台湾総統選の結果を「なかったこと」にした中国

中国は、開き直った。

中国は、開き直った。民進党が圧勝した1月の台湾選挙は基本的に「なかった」ことにしよう。それが中国の結論であると見るべきだろう。

台湾総統選・立法委員のダブル選挙で野党・民進党は総統だけでなく、立法院も過半数を制して「完全執政」を史上初めて成し遂げた。民進党は台湾の主体性強化を掲げ、将来の独立も目標に置いている政党である。台湾統一を国家目標とする中国からすれば、決して望ましい選挙結果ではない。

選挙後、中国は、あるいは沈思黙考の時としたのか、しばらく鳴りを潜めていたが、ここにきて、一気にカードをオープンにした。台湾の人々には「この選挙結果をみて、中国はもしかすると態度を変えるのではないか」というほのかな期待があったが、3月5日、全国人民代表大会(全人代)のなかで、上海代表団との分科会に出席した習近平・中国国家主席は、「大陸の台湾政策は明確かつ一貫しており、台湾政局の変化によって変わるものではない」とバッサリ切って落とした。

習氏は演説のなかで3度にわたって、中国と台湾との関係が「1つの中国」の枠内だとする「92年コンセンサス」に言及。「92年コンセンサス」の存在が「歴史的事実であり、中台の核心的意義であり、共同の政治的基礎である」と指摘し、この「92年コンセンサス」の遵守があってはじめて、中台関係は「良好なやり取りを維持できる」と述べた。

また、台湾独立について「大陸はいかなる形式での台湾独立への歩みについても反対し、国家主権と領土完全を守り続け、絶対に国家分裂の歴史的悲劇を再演することはない」としている。

民進党の蔡英文次期総統は「92年コンセンサス」について、正式に認めてはいない。習発言は、蔡氏に対して、5月20日の就任演説に92年コンセンサスの遵守を盛り込め、という要求を突きつけたと読むべきだろう。

台湾企業関係者への「脅し」

習氏が、上海代表団との会談の場を発言のタイミングに選んだのにも深謀遠慮がありそうだ。上海地区には、最も多くの台湾企業が進出しており、台湾ビジネスにとって上海は最大の拠点となっている。習氏は「上海とその周辺には少なからぬ台湾企業がある」とわざわざ言葉に出したうえで、「両岸と同胞は運命共同体の骨肉を分けた兄弟であり、血は水よりも濃い家族である」と語った。

この部分は、中台関係の安定を重視する傾向の強い台湾の企業関係者に対して、一種の「脅し」を突きつけたといえそうだ。というのも、これまで、中国側は台湾側に対して、中台関係で政治的なトラブルが生じれば、経済活動や観光客の台湾訪問、その他の分野でさまざまな交流に障害が生まれかねないと「警告」してきているからだ。習発言に震え上がった中国進出の台湾企業は、今後、民進党に対し、中国の事実上の代弁者として陰に陽に圧力をかけていくはずだ。

このほか、5日の全人代の李克強首相演説や3日の兪正声・全国政治協商会議主席の演説など、いずれも台湾に対して「92年コンセンサス」の堅持や遵守を呼びかけるものとなっている。台湾政策のトーンを「92年コンセンサスの遵守」に統一し、「ボールは中国ではなく、台湾にある」というムードを作り上げようとすることを狙ったものであることは明らかだ。

これは中国が台湾の選挙結果に対して、「動かざること山のごとし」という態度に徹する意向を固めたことの証明だろう。台湾の選挙結果によって自分たちの台湾政策はまったく左右されない、つまり、民進党の勝利によっても中国の姿勢は何も変わらないというスタンスを強く打ち出すことによって、大国・中国のメンツを保ちながら、中台関係の主導権を握り続けようという対応だ。

祭英文

最近、中国で開かれたセカンドトラックのシンポジウムのなかでは、中国側の学者から、台湾の若者の間に広がっている「天然独」の台頭(2016年1月18日「台湾総統選を決した『天然独』の台頭」参照)を警戒する意見が多く出されたという。台湾の状況に対して中国側は危機感を強めており、従来のような「待ち」の態度では情勢はいい方に変化しないという分析に立ち、「和」と「戦」のどちらかの選択を民進党政権に選ばせる戦略だと見ていいだろう。

この全人代でいきなり第13次5カ年計画に盛り込まれた導入された台北と中国とをつなぐ高速鉄道の計画も、台湾の人々の感情を害する可能性があると分かっていながらあえて堂々と打ち出してくるあたり、中国の「開き直り」ともいえる固い決意が見て取れる。

民進党は、「92年コンセンサス」のなかに含まれる「1つの中国」を受け入れることを表明するかどうかの踏み絵を迫られることになる。しかし、民進党にとっても「1つの中国」を支持することは党の根幹思想にかかわる問題で、簡単に飲める話ではもちろんない。

これまでは、その点をあいまいにした「現状維持」政策で、選挙戦は台湾の人々を説得することに成功してきたが、中国からはさらに踏み込んだ判断を求められた。中国からのメッセージに対し、民進党は「現状維持の実現のために全力を尽くす」とコメントするにとどめた。

5月20日の総統就任演説のなかで、果たして蔡英文次期総統は「92年コンセンサス」についてどのような言い方で語るのか、新政権誕生まであと2カ月となるなかで、さらに注目を集めそうだ。

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野嶋剛

1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、2001年シンガポール支局長。その後、イラク戦争の従軍取材を経験し、07年台北支局長、国際編集部次長。現在はアエラ編集部。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。

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(2015年3月8日フォーサイトより転載)

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