「ロシア・ゲート」過熱で「トランプ幻想」が醒めたロシア--名越健郎

トランプ米政権誕生を大歓迎したロシアは、「ロシア・ゲート」事件をめぐり米政界が混乱することに失望を強めている。

トランプ米政権誕生を大歓迎したロシアは、「ロシア・ゲート」事件をめぐり米政界が混乱することに失望を強めている。4月には習近平中国国家主席が訪米し、米中首脳会談が行われる見通しだが、米露首脳会談開催のメドは立っていない。

現状では、トランプ政権はロシア疑惑が足かせとなり、対露政策で新機軸を打ち出せる状況にはなく、米露関係が逆流しかねない。

7月の接触も「立ち話」の公算

米露間では、トランプ大統領就任前から米露首脳会談の早期開催で瀬踏みが行われた。1986年にゴルバチョフ、レーガン両首脳が会談したアイスランドのレイキャビクや、メラニア・トランプ夫人の出身地であるスロベニアなどが候補地に挙がったようだ。

しかし、ワシントンの外交筋は「今、首脳会談を行えば、トランプ政権のロシア・コネクションが事実だったと批判を浴びる。7月のハンブルクでのG20首脳会議まで2人の顔合わせはないだろう。G20でも、現状では立ち話だけに終わる可能性がある」と指摘した。

トランプ、プーチン両大統領は1月28日、約1時間電話協議したが、さしたる内容はなかった。ロシア側の説明によれば、双方はテロとの戦いや中東情勢、核戦力、核不拡散、イラン、朝鮮半島、ウクライナなどについて協議し、パートナーとして協力関係を進めることで一致した。

米側の声明は、「修復が必要な米ロ関係の改善に向けた重要な出発点となった」としている。だが、首脳会談開催や対露制裁の緩和は議題に上らなかった。

4月の米中首脳会談は、「今後50年の米中関係を導く重要な会談になる」(ティラーソン国務長官)とされ、両首脳が米中の「縄張り」を協議しかねない。

安倍晋三首相や欧州首脳も次々にトランプ詣でをしている。トランプ大統領は親露外交を標榜してきたが、ロシアはすっかり蚊帳の外に置かれ、梯子を外された形だ。

疑惑解明に特別検察官も

それもこれも、ワシントンを揺さぶる「ロシア・ゲート疑惑」のためだ。プーチン政権要人と親交があり、ロシアで高額の講演料を得ていたフリン大統領補佐官(国家安全保障担当)は、政権発足前にロシアのキスリャク駐米大使と制裁問題で密約を結んでいたことが発覚し、2月13日に辞任した。

セッションズ司法長官も選挙戦中に同大使と2度接触し、議会公聴会で否定する発言をしていたことから窮地に追い込まれた。

ロシア疑惑で最大の焦点は、トランプ陣営が選挙戦中にロシア側と接触し、クリントン陣営へのサイバー攻撃を依頼していたとの疑惑だ。「ニューヨーク・タイムズ」紙(2月14日)は、トランプ氏の側近数人がロシアの情報関係者らと定期的に連絡を取っていたと報じた。

野党・民主党はこの疑惑を議会で追及し、特別検察官の設置を要求。共和党の一部にも支持する動きがある。特別検察官は強大な権限を持ち、クリントン元大統領の「モニカ・ゲート」では詳細な報告書を作成し、下院での大統領弾劾に追い込んだ(上院の裁判所で無罪判決)。

民主党側は、トランプ氏が2013年の訪露時にモスクワのホテルで不適切な行為に及んだことをロシアの情報機関が掌握したとの疑惑も追及しており、特別検察官が設置されれば政権の行方に打撃を与えるだろう。

ロシアやウクライナの旧親露派政権ともつながる元選挙参謀らも連邦捜査局(FBI)の捜査を受けており、米国のメディアが2月から連日のように新疑惑を報じた。

対露強硬外交にシフト

トランプ氏は選挙戦中、プーチン大統領を「偉大なリーダー」と呼んだり、北大西洋条約機構(NATO)を「時代遅れ」と酷評。対露制裁解除や「イスラム国」掃討での米露共闘に言及するなど、対露外交で新機軸を打ち出す構えだった。だが、ロシア・コネクションが足かせとなり、融和政策どころか、対露強硬外交にシフトしている。

外交の司令塔となるフリン補佐官の後任には、「ロシアは冷戦後の欧州の秩序を塗り替えようとしている」と批判するマクマスター陸軍中将が起用された。「ロシアとビジネスの関係が深かったティラーソン国務長官も「NATO同盟国がロシアの台頭を警戒するのは当然のことだ」などと対露強硬発言に転じた。匿名の米政府高官はロシアに対し、クリミアをウクライナに返還するよう要求した。

駐露大使に指名されたハンツマン元ユタ州知事、国家安全保障会議(NSC)でロシアを担当するロシア専門家のフィオナ・ヒル・ブルッキングズ研究所研究員らも対露強硬派だ。

トランプ大統領は2月16日の記者会見で、「ロシアとは取引できなくなっているかもしれないが、少なくとも挑戦はしていく」と述べ、なお対露外交転換を試みる意向を示唆した。

だが、自身もNATOの防衛体制を擁護したり、核戦力増強に言及するなど、従来の発言を後退させている。議会やメディアの追及を受ける中、対露政策転換どころではない状況なのだ。

トランプ氏の指導力批判も

プーチン政権の影響下にあるロシアの主要テレビは昨年11月の大統領選後、プーチン大統領以上にトランプ氏を持ち上げる異例の報道をしていたが、フリン補佐官の辞任を機に、トランプ賞賛報道がすっかり消えたという。

トランプ政権下で米露関係が改善され、孤立を脱却できるという期待が失望に変わったためだろう。

ラブロフ外相はセッションズ司法長官が駐米大使と会ったことが問題視されることに反発。「これはまさに魔女狩りに似ており、冷戦初期のマッカーシズムによる赤狩りを連想させる」と反発した。

ロシアの新聞も、「米国で反露ヒステリーが渦巻いている」(独立新聞)と批判した。ペスコフ大統領報道官は「ロシアはトランプ氏にいかなる幻想も抱いたことがない。従って、幻滅することもない」と論評した。

フョードル・ルキヤノフ外交防衛政策会議議長はRIAノーボスチ通信に対し、「米露関係正常化を阻む障害は、米国内の強力な反露勢力よりも、トランプ政権の指導力不足にある。

トランプ政権の不安定や政策決定能力の欠如、共和党内の反ロシア機運から見て、トランプ政権は新しい対露政策を構築できるとは思えない。オバマ前政権時代の反露政策が惰性的に引き継がれるだろう。対露制裁も変わらない」と分析した。

モスクワでは2月末、保守派のデモ隊が官製メディア「ロシア・ツデー」の社屋前で、「トランプ崇拝報道をやめろ」「メディアは目を覚ませ」などとプラカードを掲げてデモを行った。ロシアが「トランプ幻想」から覚醒したことを示唆している。

もとより、プーチン政権にとって米露関係は一定の緊張状態にある方が望ましい。米露関係が好転し、制裁が解除されて孤立から脱却すれば、国民の矛先は次に、生活水準低下や高官の汚職・腐敗に向かいかねないからだ。一定の米露対立は国民の関心をそらし、政権安定化に都合がいい。

とはいえ、経済苦境の中、ロシアの国防予算(2016年度)は国内総生産(GDP)比で4.7%と財政的限界に達している。トランプ幻想の消滅で厳しい内外環境が続き、米露対決を強いられることは、政権にとって痛手だ。(名越健郎)

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名越健郎

1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。

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(2017年3月21日フォーサイトより転載)

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