「オッズ筆頭」「チケット100万円超」マスターズ「復活勝利」T・ウッズへの期待--舩越園子

優勝候補の筆頭に並べられている。
USA Today Sports / Reuters

ドラマでも映画でも、正義の味方はただ強いだけではつまらないと思われがちだ。窮地に陥り、苦しみ、悩み、汗や涙を流しつつ、必死に這い上がろうとしたときに人々の共感を呼ぶ。「それでこそ、我らがヒーローだ!」「這い上がれ!立ち上がれ!」と熱いエールが送られ、物語はクライマックスへ。

「マスターズ」(4月5日~8日)を目前に控えた今、米ゴルフ界は、まさにそんな状況を迎えつつある。

言うまでもない。主人公の名は、タイガー・ウッズだ。

絶望の淵から這い上がり、今回、勝てば5勝目となるマスターズ優勝の筆頭候補にまで挙げられているウッズの復活劇は、この十数年間、ゴルフ界から消え去ってしまっていた興奮を呼び戻し、米国のみならず世界中の人々の希望を膨らませている。

最悪の事態も

振り返ってみれば、ほんの半年ほど前まで、ウッズの復活を予想する者は皆無に近かった。

昨年4月に生涯4度目の腰の手術を受け、戦線離脱を余儀なくされていたウッズは、9月末に開催された「プレジデンツカップ」(2年に1度行われる米国選抜と世界選抜の対抗戦)にプレーヤーとして出ることはもちろん叶わず、米国選抜チームの副キャプテンとして参加。

開幕前の会見で腰の状態や今後の見通しを問われたウッズは、暗い表情で視線を落とし、「まったく先が見えない」と最悪の事態をも示唆した。

現役選手に戻れないまま引退することもありえる――。そんな報道が世界を駆け巡ったあの大会で、ウッズの存在感は過去最低と言っても過言ではないほど薄まっていた。

コース上に姿を現しても拍手はなく、ウッズを警護するセキュリティは1人も付かず、ロープ内を1人でふらふら暇そうに歩くだけ。そんなウッズにロープ際から「タイガー!」の声をかけるギャラリーも見られなかった。

もちろん、プレーヤーとしてではなく副キャプテンとして参加していたという立場のせいもあったのかもしれない。が、いずれにしても、ウッズ自身が放つ輝きが、あのときはまるで感じられなかった。

しかし、12月の自ら主催する「ヒーロー・ワールドチャレンジ」にプレーヤーとして出場したときは、見違えるほど表情が引き締まっていた。

そして今年1月の「ファーマーズ・インシュランス・オープン」で1年ぶりに米ツアーに復帰したときは、たるみ気味だった頬や腹部がすっかりシェイプアップされ、まるで別人のように変身していた。

変わっていたのは外観ばかりではない。1年前の同大会では恐る恐る振っていたドライバーを思い切り良く振り抜き、アイアンショットにもキレが戻り、復帰第1戦から予選通過して23位タイ。次戦の「ジェネシス・オープン」では予選落ちしたものの、次なる「ホンダ・クラシック」では12位に食い込み、トップ10入りは間近と見られるようになった。

"猛虎"の顔

一番の課題は、ショートゲームのタッチやフィーリングを取り戻すことだった。

「腰の手術後、最も練習できなかったのはチップやパットだった。ドライバーやアイアンはどうにか振ることができても、前傾姿勢を保つショートゲームの練習は腰に負担がかかるから、思うようにできなかった」

だが、復帰4戦目の「バルスパー選手権」からは、グリーン周りとグリーン上に冴えが見え始めた。相変わらずドライバーは気持ち良く振っており、曲がるときは大きく曲がった。ピンチを迎えたことも何度もあったが、ウッズは木の後ろからでも、バンカーの目玉のライからでも、まるで漫画のようなミラクル・リカバリーを披露。人々を狂喜させながら優勝争いを演じ、2位タイになった。

最終日のテレビ中継の視聴率は、メジャー大会以外では、この5年間で最高の「5.11」を記録。昨年比190%増。「サンデー・レッドシャツ」(勝利がかかった際のウッズの勝負服)の魅力と輝きが戻ってきたことを如実に物語る数字だった。

5戦目の「アーノルド・パーマー招待」は、ウッズが過去8勝を挙げ、コースの隅々まで熟知している「ベイヒルクラブ&ロッジ」が舞台。そんな旧知の場所で2013年以来、5年ぶりの復活優勝を遂げる可能性は高いのではないか? 世界中のファンがそんな期待を膨らませた。

かつて「勝つためだけにプレーする」を常套句にしていたウッズだが、今年の復帰第1戦以来、彼はなかなかその言葉を口にしなかった。着実な向上を実感しつつ、「一歩一歩、前進していく」を新たな常套句にして穏やかな笑みをたたえていた。

だが、優勝争いの緊張感と高揚感がウッズのアスリート魂に火を付けたようで、パーマー招待では、ついに「優勝を目指す」と勝利宣言。最終日、首位に1打差まで迫ったときは、かつての"猛虎"の顔を取り戻していた。

終盤16番で痛恨のOB。17番もボギーを喫して5位タイに終わったが、勝利を競い合うスリルを「心臓の鼓動に刻んだ」と明かし、来たるマスターズに向けて「スイングや用具を若干変えて調整していく。とても楽しみだ」と笑顔を輝かせた。

暴騰するチケット代

ウッズが優勝争いを演じた復帰4戦目のバルスパー選手権開幕前ですら、今年のマスターズのチケット価格は、すでに跳ね上がっていた。

ウッズが出場しなかった2016年の本戦1日のチケット代は2176ドル、2017年は2592ドル。それが今年は昨年比14%アップで2948ドルになり、もしもウッズが優勝争いに絡みそうになったら、土日のチケット代はさらに跳ね上がると見られていた。

だが、そのときは、まだウッズのマスターズ復活優勝を期待するというよりは、2015年以来、3年ぶりにオーガスタ・ナショナルGCに戻ってくるウッズの姿を見たいというニーズのほうが大きかったのだと思う。

その後、復帰戦5試合のラスト2試合でウッズが優勝争いに絡み、2位と5位になったことで、今年のマスターズではウッズの単なる「復帰」にとどまらず、「復活優勝」が現実的に期待されるようになり、チケット代は今、とめどなく暴騰している。

あるエージェントの発表によれば、練習日の1日チケットは430ドル。初日のチケットは3653ドル。1週間の通し券となると、驚くなかれ、9750ドルだそうだ。

ウッズが3年ぶりにオーガスタに戻り、13年ぶりにグリーンジャケットを羽織る姿を見るためなら「100万円超を払ってもいい」という人々がたくさん存在することを前提に暴騰しているチケット価格。それは、人々のウッズ・フィーバーも最高潮に向かっていることの何よりの表れだと言えるだろう。

役者は揃ったが

ラスベガスのブックメーカーの優勝予想もチケット代の暴騰と同様、大きな変化を見せている。

ウッズが腰の手術を受け、リハビリ生活をしていた昨年の夏ごろ、2018年マスターズの優勝予想の中でウッズのオッズは100倍だった。それが今年のバルスパー選手権開幕前は一気に16倍になった。その後の2試合で優勝争いを演じ、マスターズを間近に控えた今、ウッズはダスティン・ジョンソン、ローリー・マキロイとともに9倍のオッズで優勝候補の筆頭に並べられている。

ジョンソンこそは世界ナンバー1として今年のオーガスタに乗り込む現在の王者。昨年のマスターズ開幕前日に階段から転落して腰を強打し、棄権を余儀なくされたあの出来事の雪辱を狙うジョンソンが今年優勝すれば、それは窮地から這い上がって掴み取る復活優勝になる。

マキロイはメジャー4勝ながらマスターズだけは未勝利。優勝すれば生涯グランドスラム達成となる。だが、肋骨を疲労骨折した昨年は優勝から遠ざかり、辛い1年を過ごした。そして今年、アーノルド・パーマー招待で2016年の「ツアー選手権」以来の優勝を遂げ、その勢いのままマスターズ初制覇を果たせば、これまたビッグな復活優勝になる。

マスターズ3勝のフィル・ミケルソンは47歳にして今年3月の「WGCメキシコ選手権」を制し、2013年以来の復活優勝。マスターズ2勝のバッバ・ワトソンは「WGCデル・テクノロジーズ・マッチプレー選手権」で今季2勝目を挙げ、ウインレスだった昨年からの復活途上にある。

ドラマや映画でみんなが好む「這い上がる物語」の役者は、十分すぎるほど揃っている。だが、マスターズ開幕直前の今、主人公はやっぱり、タイガー・ウッズだ。

舩越園子 在米ゴルフジャーナリスト。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。

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(2018年3月30日
より転載)

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