トルコ「強権政治」終焉とギリシャ発「欧州不安」で深まる混迷

のちに世界がこの6月を振り返ったとき、トルコの総選挙は大きな意味を持つことになるかもしれない。
ASSOCIATED PRESS

のちに世界がこの6月を振り返ったとき、トルコの総選挙は大きな意味を持つことになるかもしれない。

ギリシャ金融支援交渉の混迷もあった(帰結はまだ見えない)。米議会でオバマ大統領に貿易交渉の大幅な権限を与えるTPA(貿易促進権限)法案が可決され、米国のアジア重視策で経済面のカギを握る環太平洋連携協定(TPP)交渉妥結への大きなハードルを乗り越えた。これらも大きなニュースである。

しかし、有能な指導者として登場しながら、13年にわたる政権維持を経て「独裁者」としての地位固めを始めたエルドアン大統領に対し、トルコ国民が84%の高い投票率できっぱりとノーを突き付けたことこそ、世界史的意義がある。そう説くのは、米紙『ワシントン・ポスト』のコラムニスト、デビッド・イグナティウスである。【Turkey's resilient democracy, The Washington Post, June 10】

イグナティウスは言う。この10年ほど、世界を跋扈してきたのは強権政治だ。いわくロシアの「プーチン主義」、中国の「北京コンセンサス」、トルコの「新オスマン主義」......トップダウンで物事を進められる強権政治に対し、脆弱な体質の民主主義がかなうわけもない。下からの議論の積み上げで混乱をきたすばかりの民主主義に比べれば、中国の中央集権は着々と結果を生んでいる。反対派を弾圧し経済も不調なのに、強権プーチンは86%もの支持を得ている。エルドアンもそうした道を歩み出し、憲法改正による権力拡大の一歩手前まで来たが、「民主主義の持つ安定化の力と、良く事態を見定めた選挙民」によって阻まれた。

「トルコの選挙は地球規模の重要性を持つ」と、イグナティウスは評価する。同感だ。だが、過半数はとれなかったものの依然最多議席の与党、公正発展党(AKP)が連立工作に失敗し再選挙となって、トルコ政局は混迷するかもしれない。

米ジョージタウン大学外交大学院カタール分校のトルコ政治学者は、カタール誌『ペニンシュラ』のインタビューで、トルコは「強権主義は逃れたが、かなりの政治的混迷に陥る」と予想し、連立政権ができても1年と持つかどうか分からないと見る。【Turkey faces a period of political uncertainty, The Peninsula, June 23】

トルコ選挙の「内情」

「トルコで民主主義勝利」の見出しで祝福する米紙『ニューヨーク・タイムズ(NYT)』の社説も、トルコが直面している内外の課題は深刻であり、連立でもたついている余裕はないと警告する。経済低迷、200万のシリア難民、シリア国境に迫る過激派組織「イスラム国」、クルド問題、対欧州関係......ざっと挙げただけでも、難しい課題ばかりだ。確かに連立騒動などやっていられない。【Democracy Wins in Turkey, NYT, June 8】

民主主義が勝利した。だが、トルコの民主主義はどんな形をしているのか。イグナティウスは「トルコには民主的諸制度を支える市民文化(civic culture)がある」と言い、「活発な自由市場経済、自由な報道機関、強力な軍部、独立した司法」を挙げる。ペニンシュラ誌がインタビューしたトルコ政治学者は、AKPの敗因として市民組織「ギュレン運動」との対立による同運動系メディアの離反を指摘した。

トルコ独特の民主的制度については、米論壇誌『アメリカン・インタレスト』3・4月号ですでに2つの論考が精緻に分析していた。1つは、ボストン大のジェニー・ホワイト教授(文化人類学)の「トルコ的複合体」【The Turkish Complex, The American Interest, Mar./Apr.】。もう1つはノースイースタン大のベルナ・トゥラム准教授(社会学)の「ギュレン学」だ【Gülenology, Ibid】

前者は、トルコ政治・社会をイスラム(AKP)対世俗(政教分離)主義、あるいは穏健イスラム対過激派イスラムというような2項対立で捉えようとすると矛盾が生じると指摘。エルドアン大統領が強権主義に走る前は、穏健イスラム政党のAKPこそがトルコを自由化・国際化させたこと、そのAKPを支えたのは、「ギュレン運動」のネットワークと資金力であったこと......など、現代トルコ独特の政治・宗教・市民社会を俯瞰させてくれる。

後者の論文「ギュレン学」は、トルコに始まり世界的に展開するイスラム起源の新興市民組織「ギュレン運動」が、近代トルコの父ケマル・アタテュルク以来の軍部主導による世俗主義が持つ国家主義的傾向に対し、市場資本主義を軸とする自由主義に親和性を持っていることなどを論じて、興味深い。さらに、アメリカ在住の運動指導者フェトフッラー・ギュレンがAKPと対立するに至った経緯を描き、今回のトルコ選挙の背景を教える論考だ。

ギュレンが宗教を基盤に自立的な市民社会を活性化させることで、政府(国家)の役割を限定しようと考えている点などは、アメリカの宗教保守派と共通するところがある。

だが、「ギュレン運動」の原点は「ヌルジュ運動」にある。後者はイスラム世界国家をつくろうとする、過激派「イスラム国」と共通点も持つ戦後トルコのイスラム主義運動だという。両運動はキリスト教・イスラム教という同じ一神教の親和性と対立について、思索を迫る。

「強権政治」の世界的な流れを押しとどめるような意味を持ったトルコ選挙の内情を明らかにするこれらの論考を読むと、「民主主義の多様性」ということも考えたくなる。

密かにほくそ笑む習近平

香港の次期行政長官選挙の制度改革案をめぐる香港立法会(議会)での投票で、中国政府が提案した非民主的な改革案が否決された。偶然性が作用した面も強い。だがトルコ選挙に続いて、強権政治に待ったがかかったとも言える。改革案を拒否されたことで、改革案以上に非民主的な現行の選挙制度が続く。「現行よりまし」と中国政府の改革案を受け入れる香港市民も多く、否決に挫折感を感じている。米紙『ワシントン・ポスト』の社説は「(受け入れてもいいという)穏健派の言い分にも道理はあるかもしれない」と歯切れが悪い。【Rejecting China's False Democracy, The Washington Post, June 24】

香港在住のジャーナリスト、フランク・チンはシンガポール紙『ビジネス・タイムズ』に寄せたコラムで、中国の習近平主席は「むしろ密かに喜んでいるかもしれない」と見る。提案は前任の胡錦濤政権が行ったものだから、責任は転嫁できる。(立候補者は限定されるが)「1人1票」を実現しようとしたのに拒否されたと強弁し、これから民主派弾圧を強化する可能性さえあると言う。【HK voting fiasco presages tightening of Beijing's control, The Business Times, June 24】

トルコ選挙の結果を見て習近平は、イグナティウスが期待するのと逆の教訓――民主化は混乱と不安定を招くだけ――を読み取っているのかもしれない。

中国の「既成事実」に打つ手なし!?

その習近平の中国による南シナ海・南沙(スプラトリー)諸島での大規模な岩礁埋め立てについて、米国は最新鋭の沿岸海域戦闘艦(LCS)を派遣して海域をパトロールさせるなど軍事的圧力を強めだした。当欄が先月紹介した通りだ(2015年5月29日「南シナ海『新常態』:『緊迫』の裏にある微妙な国際関係」)。当欄アップロードの翌日、カーター米国防長官はシンガポールでのアジア安全保障会議(シャングリラ対話)で中国を名指しで非難し、埋め立て即時中止を求めた。

軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』によれば、米軍はアジア地域に配備済みの最新鋭ヴァージニア級攻撃型原潜や新型ズムワルト級駆逐艦に加え、「海空で新型の無人兵器システム、新型長距離爆撃機、レイルガン(超電磁砲)、レーザー兵器、宇宙・サイバーでの新兵器システム。それに加えて、2、3の意外な兵器」を配備すると表明し、圧力強化の姿勢を示した。【Shangri-La Dialogue, Jane's Defence Weekly, June 3】

しかし、「こけおどし」のゲームをやってみても、中国の方が一枚上手で徐々に米国のアジアでの優位性を切り崩していくのではないか。英紙『フィナンシャル・タイムズ』のアジア部長デビッド・ピリングはそう言う。中国が積み上げていく「既成事実」に対し、実は打つ手はないということに米政府も気づきはじめている、と見る。【Beijing holds the upper hand in South China Sea, Financial Times, June 11】

米中間の「新」冷戦

では、そんな中国と米国はどう付き合っていったらいいのか。この秋の米中首脳会談を前に、あらためて米中関係の現状と将来を取り囲む諸条件を包括的に整理する論考が米誌『アメリカン・インタレスト』最新号に出ている。考えをまとめる時に、便利そうだ。筆者は米軍に35年勤務し、駐アフガニスタン米大使を務めた後、スタンフォード大研究員として米アジア安全保障研究を統括するカール・エイケンベリー氏だ。【China's Place in U.S. Foreign Policy, The American Interest, July/Aug.】

中国指導部は、中国の発展に伴う急速な都市化と中産階級増大が「甚大な破壊的力」を持っていると自覚しており、国家の統一は「維持されて当たり前」とは思っていない。だからこそ、共産党独裁が必要だと考え、思想統制を強めている、とエイケンベリーは見る。

中国の対外政策は「深刻な国内問題」と「不利な国際環境」により厳しく制限されている。国内問題は、(1)国営企業群の財務悪化、政府債務の増大など経済改革の必要(2)一人っ子政策に起因する人口高齢化と社会保障(3)所得格差(4)環境汚染と食品安全(5)汚職――だ。不利な国際環境としては、(1)国境を接する14カ国をはじめ近隣国とのトラブル(2)人民解放軍の遠征能力欠如(3)同盟(北朝鮮のみ)・友好国の少なさ(4)一党独裁によるソフトパワーの低さ――が挙げられる。

これらすべてを勘案して、エイケンベリーは米政府に次の政策提言をする。(1)米中関係を米のアジア戦略・グローバル戦略の中に位置づけて運用せよ(2)中国の対米連合、特に中露の連携の矛盾点を突け(3)同盟国・友好国ともっと責任分担を(4)軍事的に中国につけ入らせない態勢づくり(5)自由主義経済体制の拡大・深化(6)中国・アジア専門家の育成(7)米国自身の総合国力の増進――。

どれも、よく知られ、当たり前のようなことばかりだが、まとめて整理すると、やはり米中の間では新たな「冷戦」が進むことになるのかという気がする。それを避けて別の道を求めるのが習近平の言う「新たな大国関係」なのだろうか。秋の米中首脳会談を注視したい。

中露「協調」はあるか

中露連携の矛盾を突けという点で、エイケンベリーはロシアがいつまでも中国の下に置かれるような状況は続かないと見る。その点で興味深く思ったのは、シンガポール紙『ストレート・タイムズ』に掲載された台湾生まれ日本育ちでフランス外交官を務めた経歴を持つヨージュン・チェンのオピニオンだ。米国と一緒に中国のアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を見送っている日本について、いずれ米国も参加するから孤立しないように気を付けた方がいいと促す。そのなかで、中国のシルクロード構想は中央アジアを抜けて欧州に至る陸の「シルクロード経済ベルト」、南シナ海・インド洋を通り欧州と海でつながる「21世紀海上シルクロード」の他に、北極海航路を使ってアジアと欧州を大幅に時間短縮して結ぶルートの開拓も入っているらしいとチェンは指摘する。【How Japan will miss out by staying out of AIIB, The Straits Times, June 5】

このオピニオンの6日後、米紙『ウォールストリート・ジャーナル』は、ロンドン駐在論説委員による、ロシアの北極海航路一帯での軍事演習の激化、軍事基地増設を伝えるコラムを載せた。背景には、対欧州威嚇だけでなく豊富なエネルギー資源を狙う意図もありそうだという。【Putin Opens an Arctic Front in the New Cold War, The Wall Street Journal, June 11】

中露は北極海航路で協調していけるのか。いずれ、エイケンベリーのいう矛盾をさらけ出さないか。長期的に注目したい。

欧州における「ドイツ問題」

今月はギリシャ金融支援問題に触れないわけにはいかない。欧州連合(EU)の金融支援打ち切りの30日を前に、EUは新たな財政再建案をギリシャ側に示したが、チプラス同国首相はEU財政再建案の可否を7月5日に国民投票で問うと応じた。EUは30日以降の支援延長を拒否しているから、国民投票前にチプラス政権がEUの財政再建案を飲む決断をしなければ、ギリシャは債務不履行(デフォルト)状態となり、ユーロ圏離脱ということにもなりかねない。そうなるとユーロは、欧州統合は、どこへ向かうのか。世界経済の混乱も予想される。まさにギリギリまでのチキンゲームとなった。

ここでは、ギリシャ経済とユーロの今後といった専門的な話よりも、大きな背景をなす欧州における「ドイツ問題」を論じるドイツ人ジャーナリストのエッセーを紹介する。筆者はドイツ紙『ツァイト』のロンドン特派員。英王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)発行の『ワールド・トゥディ』誌に「ドイツをドイツ自身から守れ」というタイトルで掲載されている。【Protect Germany from itself, The World Today, June/July】

古代ローマ帝国のゲルマン族との戦い、神聖ローマ帝国におけるドイツ諸侯の優位に見られるように「ドイツ問題」は欧州の歴史そのものと言ってよいと、記者はまず歴史をひもとき、前置きする。

そのドイツは第2次世界大戦後、欧州統合の理想に自らを同化させることで、ナチス・ドイツ時代の完全なる破綻から救われた。ドイツの自己認識の「根本的変化」であった。それを象徴するのが作家トーマス・マンの「ドイツの欧州でなく、欧州のドイツになれ」という言葉だ。ユーロ導入でドイツが通貨マルクを捨てたのは、マンの思想の力強い象徴となった。だが、そのユーロが原因となって、いま、ドイツの指導者の間に欧州統合の理想を捨てようとする「新たな自信」、態度の変化が見られるという批判がある。

ユーロ圏諸国の債務危機において、ドイツはユーロ安で大きな貿易黒字を出しながら、債務国には緊縮財政を迫るだけで、債務相互負担や「財政移転同盟」という案は拒み続けている。しかし、世界経済における欧州の地位は決して安泰ではない。財政の統合的運用をめざしていかなければ、欧州はグローバルな競争を戦えない。債務問題を抱えるユーロ諸国だけでなく、ドイツ自身も構造改革をして、欧州全体の競争力強化を目指せ――という趣旨だ。ドイツは「欧州のドイツ」の理念を取り戻せるか、注目していきたい。

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会田弘継

ジャーナリスト。1951年生れ。東京外国語大学英米科卒。著書に本誌連載をまとめた『追跡・アメリカの思想家たち』(新潮選書)、『戦争を始めるのは誰か』(講談社現代新書)、訳書にフランシス・フクヤマ『アメリカの終わり』(講談社)などがある。

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(2015年6月30日フォーサイトより転載)

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