「時計の再定義」をどこがするのだろうか

「時計の再定義」を行い、ワクワクする新しい世界を見せてくれるのはいったいどこでしょうか、アップルか、あるいはSONYか、まったく違う企業なのでしょうか。

アップルが"iWatch"の商標登録申請を日本を含め世界の各地で行ったことがニュースで流れていました。本気でアップルは取り組んでいるのでしょうか。

スマートフォンがあまりに急速に普及していっているために、先進国では後数年で限界普及率に達して、市場が成熟にむかうタイマーが作動し始めていますが、その次の市場を拓く本命としてスマートウォッチを想定されており、SONYのSmartWatch、モトローラのMOTOACTV、Allerta社のiOS・Android対応『Pebble』など、つぎつぎに各社が製品を出し始めています。

いろいろチャレンジは始まっているものの、成功している、あるいは成功の可能性を感じさせる魅力をもったものはまだないように感じます。スマートウォッチとはいえないかもしれませんが、魅力を感じるのはナイキのNike+FuelBandぐらいかもしれません。

SONYはスマートウォッチには熱心で、すでにSONYとしては第三世代のスマートウォッチにあたるSmartWatch 2を発表しましたが、なにかもうひとつ購入意欲をかきたててくれていません。

SONYに限らず、いきなり「なにができるか」からはいり、「なにができるか」という機能と製品サイズや電池寿命などの仕様の訴求に終始しているのです。

各社のスマートウォッチには、「なにができるか」が並んでいるのですが、スマートウォッチで「なにが変わるのか」が抜け落ちています。そうである限り、スマートウォッチはスマートフォンをすこし便利にする小さな実用的な機器にしか過ぎません。

それでは別になくとも良い、その割には電池が持たないじゃないかという不満もでてきます。

問題はなぜそうなってしまうのかです。なぜ、そんな訴求しかできない製品をだすのかの疑問が浮かんできます。

おそらく、基本コンセプトの煮詰めをほとんどやらず、これからスマートウォッチ市場が育ってくる、そのなかで他社に先駆けた機能を盛り込もうと、いきなり機能設計からはいってしまっているのだと想像します。

基本コンセプトは、人々の生活の「なにが変わるのか」、また「どう変わるのか」の問題です。

焦点は、これまでの時計からスマートウォッチに変えれば、「私自身の気分、生活、そして価値観をどう変えてくれるのか」に応えることができるのかどうかです。それは「時計の再定義」の問題です。

残念ながら、今出ているスマートウォッチは、それに応えてはくれていません。機器としてどんな目新しい体験ができるのかはその次の問題でしょう。おそらくスマートウォッチは、時計を見事に「再定義」した企業が現れればスマートウォッチ市場の勝者になると思います。そのひとつのあり方をナイキのNike+FuelBandは見せてくれています。

「人生はスポーツだ、一日一日を大切にしよう」、それを手伝うのがNike+FuelBandだとし、それを実現するためにどんな体験ができるのかを明快に示してくれています。

そして機能も、いきなり物理的な機能からはいらず、それぞれの機能の狙いもよく練られているのです。以前に書いた記事から、その箇所を引用しておきます。

目標の活動量にいたるプロセスの見える化です。リストの縁に赤から黄色、設定したゴールに近づくと緑の小さなLEDのラインが光ります。

もうひとつは一日の終わりに得られる「達成感」です。もちろん日本のこの種の時計もグラフがでてくるものもありますが、それとは違う感性に訴えかける色鮮やかな表示がでてきます。ナイキが売っているのは、モノそのものではなく、「達成感」ではないかと感じます。

iPhoneやPCと同期をとることができます。見事に美しいグラフでプロセスや目標を達成した際にキャラクターが登場してそれを祝い、体を動かした結果の満足感を高めてくれます。

さらに、この結果を仲間とシェアすることで、互いに勇気づけあったり、競ったりもできるのです。孤独でストイックになりがちな運動を、仲間とシェアすることで楽しい世界にしようとしています。

スマートウォッチは、いまのところ、かつてのiPodが登場するまえにMP3プレイヤーが百花繚乱していた時期を彷彿とさせます。そしてその勝者になったのは、とくになにか新しい技術革新を行ったというよりは、音楽プレイヤーのありかた、そして音楽の楽しみ方の再定義を行ったiPodでした。

「時計の再定義」を行い、ワクワクする新しい世界を見せてくれるのはいったいどこでしょうか、アップルか、あるいはSONYか、まったく違う企業なのでしょうか。

(※この記事は7月4日の「大西 宏のマーケティング・エッセンス」より転載しました)

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