時価総額世界5位「テンセント」8位「アリババ」中国IT急成長の「秘密」--大西康之

中国に足を運べば、テンセントとアリババのすごさはすぐに分かる。
A sign of Tencent is seen during the fourth World Internet Conference in Wuzhen, Zhejiang province, China, December 3, 2017. REUTERS/Aly Song
A sign of Tencent is seen during the fourth World Internet Conference in Wuzhen, Zhejiang province, China, December 3, 2017. REUTERS/Aly Song
Aly Song / Reuters

1月17日、中国のネットサービス最大手「テンセント・ホールディングス(騰訊)」が、株式時価総額で米フェイスブックを抜き「世界5位」に浮上した。テンセントの時価総額は昨年11月、アジア企業として初めて5000億ドルの大台を超え、一次的にフェイスブックを超えたが、その後すぐ抜き返されていた。それが今回、再び4.2兆香港ドル(約5900億ドル=約64兆5500億円)に達して抜き返したのだ。

「フェイクニュースの温床」と批判されたフェイスブック共同創業者のマーク・ザッカーバーグ氏が最近「メディアや企業の投稿よりも家族や友達のコンテンツを優先する」との方針を打ち出したことから、「広告収入が減る」との観測が流れ、フェイスブック株は5%余り下落した。同じ期間にテンセント株はほぼ同じ割合で上昇し、フェイスブックに時価総額で190億ドル(約2兆1050億円)の差をつけた。

コミュニケーションは「ウィーチャット」

現在、株式時価総額の世界1位はアップル(約8800億ドル=約96兆2800億円)、2位はグーグルの持ち株会社アルファベット(約8190億ドル=約89兆6000億円)、3位はマイクロソフト(約7120億ドル=約77兆9000億円)で4位はアマゾン・ドット・コム(約6630億ドル=約72兆5400億円)。いずれも日本のビジネスマンや学生には馴染みの深いネット関連企業で、名前を聞けば「なるほど」と頷く会社。6位のフェイスブック(約5710億ドル=約62兆4700億円)も日本では有名だが、そこに割って入ったテンセントの名前は日本ではほとんど知られていない。

7位は「投資の神様」ウォーレン・バフェット氏率いる投資会社バークシャー・ハサウェイ(約5310億ドル=約58兆1000億円)。その次にくるのが再び中国の「アリババ・グループ・ホールディングス(阿里巴巴集団)」(約5090億ドル=約55兆6900億円)である。アリババは日本のソフトバンクが出資していることもありある程度の知名度はあるが、それでも医薬品大手のジョンソン・エンド・ジョンソン、金融大手のJPモルガン・チェース、石油メジャーのエクソンモービルを抑えての「世界8位」と聞けば、「なんで」と首を傾げる人も多いだろう。

しかし中国に足を運べば、テンセントとアリババのすごさはすぐに分かる。

今、中国の都市部ではあらゆる支払いでスマートフォンを使った電子決済が主流になっている。支払いの景色を変えたのはアリババとテンセントのスマホ決済サービス「アリペイ」と「ウィーチャットペイ」だ。アリペイとウィーチャットペイは、観光客が足を運ぶ土産物屋やレストランはもちろんのこと、中国の人々が普段利用している八百屋や肉屋でも使える。都市部では滅多なことで人民元にお目にかからないほど、スマホ決済は普及している。

日本では「ウィーチャット」のことを「中国版LINE」と書く新聞もあるが、とんでもない勘違いである。今、スマホを持つ中国人は電話や電子メールをほとんど使わない。コミュニケーションの大半は無料通話サービスの「ウィーチャット」で済ましてしまう。

今や「ウィーチャット」の利用者数は9億8000万人。電子決済、ゲーム、動画配信などあらゆる機能を兼ね備えた中国人の生活基盤になっている。スマホゲームの「リーグ・オブ・レジェンド」や「オナー・オブ・キングス」は世界各国で大ヒットしており、テンセントのゲーム事業の収益は任天堂、ソニーを抜いて世界一だ。パソコンで対戦する「リーグ・オブ・レジェンド」はプロのゲーマーが腕を競う世界大会まで開かれる。

「トヨタ」を大きく上回る

創業者の馬化騰(ポニー・マー)は1971年生まれの46歳。改革開放の玄関口である深圳市で市の航運総公司の副総経理(副社長)だった馬陳術氏の息子として生まれ、大学で情報工学を学んだあと、深圳の通信企業を経て1998年に起業した。中国語版のパソコン向けインスタントメッセンジャー「QQ」を皮切りに、中国全土を覆う巨大ネットワークを作り上げた。

「豊かな中国」が生んだヒーローが馬化騰だとすれば、杭州市のホテルを訪れる外国人客から英語を学び、大学の英語教師からのし上がったアリババ創業者の馬雲(ジャック・マー)は、「貧しい中国」が生んだ最後の起業家かもしれない。

1995年、英語力を買われて杭州市の債権回収のために米シリコンバレーを訪れたジャック・マーは、そこでインターネットに出合う。インターネットの可能性を直感した彼は帰国後すぐに中国初の商用サイト「中国イエローページ」を立ち上げ、1999年にはBtoB(企業間)の電子商取引サイト「アリババ」を設立した。

2017年11月12日、アリババ・グループは「今年の独身の日の流通総額が前年比39%増の1683億元(約2兆9095億円)に達した」と発表した。楽天の2016年1年間の国内EC(電子商取引)流通総額が3兆95億円であることを考えると、いかに凄まじい数字であるか分かるだろう。

まさに「ネットの爆買い」だ。売り上げが、米国の「爆買いの日」である感謝祭明けの「サイバーマンデー」の5倍に当たる、世界最大のショッピングイベントである。米ゴールドマン・サックスによると2016年の中国のEC小売市場は7500億ドル(約84兆円)。2020年には1兆7000億ドル(約190兆円)に達すると予測する。そこで圧倒的なシェアを持つのがアリババだ。

それにしても、である。テンセントの2016年12月期の売上高は219億元(約3780億円)、最終利益は59億7500万元(約1030億円)に過ぎない。一方のアリババも、2017年3月期売上高は1582億元(約2兆7394億円)、最終利益は412億元(約7123億円)に過ぎない。

業績を比較すれば、トヨタ自動車(2017年3月期の売上高約27兆円、最終利益1兆8000億円)がテンセント、アリババを大きく上回るが、トヨタの株式時価総額は25兆円とテンセントの半分以下だ。

なぜか。株価とは将来への「期待値」だからだ。すでに世界展開しているトヨタに対し、テンセントとアリババは利益の大半を中国だけで稼いでいる。テンセントは今年で設立20年、アリババは19年。若い両社にはまだまだ伸びしろがある。

データの「食べ放題」

焦点は内弁慶のテンセントとアリババに世界で戦う力があるかどうかだが、AI(人工知能)に詳しい日本のある研究者は、「テンセントやアリババのAIがグーグルに追いつくのは時間の問題」と見る。理由は「餌がいい」からだ。

AIの餌はデータである。中国でテンセントの利用者は9億8000万人、アリババの利用者は4億5000万人。中国だけでグーグルやフェイスブックに匹敵する利用者がおり、彼らは毎日、テンセントやアリババのサイトで会話し、写真をアップし、検索し、買い物をし、決済をする。日々、膨大な量のデータが蓄積され、分析される。

例えばアリババのサイトで自転車を売りたい人は、できるだけ前後左右から自分の自転車を撮影し、何枚もの画像を「メーカー名」や「買った年」や「売りたい値段」といったデータとともにアップする。これらのデータを「食べる」ことで、AIは「自転車」がどんな形をしていて、どの程度の価格なのかを学習する。AIを早く成長させたいのなら、データ量は多ければ多いほどいい。

そこに米国や欧州や日本では「個人情報」の壁が立ちはだかる。グーグルやフェイスブックやアマゾンは、データを集めるために新サービスを次から次へと繰り出してくる。昨年来の流行りは「AIスピーカー」だろう。「音楽をかけて」「部屋が暑い」と話しかけると、声をかけた人が好きな音楽をかけたり、エアコンを調整して部屋を涼しくしてくれたりする。これも究極の目的はデータ集めだが、こうした個人情報はフィルターをかけ、個人を特定できないようにしてからでないと使えない。個人のプライバシーが尊重される国ではそれがルールだが、中国にこのルールは当てはまらない。中国政府が「国民のプライバシーよりAIの進歩が大事」と考えれば、テンセントやアリババのAIはデータの「食べ放題」が許されるかもしれない。

それどころか、中国政府はテンセントやアリババのデータを「監視」や「検閲」に使う恐れがある。それが分かっていても、中国の人々はテンセントやアリババを使わずにはいられない。便利すぎるからだ。

テンセントやアリババのAIは大好きなデータを腹一杯食べ、驚異的な速度で成長していく。「トヨタの2倍」という、テンセントとアリババの株式時価総額には、そんな恐るべき市場の「期待」が込められている。

大西康之 経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に「稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生」(日本経済新聞)、「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから」(日経BP)、「ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア 佐々木正」(新潮社)、「東芝解体 電機メーカーが消える日」 (講談社現代新書)、「東芝 原子力敗戦」(文藝春秋)がある。
(2018年1月29日
より転載)
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