台湾総統選 民進党勝利の決定打となった勢力「天然独」とは?

「天然独」は、日本語では「生まれながらの独立派」と訳せばいいだろうか。この「天然独」の存在は、現在の台湾政治において極めて重要なキーワードである。

かつて日本の参院選で社会党(現・社民党)が大勝したときに「山が動いた」という土井たか子委員長(当時)の"名言"が語り草になったが、今回の台湾総統選・立法委員選挙の結果は、まさに「山が動いた」という表現がふさわしい。

動いた山は、戦後半世紀以上にわたって台湾政治に君臨していた国民党主導の政治体制だった。民進党は過去にも総統を勝ち取ったことがあるが、2000年は国民党分裂による漁夫の利。2004年の総統選は、大接戦の末に銃撃事件が起きて超僅差での勝利。しかも、国会にあたる立法院で、民進党は1度も国民党の勢力を上回ったことがなく、政権担当の8年間は「ねじれ国会」で、やりたいことを国民党に掣肘(せいちゅう)されてばかりだった。

それが今回、総統選においては、56%の得票率、300万票の大差によって、野党・民進党主席である蔡英文候補が勝利。立法委員選挙でも、定数113議席のうち、民進党は68議席を獲得して、圧倒的第1党に躍り出た。国民党は主席の朱立倫候補を立てたが、得票率は31%と惨敗。立法院でも、現有勢力だった64議席が半分近い35議席になった。

これは、戦後の台湾において、1党専制時代から民主化の後も政治の主役として君臨した国民党という「山」が、根こそぎ動かされたということである。

「生まれながらの独立派」

では、山を動かしたものは何だったのか。その主役の1つが、「天然独」と呼ばれる20代から30代の若い世代の動きだった。

「天然独」は、日本語では「生まれながらの独立派」と訳せばいいだろうか。日本の読者には耳慣れないかもしれないが、この「天然独」の存在は、現在の台湾政治において極めて重要なキーワードである。実際、この「天然独」を主な支持層とする新政党「時代力量」は、今回大方の予想を超えて3つの選挙区で現職有利の情勢を逆転して勝利し、比例区でも2議席を獲得して合計5議席となり、民進党、国民党に続く第3党に躍り出た。

今回の総統選で初めて投票した人々はおよそ130万人。台湾でそうした若い人たちに話を聞いても、国民党に入れたいという人を見つけるのは至難の業だ。時代力量か、民進党。それが若者たちの圧倒的な選択となった。

「天然独」の台頭は、2014年3月の「ひまわり運動」と切っても切り離せない。中国とのサービス貿易協定に反対して立法院の議場に立てこもったひまわり運動の主要な参加者たちに取材したとき、最も驚かされたのが、「台湾は独立している」あるいは「台湾は独立すべきだ」という主張を、何の躊躇もなく、堂々と、軽々と、笑顔で口にしている若者たちだった。

従来、台湾のなかで独立を主張することは、過去には違法とされ厳しい弾圧の対象であったこともあり、基本的には深刻で重いものだった。台湾独立運動の原点は、国民党政権に弾圧され、海外に逃れた知識分子たちであり、日本や米国で独立運動を立ち上げたからだ。

彼らは、戦後処理のなかで台湾の帰属が国際法的に未定であるという前提に立って、国民党の台湾支配は法的根拠がなく、そのため、台湾共和国を建国するべきだという理論を作り上げ、国民党の1党専制と闘ってきた。それゆえに彼らの主張は「法理台独」とも呼ばれる。その「法理台独」と対比される言葉が、ひまわり運動などの社会運動をきっかけに政治意識に覚醒した若い世代を中核とする「天然独」なのである。

「中国への祖国意識」は皆無

「天然独」の認識では、台湾の独立は空気や水があるように当たり前のことであり、中国はあくまでも外国の1つで、もちろん自分を中国人と思いようがない。それゆえに、中華民国を廃止して台湾共和国を打ち立てようという「老台独」たちの「法理台独」にも強いシンパシーは示さないし、逆に、中華民国へのアレルギーもそれほどない。民主化が進んだ1990年代以降に教育を受けて成人した人々であり、自由と民主を満喫して成長し、「台湾は台湾」と素直に考える人々である。

台湾の「中央研究院社会研究所中国効応テーマ研究小組」が2014年に行った調査によれば、青年世代(20~34歳)のなかで独立の支持者は56%に達する。壮年世代(35~49歳)は46%、中老年世代(50歳以上)は41%と少なくなる。全体の平均値は46%。若い世代が突出して高い。

独立への支持が台湾でなだらかな増加傾向にあるのは、世代が進むたびに、否定派が消え、肯定派が生まれる「自然増」状態にあるためと見られる。上の世代になるほど、中国への特殊な繋がりを肯定する傾向は強いが、若い人たちには中国への祖国意識は、ほとんど皆無に等しい。

「野いちご運動」から「ひまわり運動」へ

この天然独の政治意識は、逆に「中国」という存在抜きには覚醒しなかった。なぜなら、「中国」という存在が目前に迫ってきて、はじめて、若者たちは自分たちの内なる「台湾」に気づいたからで、馬英九政権の対中接近がもたらした反作用という要素もある。

最初は2008年、中国の対台湾窓口機関である「海峡両岸関係協会」(海協会)の陳雲林会長の台湾訪問に対する抗議を行った。このとき、多くの若者が初めて中国に向き合う形でデモに参加したという。宴会会場になった台湾のリージェントホテルや、陳会長の宿泊先であった圓山飯店に若者たちが押し掛け、ホテルを包囲して、一時陳会長が動けなくなる事態に陥った。この運動は「野いちご運動」と呼ばれた。

参加した若者はその後も台湾でたびたび起きた「反メディア独占運動」など各種の社会運動のなかで活躍し、デモや集会の技術やノウハウを習得していったという。

その勢力が最終的に結集し、花を咲かせたのが「ひまわり運動」だった。世界を驚かせた若者たちの情報発信のテクニックや組織の運営能力は、一夜で身につけられるものではなかったのである。

蔡英文は民進党主席として、ひまわり運動のあとの2014年の党大会で、台湾独立をうたった民進党綱領を凍結するかどうかについて議論したとき、天然独を念頭に、このように語って凍結論を葬り去った。

「台湾の民主化の進展に伴って、台湾に思いを寄せ、独立した自主的な価値観を堅持することは、若者世代のなかで天然成分になっている。このような事実、このような状態のなかで、なぜ凍結を? なぜ廃止を?」

ひまわり運動の勢力を中心に結党され、躍進した新政党「時代力量」も、その結党の精神について「天然独が、時代力量の結党DNAだ」と明言している。

「老台独」から「天然独」への世代交代

もともと「天然独」の主張は、確かに民進党らと近いものはあったが、国民党の側にも、彼らを取り込んだり、敵対を回避したりするチャンスがあった。ひまわり運動による学生の立法院占拠が起きたとき、馬英九総統は、自らが推し進めた中国とのサービス貿易協定の進め方が拙速であると批判されると、自分のやり方は「合法、合理、合情」であると突っぱねた。その結果、「天然独」勢力に対して発言権を完全に失ってしまった。

今回、選挙戦の最終日に、馬英九総統が有権者の前で深々と頭を下げて「自分のやり方にいろいろ至らない点もあった」と謝罪していたが、知人の国民党の中堅幹部は、「ひまわり運動のときに謝ってくれていたら、選挙結果もそれなりに違っていたかもしれないが、あまりに遅すぎた」と吐き捨てていた。

一方、民進党は、今回の選挙では李登輝氏を精神的指導者とする「台湾団結聯盟」という従来の台湾独立を象徴する政党とは距離を置き、ひまわり勢力の「時代力量」を友党として優遇した。李登輝氏が今回の選挙でほとんど存在感を示せなかったのは、高齢による体調の問題もあるが、間接的に民進党から距離を置かれたことも関係していただろう。「老台独」から「天然独」への世代交代をひしひしと感じさせる選挙だった。

「天然独」の定義や投票行動については、今後より詳しい検証が待たれるのは言うまでもないが、2014年のひまわり運動以来の台湾政治のうねりの中心にいた勢力として、また、中台関係における新たな不確定要素としても、今後も「天然独」の動向に注目が集まることは間違いない。

国民党がもし、ひまわり運動のインパクトを深刻に受け止め、天然独と民進党の結合を適切に防いでいれば、ここまで若者にそっぽを向かれて不利な情勢に追い込まれることはなかっただろう。その意味では、2014年3月という2年近くも前の時点で、今日の敗北に向けて国民党は歩んでいたと言える。

その後、統一地方選で壊滅的敗北を喫し、さらに総統候補選びなどでさんざんもたつきを見せた。すでに負けと分かった戦のなかでも、いさぎよい負け方すらできなくなった醜態には、辛亥革命以来、100年以上の伝統を持つアジア最古クラスの政党として、このままでは寿命が尽きる日が近いかもしれないと感じさせるほどだった。

今後、世代交代が進むにつれて「天然独」勢力は増え続けるのだろう(筆者撮影)

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野嶋剛

1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、2001年シンガポール支局長。その後、イラク戦争の従軍取材を経験し、07年台北支局長、国際編集部次長。現在はアエラ編集部。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。

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(2015年1月18日フォーサイトより転載)

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