【テレビ、新聞が失った真のジャーナリズムへの挑戦】~Japan In-depth創刊2周年記念シンポジウム~

この日集まったパネリストたちは、質の高いジャーナリズムで世の中を動かしたいとの気概に溢れていた。

「Japan In-depth」の創刊2周年を記念したシンポジウムが、11月26日、東京・千代田区の日本記者クラブで開催された。

この日、まず壇上に立ったのが、ソニーの元社長でクオンタムリープ株式会社代表取締役 ファウンダー&CEOの出井伸之氏。インターネットの登場からの様々な社会の変化をあげ、10年後の将来に向けても、高機能のスマートフォンとインターネット、そして人工知能の融合で更に大きな変化が生じると展望を述べた。その一方で、ネットがメディアを劣化させている側面も指摘し、価値のあるメディアにするためには求心力を高めることが必要とした。その上で出井氏は、「メディアの力が弱まると、日本は何も起こらない国になる」と問題提起した。

続いて行われたパネルディスカッションには、講談社第一事業戦略部長兼現代ビジネスGMの瀬尾傑氏、ハフィントンポスト日本版編集長の高橋浩祐氏、NewsPicks編集長の佐々木紀彦氏、Wedge編集長の大江紀洋氏が参加。安倍編集長がモデレーターを務め、ネットメディアの今と今後の見通しについて迫った。

まず、2015年を「大きな変革の年だった。」と、講談社の瀬尾氏。70年ぶりに社内から「編集局」が廃止され、編集系のセクションはコンテンツ毎に細分化された。書籍や雑誌の編集作業だけでなく、どのように読者に届けるか、その戦略や関連事業などを一つの部署が手がける流れは、既存の出版システムを変えるもので、その背景にはネットの発達など環境の変化が大いに関係している。

一方、ハフィントンポストの高橋氏は、この1年を振り返って「LGBTや新国立競技場問題などを市民目線で報道し、リベラルメディアとしてキャラが立ってきた。」と自信をのぞかせた。

そうした中、NewsPicksの佐々木氏は、今年の動きとして、「伝統メディアから優秀な人材がネットに出始めている」と語った。日本版BuzzFeedの創刊編集長に朝日新聞の元記者・古田大輔氏が就任すると報じられたことも記憶に新しい。

ディスカッションの中で各氏が言及したのが、ネット記事の「質」の向上についてだ。Wedgeの大江氏は、紙媒体の雑誌Wedgeとは違うパワーをWebマガジン "WEDGE Infinity"から感じるとする一方で、「ステマ、コピペだらけのネット記事の中で、どこに良い情報があるのか、それを見つけることに時間をかけられるだろうか?」と疑問を呈した。これからのネットメディアは、現場取材や編集にどれだけお金をかけていけるかという点も重要だとした。

講談社の瀬尾氏も、記事の質を高めることを念頭に、現代ビジネスで1日に公開する記事を去年の半数ほどに減らしたことを明かした。本数は減っても質の高い記事でPVは伸びている。「目の前のニュースを追いかけるのではなく、もっと深いところを掘っていく。」と方針を語った。

ハフィントンポストの高橋氏も、既存メディアでは「視聴率が取れない、遠くの出来事だ。」としてあまり報じられない国際ニュースを伝える意義を強調した。ネットワークを活かし、ヨーロッパや中東版と記事交換し翻訳することで、例えば先のパリでのテロに関しては、発生から5日間でハフポスト全15カ国版で150本以上の翻訳記事を掲載したという。

記事の質に関しては、安倍編集長も、「原発の現状について新聞を見てもほとんど分からない。軽減税率についても、本質的な議論にはならない。そしてテレビ、特に地上波では放送後の反響を考えると、危なくて取り上げられない話題も多い。」と既存メディアの問題点を指摘。「ネットでは冒険できる。」と改めてネットメディアの可能性を強調した。

そして、ネットメディアが抱える一番の課題とも言える「マネタイズ」についても議論された。

NewsPicksの佐々木氏は、「有料だからこそ、コミュニティが出来る」として課金することで記事の質も上がるとした。有料課金とブランディング広告という形は、スマホでの時代でも持続可能だとした。加えて新しいビジネスモデルとしてイギリスのThe Guardianのメンバーシップ制を紹介。Friend、Partner、Patronと3段階に分けて、読者が料金を支払い、媒体を支える仕組みを作っているという。

一方、無料配信のハフィントンポストの高橋氏は、セールス部門の新設を報告し、「だんだん広告もネットに寄ってきている。」との実感を示した。「去年は仕事の7割が広告営業関連だったが、編集の仕事に傾注できている。」とした。

またこれからのネットメディアの形として、「動画」の積極的な活用を進める声も各氏から上がった。

講談社の瀬尾氏は、記事に加えてインタビュー動画を公開することで、「インタビュー記事は発言を勝手に切り貼りしたもの」と批判されがちな既存メディアの弱点を「デジタルメディアだからこそ解消できる。」とした。

最後に、今後の展開について聞くと、講談社の瀬尾氏は、雑誌「COURRiER Japon (クーリエ・ジャポン)」を完全デジタル化するという新しい挑戦を成功させることをあげた。

ハフィントンポストの高橋氏は、若者対策としてモバイル戦略の強化をあげる一方、調査報道などクオリティージャーナリズムへの挑戦にも力を込めた。

NewsPicksの佐々木氏は、東京の文化は東海岸(銀座・丸の内方面)と西海岸(渋谷・恵比寿方面)に分かれているとし、ネットメディアへの感度は西海岸の人々の方が高いと分析。今後は東海岸への進出にも力を入れたいとした。

Wedgeの大江氏は、「ノイジーなマイノリティに様々な政策が歪められている。知的な人々が考えられる場を提供したい。」と、ネットメディアとしての存在感を強めたい考えだ。

パネルディスカッションの後の質疑応答では、会場から、ネットリンチやWEB上での言葉遣いなど、ネットメディアの問題点についても議論された。創成期の今、ネットメディアは様々な課題を抱えているのは確かだが、この日集まったパネリストたちは、質の高いジャーナリズムで世の中を動かしたいとの気概に溢れていた。2016年のネットメディアの動向に注目すると共に、創刊から丸2年を迎えたJapan In-depthもさらなる飛躍を遂げたい。

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