デジタルアーカイブをつくり、ただネットに置いておくだけでは足りません。意義と活用方法を説明する活動を展開する必要があります。レクチャーを受け、活用方法をマスターしたユーザが、新たな「語り部」となっていきます。こうして、アーカイブを包むコミュニティが形成されていきます。私はこれを「記憶のコミュニティ」と呼んでいます。

明日7/2(火)の朝07:45より、「東日本大震災アーカイブ」の特集番組がNHK「おはよう首都圏」にて放映される予定です。東北地方をテーマにした「あまちゃん」の直前の放送となります。首都圏にお住まいのかた、ぜひご覧ください。

前回の記事では、早野龍五さんと取り組んだ「放射性ヨウ素拡散シミュレーションのマッシュアップ」について、背景とスタートに至る経緯についてお話しました。今回の記事の前にまず、そちらをお読みいただければと思います。

今回の記事では、制作したコンテンツについて具体的に説明します。また井手明さんとの対談イベント「悲劇を保存する――チェルノブイリと福島をいかに『アーカイブ』するか」における議論や、東浩紀さん編著による「チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1」の内容にも触れてみたいと思います。

放射性ヨウ素拡散シミュレーション×ビッグデータから「みえるもの」

前回の記事で書いたように、私はアーカイブズ・シリーズ制作の経験値を活かし、Project Hayanoにおけるデータのマッシュアップとインターフェイスデザインを担当することにしました。

Project Hayanoでは、国立環境研究所、海洋研究開発機構、日本原子力研究開発機構から、放射性ヨウ素拡散シミュレーションのデータの提供を受けています。また、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)のデータも利用されています。なおこれらのデータは、研究者間のネットワークを通じ、早野さんが独自に入手したものです。

Project Hayano: 放射性ヨウ素拡散シミュレーションのマッシュアップ

スクリーンショットを上に示します。各機関から提供された、放射性ヨウ素拡散シミュレーションのデータ群を、チェックボックスで切り換え表示することができます。初期状態では、国立環境研究所(赤い棒グラフ、リニア表示)および海洋研究開発機構(2Dグラフ、対数表示)のデータが表示されています。

緑色の輝点と棒グラフは、当時、福島にいた人々の人口推計を表しています。このデータは、携帯電話のGPS機能を用いて推計された「混雑情報」(株式会社ゼンリンデータコム)です。3/3に放映されたNHKスペシャル「"いのちの記憶"を未来へ〜震災ビッグデータ〜」でも活用され、話題となりました。

前述したように、放射性ヨウ素拡散の実測データは乏しく、当時の人々の行動を追跡することは困難です。Project Hayanoはこの点を解決するために、コンピュータシミュレーションによる放射性ヨウ素の拡散予測と、ビッグデータ解析による人口推計を重ね合わせる(マッシュアップする)ことによって、実態に迫ろうとするものです。

さて、上記のスクリーンショットでは北西に向けて放射性ヨウ素のプリュームが伸びています。この形状は、よく知られた放射性セシウムの汚染マップと似ています。しかしタイムスライダーを用いて時間を遡っていくと、別の傾向が顕れてきます。以下に、2011/3/15 00:00〜12:00における、3時間毎のスクリーンショットを示します。

2011/3/15 00:00〜12:00における、3時間毎のスクリーンショット

この図からわかるように、3/15未明には、南に向けて放射性物質が飛散していた可能性があることが、コンピュータシミュレーションによって示されます。また、いわき市付近に多数の人が滞在していたことが、GPS情報をもとにした「混雑情報」によって推測されます。これらを重ね合わせることによって、当時の状況を推測することができるようになります。

ここにみられる、福島第一原子力発電所から南に向かって延びる放射性ヨウ素のプリュームは、放射性セシウムの汚染マップによって生まれた「原発から北西方向に向けて汚染帯が延びている」という一般的イメージと異なります。また、汚染が南部の人口稠密地帯に及んでいた可能性も示されていますが、この点について広く認識されているとは言えません。

先週6/27に、日本原子力研究開発機構から「新たに開発した航空機モニタリング解析手法を用いて福島第一原子力発電所事故により放出されたヨウ素131の地表面沈着量を導出」についてのプレスリリースが配信されました。この資料に掲載されたヨウ素131の地面沈着量の解析結果図(2011/4/3時点)を以下に示します。

ヨウ素131(I-131)の地面沈着量(Bq/㎡)(出典元

Project Hayanoとこの解析結果は、解析対象とした日付と手法がともに異なっており、単純比較することはできません。しかしこの図でも、北西だけではなく南に向かって放射性ヨウ素の汚染帯が伸びていることが確認できます。これもまた「北西が汚染されている」という一面的な印象が、技術によって補われた例と言えます。

早野さんは「東日本大震災ビッグデータワークショップ」終了後、Project Hayanoの成果を活かし、原発事故で放出された放射性ヨウ素を吸入した可能性のある子ども達については、18歳を超えてから甲状腺がんが見つかった場合でも因果関係の証明なしで治療費を全額補償するという、議員立法に向けた活動を展開されました

なお国連科学委員会は、福島原発事故における放射線被ばくが将来的に健康障害をもたらす可能性は低いとする報告書を発表しています。もちろん、何事もなければそれに越したことはありません。しかし不確定な将来に向け、備えとしての活動にボランタリーに尽力される早野さんに、あらためて敬意を表します。

震災ビッグデータをいかに「アーカイブ」するか

私は井出明さんとの対談「悲劇を保存する――チェルノブイリと福島をいかに『アーカイブ』するか」において、「東日本大震災アーカイブ」やこのマッシュアップについて詳細に解説しました。ディスカッションでは「こうしたコンテンツを公にすることで、将来起きるであろう差別を助長する虞れはないのか」という点が指摘されました。

私はこの問いに対して「散在しているデータを集積し、一般の人がアクセスできる場所に「アーカイブ」することが重要」そして「誤読、濫用のおそれは常に存在する。こうしたコンテンツの"読み取り方"についてレクチャーし続けることが必要」と応えました。これまでに書いてきたハフィントン・ポストの記事は、この「レクチャー」の一環です。

デジタルアーカイブをつくり、ただネットに置いておくだけでは足りません。意義と活用方法を説明する活動を展開する必要があります。レクチャーを受け、活用方法をマスターしたユーザが、新たな「語り部」となっていきます。こうして、アーカイブを包むコミュニティが形成されていきます。私はこれを「記憶のコミュニティ」と呼んでいます。

この点については、ナガサキ・ヒロシマ・沖縄のアーカイブズ・シリーズについても同様のことが言えます。コンテンツ/コミュニティの双方をデザインする必要があるのです。

なお、Project Hayanoマッシュアップは「福島/いわき市放射線/放射能情報」のウェブサイトなどで活用されているようです。今回の記事をきっかけにして、私たちの制作したマッシュアップを利用するかたが増えていくことを願っています。

「福島/いわき市放射線/放射能情報」2012/10/02記事

「チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド」について

さて、対談イベントの際に「チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド」を一冊ご提供いただきました。早速拝読したところ、私たちの活動と関連する内容が多々あり、感銘を受けました。「福島をいかにアーカイブするか」をテーマとしたこの連載でも、今後数回に分けて書籍の内容を紹介していく予定です。

まず今回の記事との関連として、津田大介さんによる記事「チェルノブイリで考えるー報道、記憶、震災遺構」(p.66-79)の一部を以下に引用します。

チェルノブイリ事故から日本が学ぶべき教訓とは何か。それは、政府や東京電力に対して原発事故に関する可能な限りの情報を公開するよう求め、持続可能性のあるアーカイブを構築することだ。

私はこのくだりに賛同します。Project Hayanoにおいては、早野さん個人の信用と行動力が、各研究機関に散在していたデータ群を集め、公開へと導いていきました。こうした重要な資料は本来、オープンデータ化されていくべきもののはずです。しかし現在は個人のちから、いわば「人力オープンデータ」に頼らざるを得ない状況です。

私は、ビッグデータ、オープンデータといった流行に左右されない、ミッションオリエンテッドな情報公開についての社会的枠組みづくりが必要だと考えます。また、津田さんはこうも書いています。

過度な当事者主義の横行も、異常な放射能忌避による風評被害も、震災遺構をめぐる問題も、すべてに通底しているのは問題の「腫れ物」化だ。紛糾を恐れ、デリケートな問題の議論を先延ばしにしてきたことが我々から「当事者意識」を奪ってしまったのではないか。

一面的に捉えられがちな事象を多面的に解釈するために、さまざまな視点に立った議論を許容することが重要である。そうした議論を踏まえて、できごとを当事者として受け止めることができるようになるのではないか。という意味であると私は受け取りました。

このくだりも、私たちの仕事と通底するコンセプトを含んでいます。アーカイブズ・シリーズやProject Hayanoマッシュアップで試みてきたのは、ここで指摘されている「当事者意識の欠落」の補綴に他なりません。私たちはその目的達成のために、これまでの記事でお話してきたようなコンテンツ/コミュニティのデザインが、力を発揮すると考えています。

次回の記事では引き続き「チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド」の内容を紹介していきます。

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