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2015年11月10日 01時19分 JST | 更新 2016年11月09日 19時12分 JST

歴史的「中台トップ会談」の勝者はだれか? - 野嶋剛

台湾と中国、どちらの国が利を得たのか、そして台湾国内の反応は......。

ASSOCIATED PRESS
Chinese President Xi Jinping, right, and Taiwanese President Ma Ying-jeou, left, wave to the media at the Shangri-la Hotel on Saturday, Nov. 7, 2015, in Singapore. The two leaders shook hands at the start of a historic meeting, marking the first top level contact between the formerly bitter Cold War does since they split amid civil war 66 years ago. (AP Photo/Wong Maye-E)

満面の笑みを浮かべた台湾の馬英九総統は、いささか硬い表情の中国の習近平国家主席と握手を交わしたあと、とっさにスーツの前ボタンをさっと外し、世界から集まった数百人の記者団に手を大きく振った。筋肉質で胸板の厚い馬氏はスーツが破れてしまうことを心配したからで、馬氏はボタンを外したまま、会談の会場に向かった。

60秒以上続いた握手

「中台分断後初」とされた歴史的な中台トップ会談で、馬氏の高揚ぶりは目立った。冒頭の公開発言の予定はそれぞれ5分。習氏は「我々は、血は水よりも濃い家族である」と使い慣れた決まり文句を淡々と語り、4分30秒できっちり語り終えた。一方、馬氏の話は5分で終わらなかった。仕切り役のシンガポール側は、発言途中で報道陣をシャングリラ・ホテル「Island Ballroom 」から追い出した。発言は結局、6分以上続いた。馬氏の話には、中国の古典『尚書』からの引用「非知之艱、行之惟艱」(知るに易く、行うに難し)など漢学教養がふんだんに盛り込まれ、中華民族主義者・馬英九の「中華の本家は我が中華民国にあり」という意気込みが伝わってきた。

そんな馬氏と、「中華民族の復興」を掲げる習氏との相性が悪いはずはない。会談後、馬氏は習氏を「現実的で、柔軟で、率直だった」と最大限持ち上げた。60秒以上続いた握手について「気持ち良かった。2人とも力一杯握った」とも。2人は食事中、抗日戦争の話を語り合った。習氏が、ミズーリ号で降伏文書に調印した日本の要人は誰だったか思い出せずにいると、馬氏が「重光葵ですよ」と教えるというやり取りで盛り上がったという。

会談を無事に乗り切るため、習氏は「台湾独立反対」「1つの中国原則(一中原則)」「台湾は中国の領土」といった台湾側を刺激する発言は控え、馬氏も「中華民国」や「1つの中国には中台別々の解釈がある(一中各表)」という中国側に耳障りな部分に言及しなかった。そのうえで、それぞれが会談後の会見で、こうした言うべきことを補完して述べる、という形式を取ったので、馬氏が一方的に譲歩したという解釈は、いささか不公平かもしれない。

「被動」から「主動」へ

それにしても、中国側が「習馬会」、台湾側が「馬習会」と呼ぶ中台トップ会談の開催が4日に公表されて以来、最も強く印象づけられたのは馬総統の元気さだった。台湾での事前記者会見では1時間半かけて50人の記者の質問をさばいた。支持率が低迷を始めた2010年以来、その表情は曇る一方だったので、こんなにハイで嬉々とした馬氏を見るのは本当に久しぶりである。

ただ、馬氏の個人的満足とは別に、中国と台湾、どちらが多くを得たかと言えば、文句なく中国ではないだろうか。その理由を考えてみたい。

筆者にはいささか後悔の念がある。中台トップ会談の実現を予感しながら、そのタイミングはすでに失われたと判断していた。馬氏が会談を熱望しているのは周知の事実だったが、中国側の反応は鈍かった。昨年11月のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)での会談を、中国側が国際会議の場は望ましくない、と断った。金門島での会談も議論に上ったが実現しなかった。今年春、中国側を取材すると、答えは「場所、タイミングさえ合えばまだ可能性はある」というものだったが、私は単に拒否のための口実ではないかと受け取っていた。

なぜなら、馬英九の支持率は10%前後に低迷し、来年5月には新しい総統の座が民進党の蔡英文主席に転がり込むことは確実視されている。馬氏は中国にとって中台関係の雪解けを演出した「恩人」ではあるが、冷徹な中国はそれだけではレームダック化した馬氏にトップ会談というプレゼントは渡さないと考えたからだ。しかし、中国の判断は違った。いまがチャンスだと考えたのだ。

その理由を、台湾政策に通じる中国の研究者はこう語る。

「この習馬会で、我々は、被動(受け)から、主動(攻め)へ局面を転換できた」

その意味は深い。この2年、台湾では、中国とのサービス貿易協定に反対するひまわり運動が成功を収め、地方選挙では国民党が空前の大敗を喫し、総統選挙は民進党の優勢が明らか。台湾に対し、「善意」という名の利益提供を続けてきた中国にとっては、台湾政策の根本を揺るがすような、目の当たりにしたくはない事態の連続であった。

米国への一撃

中国は受け身の立場に追い込まれた。特に、民進党の総統選候補、蔡英文主席が、今年の5月末と10月初旬、米国と日本を相次いで訪問し、米国では国務省ビルのなかに招き入れられ、日本では安倍首相と「偶然」に会ったとされる。日米の民進党への厚遇は中国の指導部にもかなり衝撃を与えたはずだ。

結果的には、この時期にトップ会談を持ってくるのは、なかなか巧妙な一手であったと言えるだろう。もともと中台トップ会談は、歴史的に常に中国が希望し、台湾が拒むという構図だったが、台湾が希望し、中国が応じたという構図に、関係が逆転してしまった。それは、残り任期半年の馬氏に対し、残り任期が最大7年ある習氏の時間的優位がもたらした部分である。

中国にとって大きかったのは、米中関係の悪化、日米同盟の強化、南シナ海問題での反中連合の形成など苦しい現実のなかで、中国と台湾の連携をアピールできたことであり、台湾の自立重視にシフトした米国に一撃を加えた思いではないだろうか。南シナ海問題についても、台湾は東沙諸島と、南沙諸島最大の太平島を実効支配している。馬氏は南シナ海問題を今回議題にしなかったことを明らかにしており、米国と台湾の分断に成功した形になった。

一方、馬氏が今回、中国側の誘いに乗った背景を分析することは難しくない。馬氏個人の熱望と、国民党の選挙対策という2つのレベルで、中国と利害が合致したのである。馬氏にとっては、中台トップ会談を成し遂げ、中台改善を政権の基軸としてきた自らの2期8年間に美しい句点を打ちたいという思いは、本人がいくら否定しても、すでに衆目の一致するところだ。会談の実現により、馬氏の2期8年の中台改善という歴史的任務が完成したとアピールできる。

現在の選挙情勢では国民党は総統選敗北の可能性が濃く、立法院でも過半数を民進党に奪われかねない。中台トップ会談の実現は国民党の対中融和路線の功績であるとアピールできる。総統選の逆転はほぼ不可能だが、同日の立法委員選挙では民進党の単独過半数を阻止する希望が出たと見る向きもある。実際、民進党は今回の問題でいささか受けに回った。蔡英文氏は、中台トップ会談開催のニュースに対して、「急襲された」と『LINE』でつぶやいた。もし想定内ならば、こうした言葉は出ないだろう。その後も民進党のコメントには揺れが見られ、事前の準備不足を感じさせた。

「馬英九」と「中国」の勝利

この中台トップ会談に対して、「台湾世論の反発が激しくなる」という分析も一部でなされているが、果たしてそうだろうか。少なくとも、台湾の人々の気持ちは、(1)トップ会談の実現は悪いことではない(2)その内容は100%満足できるものではなかったが、台湾の利益が大きく損なわれたわけではなかった、というあたりではないか。メディアの各種世論調査でも、数字にばらつきはあるものの、全体に会談への支持は不支持を上回っており、ひまわり運動のときの全民挙げた抗議とは状況が違っている。任期切れ間際の馬氏が現段階で「できること」を台湾世論が見切っている面もあるだろう。また、「台湾は台湾、中国は中国」とはっきり分けて考える人がマジョリティになった台湾では、「1つの中国」を掲げ合う国民党と共産党の「歴史的」な会談を、確かに重要なものとは認めつつ、気分的には「今さら」と距離を置くようなムードもある。

会談では、双方が「1つの中国」を前提とした「1992年合意」を確認したことが最大の目玉になった。ただ、中台はもともと2008年から「1992年合意」をもとに交流を開始しており、今回はその成果を両指導者が追認したに過ぎない。中国の国務院台湾事務弁公室と台湾の大陸委員会という政府機関同士のホットラインの設置や、中国の台湾に向けたミサイル撤去、国際機関への参加なども議論したが、過去に論じられてきたテーマで、それほど新味のある話ではない。何より、今回の会談は非公式の意見交換であり、一切の合意文書はなく、2016年以降の新政権下における中台関係の将来を法的に拘束するものではない。まさに「会うこと自体に意味がある」という会談だったのである。

今回のトップ会談で最も利益を得た個人は、歴史的任務を達成したと認定された馬氏だ。「国」として利益を得たのは中国である。米国のアジア戦略に楔を打ち込み、台湾を「1つの中国の枠」に押しとどめるかどうかの攻防で、守勢から攻勢に転じることができた。しかし、だからといって、この会談によって中台の距離が近づき、台湾の人々の心中で進んでいる「脱中国」が止まるわけではない。台湾総統には会っても、その方策を、中国はまだ見つけられていない。

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野嶋剛

1968年生れ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、2001年シンガポール支局長。その後、イラク戦争の従軍取材を経験し、07年台北支局長、国際編集部次長。現在はアエラ編集部。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。

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(2015年11月10日フォーサイトより転載)

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