TPP妥結の大前提「TPA法案」が大詰め

安倍晋三総理は4月26日から訪米しているが、その直前、安倍訪米を控えた米議会では1つの法案審議を巡る動きが慌ただしさを増していた。

安倍晋三総理は4月26日から訪米しているが、その直前、安倍訪米を控えた米議会では1つの法案審議を巡る動きが慌ただしさを増していた。上院財政委員会のオリン・ハッチ委員長(共和党、ユタ州選出)、同委員会の少数党筆頭理事であるロン・ワイデン上院議員(民主党、オレゴン州選出)、下院歳入委員会のポール・ライアン委員長(共和党、ウィスコンシン州第1区選出)ら米議会の超党派有力議員が、オバマ大統領に対して通商交渉権限を委任する「大統領貿易促進権限(TPA)法案」を4月16日に上下両院にそれぞれ提出したのである。

オバマ政権は年内に環太平洋経済連携協定(TPP)交渉を妥結することを目指しており、その鍵を握るのがTPA法案である。TPAは早期一括採決方式、通称、ファストトラック権限としても知られており、米議会は事前通告などの条件を課す代わりに、大統領が外国政府と締結した通商合意については個々の合意内容の修正を求めず、迅速な審議により一括して承認するか否かだけ決める。合衆国憲法の規定では、大統領に対しては上院の「助言」と「同意」に基づいて条約を締結する権限が付与されている。その一方で米議会に対しては、立法権限として外国政府との通商を規制する権限も認めている。そこで導入されたのがファストトラック権限だ。もしTPA法案を米議会が承認していなければ、米国政府が外国政府と通商合意を締結しても米議会に合意内容が覆される可能性がある。だからこそ、TPA法案が成立していることがTPP交渉妥結の大前提となるのである。

オバマ大統領の「レガシー作り」

オバマ大統領の残り任期は1年9カ月足らずであり、2017年1月にはホワイトハウスを去ることになる。

現在、外交分野では、イラン核問題について今年6月末の期限までに「最終合意」に達することを目的とし、国連安保理常任理事国5カ国である米英仏中露と独のP5+1が、イランと最終局面の協議に臨みつつある。また、オバマ大統領は昨年末にキューバとの国交正常化交渉の開始を発表。3度の高官協議を経て、4月11日には中米パナマでラウル・カストロ国家評議会議長との首脳会談が実現した。パナマからの帰国後、国務省の見直し作業を受けてキューバを「テロ支援国家」指定から33年ぶりに解除する決定を下し、すでに米議会にも通知しており、遠からずそれぞれの首都に大使館が再設置されることになると見られている。

一方、オバマ大統領が通商、経済面での「レガシー(業績)作り」として取り組んでいるのはTPP交渉の妥結である。オバマ大統領は第1期当時から「対アジア重視政策(リバランス政策)」を推進してきたが、野党共和党などの批判勢力の一部からは、オバマ政権の「対アジア重視政策」は「軍事偏重」との批判が燻っていた。そうした観点からも、TPA法案を早急に成立させてTPP交渉の妥結を図ることは、オバマ政権の「対アジア重視政策」を通商面から補強することになるのだ。

そのため、オバマ大統領は2014年1月の「一般教書演説」でも、TPP交渉の加速を目的として米議会に対してTPA法案の迅速な承認を要請していた。ところが、民主党議員の多くは自由貿易に反対する労組や環境保護団体などの支援を受けており、上院民主党指導部を率いていたハリー・リード民主党上院院内総務(ネヴァダ州選出)は同年秋に控える中間選挙への影響を懸念し、演説の翌日、TPA法案の審議を棚上げにしたのであった。

委員会では上下両院で可決

結局、上院財政委員会では4月22日にTPA法案の票決が行われ、賛成20票、反対6票の賛成多数で可決された。委員会メンバーの共和党上院議員のうちリチャード・バー上院議員(ノースカロライナ州選出)だけは反対票を投じたが残りは全員が賛成、民主党上院議員12人のうち、過半数の7名が賛成票を投じる展開となった。その顔ぶれを見ると、前出のワイデン、マリア・カントウェル(ワシントン州選出)、ベン・カーディン(メリーランド州選出)、ビル・ネルソン(フロリダ州選出)、トム・カーパー(デラウェア州選出)、マーク・ウォーナー(ヴァージニア州選出)、マイケル・ベネット(コロラド州選出)といった面々である。

結果として同委員会在籍の民主党上院議員の過半数が賛成に回ったため、当初予想されていたよりも賛成票が多く、今後数週間以内にも行われると見られている上院本会議での票決についても、楽観的見方がされるようになっている。

上院財政委員会がTPA法案を賛成多数で可決した翌23日には、下院でもTPA法案を所管する歳入委員会が賛成25票、反対13票の賛成多数で可決し、下院本会議での審議、票決に移行することとなった。だが、上院財政委員会での票決結果とは極めて対照的であったのは、民主党下院議員15名で賛成票を投じたのは僅か2名だけであった事実である。

民主党下院議員は大多数が「反対」

この下院歳入委員会での民主党議員の投票行動は下院本会議のTPA法案票決に暗い影を落としており、オバマ政権にとり非常に厳しい情勢となっている。

与党・民主党内では、一般国民の実質賃金が上昇しない中、自由貿易を推進することでさらに雇用機会が海外へ移転するのではないかとの懸念が広がりつつあり、TPA法案に反対したり慎重姿勢を示したりする民主党下院議員が増大しつつある。前回、米議会がTPA法案を承認したのは、ジョージ・W.ブッシュ政権当時の2002年8月であった。米同時多発テロ事件発生から1年も経過しておらず、有権者の間でのブッシュ支持も高水準で推移していたにもかかわらず、TPA法案の下院本会議での票決は、賛成票が反対票を僅か3票のみ上回るという薄氷を踏む結果であった。しかも、当時、TPA法案を支持した民主党下院議員の数は僅か25名であり、現時点でTPA法案を支持している民主党下院議員はさらに少ないとの見方がされており、188名の民主党下院議員の圧倒的多数が反対票を投じることが確実な情勢である。

下院共和党に根強い「反オバマ感情」

下院本会議でのTPA法案の票決見通しが不透明であるのは、民主党下院議員の反対や慎重姿勢だけではない。オバマ政権にとってもう1つの懸念材料は、下院共和党の一部にある根強い「反オバマ感情」だ。

もともと共和党は経済界に近く、基本的には「自由貿易支持」の立場を明確にしている政党である。しかし、保守派有権者の草の根運動であるティーパーティ(茶会党)運動の支援を受けた保守派の下院共和党議員の間では「反オバマ感情」が非常に根強くある。実際、オバマ大統領にはいかなる「レガシー」をも残させたくないと考えている保守派共和党下院議員が50名から60名ほど存在していると見られており、「反オバマ感情」からTPA法案に反対票を投じる可能性が指摘されている。

このように、与党・民主党内は、とりわけ下院でリベラル派、労組寄りの議員が「反自由貿易」の立場からTPA法案に強く反発している一方、野党・共和党は「自由貿易」を支持する政党にもかかわらず、共和党下院議員の一部が「反オバマ感情」に基づきTPA法案に反発するという複雑な構図になっているのだ。

民主、共和両党ともにそれぞれ厄介な問題を抱える中、上下両院各本会議でのTPA法案の審議、票決の行方は予断を許さない状況にある。

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足立正彦

住友商事グローバルリサーチ シニアアナリスト。1965年生れ。90年、慶應義塾大学法学部卒業後、ハイテク・メーカーで日米経済摩擦案件にかかわる。2000年7月から4年間、米ワシントンDCで米国政治、日米通商問題、米議会動向、日米関係全般を調査・分析。06年4月より現職。米国大統領選挙、米国内政、日米通商関係、米国の対中東政策などを担当する。

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(2015年4月28日フォーサイトより転載)

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