脳しんとうは、スポーツをする人全員が知っておかなければならない大変危険な症状だ

頭を強打した者がいたら必ずその場で競技を中断して状態を確認し、脳震盪の疑いが少しでもあれば必ず病院に連れて行きCT検査を受けさせる必要がある。
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「脳震盪(のうしんとう)」という言葉は広く知られているが、いざ目の前で脳震盪を起こした人がいたとき、適切な対応をとれる人はどれくらいいるだろうか。そもそも何をもって「脳震盪」を起こしたと判断するのか。そう考えると「脳震盪」という障害は、意外と知られていない障害であると言えるかもしれない。大学剣道における事故を題材として、学生の視点から脳震盪への対応を考えてみる。

平成26年11月23日(日)、東京武道館において第60回関東学生剣道新人戦大会が行われた。各大学の1・2年生によって激しい熱戦が繰り広げられる中、私が所属する東京大学の試合の先鋒戦で事故が起きた。東大の先鋒が相手の体当たりを押し返したとき、押し返す部位が胸の上半分あたりだったため、相手の先鋒は腰を回転軸にする形で体が後方へ勢いよく倒れ、後頭部を床へ強く打ち付けてしまったのだ。彼は意識はあったもののうずくまったまま、起き上がることができなかった。それほど激しく押し倒されたわけではなかったが、頭の打ち所がかなり悪かったようだ。事態の深刻さを察した審判は、うずくまっている先鋒の防具をはずし、安静にさせ、本部に救護の要請をした。救護を待っている間、彼は痙攣を起こした。痙攣は10秒ほど続きおさまったが、彼はぐったりしていた。1分ほど経ったところで、大会本部からすべての試合場の試合を中断するようアナウンスがかかり、試合場を横切って担架が持ち込まれ、負傷した先鋒は救急車まで運ばれていった。

その後ほかの試合場では試合が再開され、空気がやや落ち着いてきたところで、この試合場の試合も再開された。審判の協議の結果、東大の先鋒の行為は、あからさまにかち上げたわけではないため「危険行為」ではないと判断され、先鋒戦は彼の2本勝ちで終わった。次鋒戦からの試合は、両大学とも動きが悪く、重い雰囲気であった。

倒れた先鋒は救急車で病院へ運ばれ、CTスキャンによる検査を受けた。幸い脳に異常は見られなかったが、医師から2か月間は運動を控えるよう指示され、迎えに来た保護者とともに当日帰宅した。

剣道の試合においてしばしば問題になる「危険行為」の一つが「かち上げ」である。面を打った直後の選手は両腕をあげている状態で、さらに踏み込みをした勢いで重心が浮き気味になっているため、その時に相手が胸から上を突き上げると今回のようにあっさりとしかも勢いよく後方に倒れてしまう。後頭部を床に打ち付けることも少なくないのだが、打ち所が悪くなければ、数秒休憩するだけで試合を続行してしまう選手が多い。ちなみに、危険行為をした選手には反則1回が言い渡されるが、今回の場合は突き上げたといえるほどあからさまに突き上げてはおらず、審判も、「かち上げ」には当たらないと判断した。

剣道に限らず、頭部を強打した後にスポーツを継続することは大変危険な行為である。内科医で剣道家でもある越智小枝氏が、先のフィギュアスケートの大会において羽生選手が頭を怪我したのちにも競技を続けたことに関して記事を書いている。

越智小枝 『羽生結弦は本番でまた頭を打ったら致死率50%だった!? スポーツ界全体で脳震盪と競技禁止の厳しいルール作りを!』

越智氏によると、脳震盪を起こしていても意識があることもあり、脳震盪かどうかはCTを取らない限り分からない。さらに、もし脳震盪を起こしている場合、完治しないうちに2度目の脳震盪を起こすと致死率が50%にもなるという。脳震盪は大いに危険視するべき症状であり、強打に限らず強く揺するなどで頭に強い刺激が加わった際には、脳震盪を起こしていることを疑い慎重に対処しなくてはならないのだ。

関東学連の大会を行う際には、顧問医師が必ず1人以上本部に待機している。今回、全試合場の試合を中断するなどの判断はこの顧問医師と大会委員長による判断であった。武道館職員との連携や担架の移動を考慮して全試合場の試合を止めたこと、早急な対応が取れるように実行委員長が救急車に同乗し状況の把握と報告を行ったことなどは、事故の危険性を踏まえたうえでの適切な判断であったといえる。

今回のケースにおいては、倒れた選手の容態が非常に悪かったためすぐに試合停止となったが、選手にはっきり意識がありその選手が試合の続行を強く望んだ場合にも、脳震盪を起こしている可能性が高ければ医師が説得して試合を中断しなければならない。選手の命に関わる問題だからだ。その大会に学生生活を捧げてきた選手に試合をやめさせる際には当然説得力のある判断が必要になってくるから、規模の大きい大事な大会になるほど専門の医師が待機していることが必要不可欠である。

脳震盪の可能性のある選手が無理に試合を再開しようとすることを防ぐ方法としては、怪我により一方の選手が退場した場合にその試合を引き分けにするということも考えられるかもしれない。しかし、個人戦ではそもそもそれは不可能であり、団体戦で「引き分ければ勝ち」という状態においてそれが起こってしまった場合に「仮病したのではないか」というような憶測が流れてしまう懸念もあるため、やはりルールの変更は難しく、専門医による判断・説得に頼らざるを得ないであろう。越智小枝氏は、選手の棄権を判断する医師への精神的重圧、脳震盪後3週間は試合出場停止というラグビー協会のルールなどを根拠として、剣道を含めた他のスポーツにおいても怪我防止のためのルールの整備の必要性を主張している。越智氏は、医師が選手の棄権を決定する際の重圧を、ルールという客観性を取り入れて回避することを最善としているが、剣道においてもそのようなルールの整備ができるまで、しばらくは専門医の判断に頼ることになる。専門医がいない場合には監督や主将がそれをするわけだが、医師でなくともその場の責任者が下した判断であれば、関係者は皆、それが最善であったと理解するべきである。あとになってその判断についてとやかく言ってはいけない。

脳震盪の危険性は、日常の練習においても十分にありうる。まずは、脳震盪が大変危険な症状であることを、スポーツをする者全員が知っておかなくてはならない。脳震盪の危険性を知っているだけで、対応のはやさが変わってくるだろう。頭を強打した者がいたら必ずその場で競技を中断して状態を確認し、脳震盪の疑いが少しでもあれば必ず病院に連れて行きCT検査を受けさせる必要がある。そうした対応をスムーズに行うためには、具合が悪そうな者がいた場合には見つけた者がすぐ最上級生に知らせるよう確認するなどの通報手順や救急隊誘導経路の確認を、定期的に行わなくてはならない。また最寄りの病院の電話番号を練習場所のどこかに貼っておくなどして通報手段を確保しておくことも必要だ。東大剣道部においても今回の事故をきっかけとして、上記のような、怪我の深刻化を防止するための対応が念入りに行われていくことになるであろう。

そして何より、危険な行為を選手にさせないことが大切である。「強気なプレー」と「乱暴なプレー」は別であり、乱暴なプレーをした選手がいたら、周りの同期や先輩、監督が試合後すぐに諌めることが、勝負で熱くなった選手も乱暴なプレーに走りにくくなるような雰囲気を作ることにつながると考える。

今回先鋒が倒れた側の監督は先鋒の選手に付き添い試合場から退出したが、その際東京大学側を気遣って「責任を感じる必要はないから、集中して試合を続けてください。」と声をかけていった。ラグビーでは試合終了のことを "no side" というが、スポーツにおいては、勝負が終わってからは敵味方の区別はなく、戦った者同士は友である。試合において怪我人が出た際に怪我をした側のチームとさせた側のチームとの間で敵対感情が生まれてしまっては、勝負を通して人の輪を広げるスポーツの良さが、大きく損なわれてしまう。先鋒が倒れたチームの監督の東京大学側に対する気遣いは、今回の事故において私たちが学ぶべき姿勢の一つであろう。

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