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2015年03月13日 08時33分 JST | 更新 2015年05月12日 14時12分 JST

フォーエヴァースペシャル2015-「2015年で消滅」の列車-

JRグループのダイヤ改正が明日(2015年3月14日)実施される。今回のダイヤ改正及び、その前後で消滅する優等列車を取り上げてみよう。

JRグループのダイヤ改正が明日(2015年3月14日)実施される。今回のダイヤ改正及び、その前後で消滅する優等列車を取り上げてみよう。

臨時寝台特急〈あけぼの〉

定期運転時代の寝台特急〈あけぼの〉。

2014年3月15日のダイヤ改正で臨時格下げとなり、2014年度はゴールデンウィーク、夏休みシーズン、年末年始に設定された。当初、B寝台個室ソロと2段式B寝台を連結していたが、年末年始は後者のみとなっていた。

2015年春季は設定がなく、同年1月5日の終点青森到着をもって、「長年の歴史に幕を閉じた」と言い切っていいだろう。寝台特急〈北斗星〉が「最後のブルートレイン廃止」とマスコミが過熱報道していたのに対し、臨時寝台特急〈あけぼの〉については、去就すら注目されてもらえず、静かな幕引きとなった。

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夜行列車2014

臨時寝台特急〈トワイライトエクスプレス〉

大阪―札幌間は航空機利用が一般的なので、"列車の旅"に特化したのが功を奏した。

「日本海の海と北海道の自然を売る」をコンセプトにした豪華列車として、1989年7月21日にデビュー。寝台特急〈北斗星〉以上のハイグレードぶりが特長で、リピーターも多い。

臨時寝台特急〈トワイライトエクスプレス〉は、悪天候による遅延も珍しくない。2015年に入ると、JR東日本管内の大雪の影響で、大幅な遅延で終点大阪に到着したことが大きな話題となり、度々報道された。

札幌行き、大阪行きとも、同年3月12日が最後の旅立ちとなり、翌13日の終点到着をもって、26年の歴史に幕を閉じる。その後は団体用車両として、しばらく残る。

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寝台特急〈北斗星〉

ダイヤ改正後、臨時寝台特急〈カシオペア〉とともに、日本最長距離列車の座につく。

1988年3月13日の青函トンネル開業とともにデビュー。客車は国鉄時代から用意されていたが、当時はA寝台個室ツインDX、2段式B寝台、食堂車の3つのみ。分割民営化後は、金帯に見合うハイグレード志向となり、食堂車の再改装、A寝台個室ロイヤルやB寝台個室ソロなどが改造により登場した。

運転開始当初は1日3往復(定期2往復、臨時1往復)だったが、北海道新幹線工事のため、現在は1往復に減った。客車の老朽化も重なり、2015年3月14日のダイヤ改正で定期運行から撤退。同年4月上旬から8月下旬まで臨時寝台特急〈北斗星〉として運行する。

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特急〈北越〉

北陸本線特急の中では、地味な存在だった〈北越〉。46年の長きにわたり活躍した。

大阪―新潟間の臨時特急として、1969年10月9日に登場。翌1970年には定期化され、2月28日に新潟行き、3月1日に大阪行きの運転をそれぞれ開始。同年1970年3月15日から9月13日まで、万国博(大阪府吹田市の千里丘陵一帯で開催)の観客輸送に備えた。

1973年3月1日のダイヤ改正で、大阪―新潟間1往復増発、併せて金沢―新潟間に1往復設定され、計3往復態勢となる。1978年10月2日のダイヤ改正で、大阪―新潟間の特急列車をエル特急〈雷鳥〉に変更したため、特急〈北越〉は金沢―新潟間の1往復だけ残存した。その後は編入による増発や一部列車のみ運転区間の変更などが行なわれた。

分割民営化後、JR東日本とJR西日本の共同運行となり、のちに前者はデラックス車、後者は国鉄塗装や特急〈かがやき〉用のグレードアップ車が使用され、多彩な陣容だった。

現在は前者のみの運行となり、北陸新幹線金沢延伸に伴い廃止。ダイヤ改正後は特急〈しらゆき〉(新潟―上越妙高間)と北陸新幹線〈はくたか〉(上越妙高―金沢間)の乗継となる。

特急〈はくたか〉

冬季は上越線大雪の影響で、運転区間が長岡―金沢間に変更された日もある。

おもに越後湯沢―金沢間を結ぶ特急として、1997年3月22日に登場。かつては上野―金沢間を結んでいたが、上越新幹線開業時に1度廃止されていた。

当初、この列車はJR西日本、JR東日本、北越急行の共同運行で、車両も681系(JR西日本、北越急行)、485系(JR西日本、JR東日本)を用意した。681系はJR西日本北陸本線で130km/h、北越急行ほくほく線で140km/hで運転し、上越新幹線長岡乗り換えに比べ、約15分の短縮を図った。一方、485系はほくほく線内のみ130km/hを実施した。

681系使用列車のほくほく線内最高速度については、1998年12月8日から150km/h、2002年3月23日から160km/hにそれぞれ引き上げた。同日よりJR西日本はすべて681系の運転に統一されている。

北越急行は、2005年3月1日のダイヤ改正で683系8000番代を投入。JR東日本485系が退いたことで、特急〈はくたか〉はすべて160km/h運転の車両に統一させた。現在、在来線で160km/h運転を行なうのは、特急〈はくたか〉と、京成電鉄の〈スカイライナー〉のみだ。

特急〈はくたか〉は、2015年3月14日のダイヤ改正で、北陸新幹線の列車愛称にコンバートされ、新時代の白い翼がはばたく。

なお、北越急行保有の特急形電車(681系2000番代、683系8000番代)は、JR西日本が買い取る。

■特急〈あやめ〉

特急〈あやめ〉は40年の歴史に幕を閉じる。

東京―鹿島神宮間を結ぶエル特急として、1975年3月10日に登場。183系9両編成グリーン車つき、1日4往復設定された。列車愛称の〈あやめ〉は、水郷に咲き誇るアヤメの花から。茨城県潮来市の花にも指定されている。

エル特急というのは、国鉄が「数自慢、カッキリ発車、いつでも乗れる自由席」を謳い文句に1972年10月2日のダイヤ改正から設定した。〈あやめ〉の場合、「数自慢」については微妙な面があるものの、下り東京発が45分、上り鹿島神宮発が35分というわかりやすさ、9両編成中5両を自由席にあてており、理にかなっていた。

のちに急行〈鹿島〉の特急格上げで5往復となり、運転区間も両国―鹿島神宮間や鹿島神宮発新宿行きの列車を新設した。しかし、利用客の減少で6両編成に短縮、併せてグリーン車の連結をとりやめた。鹿島線内も各駅停車として運行するなど、特急としての格も落ちてしまった。

東京―鹿島神宮間に設定された高速バスの影響もあり、1994年12月3日のダイヤ改正で、ついに1日1往復の運転となってしまい、"「エル特急」という名の冠"を外されてしまった(なお、JR東日本は2002年12月1日より、「エル特急」の呼称を取りやめた)。

現在、特急〈あやめ〉は1日2往復運転、車両もE257系500番代に変わり、居住性が向上した。列車としての役割も、「観光や出張」から「通勤ライナー」に変わっており、特に東京―千葉間の乗車率が非常に高い(自由席特急料金がライナー券と同じ大人510円のため)。

■特急〈スーパーひたち〉〈フレッシュひたち〉

ダイヤ改正で品川発着の常磐線特急は〈ひたち〉が中心となる。

エル特急(現・特急)〈スーパーひたち〉は、1989年3月11日にデビュー。651系の投入と、国内の在来線営業列車では初めて130km/h運転の実施により、上野―水戸間を最速66分で結ばれた。列車愛称の〈スーパーひたち〉は一般公募によるもので、当時は「スーパー」のついた列車が斬新だった。

1997年10月1日より特急〈フレッシュひたち〉が登場。性能面では651系の改良型となるE653系を充当させ、1年後には485系が常磐線特急から撤退し、エル特急〈ひたち〉が消滅した。

現在、特急〈スーパーひたち〉〈フレッシュひたち〉は、一部の列車を除き、E657系10両編成に統一。2015年3月14日のダイヤ改正で、常磐線特急の全車指定席制や、品川発着列車の登場により、列車愛称も見直し、特急〈スーパーひたち〉を「特急〈ひたち〉」、特急〈フレッシュひたち〉を「特急〈ときわ〉」にそれぞれ改称され、30年ぶりに〈ひたち〉〈ときわ〉の"名コンビ"が復活する。

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■〈ホームライナー逗子〉〈おはようライナー逗子〉

四半世紀で消滅。

1990年3月10日のダイヤ改正でデビュー。横須賀線唯一の通勤ライナーで、東京―逗子間を結ぶ。東京発逗子行きは〈ホームライナー逗子〉、逗子発東京行きは〈おはようライナー逗子〉で運転されている。

車両は183系6両編成でスタートし、現在はE257系500番代5両編成に変わっている。ライナー券を払えば必ず坐れるので、現在でも利用客から好評を博す。

廃止後、逗子から東京方面へは普通列車(逗子始発)で代替。しかし、東京から逗子方面はない。

快速・普通列車〈妙高〉

189系の〈妙高〉は急行時代末期にも充当されていた。

信越本線長野―直江津間を結ぶ指定席つきの列車として、1997年10月1日に登場。同日に開業した北陸新幹線(長野新幹線)〈あさま〉に接続した。車両は前日までエル特急〈あさま〉に使用されていた189系で、6両編成に組み直した。

運転開始当初は快速〈信越リレー妙高〉として運転され、下りは1号車(リクライニングシート)、上りは6号車(簡易リクライニングシート)を指定席としたほかは自由席。優等列車ではないので、普通乗車券のみで利用できる。

2002年12月1日から、急行に使われていた〈妙高〉に改称。ほとんどの列車が各駅に停まる普通列車となった。

北陸新幹線長野―金沢間延伸開業により、信越本線長野―直江津間は第3セクター鉄道(しなの鉄道、越後トキめき鉄道)に転換されるため、2015年3月15日のダイヤ改正で廃止が決まった。189系は老朽化が進んでおり、老体に鞭打つ状態で奮闘中だ。

快速〈くびき野〉

ダイヤ改正後も485系の"越後路快速"は、列車愛称なしで運行を継続。

特急〈みのり〉の快速格下げにより、2002年12月1日に登場。車両は引き続き485系が充当された。格下げとはいえ、快適性は変わらない。特に直江津―新潟間の停車駅は、宮内を除き特急〈北越〉と同じ。しかし、所要時間は8分以上の差をつけている。

快速〈くびき野〉は当初4両編成でスタートし、普通乗車券のみで特急形電車に乗車できることから好評となり、のちに2両増結。グリーン車指定席と普通車指定席も連結されたので、特急〈北越〉と遜色のない列車に成長した。

北陸新幹線の延伸開業により、快速〈くびき野〉は13年の歴史に幕を閉じる。ダイヤ改正後は、えちごトキめき鉄道糸魚川―JR東日本新潟間に485系充当の快速(列車愛称なし)が設定される。グリーン車は自由席となり、直江津―新潟間は青春18きっぷでも乗車できる。

○えちごトキめき鉄道糸魚川―JR東日本新潟間の快速

下り:糸魚川759→830直江津831→1033新潟

上り:新潟1735→1940直江津1941→2013糸魚川

快速〈あいづライナー〉

485系の磐越西線快速は、観光・行楽輸送にうってつけの存在。

特急〈あいづ〉〈ホリデーあいづ〉の格下げにより、2003年10月1日に登場。車両は引き続き485系6両編成を充当し、のちにリニューアル編成の投入により、居住性が大幅に向上した。

しかし、485系の老朽化により、2015年3月14日のダイヤ改正で快速は719系4両編成に交代。列車愛称なしで運転が継続される。

なお、同年4月から6月にかけて、719系快速の一部を485系に変更。臨時快速〈あいづ〉として、輸送力増強を図る。

■快速〈くまもとライナー〉

快速〈くまもとライナー〉は、全列車ワンマン運転。

九州新幹線鹿児島ルートが全通した、2011年3月12日のダイヤ改正でデビュー。銀水―八代間を中心に日中時間帯のみ運転した。この列車の登場により、大牟田―熊本間は片道1時間あたり、快速〈くまもとライナー〉1本、普通列車1本とした。

快速〈くまもとライナー〉は、快速運転区間となる荒尾―植木間が"隔駅停車"のせいか、普通列車に比べ5分程度しか短縮されず、速達性に難点があった。

2015年3月14日のダイヤ改正で、全列車を普通列車に格下げ。日中の大牟田―熊本間は片道1時間あたり、普通列車2本(うち1本は田原坂通過)となる。

■快速〈八幡平〉

花輪線大館駅。

急行〈よねしろ〉の快速格下げにより、1985年3月14日のダイヤ改正で登場。引き続き急行形気動車を充当させ、盛岡―大館・弘前間を花輪線経由で運転(距離は田沢湖線経由より短い)。2往復設定された。現在はキハ110系に変わり、本数も盛岡―大館間の1往復に減った。

快速〈八幡平〉は普通列車より約30分早く、速達性も申し分なかったが、2015年3月14日のダイヤ改正で花輪線のダイヤ見直しにより、すべて普通列車の運転となる。

蛇足ながら、急行〈よねしろ〉は1986年11月1日のダイヤ改正で、秋田―鹿角花輪間の列車として復活し、2002年11月30日まで運転された。

(Yahoo!ニュース個人「フォーエヴァースペシャル2015-『2015年で消滅』の列車(優等列車編)-」「フォーエヴァースペシャル2015-『2015年で消滅』の列車(快速、普通列車編)-」より転載。一部修正しています)