全柔連の課題は暴力根絶だけでない

暴力問題も、事故率の高さも、世界の舞台で柔道が弱体化してきたのも、結局は柔道を支えるための研究開発や指導体制の弱さにほかならないのでしょう。それにこれまでの不祥事でも、また天理大でも事故を隠そうとする隠蔽体質が気になります。それは人の「道」にはずれているわけですが、いったいなんのための柔道なのかという存在理由すら揺らいでいます。

天理大柔道部で発覚した暴力問題は、いくらなんでも、日本女子監督の暴力・暴言問題で全柔連が暴力根絶に取り組みはじめたさなかに起こすとは、しかも先月の世界選手権で優勝した大野将平選手も下級生に暴力を行っていたとなっては、全柔連もショックだったと思います。全柔連の「暴力の根絶プロジェクト」は、全日本学生体重別選手権に出場する全ての大学の指導者や選手ら約3000人を対象にアンケートを実施することを決めています。

しかし考えて見れば、暴力問題は現在の柔道界が抱える問題のひとつにすぎません。選手の指導や育成に対する考え方や方法そのものが問われているのです。

中学と高校で行われているスポーツ競技ではラグビーとともに事故が突出していることは以前にも取り上げました。スポーツリスク研究所のホームページを見ると、死亡事故が1983-2011年度(29年分)で 118件 、後遺症の残る障害事故になると、1983-2010年度(28年分)で 284件でした。

それだけ柔道での事故率が高いのは世界でも珍しいと言われています。フランス、イギリス、ドイツ、アメリカ、カナダ、オーストラリアでは死者がゼロということの真偽はわかりませんが、すくなくとも他国とそれほどの違いがあるとすれば、そういった比較は全柔連が自主的に行い公表してしかるべきです。

事故や災害といえば、1件の重大な事故や災害の背景には、29件の軽微な事故や災害があり、300件の「ヒヤリ・ハット」があるとするハインリッヒの法則が有名です。

しかも、そうした不安全状態の約9倍で不安全行動が行われているというのです。

先のデータを平均すれば、年間4件の死亡事故、10件の後遺症の残る障害事故が起こっていることになります。現実は教科書通りではないとは思いますが、ためしに、それらを重大な事故として当てはめれば、中学や高校の柔道で、年間400件以上の軽微な事故が起こっており、さらに「ヒヤリ・ハット」することが年間4200件以上起こっていて、4万件を超える危なっかしい練習が行われていることになります。

柔道の暴力問題と、この事故率の高さは無縁ではないように感じます。つまり生徒や選手の鍛え方に対する考え方や指導方法が間違っているということです。極限に追い込めば強くなる、殴って鍛えれば精神力もつくといった古い考え方がいまだに深く根ざしているのでしょうか。

その根本の原因を正していかなければ、ただの対処療法に終わり、柔道が発展するとはとうてい思えません。

古い発想を捨てて、スポーツ医学など他の分野の知識を取り入れる、科学的なトレーニングを取り入れ、指導の理念や指導方法を進化させていくことに尽きるのだと思います。発想を変えるために、海外から指導者を招聘することも考えられます。

全柔連も、柔道の安全な指導に関しての手引をまとめていますが、それは現場にまで浸透しているのでしょうか。天理大の暴力事件は、指導者への徹底、また指導者教育がまだまだ浸透していないのではないかと疑わせます。

よく科学的トレーニングというと緩いトレーニングだと錯覚している人もいらっしゃるようですが、それは違います。違いは管理され、安全を確保しながら、目的にかなった強化をはかるために、極限を極めるようなギリギリまで追い込んだトレーニングをするのか、ただただ闇雲に精神的、肉体的に追い詰めるだけなのかです。それをまずは理解してもらうことでしょう。

世界の舞台での日本の柔道を見ていると、いわゆる傾向と対策も欠けていることを感じます。それも指導の弱さということでは同じではないでしょうか。バレーボールの女子の復活にはまだまだ追いついていないと感じます。

暴力問題も、事故率の高さも、世界の舞台で柔道が弱体化してきたのも、結局は柔道を支えるための研究開発や指導体制の弱さにほかならないのでしょう。それにこれまでの不祥事でも、また天理大でも事故を隠そうとする隠蔽体質が気になります。それは人の「道」にはずれているわけですが、いったいなんのための柔道なのかという存在理由すら揺らいでいます。

7年後のオリンピックまでにはまだ時間があります。ぜひ、学校柔道も、全日本レベルの柔道も、オリンピックを目指して、根本から見なおし、生まれ変わった新しい日本柔道として再起してもらいたいものです。暴力問題でのアンケートから、さらに一歩も二歩も踏み込んだ柔道の改革を望みたいところです。

(※この記事は9月17日の「大西 宏のマーケティング・エッセンス」より転載しました)

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