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2017年09月28日 13時28分 JST | 更新 2017年09月28日 16時41分 JST

「事前」と「事後」:伊藤和子さんのお話を聞いて

KAZUHIRO NOGI via Getty Images

「事前」と「事後」:伊藤和子さんのお話を聞いて

駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部2017年度「実践メディアビジネス講座I」シリーズ講義「メディア・コンテンツとジェンダー」の6回目、ゲスト講師による講義の5回目は、弁護士の伊藤和子さんをお迎えした。

今回は都合によりゼミ生のレポートはなし。講義の概要は以下の通り。

1 講義の概要

1-(1) HRNとその活動

弁護士として働く傍ら、世界の人権問題に取り組む認定NPO法人 ヒューマンライツ・ナウ(HRN)の理事及び事務局長として活動している。

http://hrn.or.jp/

2006年に設立されたHRNの活動の柱は、(1)fact finding(人権侵害の事実を明らかにする)、(2)advocacy(働きかけ、変化をもたらす)、(3)empower(勇気づける)、の3つである。実態調査を行い、人権侵害を可視化すれば、何とかしようという声が上がる。それを実際に政策に落とし込むために、提案し、改善を働きかけていく。人権侵害の被害者はしばしば、そのこと自体を知らない。知ることで、立ち上がる勇気が生まれる。

たとえば2015年1月、ファッションブランド・ユニクロ(UNIQLO)の中国国内における主要な製造請負企業であるPacific Textiles Holding LtdとLuenthai Holding Ltd の2社について、厳しい労働条件や危険な労働環境などさまざまな問題があることをSACOM (Students and Scholars Against Corporate Misbehaviour)と共同で行った調査で明らかにし、ユニクロを運営する㈱ファーストリテイリングに対して改善を求めた。この件はニュースなどでも大きく取り上げられ、同社は改善のためのアクションプランを策定することとなった。

【声明・報告書・記者会見@15日・16日】ユニクロ中国国内製造請負工場における過酷な労働環境 NGOが潜入を含む調査報告書を公表
HRN 2015年1月12日
http://hrn.or.jp/news/3030/

このような、労働現場における人権問題に取り組む活動は、近年世界的に盛り上がりを見せている。2011年、国連人権理事会は、「ビジネスと人権に関する指導原則」を承認した。この「ラギー原則」は、企業活動に関連して発生する人権問題に対し、国や企業がどのように取り組むべきかについての枠組みを提示するものである。この中でも大きなポイントの1つは、企業に対し、自社内にとどまらず、サプライチェーンの中でその影響力の及ぶ範囲において、国際的基準に基づき人権侵害を防止軽減する義務を課しているという点である。

ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合「保護、尊重及び救済」枠組実施のために(A/HRC/17/31)
2011年3月21日
http://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/

日本ではまだだが、国際的には昨年ごろから、このラギー原則とメディアを結び付けて考える潮流が出始めている。インターネット界隈では特にヘイトスピーチが問題となっている。これまで、他人を著しく傷つける言説に対し、プロバイダなどプラットフォーム側は「ユーザーの意見である」として、積極的に対策をとろうとはしてこなかった。それが、プラットフォーム側の責任をより強く問う方向に変わりつつある。

1-(2) AV出演強要問題

今回話題とするAV出演強要問題も、この文脈で考えている。そもそもこの問題は、2015年ごろ法律相談を受けて以来、関わるようになった。いろいろなケースを聞いてみると、被害が深刻であり、かつ共通パターンがある。弁護士が乗り出せば比較的簡単に対応できるケースもあるのに、なかなか相談に来てくれない。弁護士としての仕事は被害が発生してからであることが多く、未然に防止したいと考え、HRNとして調査を開始した。2016年3月にHRNがまとめ公表した報告書はメディアの大きな反響を呼んだ。

【報告書】日本:強要されるアダルトビデオ撮影 ポルノ・アダルトビデオ産業が生み出す、 女性・少女に対する人権侵害 調査報告書
HRN 2016年3月3日
http://hrn.or.jp/news/6600/

被害者は多くの場合、AVに出演するとの意識がないまま契約している。街でスカウトに声をかけられ、プロダクションと専属契約、タレント契約などを結んで所属することとなるが、その契約の内容が難しいうえ、仕事の内容をプロダクション側が一方的に決められるなど、不平等なものである。AVと書かれている場合もあるが、成人物、タレント活動、ビデオなど、わかりにくい表現となっていることが少なくない。

プロダクションはAVメーカーと、出演に関する契約を交わす。被害者はその契約に基づきメーカーの撮影現場に派遣され、撮影され、そうして作られた映像が商品として販売される。見聞きした事例では、本人にわたるギャラは製作費のうちせいぜい約1%、企業間では1億円の契約であったとしても、本人に渡るギャラは100万円程度であることが多い。

実際に仕事が回ってきて、そこで初めてAVと気づくが、そのときになってやめようとしても、違約金を請求する、家族や勤務先などにバラすなどと脅され、断れないようになっている。金銭で縛りつけるという意味ではある種の債務奴隷であり、また意に反して性行為を強要する性暴力の被害者でもある。

本来、プロダクションに所属する女優は自発的な意思で契約し、自ら選んで仕事をしている自営業者であるというのが建前だろうが、契約してまだ何もわからない状態で最初に派遣された先がAVだったというケースは事実上労働者に近い。外見上、労働者派遣法の派遣行為に似ているが、そのようには扱われてこなかった。AV出演は派遣法上の有害業務にあたるため、プロダクションが労働者派遣業として派遣したとなれば業者自身が逮捕されてしまう。そのため、派遣法で義務付けられる許可を受ける事業者はほとんどない。

今は警察も、実態をみて支配従属関係があれば、派遣業であると扱うとしているが、まだ具体例が少なく、実際にどのように扱われるかは明確でない。

法律は有効な対抗手段になるが、現状ではできることは限られている。本人が同意して出演した映像を消すことは容易でなく、販売・配信停止もできない。二次利用に対する文句もいえない。著作権法上、一度出演を承諾すると取り消しができない、いわば「ワンチャンス主義」である。この点は法改正すべきと思うが、そうした議論にはなかなかなっていない。

調査したところ、被害者の多くは18~25歳であり、契約書をまったく理解しないまま「みんなやってる」といわれてサインしている。弁護士が読んでもなかなか理解できないほど複雑な契約書もあり、そもそも契約書を渡されないケースもある。

相談を寄せられた被害事例に共通するパターンがある。仕事はプロダクションが勝手に入れてしまい、本人に諾否の自由はない。台本も前日や当日に渡すことが多く、そもそも台本がないことも珍しくない。とにかく諾否の自由がなく、拒絶すると違約金を請求される。拒否したくても、さまざまなテクニックで「洗脳」され、納得させられてしまう。誰も助けてくれない、戦っても勝てない、と思ってあきらめてしまう。

例をいくつか挙げる。

例1
タレントとしてプロダクションと専属契約し、マンションに住まわせてもらい、ジム通いや美容整形などの費用も負担してもらったが、回ってきた仕事がAVで、拒絶すると100万円単位の費用を払えと脅された。契約にAVとの文言が入っていなかったため、弁護士が入って交渉し、支払いは免れた。

例2
グラビア専属モデルとしてスカウトされたが、実際にはAVの仕事だった。キャンセルを申し出ると違約金をちらつかせて脅された。「潮吹き」のためと称して12リットルもの水を飲ませたり、避妊具をつけない性行為や無修正動画への出演を強要したりといったひどい仕事だった。辞めた後、整形手術した。

例3

未成年のときに契約、イメージビデオとのふれこみだったが実際には着エロだった。成年後にはAVに出演させられた。やめたいと言ったら、すでに10本分の契約済なのであと9本出演するか、1000万円払えと言われた。自殺を考えたが弁護士に相談し、契約解除したところ2400万円の損害賠償請求を受けた。裁判の結果2004年、これは雇用類似の契約であること、性行為はそもそも意に反して強要することができない業務であること、解除理由もやむを得ないものであることなどを認め、違約金請求も却下するという画期的な判決を勝ち取った。

この判決により、いったん契約してしまっても、撮影前に契約解除すれば、出演しなくても違約金を請求されることはないという流れになりつつある。しかし、一番現状で難しい問題は、契約解除後もAV販売は続くという点である。未成年者なら意思表示を取り消せるからデータ消去もできるが、成人の場合、容易ではないのが実情である。中には自殺してしまった人もいる。そこまでいかなくても、人の目が気になって就職も外出もできなくなってしまったりする。

もともとAVの分野は法律なし、所轄官庁なしだった。風適法の適用もなく、違法行為を是正するためのしくみがない。18歳未満なら児童ポルノ禁止法が使えるが18歳以上だと対象外である。同意書があれば負傷しても立件されるケースはほとんどない。売春防止法もこれまでは適用されてこなかった。

勧誘の現場はキャッチセールスのような消費者被害によく似ているが、これまでは、国民生活センターが対応してくれるわけではなかった。AV出演は芸能の領域に属するものなので労働法制の対象となっていなかった。最近では、労働者派遣法の対象となるとされているが、対象となるどうかについてはケースバイケースで判断しているため、もぐらたたきのような状況である。消費者としても労働者としても保護されないという、ないないづくしの状況であった。

1-(3) 進む対応と課題

しかし、HRNの報告書がメディアで大きく取り上げられたこともあって、内閣府、警察庁、国民生活センターなどの対応が一気に進んだ。被害者自身が声を上げたことも特筆すべきだ。この問題をメディアが取り上げたとき、「被害はなかった」という声もあったが、勇気をふるって当事者が「実際にあった」と発言してくれたことが大きな力となった。

アダルトビデオへの強制的な出演等に係る相談等への適切な対応等について
警察庁丁保発第119号
2016年6月17日
https://www.npa.go.jp/pdc/notification/seian/hoan/hoan20160617.pdf
国民生活センター、AV出演勧誘の注意呼びかけ...伊藤弁護士「消費者並みの保護を」
弁護士ドットコム 2016年12月5日
https://www.bengo4.com/c_8/n_5433/
AV「望まぬ性的撮影」73人...内閣府2575人調査
毎日新聞2017年2月8日
https://mainichi.jp/articles/20170209/k00/00m/040/082000c
女性に対する暴力に関する専門調査会報告書 「若年層を対象とした性的な暴力の現状と課題~いわゆる「JKビジネス」及びアダルトビデオ出演強要の問題について~」の公表について
内閣府男女共同参画局 2017年3月14日
http://www.gender.go.jp/public/report/2016/2017031402.html
AV出演強要に政府が緊急対策へ 菅官房長官「重大な人権侵害」
The Huffington Post 2017年3月21日
https://www.huffingtonpost.jp/2017/03/21/av-extortion_n_15510798.html
アダルトビデオ出演強要問題及びいわゆる「JKビジネス」問題に対する緊急対策の推進について(通達)
警察庁丁保発第40号・警察庁丁少発第80号 2017年3月31日
https://www.npa.go.jp/laws/notification/seian/hoan/hoan20170331.pdf
AV出演強要対策の専門官、全都道府県の警察に配置へ
朝日新聞2017年5月19日
http://digital.asahi.com/articles/ASK5M51VZK5MULFA01G.html

しかしまだ不十分なところもあるので、HRNとしては、以下の内容を含む包括的な支援立法の制定を働きかけている。

(1)監督官庁の設置

(2)真実を告げない勧誘、不当なAVへの誘引・説得勧誘の禁止

(3)異に反して出演させることの禁止

(4)違約金を定めることの禁止

(5)禁止事項に違反する場合の刑事罰

(6)契約の解除をいつでも認めること

(7)生命・身体を危険にさらし、人体に著しく有害な内容を含むビデオの販売・頒布の禁止

(8)意に反する出演にかかるビデオの販売差し止め

(9)悪質な事業者の企業名公表、指示、命令、業務停止などの措置

(10)相談および被害救済窓口の設置

受講者の中にも多いので、若い女性の皆さんには以下のようなことを注意してもらいたい。

◎契約書に小さな文字で「AV」「アダルトビデオ」「セクシー女優」「成人むけの撮影」、あるいは「違約金を支払う」「損害を賠償する」といった表現がある場合、これらを理由としてAV出演を強要される場合がある。

◎プロダクションの事務所で長時間囲まれて説得され、「とにかく解放されたい」「ここから出たい」一心で契約書にサインしてしまうケースが少なくない。

◎「あなたの顔は映さない」「ソフトなAV」「インターネットでの配信はしない」などの口約束はしばしば反故にされる。

◎毎日プロダクションの人と接して夢を語られ、意欲を試されるようなことを言われたりしているうちに、洗脳されてしまうケースが多い。

もう一度、ラギー原則に戻る。たとえば個人間のリベンジポルノは明確に犯罪とされるのに対して、AV出演強要はそうなっていない。しかも、AV出演強要はビジネスとして行われるがゆえに、より大規模に拡散され、より深刻な被害をもたらす。そうであればこそ、ビジネスに関わる企業はより重い責任を負うべきである。たとえば配信段階では人権侵害がなくとも、撮影現場でもし人権侵害が行われているなら、配信事業者はそれを是正、改善するための方策をとる義務がある。

「原則17 デューディリジェンス」は、「企業がその企業活動を通じて引き起こしあるいは助長し、またはその取引関係によって企業の事業、商品またはサービスに直接関係する人権への負の影響を対象」とする。DMMやツタヤ、アマゾンなども、商品としてAVを販売、レンタルなどするのであれば、それらの製造過程でAV出演強要などの人権侵害がないかどうか、チェックしていく義務を負うべきである。

また「原則22 是正」は、「企業は、負の影響を引き起こしたこと、または負の影響を助長したことが明らかになる場合、正当なプロセスを通じてその是正の途を備えるか、それに協力すべきである」とする。上記のような企業は、人権侵害がある商品は取り扱わないなどの方法で、事態の改善に努めていくべきである。

ラギー原則は、国際的に広く受け入れられており、日本でも今、国内行動計画を策定中である。AV出演強要の分野にも適用されるべきものと考えている。HRNはこの問題で女性の人権がよりよく守られるよう、これからもさまざまな活動を行っていく。

2 感想

2-(1) 対策の必要性

AV出演強要問題については、先にAVAN代表の川奈まり子さんにも講師としておいでいただいている。今回は同じ問題につき、法律家、そして人権団体としての立場から関わっておられる伊藤さんのお話を伺ったわけだ。実務を知る弁護士ならではの、出演強要の具体的な手口についての生々しい話には大きな衝撃を受けた。騙す、脅す、事実を伝えないといった手口は、詐欺その他の犯罪や犯罪まがいの取引でもしばしば用いられる。以前はともかく、今もこのようなAV出演強要被害があるのであれば、それはこうした行為を厭わない「悪い奴ら」によって引き起こされているということだろう。

川奈さんの講義では、少なくとも大手企業に関しては現在、出演強要は行われておらず、そうしたことを行うのは一部の事業者であるとのことだった。しかし、一部ではあろうが、「業界」にはそうした人々がいるようで、相対的に少数だとしても被害者はつい最近まで出ていた。出演強要が珍しくなかった過去においては、さらに多くの被害者が出ていたはずで、そうして作られた作品が今も流通しているとなれば、問題は過去のものではない。