ロンドンで、新たなテレビ・チャンネル「ロンドン・ライブ」が先月末、放送を始めた。チャンネルのオーナーは、ロシア出身の英国人エフゲニー・レベデフ氏だ。高級紙インディペンデント、無料夕刊紙ロンドン・イブニング・スタンダードなどの所有者でもある。新聞だけじゃなく、テレビまで持ってしまったのである。
まだ始まったばかりで、今のところ若者をターゲットにしたようなトーンが目立つ。しかし、まだまだどうなるか分からない。何とか、続いてほしいものだ。
デジタル時代のテレビチャンネルの開始ということで、サイトで一部生放送が見られるようになっている(少なくとも英国では)。視聴者からのフィードバック、投稿もどんどん受け付けている。さて、どうなるだろうー?
月刊誌「新聞研究」の3月号に、「世界のメディア事情 ―英国」編を寄稿した。タイトルは「英インディペンデント紙に売却話 ―紙受難時代の生き残り策とは」である。
以下はそれに若干付け足したものである。部数が少し前の数字なのだが、現在もそれほど変わっていないので、トレンドをつかむことはできると思う。
■発行部数はどんどん下落、そしてインディーは?
長年、新聞の発行部数が下落傾向が続く英国で、4大「高級紙」の1つインディペンデントが売却先を探している。以前からその噂はあったものの、同紙関係者が年明けに買い手を探していることを公にした(ちなみに、今年3月の話として、先のエフゲニー・レベデフ氏は「買いたい人があれば、真剣に考える」という意味であると述べている)。
インディペンデントこと通称「インディー」は2010年、元KGB職員で富豪のアレクサンドル・レベデフ氏(エフゲニー氏の父親)が負債を背負う代わりにほんの1ポンドで買収した。一旦は息を吹き返したと思われたが、膨らむ損失をカバーしきれなくなったようだ。英国新聞界の紙媒体受難時代を表す事例となった。
インディーのこれまでとガーディアン紙の販売努力に注目してみた。
■大衆紙、高級紙、日曜紙とは
英国の新聞は頻度(日刊、週刊、平日版、日曜紙など)、大きさ(大判ブランケット判、小型タブロイド判、細長いベルリナー判)、内容や読者層の違い(大雑把には大衆紙と高級紙)、発行地域(ロンドンで発行される全国紙とそのほかの地域の地方紙)などに分かれている。
タイムズ、デーリー・テレグラフ、ガーディアン、インディーが4大高級紙(経済専門のフィナンシャル・タイムズ=FT=も入れると5大高級紙)だ。主として知識層を対象としている。
大衆紙はサン、デーリー・ミラー、デーリー・メールなどで、高級紙よりも文章が読みやすく、誇張した表現が目立つ。芸能人のゴシップや人物を中心に据えた、感情に強く訴えるものが多い。
各紙の共通の悩みは発行部数の下落だ。英ABCの調べでは、ほとんどの新聞が前月比で部数が減少している。前年同月比では二ケタ台の下落という新聞もある。
まさにこの「二ケタ台」に入るのがインディーだ。12月の発行部数は6万7266部。前月比で0.66%減だが、前年同月比だと13・8%となった(ちなみに英国の人口は日本の半分である)。
だし、ウェブサイトのブラウザー数は、そのほとんどが各紙ともに前月比及び前年比で大きく伸びている。インディーの場合も例外ではなく前月比で5.45%増、前年同同月比で39・64%増。紙受難の時代である。
■ネットと廉価版に押されて部数が激減
同紙の栄枯盛衰は、現在の英新聞界の縮図のようだ。
1986年の創刊後、一時は40万部ほどまで部数を増やしたが、低価格競争、ほかの高級紙の支配的位置に押され、2003年ごろには20万部前後まで落ちた。同年秋、通勤電車の中でも読みやすい小型タブロイド判に転換させて人気を回復させたが、次第にまた部数が下落した。ほかの新聞がウェブサイトの拡充に力を入れる中、インディーは同規模の投資をできずに年月が過ぎた。
一時は廃刊の噂も出たが、2010年2月、レベデフ氏に買収された。同氏は、同年10月、インディーのコンテンツを使いながらも一つ一つの記事が短く、若者層を主要読者とした簡易版「i」(アイ)を創刊。値段はインディーの当時の価格の5分の1(20ペンス)であった。
このときのインディーの発行部数は約18万部だった。2年以上がたち、7万部を切るまで落ち込んだが、アイは29万2488部に到達。読者は安く、さっと読める新聞を求めていた。
インディーとその日曜版インディペンデント・オン・サンデー、アイとその日曜版を発行するインディペンデント・プリント社は2012年9月決算で175万ポンドの営業損失を抱えている。
■電子版の成功例はFT
英国の新聞の電子版で最大の成功例はFTだ。一定数が無料で読めるメーター制を巧みに使い、電子版購読者が紙の販売部数を超えている。
テレグラフは昨年春からメーター制を導入した。タイムズとサンデー・タイムズは有料購読者にならないと一本も読めない制度を2010年から始めた。昨年10月、両紙の電子版の有料購読者数は15万人に達したという(両紙の発行元ニュースUK社の発表)。
同じく同社が発行するサンは、昨年8月から有料閲覧制をウェブサイトに導入。サッカーのプレミアリーグのハイライトを視聴できることなどを売りに、年末までに11万7000人の購読者を獲得した。
■ガーディアンはどんな工夫をして紙を売っているか
紙媒体の販売戦略として、ガーディアンは同紙の日曜版に相当するオブーザーバー紙と共同キャンペーンを展開中だ。
例えば、ガーディアンの土曜日付を買うと、2週間分のクーポン・シートが付くというキャンペーンをやっていた。シートにはミシン目が入っており、14枚のクーポン券となる。2枚分がオブーザーバー用、12枚分(月曜から土曜日の6日間x2週分)がガーディアン用だ。
1枚をちぎって、小売店でガーディアンあるいはオブザーバーを買うと、店頭でクーポンに記載された金額分が引かれる。
また、両紙の掲載記事の中から、特に若者にアピールしそうな記事(著名人のインタビュー、娯楽系のトピック、社会問題など)を選び、小型タブロイド判の数ページの新聞にし、街頭で配るという手法も実践している。若者層は紙の新聞を取るという行為自体になじんでいない場合があることを想定し、まず手にとって、読んでもらうことを狙っている。
紙の新聞が売れなくなっている英国で、様々な試みが行われている。
どこも大変なのである。
(2014年4月3日「小林恭子の英国メディア・ウオッチ」より転載)