精神科医らが「子どもの心」を研究する国立大学研究機関が「フラッシュバックのリスク」を日本テレビに警告

日本テレビのドラマ「明日、ママがいない」の「加害性」について、ドラマが児童養護施設で暮らす子どもたちの心にどのような影響がありうるのか、児童養護施設や病院関係者などの関係者が警告を発して内容の見直しを要望してきた。

日本テレビのドラマ「明日、ママがいない」の「加害性」について、ドラマが児童養護施設で暮らす子どもたちの心にどのような影響がありうるのか、児童養護施設や病院関係者などの関係者が警告を発して内容の見直しを要望してきた。

それに対して、日本テレビ側は「放送中止をしない」という姿勢を見せ、番組のホームページにも「放送を続行してほしい」という番組を支持する視聴者の声を数多く掲載し、マスコミの議論も両論併記でいつしか「子どもたちの心を守るかどうか」という争点から「放送の自由を守るべき」や「ドラマとしての質が高いか」という争点に広がって、児童福祉の関係者だけでなく、芸能人や美容整形の医師、番組制作者など、いろいろな立場の人間がそれぞれに持論を展開する様相になっている。

私の元にはこのドラマを見た直後に「フラッシュバック」を起してリストカットをした若者の事例について情報が寄せられ、児童養護施設で暮す女子児童が「ドラマを見た直後にフラッシュバックを起こして自傷行為に走り、病院で治療を受けた」という事例も全国児童養護施設協議会が把握している、

そんななかで、子どもの心の問題、精神の発達を研究している精神科の医師などから構成されるその道の権威たちが、このドラマの子どもたちへの加害性を見過ごせない、として日本テレビへの要望書をHPに掲載していることが分かった。

要望書を出したのは、国立大学法人・浜松医大の「子どもの心の発達研究センター」だ。

「フラッシュバック」による自傷行為など、子どもたちの心の問題を専門的に研究する精神科医らが、専門的な見地からこのドラマの危険性を警告したのだ。

日本テレビ「明日、ママがいない」テレビドラマに対して要望します。

私ども、子どものこころの発達研究センターは、文部科学省の連携事業として、子どもの心の問題に関連した 科学的研究と支援方法の開発を行うとともに、子どものこころの障害や発達障害、社会的養護を必要とする 子どもたちの社会的理解形成や啓発に取り組む研究機関です。

この度、社会的養護にある子どもたちを主人公とした『明日ママがいない』と、このドラマへの批判への対応に 関して、添付PDFを日本テレビに要望いたします。

出典:浜松医科大学「子どもの心の発達研究センター」ホームページ

この研究所は、子どもの発達障害やフラッシュバックなどの心の傷についても研究する専門機関だ。また、児童養護施設や里親など「社会的養護」の子どもたちについても調査を行っている。

つまり、現在、児童養護施設の関係者などが心配している「児童養護施設の子どもたちがフラッシュバックを起す危険性」について専門的な見地から判断できる権威がそろっているのだ。

その専門家たちがドラマによって、子どもに精神への危険性があることを警告している。

ホームページには、要望書がPDFで貼付けられている。

それを全文引用する。

日本テレヒドラマ『明日、ママがいない』に関する要望

国立大学法人浜松医科大学 子どものこころの発達研究センター浜松センター長 森則夫

私ども、子どものこころの発達研究センターは、文部科学省の連携事業として、子どもの心の問題に関連した科学的研究と支援方法の開発を行うとともに、子どものこころの障害や発達障害、社会的養護を必要とする子どもたちの社会的理解形成や啓 発に取り組む研究機関です。

この度、社会的養護にある子どもたちを主人公とした『明日ママがいない』と、このドラマへの批判への対応に関して、以下のように要望いたします。

1.社会的養護を必要とする子どもたちに対して配慮した作品作りを要望いたします。 児童養護施設、里親などの様々な養護形態でなされる社会的養護を必要とする子どもたちを題材にすることは、それがフィクションであったとしても、現実の設定において作品が制作されている以上、主題となっている社会的養護の対象にある子どもたちに関する事実と異なる内容に関しては、放映以外でも HP などの作品に関連した情報提供手段がある以上、そうした媒体等も含め、実際の現状を説明する義務があります。作品を最後まで観て理解するかどうかという問題ではなく、未だ社会的に周知されているとは言いがたい児童養護施設や里親制度の実態に関する社会認識を過剰に歪めない努力が求められます。今回の作品では、社会的養護を必要とする子どもに関わる関係者への誤解を生む演出が見受けられます。施設内虐待問題等の検討すべき問題があるのは問題提起として理解できる一方、例えば、作品の中では、 児童養護施設があたかも里親委託が完了するまでの間、一時的に子ども達を生活させるために設置された機関であるかのような表現がなされていますが、決してそのような機関ではありません。社会的養護を必要とする子どもたちへの社会的偏見を助 長することのない作品作りをお願いします。社会的養護を必要とする子どもたちや関 係者への社会的偏見を助長することのない作品作りと十分な説明をお願いします。

児童養護施設に入所する子どもたちの多くは虐待にあった経験をもち、背景に発達障害などがある場合も少なくありません。子育ての難しさは多様な要因の重なり合いのなかで生じます。さまざまな喪失を経験することも多く、精神的健康への配慮から、かなり専門性の高い支援を必要としています。社会的養護を必要とする子どもた ちで、虐待経験や喪失経験を負っている子どもの場合、特に同年代の子役が演じる 暴力・被虐待シーン等がきっかけになってフラッシュバック等、精神的健康を著しく崩すリスクもあります。また、作品自体がフィクションであっても、その中で描かれている 親子の関係性には、当事者にとって非常にリアリティがある場合が少なくなく、深く傷つくリスクもあると考えられます。映画で R-12 等の視聴年齢制限があるような場合と異なり、テレビのような公共放送の場合、(光過敏性発作に対する配慮などと同様に) 特定のリスクのある子どもに対しても一定の配慮をお願いしたいと思います。本作品において、過剰な演出が見られます。同年代の子役が演じる暴力的言動に関しては、 大人が行なうものに比べてモデリングとして攻撃行動を促進することは古くから知ら れています。本作品が素晴らしい子役たちが演じている作品であるだけに、演出上における配慮が必要とされています。

2.社会的養護等、子どもの専門家による監修や専門情報の提供を受けた制作を要 望いたします。

わが国には表現の自由があり、特にフィクション、創作作品に関して、制限が設けられるものではないと考えます。しかし、そうであるからこそ、主題にした内容の現状 や課題などに関して、誤解を生じさせない現実検討や情報提供を当事者に近い立場の人や(今回の場合)社会的養護の専門家の監修や情報提供を受けることが必要です。例えば、近年、発達障害を主題にした多くのドラマでは監修がつけられ、素晴らし い作品が生まれています。また、必要な情報に補足的に触れられるような配慮をした 番組のHPなどを専門家の監修の下で作成している場合もあります。

子どもの心の問題の中でも、社会的養護が必要な子どもの問題は非常に重要な課題であり、今回のようにドラマで取り上げられることはとてもいい機会です。だから こそ、ドラマの背景にある実態については忠実に描くことが期待され、今回のような事実と違う設定の場合は、その制作意図をなんらかの形で説明する責任があると考えます。連続ドラマの場合、完結するまでに約 3 ヶ月かかり、最後まで観て結論するまでに、このままだと子どもたちの心に大きな傷を残すリスクがあります。また、作品の本 質の問題と表現の問題とは違う問題であるので、作品がドラマとして良いものでも、 設定が間違っていれば、たくさんの人を傷つけてしまうリスクがあることを理解する必要があります。だから、「最後までご覧になっていただきたい。そうすればきちんと理 解していただけるものと信じている」ということではなく、速やかに公共放送の中での 社会的責任を果たしていただきたく、関係各位に要望いたします。

注目すべきは以下の部分だ。

「社会的養護を必要とする子どもたちで、虐待経験や喪失経験を負っている子どもの場合、特に同年代の子役が演じる暴力・被虐待シーン等がきっかけになってフラッシュバック等、精神的健康を著しく崩すリスクもあります。」

この要望書を読む限り、専門家たちはこのリスクを避けることを最優先すべきだと警告している。

「最後までご覧になっていただきたい」という日本テレビの説明では、精神科医などの専門的な見地から見れば、「たくさんの人を傷つけてしまうリスク」を無くすことにならないとし、日本テレビは放送という公共的な社会的な責任を果たすべきだ、と明快に言い切っている。

子どもの心の健康を研究する精神科医などが出した要望書は、芸能人らが勝手な議論を展開するのとはまったく次元が異なる「重み」を持っている。

専門家たちは、「虐待経験や喪失経験を負っている子どもの場合、(中略)精神的健康を著しく崩すリスクもあります」と警告している。

それでも、「最後までご覧になっていただきたい」という姿勢は変わらないのだろうか。

(2014年1月30日「Yahoo!個人」より転載)

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