女比は、女性100人に対して男性118人。ガールフレンドを見つけたくても、会うためのお金も機会もありませんでした。「『家と車が欲しい』など、女性たちが求める水準はとても高く、そういうもののない私とは話さない」「ガールフレンドを見つけるという希望は諦めました」「私は独り。人生は退屈で孤独です」と、ワイビンさんは語り、電話でゲームをしたり、同僚と一緒にカラオケに行ったり、足のマッサージなどをして、余暇を過ごしています。

 前述のヘスケス教授は『ワシントン・ポスト』に対して、「農村地域では、結婚しなかった男性はまったく疎外され、村での人付き合いさえ困難な状態です。彼らは落ち込んでいます」と言います。教授らの昨年の報告では、中国で結婚していない男性はうつ病にかかりやすく、自尊心が低く、攻撃的で、さらに自殺傾向があることがわかりました。

不足する女性の代用とは

 2007年にピューリッツァー賞を受賞したジャーナリストのメイ・フォン氏は昨年9月、『フォーリン・ポリシー』でこんな警鐘を鳴らしています。

「中国は2015年に、全国的な2人っ子政策への転換を発表しましたが、この世代の性的関係への被害はすでに起こっています。今どうしても必要な、カナダの人口ほどの数の妻、母親、介護者である女性を、中国当局は魔法をかけて増やすことはできません」

「起こりそうもない妻の共有を復活させることから、恐ろしい性的人身売買の増加まで、国は解決策を模索しています」

 前述の『ワシントン・ポスト』記事は、中国では、ベトナム、カンボジア、ビルマやラオスなどから花嫁の人身売買が増えていることを報じています。中国人男性は、外国人花嫁を提供するウェブサイトをいろいろと閲覧し、妻を見つけるための旅行に8000ドル以上を支払う場合もあるようです。

 一方花嫁にとっても、それは大きな賭けになります。彼女らは仕事という約束で誘惑され、罠にはまって捕まり、人身売買されて中国人と結婚します。こうして何万人もの外国人女性が、自国の貧困と中国の女性不足のために中国に集まってしまうため、近隣諸国にも中国と同様の男女比の不均衡が生じているのです。

 フォン氏はこうした状況を踏まえ、「この状況が、孤独な男性のための性具の劇的な人気の高まりにつながった」「報告書によると、オンラインで販売された性具の購買者の65%以上が18歳から29歳の男性である」と指摘し、ラブドールやセックスロボットが、中国で不足している女性の代用となることを懸念しています。

ロボットと結婚した人工知能エンジニア

 そんな中、昨年3月31日に浙江大学で人工知能(AI)の修士学位を取得したAIエンジニアのテイ・ジャジャさん(31歳)は、自分で作製したロボットの「インイン」と「結婚」しました。

 英紙『ガーディアン』によると、ジャジャさんは、人間の配偶者を見つけることができず、結婚の圧力と絶え間なく口うるさい家族に疲れて、インインと2カ月間のデートをした後、母と友達に見守られ、杭州市で伝統的な中国の結婚式を挙げました。もちろん、中国ではロボットとの結婚など法的に認められてはいません。

 今のところインインは、中国語の文字や画像を読み、簡単な言葉で話すことができます。今後ジャジャさんはインインをアップグレードして、家事もできるようにする予定です。ジャジャさんは英紙『メトロ』に対して、「自分の残りの人生、あるいはインインの電池がなくなるまでの時間を、インインと過ごすつもり」と語っています。

 また、顧客の好みに基づいてオーダーメイドロボットを作製するジャジャさんの会社は今、他の孤独な独身男性のために、より多くの「性的機能」をもつロボットを作っています。

米国でも広がる孤独

 こうした現象は中国だけでなく、実は米国の若者にも孤独や社会的孤立が広がっています。特にソーシャルネットワーキングサービス(SNS)が登場してから、状況は悪化しています。ピッツバーグ大学の研究者らは、『アメリカ予防医学ジャーナル』(2017年3月)に、19~32歳の1787人を対象にした調査を報告し、「SNSを利用しすぎると孤立が高まる」と発表しました。

 孤独感は空腹や痛みと同じように、人間にとっての警告信号と言われます。2015年、『心理科学誌』に掲載された米ブリガム・ヤング大学の研究者らの報告によると、340万7134人(平均年齢66歳、観察期間約7年間)ものデータ分析の結果、「社会的孤立」によって29%、「孤独感」により26%、「1人暮らし」では32%、それぞれ死亡リスクが高まることが示されました。

 このような状況で、ロボットが人間の感情に触れることで、人間の孤独を和らげることができるのかが議論になってきました。

ロボットは人間の感情に触れるべきか

 ロボット技術と人工知能の研究は近年、急速に進歩しています。ロボットに人工知能を組み込むことで、人間の感情に対応することまで可能になりました。

 昨年夏の『ABCニュース』で、ジョージア工科大学のロボット工学者ロン・アーキン教授は、将来的にロボットが「仲間」になる可能性が高く、今こそ、ロボットとの密接な関係をもつことの倫理について語り合うときだと発言しました。

 現在のロボットとの関係は、主に作業に由来します。人間はロボットに仕事を与え、ロボットがその仕事をやり終えることを期待しています。ただしこれらの作業の一部は人間と緊密に連携しており、多くの場合、人間との交わりをもたらします。

 そこで差し迫った疑問は、「人間とロボットの親密な関係はどうあるべきか」、ということです。もしロボットが人間以上に機能すれば、将来、人間と人間との関係が悪化する「ディストピア」となる可能性があります。「私たちはロボットを人間のパートナーと同じようになることを許可すべきでしょうか?」――アーキン教授はこう問いかけるのです。

 機械学習をした21世紀のロボットは、個人を認識・反応して、人間との独自の関係を作り出します。ロボットの存在は生活に錯覚を起こさせ、ロボットは実際にはあなたを気にしてないのに、実は気にかけているのではないかと思い込ませます。つまり人間の心理学を利用して、ロボット工学者は人間の特定の感情に触れることができるようになってきたのです。ただし「ロボットが人間の感情に触れるべきなのか、それがどのくらい、どのような状況で触れるべきか」は、まだまだ検討しなければならない問題です。

セックスロボットは人間の孤独を癒すことができるか

 科学誌『ネイチャー』のサイトに2017年7月、「セックスロボットについて話そう」というニュースが掲載されました。このニュースでは、シェフィールド大学のロボット工学と人工知能の名誉教授で、国際ロボット兵器規制委員会(ICRAC)会長のノエル・シャーキー博士らによる、セックスロボットに関する報告を引用しています。

 この報告は、2社のセックスロボットメーカーへのインタビューに加え、ロボット学者、倫理学者、社会学者、弁護士、技術者という多くの専門家による幅広い意見と議論、さらにセックスワーカーやジャーナリストから得た実例や、最近の多くの調査と研究も参考にして作られました。

 報告には、セックスロボットの利用が社会的孤立につながるかどうかの答えになるような直接的な証拠はなく、またこれに関する実験をすることは非倫理的と考えられています。しかし、この報告を評価した専門家らのほとんどが、社会的孤立の可能性がありうる、と考えています。

 その理由として、ロボットとの関係に時間を費やすと人間との友情を築けなくなる、ロボットとの関係がより簡単であるため、本当の性的関係を凌駕する、ロボットとのセックスが依存性になり、利用者を人間社会から隔離する、などの可能性が指摘されています。

 セックスロボットは、性機能障害や性行為についての社会的な不安をもつ人などに、性的癒しを与えられる可能性があります。また孤独を軽減し、感情的または社会的な閉塞感をもつ人の援助に役立つかもしれません。ただし、高齢者や障害者への利用、特に何が提供されているのか分からない認知症の患者さんに対して、セックスロボットを使うことによる尊厳への影響については、倫理的な懸念があります。

 とは言え、セックスロボットは今後、孤独が蔓延する現代社会に入り込み、より進化していくでしょう。皆さんは、セックスロボットを受け入れますか?


大西睦子 内科医師、米国マサチューセッツ州ケンブリッジ在住、医学博士。1970年、愛知県生まれ。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月から2013年12月末まで、ハーバード大学で、肥満や老化などに関する研究に従事。ハーバード大学学部長賞を2度受賞。現在、星槎グループ医療・教育未来創生研究所ボストン支部の研究員として、日米共同研究を進めている。著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。『「カロリーゼロ」はかえって太る!』(講談社+α新書)。『健康でいたければ「それ」は食べるな』(朝日新聞出版)などがある。
関連記事 (2018年6月26日フォーサイトより転載)