いよいよ、23日に英国でEU国民投票  ーなぜ今? など、疑問点を拾ってみました

日本のメディアから、国民投票についていくつかの共通した質問を受けた。その答えを書いておきたい。

国会議事堂に面した広場にはコックス議員を追悼するメッセージがたくさん置かれていた

23日、英国でEUの国民投票が行われる。離脱か、残留かを問う投票だ。

これまでに離脱か、残留かでそれぞれの選挙運動が行われ、さまざまな議論が交わされてきた。議論は出尽くした感があって、大騒ぎした後、「振り返ってみると大したことではなかった」ということになる可能性もある。

ただ一つ、英国内で十分に表に出てこなかったのが「EU自体が将来どうあるべきなのか」という議論だ。EUが将来的には分解あるいは大幅縮小となる可能性は離脱派の反EUの議論の枠組みでは出てきても、EU残留派あるいは中立的な文脈からはクローズアップされなかったことがやや残念だ。

振り返ってみると……

EUはもともと、皆さんも十分にご存知のように、第2次大戦後、欧州内で2度と大きな戦争が起きないようにという思いから生まれた共同体だ。当初は経済が主体だったが、欧州連合(EU)と言う形になってからは政治統合の道を進んでゆく。

単一市場に加入するという経済的目的を主としてEC(後にEUとして発展)に英国が加盟したのは1973年。当時は加盟国は英国を含めて9カ国。人口は約2億5000万人。現在は28カ国、5億人だ。

当初は西欧の経済状態が似通った国が加盟国だったが、今は加盟国内での所得格差、失業率の差が大きい。経済力の大きな国が全体のためにより大きな拠出金を出し、「域内の加盟国=大きなファミリー」としてやってきたが、だんだんそのモデルがうまく行かなくなってきた。「破たんしている」と言う人もいる。

英国では2015年、純移民の数が33万人となった。英国から出て行った人と入ってきた人の差だ。そのうちの半分がEU市民だ。英国は多くの人が使う国際語・英語が母語だし、失業率も低い。EU他国から働き手がどんどん入ってくるのも無理はない。人、モノ、サービスの自由化を原則とするEUにいるかぎり、市民がやってくることを止めることはできないのだ。

日本のメディアの方から、国民投票についていくつかの共通した質問を受けた。その答えを書いておきたい。

なぜわざわざ、国民投票? 残留の方がいいのに……

質問の前提として「残留=いいこと」という考えがあるだろうと思う。しかし、EUの現状はどうなのかという問いがあるだろうし、かつ「現状維持=良いこと」とは限らない。

「不満があるから、現状を変える」という動きは1つの選択肢だ。「なんだかよく分からないから、現状維持」というわけにはいかない。

英国とEU

英国が離脱すると、EUがとんでもないことになる・・・とよく言われるし、私もそういう記事を書いたりする。

しかし、現時点で、英国民にとっては少なくとも感情的には「EUがとんでもないこと」になってもどうでもいいというか、関係ないという思いがある。英国民にとって、ヨーロッパとは「外国」である。ヨーロッパ大陸やEUがどうにかなっても、英仏海峡を隔てた場所の話なのである。

なぜ今、やるのか?

底流として長い間存在してきたのが、反欧州、あるいは欧州(=EU)への懐疑感情だ。大英帝国としての過去があるし、「一人でもやっていける」という感覚がある。

社会の中の周辺部分、つまり、英国には階級社会の名残があるが、労働者階級の一部、および中・上流階級の一部に特にそんな感情が強い。

社会全体では、「他人にあれこれ言われたくない」「自分のことは自分で決めたい」という感情が非常に強い。だから常に、政府でも地方自治体でもいいが、いわゆる統治者・管理者が何かを上から押さえつけようとすると、「反対!」と叫ぶために抗議デモが起きる。EUが拡大して、EU合衆国になる……というのはまっぴらごめんという感覚がある。

英国の司法、ビジネス、生活に及ぼすEUのさまざまな細かい規定を「干渉」と見なす人も多い。今回の国民投票の話以前にも、もろもろのこうした底流が存在していた。

政治的な動き

底流での流れが政治的な動きにつながってゆくきっかけは、2004年の旧東欧諸国のEU加盟と2007-8年からの世界金融危機。

04年、10か国の新規加盟に対し、各国は人やモノの受け入れのための準備・猶予期間を数年間、導入した。しかし、英国は制限を付けなかった。そこで、最初から自由に人が出入りできるようになった。

ポーランド人の大工、水道工やハンガリー人のウェイターが目につくようになり、東欧食品の専門店があちこちにできてゆく。若く、仕事熱心な新・移民たちは評判も上々だった。

しかし、金融危機以降に成立した2010年の保守党・自由民主党新政権は厳しい財政緊縮策を敷いた。公共費が大幅削減され、地方自治体が提供するサービスの一部もカットされた。EU市民については制限を付けない移民策の結果、病院、役所、学校のサービスを受けにくくなった。

政府統計によれば、人口約6000万人の英国で、2014年時点、300万人のEU市民が在住。その中の200万人が2004年以降にやってきた人である。特に英国南部、そしてロンドンが最も多い。

「無制限にやってくるEU市民をどうにかしてほしい」--生活上の不便さから、そんなことを言う人が英国各地で増えてきた。

しかし、人、モノ、サービスの自由な移動を原則とするEUに入っている限り、域内の市民の移動を阻止できない。また、一種の人種差別的発言とも受け取られるから、政治的に絶対にといっていいほど、認められない。

だから、既存の政党はこんな市民の声をくみ上げられずに何年もが過ぎた。ずばり、「EUを脱退するべきだ」と主張してきたのが英国独立党(UKIP)。数年前までは「頭がおかしい人が支持する政党」だった。

潮目が変わった

しかし、2014年、潮目が変わった。

この年の欧州議会選挙で、英国に割り当てられた73の議席の中で、UKIPが21議席を取って第1党に躍り出たのである。市民の声が政治を動かした。どんなに恰好の悪い本音でも、本音は本音である。

UKIPは与党・保守党を大きく揺り動かす。もともと、EU懐疑派が多い保守党。この懐疑派が40代半ばにして党首となったキャメロンの足を引っ張る。保守党議員がUKIPに移動する事態が発生し、キャメロンは懐疑派=超右派を黙らせるため、また党の存続のため、EUについて何かをしなければならなくなった。

「制限がないEUからの移民流入が不都合をきたしている」--そんな思いをくみ取れなかったのは最大野党の労働党も同じ。

「EUは大切だ」という姿勢を崩さなかった労働党に加え、2015年4月まで連立政権の一部だった自民党も大のEU推進派だ。

「今度こそ、単一政権を実現させたい」-2015年5月の総選挙で、そう思ったキャメロン首相は「保守党が単一政権になったら、EUの離脱・残留について国民投票を2017年までに行う」と約束して、選挙戦に臨んだ。

ふたを開けてみると、労働党惨敗で、保守党は単一政権を打ち立てることができた。その後、UKIPを中心として国民投票実現へのプレッシャーが高まる。

キャメロン首相はとうとう、今年6月23日の実施を宣言せざるを得なくなった。キャメロン首相の父親が関連した会社が「パナマ文書」に出ていた。これがキャメロン首相にとって大きなダメージになったのではないか?

現在のところ、この問題は解決済み。キャメロン首相は自分の税金の支払い書を公表し、今回の投票には影響を直接は与えていない。

誰が残留をあるいは離脱を支持しているのか?

残留はキャメロン首相、大部分の内閣、下院議員、労働党、自民党。エコノミストたち。OECD、IMF、イングランド中央銀行。カーン現ロンドン市長、オバマ大統領、ベッカム選手、ハリーポッターシリーズのJKローリングや俳優のベネディクト・カンバーバッチ、キーラ・ナイトレーなど。中・上流階級(日本の中流よりは少し上の知識層)、国際的ビジネスに従事する人、若者層。

離脱はジョンソン元ロンドン市長、ゴーブ司法大臣、ダンカンスミス元年金・福祉大臣、ダイソン社社長、労働者・中低所得者の一部、英連邦出身者の一部、中・上流階級の一部・保守右派で「大英帝国」信奉者、高齢者の一部。

世論調査は?

ずっと残留派が少し上だったが、最近になって、10ポイントの差で離脱派がリードしたことがある。ポンドは下落。その後、下院議員の殺害事件があり、残留派が勢いを取り戻している。

しかし、事前予測は不可能と言ってよいと思う。総選挙でも世論調査が大外れだった。

離脱すれば、どうなる?

オズボーン財務相によれば、GDPが5%下がる。IMF、OECD,中銀などすべてが経済への打撃を予測。ただし、中長期的にはどうなるかは分からないだろう。

手続きはどうなる?

離脱の場合、下院でこの問題を議論する見込み。離脱交渉を開始するために、リスボン協定の第50条を発動させると、2年以内に交渉を終了する必要があるという。

しかし、キャメロン首相がいつこの条項を発動させるのかは不明。事前にEU他国との交渉をしてから、発動させるという見方もある。

EUとの交渉はどうなる?

離脱の結果が出た後、EUと英国がほぼこれまで通りの規定でビジネスを続けるだろうという見方(離脱派)と英国は外に出ることになるため、一から交渉を行う(残留派)の見方がある。どうなるかは不明だ。

結局のところ

離脱になった場合、その後どうなるかは予測がつかない。予測したとしても当たるかどうかわからない。

EUへの影響は

離脱後の影響については、現状はすべてが憶測・推測と言ってよいだろう。

スコットランドは?

残留派が多いと言われるスコットランド。2014年に住民投票をし、僅差で英国から離脱しないという結果が出たばかり。EUから離脱の結果になれば、スコットランドでは再度住民投票が行われる可能性は否定できない。ただし、これもEUがどう出るかで状況は変わってくるだろう。

首相の座はどうなる?

今のところ、離脱になっても、キャメロン首相は続投と言うのが内閣の姿勢だ。しかし、おそらく、メディアが徹底的に首相を攻撃し、退陣を迫るだろう。

本当の問題は……

実は、EU自体の方向性が問題視されているのではないか?

EU域内の主要国なのに、シェンゲン協定に入らず、ユーロも導入せず、「鬼っ子」のような英国。英仏海峡で隔てられていることもあって、大陸にあるEU国を「外国」と見なす英国。欧州よりは米国や英連邦に親近感を持つ英国。

そんな英国をEUの外に出したら、ドイツの主導の下、EUはさらに統合を進めるだろう……と思いきや、そうもいかないだろう。

アイルランド、ギリシャなど、ユーロ圏内で財政問題で苦しんだ国があった・ある。ドイツを中心としたEUのルールを厳格に進めれば、国家破たんの間際に押しやられる国が今後も出てくるかもしれない。何せ、それぞれの国の規模、財政状況に大きな開きがある。一律の規定ではカバーできない。みんなが幸せにはなれない。

すでに、シリアなどを中心にした国からやってくる難民・移民の流入に対し、ドイツが人道的な見地から100万人を受け入れたのに対し、旧東欧諸国などから反対の声が強まっている。

社会のリベラル度を測る、同性愛者の市民に対する意識も地域によって異なる。人権として受け止めるドイツ、フランス、オランダ、英国などと一部の東欧諸国では大きな差がある。

EUは今、方向性を問われる時期に来ているのかもしれない。

ドイツのショイブレ財務大臣の言葉が光る。もし英国が残留を選んだとしても、これを一つのきっかけとして、これまでのような深化・拡大路線を見直す必要があるのではないか、と発言(21日)しているのである。

ジョー・コックス下院議員殺害はどんな影響が?

残留を支持していたコックス下院議員が16日、英中部で殺害された。裁判所で、実行容疑者は「英国優先」と答えた。

まだ解明が続いているが、自分とは異なる意見を持つ人物への憎悪が背後にあったと言われ、「離脱すれば戦争がはじまる」(残留派)、「欧州統合への動きはヒトラーもそうだった」(離脱派)など、強い口調を使っていた選挙戦への反省が始まった。選挙戦は2日間、停止された。

しかし、いったん選挙戦が再開されると、また熱っぽい発言の応酬となった。殺害事件後、残留派が少し支持を増やしているようだが、まだ結果は分からない。

投票結果に影響を及ぼすのは、殺害事件よりもむしろ、当日の天気ではないかと言われている。離脱派は投票への意識が強く、雨になれば、離脱派が強みを持つという。

日本企業への影響は?

NHKによれば、英国は日本への対外直接投資で米国に次いで2番目に大きな国だ。中国よりも大きい。特に、近年、急激に伸びている。

また、英政府によれば在英の日本企業は1000社を超え、約14万人の雇用を支えているという。

離脱となれば、まずはポンドが下がる可能性があり、円高と言うことになれば一般的に日本の輸出企業は打撃を受けるだろう。これが長く続かどうかは分からない。

在英の日本企業が欧州他国とビジネス上の手続きをいちいちやり直す必要があるとすれば(あるとすれば、であるが)これも煩雑だ。ただ、これで英国から日本企業が出ていくかどうかは疑問だ。

いずれにせよ、まずはあと24時間、あるいは36時間、どうなるかを待ってみるしかないだろう。

(2016年6月22日「小林恭子の英国メディア・ウオッチ」より転載)

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