東芝「粉飾決算」の責任を問わない「役員責任調査委」驚愕の報告内容

どう見ても東芝の当事者たちは、今回の問題を「悪い事をした」とは思っていないのではないか。反省がなければ、問題の根とも言える「社風」はそのまま残る。

東芝は11月9日、粉飾決算に関わった経営者の責任を調査していた「役員責任調査委員会」の調査報告書を公表した。同社は11月7日に歴代社長ら5人に合計3億円の損害賠償請求訴訟を提起したことを発表していたが、その前提になったものだ。東芝や役員と利害関係がない裁判官・検事OB3人を委員としたが、内容を読む限り、東芝側の主張に配慮したもので、「大甘」の印象はぬぐえない。総額2248億円、確定していた決算だと2781億円に及ぶ前代未聞の巨額粉飾の責任は、矮小化されている。

「被害者」の視点が欠落

「『東芝、市場健全性害す』 調査委報告 元社長ら義務違反」――。調査報告の内容を報じた11月10日付の日本経済新聞の1面記事は、あたかも調査委員会が経営者を厳しく断罪しているかのような見出しを立てていた。

確かに、報告書には総論とした部分にこんな表現があった。

「今回提訴する元役員5名の行為は、有価証券市場の健全性を害する行為であり、決して看過されるべきものではない」

ところが、文章はそこで終わっていない。「が、」で後段に続いているのだ。そこにはこうある。

「が、一方で、いずれも個人的利益を図ったものでも、会社に対して特別に損害を加えようと画策したものでもない。(中略)競合他社に打ち勝って利益向上を図らなければならないという厳しい事業環境の中で、会社の枢要ポストに配置された者により会社経営の一環として行われた側面もあり、今後、請求すべき損害額の算定等においてそのような事情を考慮する余地があると思われる」

まさに、元役員らの心中を見事に斟酌していると言っていいだろう。「その通りだ」と満面の笑みでひざを叩く元役員たちの姿が目に浮かぶ。

報告書の細部には、「チャレンジ」と称して業績数字のカサ上げを求める西田厚聰元会長らの姿が繰り返し描かれている。トップの指示で組織を上げて実態とは違う決算数字を作り上げていた姿は、まぎれもない粉飾である。たいがい、粉飾決算の当事者は「会社のためだった」と主張する。粉飾決算という「犯罪」の重大性を分かっていないのだ。

粉飾決算の最大の被害者は株主や投資家だ。中が腐ったリンゴを新鮮ですと言って売っていたようなものだ。投資家を騙す行為は証券市場では最大級の犯罪である。さらに、腐ったリンゴを平然と並べた市場の信用も揺るがす。だが、今回の報告書には、被害を受けた株主や投資家の視点が完全に欠落している。

「詐欺罪」ではないのか

しかも東芝は、利益をかさ上げした決算書を前提に、資本市場から資金調達までしていた。単に決算書を良く見せようとしただけではないのだ。2009年6月のことだ。

リーマン・ショックの後、極度に資金繰りが悪化していた東芝は、5月の取締役会で3174億円の公募増資と1800億円の劣後債発行を決めた。直前の2009年3月期決算期末では、連結ベースで「社債および長期借入金」が7767億円、短期借入金は前の期末から5000億円近く増えて7479億円に達していた。劣後債の年利が7.5%という高利なのをみても、東芝の「必死さ」が伝わってくる。資本市場を使った増資と、劣後債の発行で、ギリギリで危機を乗り切っていたのだ。

今回の不正発覚で明らかになったのは、その2009年3月期の税引き前損益が764億円もカサ上げされていたことだ。翌期の2010年3月も税引き前利益は272億円の黒字としていたが、実際には143億円の赤字だったことが明らかになった。投資家に偽りの数字を示して資金調達する行為は、有価証券報告書の虚偽記載罪、あるいは詐欺罪に当たる犯罪行為と言ってよい。

さらに、当時の東芝は金融機関との間で、借入金契約に財務制限条項と呼ばれる「条件」が付いていたことが分かっている。具体的な内容は不明だが、一般的に、税引き前利益で黒字を維持することや、格付けを維持することが条件になるケースが多い。2010年3月期で実際は赤字なのに黒字と偽った東芝は、金融機関も欺いていた可能性があるのだ。仮に上限を満たせなければ、「期限の利益」を喪失し、一気に巨額の借入金を返済しなければならなかったとみられる。

今回の報告書は、そうした資本市場を偽った罪にはほとんど言及していない。それぞれの取引の会計処理などについて、事細かに責任を認定しているものの、全体としての経営者としての順法性については問うていないのだ。不思議な報告書である。

責任を意図的に矮小化

しかも、歴代経営者の責任を、「善管注意義務違反」に矮小化している。注意を怠ったということで、意図的に不正を働いたわけではないとしているのに等しいのだ。

報告書はこう書いている。

「企業統治(コーポレートガバナンス)における取締役の監視・監督は東芝の内部統制システムを活用して行うこととされているのであるから、内部統制システムの構築とそれに基づく効果的な運用が認められる限り、取締役は執行役の業務執行を全般的に監視・監督していれば足り、特段の事情がない限り、監視・監督義務違反の任務懈怠が生じることはないといえる。このことは、会計処理についても同様である」

内部統制さえ、きちんと構築して運用していれば、監視・監督義務を怠ったとは言えない、というのだ。こうした解釈には今後、会社法を専門とする学者や弁護士から異論が唱えられるのではないか。

世の中は、内部統制システムの不備、つまりコーポレートガバナンスが機能していなかったことを問題視しているのだが、報告書はあっさりとこう退ける。少し長いが引用しよう。

「最高裁判例によれば、通常想定される不正行為を防止し得る程度の管理体制を整えていた場合、通常容易に想定し難い方法による不正行為については、その発生を予見すべきであったという特別な事情がない限り、内部統制システム構築義務違反とはならないとされる。東芝においては、(中略)一定程度の機能を備えた内部統制システムが設けられており、通常想定される不正行為を防止し得る程度の管理体制を整えていたことが認められる。したがって、原則として、本件においては、内部統制システム構築義務違反は問題にならない」

驚いたことに、東芝のガバナンス体制は機能していたと言っているのである。さらに、その内部統制システムの運用についても「内部統制の限界」があったとして、責任を問うていない。すべては善管注意義務違反の範囲に役員の責任を納めているのである。

「不正会計」という言葉を使わず

報告書を読んで分かるのは、「不正会計」「粉飾」という言葉を一度も使っていないことだ。会社が頑なに使い続けている「不適切会計」という言葉をそのまま使っている。あくまでも「不正は働いていない」という会社や元役員の立場を忖度しているのだろう。この1点だけを見ても、委員会の軸足が会社側にあることは明らかだ。

だが、すでに公式に、東芝の今回の問題は「不正会計」であると認定されている。

東京証券取引所は9月15日、東芝株を「特設注意市場銘柄」に指定し、上場契約違約金9120万円を課した。その理由として東証は、「同社において、平成21年3月期から平成27年3月期第3四半期にかけて損失の先送り等の不正会計が行われており、継続事業税引前利益が累計で2248億円、当期純利益が累計で1552億円過大に計上されていたこと等が判明しました」とした。

東証はこの1カ所だけでなく、一貫して「不正会計」という言葉を使い、会社が望む「不適切」という表現は一切使っていない。もちろん、東証の背後には金融庁がいる。

公式に「不正」と認定されているものを、今回の委員会はあえて「不適切」としたのである。問題を矮小化したい会社の意図を忖度していると見られても仕方がないのではないだろうか。

本来なら賠償請求は100億円規模

この報告書の公表を前にした11月7日、東芝は、田中久雄前社長と佐々木則夫元副会長、西田元会長の歴代社長経験者3人と、財務担当役員だった村岡富美雄・元副社長、久保誠・元副社長の合計5人に対して、合計3億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしたと発表した。

不正会計に関与して会社に損害を与えたとして、株主から訴訟を起こすよう求められていたものだ。東芝が役員責任調査委員会を立ち上げたのも、報告書をまとめたのも、この株主からの請求があったからで、東芝が主導的に訴訟に踏み切った訳ではない。株主からの請求への対応期限が11月8日に迫っており、期限までに訴えない場合には株主が会社に代わって役員を訴える株主代表訴訟に発展することが明らかだったのである。

株主代表訴訟に詳しい大物弁護士は、「代表訴訟になれば訴額は100億円単位になる可能性もあったが、会社が自ら訴えることで金額を3億円と小さくできた。いずれ和解をしてさらに金額を小さくすることを狙っているのだろう」と見る。

賠償請求額を3億円とした理由を東芝は、「法的観点から相当因果関係が認められる範囲内の損害の一部」にしたとしている。具体的には粉飾した過去の決算を訂正するために要した監査法人への支払いや、東証から課された上場契約違約金9120万円などとし、「回収可能性等も勘案した額」にしたという。粉飾決算を行ったこと自体に伴う会社の損害ではなく、問題発覚後の費用に限っているのだ。それも、意図的な「不正」ではなく、「善管注意義務違反」や「任務懈怠」によって生じたという前提があって初めて成り立っている。

それぞれ数億円の役員報酬

5人で3億円というと、一見高額に見えるが、実はそうではない。西田元会長は、粉飾で利益をかカサ上げしていた2010年3月期から2014年3月期の間だけでも6億3500万円の役員報酬を手にしていた。利益をカサ上げしなければ、そんな多額の役員報酬を受け取ることができなかった可能性が高い。報告書は「個人的利益を図ったものではない」としているが、明らかに個人的利益を得ていたのである。

意図的な「不正」ということになれば、当然のことながら全額返済するのが当然ということになるのではないか。

また、佐々木元副会長も、開示されている2012年3月期からの3年間だけで3億2800万円の役員報酬を得ていた。年俸1億円未満は非開示なので、その前の2年間は分からないが、おそらく5年間で4億円には達していたと思われる。田中前社長も開示されているのは2014年3月期1年間だけだが、それでも1億1100万円を得ていた。

「回収可能性等も勘案」したとするならば、逆にもっと多額の請求が可能なのではないか。週刊誌の報道によれば、田中社長は問題が発覚する前に自宅の名義を妻と思われる女性に変更している。

「反省」のない当事者

今回の問題を東芝や元役員たちは、本当に反省しているのだろうか。

7月には9人の役員の辞任を発表していたが、その後、メディアに「引責辞任した3社長が東芝社内を闊歩」(日経ビジネス)、「東芝3社長、辞任後も車&部屋付き」(産経新聞)と"実態"をすっぱ抜かれた。

7月に引責辞任したはずの小林清志副社長も、その後、「半導体顧問」という肩書きで社内に残っていたことも判明した。11月7日に訴えられた村岡富美雄元副社長は、何と前日の6日に解職されるまで常任顧問であり続けた。

7月に引責辞任したはずの前田恵造元専務も、「財務顧問」に就任していたことが明らかになった。前田氏は利益カサ上げが行われた2008年に財務部長に就任、2013年には執行役員、2014年には取締役兼代表執行役として最高財務責任者(CFO)に就いていた。この間の不正の全容を知っていると思われる人物だ。

その人物が顧問としていまだに社内に残り、決算修正などに当たっていたのである。しかも、不思議な事に、今回の報告書には一切名前が出て来ない。今回の問題で引責辞任しているはずなのに、その責任問題が一切問われていないのである。

どう見ても東芝の当事者たちは、今回の問題を「悪い事をした」とは思っていないのではないか。反省がなければ、問題の根とも言える「社風」はそのまま残る。いずれ同じ過ちを繰り返すことになるだろう。

東証の「特設注意市場銘柄」は内部管理体制がきちんと改善されたと見なされない場合、1年後に上場廃止になる。「誰も東芝を上場廃止になどできない」という見方がある一方で、東証の関係者は「いやいや、まだ分からない」と怒りの表情を浮かべる。「東芝は資本市場を舐めている」というのだ。上場廃止を避け、特設注意市場銘柄から脱出するには、本気で反省し、社風を改める必要がある。

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磯山友幸

1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)などがある。

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(2015年11月12日フォーサイトより転載)

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