一触即発の朝鮮半島(上)止まらぬ「チキンゲーム」

4回目の核実験、長距離弾道ミサイルの発射など、北朝鮮の金正恩第1書記による挑発・暴走が止まらない。

北朝鮮は1月6日に4回目の核実験、2月7日に事実上の長距離弾道ミサイルである人工衛星を打ち上げたが、その後も金正恩(キム・ジョンウン)第1書記の挑発・暴走が止まらない。

北朝鮮は300ミリ多連装砲、スカッドミサイル、ノドンミサイルなどの発射を繰り返し、韓国の青瓦台(大統領官邸)や政府機関を攻撃すると威嚇している。また、韓国政府も、これに対して強硬路線で対応している。米韓両国も先制攻撃や最高指導者を除去する「斬首作戦」を隠さず、最新鋭装備を動員して史上最大規模の合同軍事演習を実施している。

南北間では、これまであった軍事当局者間の通信ラインや板門店の連絡ルートも断絶したままだ。韓国軍は北朝鮮の軍事挑発があった場合は「3倍返し」をするとの方針を示しており、偶発的な軍事衝突が起きれば、それがどのように展開するか予想のつかない状況だ。さらに、韓国は4月13日の国会議員選挙に向け、国内は選挙政局になっており、南北間の緊張激化に気を遣う余裕はない。朴槿恵(パク・クネ)政権は緊張を高めて与党有利の状況をつくろうとしているようにも見える。

30歳を過ぎたばかりで経験不足の金正恩第1書記の対応が予測不能なだけに、この緊張状況が無事緩和されるのかどうか不透明だ。北朝鮮の核・ミサイル問題の現状とチキンゲームのようになっている朝鮮半島情勢を検証する。

エスカレートする金正恩第1書記の発言

「今日の極端な状況の下で、わが民族の自主権と生存権を守るための唯一の方途は今後も、核戦力を質量共により強化して力の均衡を取ることだけである」「国家防衛のために実戦配備した核弾頭を任意の瞬間に発射できるように恒常的に準備しなければならない」(3月4日付「労働新聞」「敬愛する金正恩同志が新型大口径放射砲試験射撃を現地指導」)

「核戦力を質量共に磐石のごとく打ち固めるのがわが祖国の領土に浴びせかけられる核戦争の惨禍を防ぐことのできる最も正当かつ頼もしい道だ」「核先制打撃権は決して米国の独占物ではないとし、米帝がわれわれの自主権と生存権を、核をもって奪おうとする時には躊躇することなく、核をもって先に痛打を加える」(3月9日付「労働新聞」「敬愛する金正恩同志が核兵器研究部門の科学者・技術者たちと会い、核兵器兵器化事業を現地指導」)

「敵が目の前でいかなる危険極まりない火遊びをしても決して眉一つ動かさないわれわれだが、神聖なわが祖国の一木一草に少しでも手出しするなら、核手段を含むすべての軍事的打撃手段に即時の攻撃命令を下し、朴槿恵政権とかいらい軍部ゴロの群れに生存不可能な殲滅的火の洗礼を浴びせかけるであろう」(3月11日付「労働新聞」「敬愛する金正恩同志が朝鮮人民軍戦略軍の弾頭ロケット発射訓練をご覧になった」)

「核攻撃能力の信頼性をより高めるために、早いうちに核弾頭の爆発試験と核弾頭装着可能な数種類の弾道ロケットの試射を断行する」「当該部門ではこのための事前準備を抜かりなくすること」(3月15日付「労働新聞」「主体的国防科学技術の新たな先端成果、弾頭ロケット大気圏再投入環境模擬試験に成功・敬愛する金正恩同志が弾頭ロケット大気圏再突入環境模擬試験を指導された」)

「勇敢な前線砲兵たちが目標を容赦なく打撃するのを見て、胸がすっとするように本当に上手に撃つ。打撃がとても正確だ」「いったん、攻撃命令が下されれば敵が巣くっている悪の巣窟であるソウル市内の反動統治機関を無慈悲に打撃しながら進軍して、祖国統一の歴史的偉業を成し遂げなければならない」(3月25日付労働新聞「敬愛する金正恩同志が青瓦台とソウル市内の反動統治機関を撃滅、掃討するための朝鮮人民軍前線大連合部隊の長距離砲兵大集中火力打撃演習を指導された」)

これらは3月に入っての金正恩第1書記の核やミサイルなどに関する発言だ。「実戦配備した核兵器の恒常的な発射準備」→「核兵器による先制攻撃の用意」→「核手段を含む軍事的打撃の用意」→「早期の核実験と多様なミサイル発射」→「ソウル市内の反動統治機関を無慈悲に打撃し、祖国統一の歴史的偉業達成」とエスカレートしている。

米韓合同軍事演習の「変質」

この3月に入っての朝鮮半島をめぐる動きは尋常ではない。どこかで歯車がひとつ狂えば、南北の軍事衝突に発展してもおかしくない危険な状況が次々に演じられている。北朝鮮の挑発を「想定の範囲内」と訳知り顔で解説するにはあまりに危険な状況だ。

北朝鮮の挑発・暴走路線はもちろんだが、米韓合同軍事演習の質的な変化にも注目せざるを得ない。米韓両国は米韓合同軍事演習「チームスピリット」(1976年から91年まで実施されたが92年に南北基本合意書の採択などで中断、93年に復活したが94年に再び中断)時代は、この訓練は定期訓練で、どこまでも防衛のための訓練としてきた。しかし、今年の米韓合同軍事演習は明確に質的に転換したものだった。今回の演習は米韓両国が昨年策定した「作戦計画5015」が反映された訓練だ。

米韓両国は昨年6月に「作戦計画5015」に署名した。米韓両国当局はこの内容を明らかにすることは避けているが、韓国メディアによると、北朝鮮の核・ミサイル・化学兵器などの大量殺傷兵器の除去に力点が置かれた作戦計画とされる。これが韓国メディアに報道されると、米韓連合軍司令官は情報が漏れ報道された経緯を調査するよう韓国側に要請した。韓国国防部は国会の国防委員会で国会議員から「作戦計画5015」について説明するよう求められたが、これを拒否した。

しかし、韓民求(ハン・ミング)国防相とカーター国防長官は昨年11月2日の第47回米韓定例安保協議(SCM)で共同声明を発表し、米韓両国は北朝鮮の核・ミサイル・化学兵器への4D作戦を承認した。「4D作戦」とは「Detect」(探知)、「Disrupt」(攪乱)、「Destroy」(破壊)、「Defense」(防御)だった。そして、この「4D作戦」は「作戦計画5015」に反映されているとされた。

今年の米韓合同演習は、北朝鮮が核やミサイル、化学兵器などを使用する兆候が確認されれば、先制攻撃や北朝鮮への進攻、4D作戦を実践に移す訓練もなされているという。

北を刺激した「斬首作戦」

また、韓国軍幹部は昨年8月にソウル市内で行われた安保関係のセミナーで「わが軍はわれわれの主導で北韓軍より優位な非対称戦略概念を発展させる」とし「心理戦、斬首作戦、情報優位、精密打撃能力などを活用する」と述べた。この発言で「斬首作戦」が一気に注目された。「斬首作戦」とは「有事に敵軍が核兵器を使用する兆候があれば、核兵器の使用承認権者を除去して核兵器を使用できなくする作戦概念」と説明された。

北朝鮮は2013年4月の最高人民会議第12期第7回会議で「自衛的核保有国の地位を一層強化することについて」という法律を採択した。この法律では「朝鮮民主主義人民共和国の核兵器は(中略)朝鮮人民軍最高司令官の最終命令によってのみ使用できる」と規定している。

つまり、「斬首作戦」というのは、核兵器の使用を決定できるのは最高司令官、すなわち金正恩第1書記だけなので、核を使用する前に金正恩第1書記を除去することで核兵器の使用を防ごうという考え方だ。しかし、北朝鮮は金正恩第1書記を「最高尊厳」として重視する国である。

韓国国防部当局者は今年の米韓合同軍事演習で「斬首作戦」の訓練が行われたのかという記者の質問に対して「過去にセミナーで理論的な言葉として使われたもので、わが軍に斬首作戦という言葉はない」と述べた。しかし、これはそういう言葉を使っていないということであり、最高司令官を除去する訓練をしていないということではないように見える。

過去の米韓合同軍事演習は徹底的に防御演習という建前を堅持してきたが、今年の演習は先制攻撃や最高指導者の除去までも視野に入れた「作戦計画5015」を適用した訓練であった。その意味で、北朝鮮がこの演習が「平壌解放」「斬首作戦」を目指したものだと非難するのも理由のないことではない。

問題は、なぜ米韓側が従来の「建前」を捨てて、北朝鮮を刺激することが分かり切っているのに、こうした作戦概念を前面に押し立てて訓練をするのかという点にある。

しかも、今年の米韓合同軍事演習は史上最大規模で行われた。演習には韓国軍約30万人と沖縄駐留の海兵隊を含む米軍約1万7000人が参加し、原子力空母「ジョン・ステニス」、原子力潜水艦、F22ステルス戦闘機、B2爆撃機などが投入された。北朝鮮を軍事制圧できる戦力を動員して、北朝鮮の挑発に対応しようとする「目には目」の対応だ。

米韓軍の「先制攻撃」や「斬首作戦」が強調される中で、最新鋭装備が投入された史上最大規模の訓練が実施されたことが、北朝鮮にとっては大きな脅威になったことは間違いない。

300ミリ多連装砲の脅威

国連安保理が北朝鮮へのさらなる制裁決議案を3月2日(日本時間3日未明)に決議すると、北朝鮮が最初に示した反発が3月3日に行った300ミリ多連装砲6発の発射だった。元山付近から同日午前に発射された放射砲は100キロから150キロ先の日本海に落ちた。北朝鮮メディアは4日に、金正恩第1書記が「新型大口径放射砲」の試験射撃を指導したと報じた。

金正恩第1書記は「実戦配備した核弾頭を任意の瞬間に発射できるように恒常的に準備しなければならない」とし、「もはや敵たちに対するわれわれの軍事的対応方式を先制攻撃的な方式にすべて転換しなければならない」と述べた。また、この発言が本当なら、北朝鮮は既に核兵器を実戦配備していることになる。

金正恩第1書記は6回にわたり朴槿恵大統領を呼び捨てにし「朴槿恵逆徒」と非難した。金正恩第1書記が朴槿恵大統領の固有名詞を挙げて語るのは2014年7月以来で、極めて異例だ。これは朴槿恵大統領が2月22日に、青瓦台の首席秘書官会議で金正恩第1書記を呼び捨てにして北朝鮮のテロへの警戒を語ったことへの反発とみられた。

北朝鮮が「新型大口径放射砲」と呼ぶ300ミリ多連装砲が姿を現したのは、昨年10月の党創建70周年の軍事パレードが最初だった。

北朝鮮は3月4日に続いて、21日にも咸鏡南道咸興付近から300ミリ多連装砲5発を発射したが、この時は最大200キロ飛行した。

このため、韓国側はこの300ミリ放射砲の射距離は最大200キロとみている。北朝鮮がこれまで保有していた放射砲は107ミリ、122ミリ、240ミリで射距離は最大90キロだった。新たに登場した300ミリ放射砲の射距離が200キロだとすれば、軍事境界線の近くから発射すれば、在韓米軍が2017年までに移転することになっている京畿道・平沢や韓国陸海空軍の本部がある忠清南道鶏龍台まで届く。ソウルなど首都圏が射程に入るのはもちろんだ。

しかも、この新型300ミリ放射砲はGPS機能を持ち、ロケット砲というよりは誘導弾に近く、正確に攻撃目標を狙える能力があるとみられている。

北朝鮮メディアは、金正恩第1書記がこの300ミリ多連装砲開発のために過去3年間に14回にわたり直接指導に当たったと報じ、金正恩第1書記がその開発を重視してきたとした。

300ミリ放射砲は高度が低く、ミサイル迎撃システムでも対応できない。現時点では、韓国側には防御手段がないのが実情だ。この放射砲の原型とみられる中国の302ミリ放射砲は150キロの高性能爆弾が約2万5000個の破片として炸裂し、殺傷半径は約70メートルに達するため、これ以上の殺傷能力を持っている可能性がある。

3月22日の「労働新聞」は「大口径放射砲の実戦配備を控え、最終試験射撃を再び行った」と報じており、3月21日の試験発射で300ミリ多連装砲が実戦配備されるとみられる。

北朝鮮はこの後に、韓国の青瓦台に照準を合わせた映像を放映したが、実際に300ミリ多連装砲で青瓦台を狙えば、韓国側に適切な防御方法はない。

北朝鮮は3月29日午後5時40分ごろ、元山付近から北東の内陸部に向けて飛翔体を発射、この飛翔体は約200キロ飛行し、両江道金亨権郡の内陸部に落下した。韓国軍はこれも300ミリ放射砲とみている。北朝鮮は3月に入り、ミサイルや多連装砲の発射を続けているが、すべて海上に向けた発射だった。陸上への発射は住民などに被害が出る可能性があり異例のことだ。

北朝鮮は3月21日に300ミリ放射砲を発射した際に「最終試験射撃」としていた。その上で、また発射したことを考えれば、21日の発射は「海上への発射」として最終だったということか、29日の発射は追加の威嚇を仕掛けたのかもしれない。

内陸部への落下を失敗とする見方もあるが、この放射砲が最大飛距離の200キロを飛んでいることから失敗ではないだろう。むしろ、地上の的を設置し、GPS機能を使った誘導システムで、精密攻撃ができることを韓国に誇示した可能性が高い。米韓側も衛星などで落下地点の情報を収集しているようだ。

一部では落下地点が中朝国境から約60キロということをとらえ、中国への牽制という見方もあるようだ。そうした要素を排除はできないが、主な狙いは韓国への威嚇であろう。北朝鮮は元山から北東に200キロ先の内陸部を攻撃目標にしたが、この真反対の南西200キロはソウルである。元山から攻撃してもソウルの青瓦台を攻撃できるというデモストレーションと考えられる。青瓦台攻撃が空言ではないという威嚇攻勢の可能性が高い。(つづく)

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平井久志

ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

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(2015年3月31日「新潮社フォーサイト」より転載)

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