遂に「令完成」が米国へ「機密情報」提供開始か

中国共産党の委員会の幹部は今年1月、米国に滞在している令計画の弟・令完成の引き渡しについて米国と協議していることを、中国高官として初めて公に認めた。

中国共産党の胡錦濤・前総書記の元最側近で、日本の官房長官に擬せられることもある重要ポスト・党中央弁公庁主任をかつて務めた令計画。今は「重大な規律違反」という名目で党中央紀律検査委員会の調査対象となり、去年7月20日に党籍剥奪、逮捕となった身だが、同委員会の幹部は今年1月、米国に滞在している令計画の弟・令完成の引き渡しについて米国と協議していることを、中国高官として初めて公に認めた。

この幹部は、海外人脈を利用して「キツネ狩り」(中国語で「猟狐」、中国国外に逃亡する汚職幹部の追跡)を推進するために、外交官出身では異例の起用となった劉建超・国際協力局局長(元・駐インドネシア特命全権大使 )。中国としてはこの問題について、対話での解決を模索したいという姿勢を示したのだろう。しかし、2月になり、日本のメディアは報じていないが、令完成が米国側に情報提供を開始しているとフィナンシャルタイムズなどの欧米メディアが報じている。

内容は、核兵器関連(発射手順)の軍事機密や最高幹部の私生活に関する秘密、最高幹部の居住区である「中南海」(旧紫禁城の西側)の警備状況など、習近平政権を土台から揺るがしかねないものとされている。このような中国共産党および人民解放軍の中枢に関する機密情報をアメリカ側に握られることは、中国側としては絶対に避けたいはずである。

「落馬」した兄・令計画

よく知られている通り、中国共産党の若手エリートが集まる共青団(中国共産主義青年団)の出身者で占められる「団派」は中国政界の大派閥で、江沢民元国家主席の取り巻きを中心とする「上海閥」や、習近平国家主席(習仲勲元国務院副総理の息子)のような日中戦争や国共内戦期の幹部の子弟などが集う「太子党」と並ぶ有力者の権力基盤である。それぞれが重なり合っていることもあるが、基本的に党内での権力闘争や派閥争いはこれらの人脈を軸に展開される。

胡錦濤は1980年代、共青団のトップ(中央書記処第一書記)を務めたことで団派を有力な権力基盤としていたが、この時期を部下として支えた令計画は、胡錦濤にとって古参の側近といえる存在だった。第2次胡錦濤指導部発足(2007年10月)の直前には、かつては温家宝前国務院総理、曽慶紅元国家副主席も務めた党中央弁公庁主任に登用され、番頭として胡錦濤を支えた。

しかしその後、令計画の命運は暗転する。胡錦濤から習近平に総書記が交代した2012年11月の第18回党大会(中国共産党第18回全国代表大会)に向けて、指導部の人事調整を巡り党内の権力闘争が高まりをみせていた9月、令計画が突然、党中央統一戦線工作部部長に転任となったのだ。

この配置転換は、習近平指導部発足後も団派の中心的人物として、政治局委員(トップ25)昇格が有力視されていた令計画にとっては、事実上の左遷人事だった。1年3カ月の塩漬け期間を経て、2014年12月、習近平の盟友で「反腐敗」運動の指揮を執る王岐山政治局常務委員(党内序列6位)がトップ(書記)を務める党中央紀律検査委員会の調査対象となり、失脚(中国語で「落馬」という)した。背景には、引退後の胡錦濤に打撃を与え、自身への権力集中を更に進めたい習近平の思惑があった。

習近平の焦り

令計画「落馬」の余波は、太平洋を越えて、習近平が「世界で最も重要な2国間関係」と嘯く米中関係にも及んでいる。山西省出身の令計画は5人兄弟で、それぞれの名前には、方針、政策、路線(女性)、計画、完成という中国共産党が好む政治用語が付けられている。ただ1人の弟である令完成は、国営新華社通信記者から実業界に転身していたが、国外脱出に成功し、米国カリフォルニア州に滞在しているとされる。州都サクラメント郊外のルーミスには洋風豪邸を所有すると噂されている。

弟・完成は、党中枢で最高機密を直接取り扱う立場にあった兄・計画から横流しされた機密資料約2700件を持って米国に逃れているとされることから、「スノーデン事件」(CIA=中央情報局・元職員による機密暴露)よりもはるかに深刻なダメージを中国に与える可能性がある。

失敗だったと評される2015年9月の習近平訪米では、南シナ海やサイバー空間における米国覇権に対する中国の挑発が表の主要議題だったが、裏の重要テーマは「キツネ狩り」、とりわけ令完成の身柄を巡る暗闘だった。これを裏付けるのが、習近平特使として孟建柱政治局委員が事前に訪米したという事実だ。

習近平が訪米の地ならしを、元駐米大使でワシントンに豊富な人脈を誇る楊潔篪国務委員をトップとする外交部門に一任せず、「キツネ狩り」を所管する公安部門の最高責任者(党中央政法委員会書記)である孟建柱に委ねたところに、習近平の令完成捕縛への焦りが感じられる。

孟建柱はワシントンで、コミーFBI(連邦捜査局)長官、ジョンソン国土安全保障長官らとサイバー問題について協議したと表向きはされるが、令完成の送還要求が隠れた狙いだった。だが、中国側の工作は実らず、中国との対話路線に任期7年目にしてようやく見切りをつけ始めていたオバマ大統領は、習近平との首脳会談で令完成の引き渡しに応じなかった。

令完成が実際にどの程度の機密情報を握っているのかは不明な点もあるが、中国が米国で展開する「キツネ狩り」のターゲットの中で重要な地位を占めていることは間違いないだろう。習近平は、胡錦濤元側近の令計画を追い落とし、胡錦濤の影響力を削いで党内権力闘争では点数を稼いだが、令完成の米国への機密提供には当面怯え続けざるをえない。

令完成を巡り、中国の身柄奪還か、米国の機密獲得か、どちらが先に「完成」するかは、今後の米中関係と習近平政権の行方を大きく左右することとなりそうだ。

2014年暮れ、香港のコンビニに並んだ「令一族」権力失墜本。左の本の、右から2人目が令完成。

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村上政俊

1983年7月生まれ。桜美林大学総合研究機構客員研究員。東京大学法学部政治コース卒。2008年4月外務省入省。総合外交政策局総務課、国際情報統括官組織第三国際情報官室、在中国大使館外交官補(北京大学国際関係学院留学)勤務で、中国情勢分析や日中韓首脳会議に携わる。12年12月~14年11月衆議院議員。中央大学大学院公共政策研究科客員教授(13年10月~15年3月)を経て15年7月から現職。

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(2016年2月24日フォーサイトより転載)

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