アセクシュアルって何? 世の中には性的な関心がない人もいます。

「セックスしないってつまらなくない?」アセクシュアルの私は、何度も聞かれてきました。
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私はアセクシュアル(エイセクシュアル)。

アセクシュアルって何?ってこれまで何度も何度も嫌になるくらい質問されてきました。そのたびに心の中で「あなたには関係ないこと」と言ってたけれど、それを角が立たないようにうまく伝えるのは、なかなか難しい。

だから、「アセクシュアルとは何か」を知らない人のためにわかりやすく質問形式で書こうと思います。

その前に、まずアセクシュアルの定義から。アセクシュアルとは「他の人に対して性的な魅力を感じない」ことです。

その他のセクシュアリティがそうであるように、アセクシュアルの人も、性的魅力を相手にどれくらい感じるかの違いはあり、その違いはアセクシャリティ・スペクトラムと呼ばれる”物差し”で測ります。

「アセクシュアル」の人は、他人に性的魅力を全く感じませんが、アセクシュアルとセクシュアル(性的な魅力を他人に感じる)の中間に位置する「グレイアセクシュアル」の人もいます。アセクシュアルといっても、それぞれに違いがある。みんな違ってみんないい、ですね。

あなたは、誰かが好きなのですか、好きではないのですか?

「誰かを好きにならない人」は、アセクシュアルではなくアロマティックです。このふたつは別です。他人にロマンチックな感情を全く、あるいはほとんど抱かないのがアロマティックです。

恋人がいるの?

いることもあります。

恋人がいるのであれば、相手は、自分に性的興味を抱かないあなたをどうやって好きになるの?

さあ、どうなんでしょう。それは相手の気持ちですから私には何とも言えません。

私が言えるのは、私がどういう人間かは「誰かに対する性的な関心」で決まらないということ。私を決めるのは、私の考え方や性格であり、性的な関心じゃありませんから。

誰かと付き合う時、セックスってすごく大事なものじゃない?セックスのない関係なんてつまらなくないですか?

確かにセックスは大切なもの。アセクシュアルではない人にとっては。

私と付き合う人は「セックスをしたいと思わない人間である」という事実を受け入れてくれない人で限り、私とはうまくいかないでしょう。

どうして自分が”アセクシュアル”だと分かるの?勘違いってことも考えられない?

自分のことですから、自分が一番分かります。セクシュアリティというのは、証明するようなものではありません。

今まであなたのようなアセクシュアルの人に会ったことがありません。それに、アセクシャルについて聞いたこともない。どうしてでしょうか。

会ったことはあるかもしれませんよ。逆になぜ、会ったことがないと分かるのですか? LGBTQIAのAは、アセクシュアル、アロマティックなど。私のようなアセクシュアルの人は、他にもいるからこのAがあるはず。

まだ、セックスをしたいと思える運命の人に出会えていないだけでは?

そう。そうなんです。今まで一番言われたのがこの言葉。

運命の人というのがどんなものか、私が理解していないと思って言っているのかもしれない。だけど私なら高所恐怖症の人に「あなたが好きになれるような、素晴らしい高さの建物に登ったたことがないからだよ」とは言わないけれど。だから「運命の人に出会えてない」という言葉はやめてほしい。

私にとっての運命の人とは、私を理解してくれて、私のセクシュアリティについて決めつけずに、オープンにそして正直に忍耐強く話し合ってくれる人。

中には、私の”災難”を解決する運命の相手は自分だと言ってくれる男の子がいる。かわいいよね。だけどそんなに素晴らしい人だったら、金曜日の夜11時に、アダルトサイトを閉じて出会い系アプリで物色したりしないんじゃないかとも思うけど。

私にとっての運命の人は「あなたを助けに来た」なんて言わない。だって、私はどこかがおかしいわけじゃないから。

つまり...他の人を魅力的だと思わないってこと?

もちろん魅力的だと思います。他の人と同じように、かっこいい人を見たら魅力的だなと思うけれど、性欲は感じません

セックスをする夢は見ないの?

ノー、見ません。他のアセクシュアルの人も見ないかどうかはわからないけれど、私は見ません。映画がいらない部分をカットするように、私の夢でもセックスはカットされます。

セックスについて考えたことはありますか。

周りの人がセックスについて会話をする時や、「他の人はどうしてセックスが好きだろう」と考える時には、セックスについて考えます。

セックスについて話す時は、「人というのはセックスについて良いことしか話さないんだ」ということに気付き、何だか納得できます。

また「私がセックスをしない人間であることは、つらい事実として受け止められている」ことに驚かされます。

ボーイフレンドをみつけるのに苦労していると話して同情されると、どんよりした気持ちになります。

そして、私がアセクシュアルだと知った人は必ずと言っていいほど、私が悲劇的な苦難を抱えている、と言います。そんな時はどうか早く立ち去ってくれと願います。

私は、”普通”の若者でありたい。だけどアセクシュアルだと、そうさせてもらえない。

でもまあ、他のひとたちが空想にふけったり、いちゃいちゃしている間に、自分の好きなことをする時間はある。たとえばこの、おかしなブログを書いたり、アメリカが抱える政治問題について真剣に考えたり。

以上、これがアセクシュアルについて私が伝えたいこと。

興味をもったら、自分でもアセクシュアルについてネットで検索してみて。

それでは良い一日を!

※アセクシュアルは、日本では「恋愛対象や性的欲求がない人」と説明されることもあります。

ハフポストUS版の記事を翻訳しました