「伝説の名経営者」起用でも「東電」再建は「画餅」--杜耕次

6月下旬に発足する東京電力ホールディングス(HD)の「新体制」が決まった。

6月下旬に発足する東京電力ホールディングス(HD)の「新体制」が決まった。最大の目玉は數土文夫(76)に代わって会長に就任する日立製作所名誉会長の川村隆(77)の起用。8年前に日立が当時製造業として過去最大の7873億円の赤字を計上した際、グループ会社から呼び戻されて会長兼社長に就任し、わずか1年で再建のメドをつけた。

虚飾に流されない万事控え目な性格で、3年前の経団連会長人事では最有力候補者だったにもかかわらず、財界首脳からの就任要請を膠(にべ)もなく断ったことでも知られる。そんな「伝説の名経営者」が何故"火中の栗"を拾うに至ったのか。

「川村会長」への守旧派の反対

「東電改革を議論する経済産業省の有識者会議(東京電力改革・1F問題委員会、略称=1F問題委)の委員として東電の経営課題を学んだ。福島への責任を果たすために事業を進展させることが不可欠であり、難題だ。(東電の)取締役会長は執行役が全力投球するのを監督・助言する立場であり、そのためには企業を再生した経験が重要になる。77歳でもそれが果たせると思い、引き受けた」

4月3日、東電の「新体制」を発表する記者会見で川村は就任受諾に至った理由を問われてこう語った。

この会見には現会長の數土と現社長の廣瀬直己(64)、それに6月に川村と同時に着任する予定の次期社長、小早川智明(53)も出席した。小早川は川村より2回り歳下で、前任者の広瀬と比べても11歳若い。社長だけではない。新布陣の7人の社内取締役の平均年齢は52歳となり、旧体制より8歳若返る。

記者会見で廣瀬が「間を飛ばされた人たちのモチベーションを維持するのは難しい」と"若返り反対論"を唱えたように、元会長の勝俣恒久(77)に気脈を通じる「老人」たち主体の東電守旧派(OBを含む)は、今回の役員人事に執拗に抵抗した経緯がある。東電解体で電力業界への影響力拡大を図る経済産業省は、こうした半ば"亡霊"と化した守旧派を抑えるためにも経営陣の要に位置する会長に現任の數土以上の「重鎮」を求めた。

「最終面接」の場だった「1F問題委」

「アベノミクスの提灯持ち」と揶揄される経団連会長(東レ相談役)の榊原定征(74)を筆頭に人材不足が著しい現在の財界で、確かに川村の存在感は群を抜いている。経産相の世耕弘成(54)が川村に東電次期会長就任を打診したのは今年2月とされているが、実際は、新たな東電支援策を議論する1F問題委のメンバーを選んだ昨年秋の時点で経産省はすでに川村に白羽の矢を立てていた感がある。ちなみに10月5日に初会合を開いた1F問題委の人員構成は以下の通り。

▽伊藤邦雄(65、一橋大大学院特任教授)

▽遠藤典子(48、慶應義塾大学大学院特任教授、元週刊ダイヤモンド副編集長)

▽小野寺正(69、KDDI会長)

▽小林喜光(70、経済同友会代表幹事、三菱ケミカルホールディングス会長)

▽白石興二郎(70、読売新聞グループ本社会長)

▽冨山和彦(57、経営共創基盤CEO)

▽原田明夫(78、原子力損害賠償・廃炉等支援機構運営委員長、元検事総長)

▽船橋洋一(72、日本再建イニシアティブ理事長、元朝日新聞社主筆)

▽三村明夫(76、日本商工会議所会頭、新日鉄住金相談役)

《オブザーバー》

この顔ぶれを見れば、次期東電会長の人選に血眼になっていた経産省の思惑が透けて見える。委員長の伊藤を含め10人の委員のうち、会長候補となる財界人は4人であり、「重鎮」という条件なら小野寺は外れる。小林と三村は財界主要団体のトップの座にあり、これ以上の兼職は難しい。本命候補は川村以外になく、1F問題委は議論を通じて川村の思想信条を探るいわば「最終面接」の場だったと言える。

思想信条をチェックするのは、万が一にも「原発再稼働断念」を言い出すような人物が東電会長となる事態を経産省が避けたいからだ。詳細は後述するが、経産省主導の東電再生プランは一貫して「虚構」であり、中でもまるで見通しの立たない柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)の再稼働を前提にした収益改善計画は、まさしく"絵に描いた餅"。

実際、現会長の數土は就任直後、前新潟県知事の泉田裕彦(54)の「東電不信」の頑なさに「柏崎刈羽の再稼働をアテにすべきではない」と言い出したことがあり、経産省や東電守旧派を慌てさせる一幕もあった。

だが、川村は原発メーカーである日立出身であり、東京大学工学部電気工学科の卒業論文のテーマは「沸騰型原子炉におけるボイドの挙動」だったと、2015年5月に寄稿した日本経済新聞「私の履歴書」で明かしている。1F問題委の非公開会合で原発の新増設を訴えていたのをはじめ、4月3日の記者会見では「政府が考える(2030年時点の電源構成における原発比率)20〜22%のレベルは必要だ」と強調した。思想信条は旧態依然の"原子力ムラ"の住人そのものであり、経産省にとっては「理想の人物」だった。

再三にわたる「愚策」で延命

時計の針を少し戻してみよう。福島第1原子力発電所(1F)の廃炉費用が当初見込んだ2兆円を大きく上回る可能性が高くなったとして、數土が政府に追加支援を求める記者会見を開いたのは昨年7月28日。數土が披露した「激変する環境下における経営方針」と題した声明を書いたのは、経産省から出向中の取締役執行役、西山圭太(54)だったらしい。

「かつての総括原価制度の下での『明確な目標設定の欠如』『政府・制度への甘え』と不可逆的に決別し......」

「メルトダウンの『隠ぺい』により、国民の皆さまの信頼に背いたことを深く反省し......」

こうした痛烈な「自己批判」のフレーズが列挙されているこの声明は、「経産省の自作自演」(東電関係者)だったというわけだ。政府への追加支援要請を余儀なくされたのは危機意識が欠如した東電の相も変わらぬ企業風土が背景にあり、そこへ2016年4月からの電力小売りの全面自由化や1F事故に伴う賠償・廃炉費用の膨張が重なったため、とこの声明は主張している。

だが、待ってほしい。2011年3月11日の1F事故以来、東電は少なくとも事実上3度破綻し、その都度、経産省が救済策を考案し延命させてきた。東電の再建が軌道に乗らず、国費を際限なく注ぎ込む「愚策」を再三にわたって講じてきたのは他ならぬ経産省ではなかったか。

東電の最初の破綻は2011年5月。1F事故の責任を同社に無限に負わせることを政府が決定し、その後株価が暴落。会社更生法の適用申請など法的整理が検討されたが、当時の経産次官である松永和夫(65)らが暗躍し、「被災者重視」という不可解な理屈で倒産は回避され、同年8月に原子力損害賠償支援機構法(原賠法)が国会で成立。翌9月に発足した同機構を通じ、国が1F事故に伴う賠償・除染費用5兆円の資金援助を行うことになった。

「被災者重視」とは、噛み砕いて言えば「東電が倒産すれば被災者への賠償が滞りかねない。だから水俣病を起こしたチッソのように延命させて賠償金を支払わせる」ということ。だが、国が被災者への賠償を保証すれば問題はなく、実際に当時の民主党政権の菅直人(70)以来の歴代首相は国会で「被災者を見捨てることはない」と繰り返している。

2010年に会社更生法の適用を申請した日本航空の例があるように、倒産しても会社が消滅するわけではない。東電の法的整理で最大の被害を被るのは1F事故以前に無担保で巨額の融資を行ってきた金融機関であり、更生計画で東電の債務が大幅にカットされれば、千億円単位の融資残高があった大手銀行(例えば、2011年6月末時点の融資残高は三井住友銀行が9345億円、みずほコーポレート銀行=現みずほ銀行=が6768億円、三菱東京UFJ銀行が4270億円)にとって大打撃になる。1F事故直後に資金ショートに陥った東電を支援するために経産次官(当時)の松永らが3メガバンクなどに緊急融資を要請した際、「国の保証」を確約したことが東電の法的整理を躊躇(ためら)わせたと経産省内部では囁かれていた。

「実質的国有化」でも続いた「破綻」

2度目の東電の破綻は2012年6月。当初盛り込まれなかった1Fの廃炉費用などが顕在化して東電の信用不安が広がり、原賠法による救済策は1年と持たず収拾がつかなくなった。1F事故を招いた「A級戦犯」と名指しされていた会長の勝俣恒久を留任させていたことも世論の反発を買っていた。

そこで政府は6月27日の株主総会で勝俣や社長の西澤俊夫(65)を経営陣から一掃すると共に、7月31日に原賠機構を通じて1兆円を出資(発行済み株式に占める比率は議決権の50.11%)して東電を実質的に国有化。翌2013年に政府はそれまで5兆円としてきた1F事故の処理費用を見直し、賠償・除染に廃炉・中間貯蔵施設建設の費用を加えた総費用を11兆円に引き上げ、そのうち7.2兆円を東電が負担するという新たな再建プランを打ち出した。

新プランを印象づけるため、原賠機構運営委員長から東電会長に横滑りしていた下河辺和彦(69)を更迭し、社外取締役に就いていた元JFEホールディングス社長の數土を後任の会長に据えたのは2014年4月のことである。

ところが、この2度目のプランも行き詰まり、前述のように2016年7月に東電は政府に新たな支援を要請。これが3度目の破綻である。新たな再建プランを策定するにあたって経産省は2016年12月、1F事故処理費用の再度の見直しを行い、総費用が21.5兆円に達するとの試算結果を公表した。内容は以下の通りだ。

費用項目 2013年 → 2016年

◎廃炉・汚染水 2.0兆円 → 8.0兆円

◎賠償 5.4兆円 → 7.9兆円

◎除染 2.5兆円 → 4.0兆円

◎中間貯蔵 1.1兆円 → 1.6兆円

◇合計 11兆円 → 21.5兆円

この試算結果に伴い、東電の処理費用負担額は従来の7.2兆円から15.9兆円に拡大。これを受け、経産省は当然のことながら再建プランを練り直すことになるが、市場関係者の多くが「もはや東電再建はリアリティーに乏しく、絵空事でしかない」(外資系証券アナリスト)と見ている。

それは、再建プランが毎度のように実現性に乏しい柏崎刈羽原発の再稼動を「不可欠の条件」としてきたからだ。2012年7月の国有化前に政府が認定した東電の総合特別事業計画では柏崎刈羽の再稼動のメドを「2013年4月」とし、2014年1月に認定を受けた新総合特別事業計画では「2014年7月」の再稼動を前提にしていた。

周知のように、前新潟県知事の泉田裕彦は「福島事故の徹底検証なくして柏崎刈羽の再稼動はあり得ない」と繰り返し公言し、泉田の退陣後その意思を継いで出馬した米山隆一(49)が2016年10月の知事選で当選を果たしている。泉田の在任時代の追及で東電の1F事故発生当時の「メルトダウン隠蔽」が明らかになるなど、新潟県民の東電不信はむしろ強まっている。そんな現実味のない再稼動にこだわらざるを得ないところに経産省の苦しさがある。

「虚構」の東電再建プラン

東電を本気で再生しようと思うなら、法的整理で債務をカットすると共に、原発や火力発電所、送配電網、子会社、保有不動産などを売却し、その上で1F事故の処理費用で足りない分を政府に支援要請するのが筋。「先に負担ありきの議論では国民の理解は得られない」とエネルギー産業論の第一人者である東京理科大学教授、橘川武郎(65)は指摘している。

「経産省は過去の施策の"呪縛"にとらわれている」(エネルギー行政に詳しいコンサルタント)との見方もある。1F事故直後に東電救済の道を開いた当時の経産次官の松永をはじめ、2012年の国有化に際しては、原賠機構連絡調整室長(後の東電取締役執行役、現経産省通商政策局長)の嶋田隆(57)や、経産省大臣官房審議官兼資源エネルギー庁次長(現内閣総理大臣秘書官)の今井尚哉(58)らが奔走した。とりわけ、今井はいまや安倍晋三内閣の「影の官房長官」といわれるほど権勢を振るっており、日本の役所の常として、後任の官僚たちが過去の誤謬を修正する可能性は極めて低い。

ただ、次々に繰り出される東電再建プランが「虚構」であることはもはや隠しようがない。国内屈指の経済シンクタンクである日本経済研究センターは、このほど1F事故処理費用について、汚染水を全量処理する場合で70兆円、汚染水を海洋放出した場合でも49.3兆円にそれぞれ達するという試算結果をまとめた。

内訳は廃炉・汚染水の処理に32兆円(海洋放出の場合は11兆円)、賠償に8兆円(同8.3兆円)、除染に30兆円となっている。同センターは1F事故直後に処理の総費用が少なくとも20兆円を超えると試算しており、東電再建プランとの整合性に配慮して「作文」した気配がある経産省データより、はるかに信頼性が高い。

こんな「作文」を積み重ねたお手盛りの再建プランに川村が乗せられたのは、日立と経産省とのしがらみが背景にあると勘繰る向きが多い。宿命のライバルと言われてきた東芝が米原発子会社「ウエスチングハウス(WH)」の巨額損失で存亡の淵に立たされているが、「勝ち組」と言われている日立にとって決して他人事ではない。

原発事業継続に賭ける戦略は東芝と同じであり、日立は2012年に6億7000万ポンド(約920億円)を投じて傘下に収めた英「ホライズン・ニュークリア・パワー」を通じ、英中部のウィルファ原発で出力130万kw級の改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)2基を建設する計画を進めている。2基の総事業費が約190億ポンド(約2.6兆円)という巨大プロジェクトであり、日本政府が1兆円の資金支援を行うことが2016年12月に発表された。ただ、日立にとっては「時限爆弾」のような事業である。

「利益相反」の疑い

米国での原発新設プロジェクトなどで1兆円規模の損失が見込まれるWHだけでなく、世界最大の原発メーカーである仏「アレバ」もフィンランドやフランスでの最新鋭の欧州加圧水型原子炉(EPR)新設事業を巡るトラブルで2015年に事実上破綻した。1F事故以降、国を問わず、当局による安全審査は厳しさを増しており、ウィルファ原発も例外ではない。将来の不測の事態に備えて政府に「貸し」を作っておこうと川村は考えたのかもしれない。

加えて言えば、原発だけでなく、他にも発電用タービンなどの製造を主力事業とする重電メーカーの元社長が、国内最大の電力会社のトップに就くことへの違和感は拭い難い。少なくとも年間数百億円は下らないとみられる東電と日立製作所の取引について、川村には「利益相反」の疑いがつきまとうからだ。

川村は日立でのV字回復の足跡を辿った自著『ザ・ラストマン』(角川書店)の中で、「会社はCEOの器以上のものにはならない」と断定している。日立を愛するが故に引き受けた東電会長ポストならば、霞が関の官僚たちが鉛筆を舐めて仕立てるシナリオを逸脱することなく、経産省が求める「時間稼ぎ」の役回りを十分果たすに違いない。しかし、それでは「名経営者」の評判は看板倒れとなり、晩節を汚すことにもなりかねない。77歳の老経営者には時間がない。日立の時のように最初の1年が勝負になるが、果たして何ができるだろうか。(敬称略)

杜耕次

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(2017年4月11日フォーサイトより転載)

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