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2018年12月29日 12時23分 JST | 更新 2018年12月29日 12時32分 JST

「時代の変化が嵐のように襲ってきた」香港返還直前の中国描いた映画『迫り来る嵐』監督インタビュー

「97年は香港返還の年であると同時に、中国の90年代の終わりの年と言えます」

© 2017 Century Fortune Pictures Corporation Limited
『迫り来る嵐』の1シーン

 2017年の東京国際映画祭で絶賛された中国映画『迫り来る嵐』が1月5日より公開される。

 舞台は1997年の香港返還直前の中国の地方都市。工場の近所で動機不明の猟奇連続殺人が発生し、工場の保安課のユィは捜査に乗り出す。警官になることを目標にしているユィはなんとか犯人を検挙しようと全力で捜査するが、糸口はつかめない。ユィは恋人のイェンズが被害者に似ていることを知り、捜査に利用しようとする。香港に希望を見出すイェンズと、時代の変化を恐れるユィの対比、大量にリストラされる工員、犯人不明の殺人事件が入り乱れて経済成長前夜の中国社会の混沌を描き出した作品だ。

 今やアメリカと張り合う経済大国となった中国だが、急激な経済成長に取り残された人々も多かった。本作はそんな人々の物語でもあり、社会の急激な変化を前にした人々の不安感を見事にあぶり出している。

 本作が長編デビュー作となる、監督のドン・ユエ氏に本作について話を聞いた。

 

97年と2008年は中国の大きなターニングポイントだった

© 2017 Century Fortune Pictures Corporation Limited
『迫り来る嵐』の1シーン

 

――この映画のタイトルに嵐(原題は暴雪=ブリザード)とありますが、この単語にどんな意味を込めたのでしょうか。

ドン・ユエ:この映画で、1997年と2008年を取り上げていますが、2008年は中国でブリザードが多かったのです。それと新しい時代がブリザードのように襲ってくるという2つの意味を込めています。

 

――97年から2008年の中国社会の変化はブリザードのようだった、ということですか。

ドン・ユエ:映画で描いた10年間というより、97年と2008年が中国にとって大きなターニングポイントでした。その時の変化がそのように感じられたということです。嵐は映画の中で象徴的な存在です。作中、ラジオ放送で繰り返し嵐について放送されますが、ラジオという生活の道具の中で庶民の中にも大きな変化が訪れたことを表現しようと思いました。

 

――97の香港返還に対して、中国の市井の人々がどう感じていたのかが描かれた作品だと思います。監督は当時、香港返還に対して何を感じていましたか。

ドン・ユエ:私も含めて中国の内地の人間にとって、香港はとても遠い場所でした。高度な資本主義と物質主義の土地というイメージが強かったですね。

© 2017 Century Fortune Pictures Corporation Limited
主人公のユィ(右)とイェンズ(左)

 

 映画では、香港返還に対して2人のキャラクターが異なる捉え方をしています。一つは主人公のユィのように今までにない経済システムに変わっていくことに対する不安です。彼は既存の体制の中で、裕福ではありませんがそれなりに安定した生活をしています。対してイェンズは、流れ者であるがゆえに新しい土地に行けることを夢見ています。彼女にとって香港は希望の土地なのです。

 97年は香港返還の年であると同時に、中国の90年代の終わりの年と言えます。それまでの経済体制がガラリと変わりました。香港の人にとっても97年は大きな節目でしたが、内地の人間にとってもそれはとても大きな変化だったのです。そしてその変化はユィのような人にとっては良いこととは限らなかったんです。

 

格差が生まれ始めた90年代

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映画の主舞台の製鉄工場とそれを眺める工員たち

 

――では監督にとって90年代はどんな時代だったのでしょうか。

ドン・ユエ:90年代は変化の前夜といった雰囲気でした。97年に大きな変化が襲ってくるので、全てがそこに向かって動いているような時代でした。中国は社会主義国ですから、生活レベルは皆同じだと思っていたところを、80年代から少しずつ階層が生じて、97年以降その階層は一層大きなものとなっていきました。

 今、中国で富裕層になっている人々が台頭してきたのが90年代です。彼らは時代の変化に上手く乗って成功した人たちです。その一方、その変化に乗り遅れた人たちもいたのです。負け組として変化に取り残された人たちもたくさんいたんです。

 

――作中で、工場をリストラされた大量の人々が工場の正門から去るシーンがあります。彼らが取り残された人々なのですね。

ドン・ユエ:はい。工場の正門は格差の象徴です。工場から出ていかざるをえない人々と、中にとどまれる人たち。その扉を挟んで格差による分断が始まったことを象徴しています。いつの間にか、扉の内側と外側に人が分けられ格差が生まれていたのです。

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主人公の務める工場の正門

 

――工場に残れた人たちはある種、あの時代の勝ち組なのですね。しかし、あの工場も映画の中では2008年にショッピングモールに変わっています。

ドン・ユエ:はい。2008年には工場もすでに時代遅れになり、新しい勝ち組が生まれたのです。効率の良いものがどんどん勝者となり、古いものはすごい勢いで淘汰される時代です。わずか10年で勝ち組と負け組みが劇的に入れ替わってしまったんです。

 

社会不安と猟奇殺人

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『迫り来る嵐』の1シーン

 

――中国激動の時代を描くために、殺人事件を題材にしたのはなぜですか。

ドン・ユエ:調べてみると、97年は中国で猟奇的な殺人事件がとても多かったのです。これは私の考えですが、そうした事件がたくさん起こった背景には、時代の大きな変化による環境的な要因があったのではと考えています。

 

――それは時代の急激な変化で先行きが不透明になり、人々の間に不安が蔓延したということでしょうか。

ドン・ユエ:そうです。時代の急速な変化についていけるか不安に感じていた人はたくさんいたと思います。そういう不安感も猟奇的な殺人事件が頻発する要因の一つなのではと私は考えました。その因果関係を証明することはできませんが、私は映画作家としての想像力とリサーチの結果、そういう仮説を持って今回の映画作りに臨みました。こういう想像力を働かせることができるのが映画の素晴らしい点だと思っていますから。

 

――この物語のモデルになった事件はあるのですか。

ドン・ユエ:モデルとは言えませんが、ある連続殺人事件を参考に脚本を作り上げました。何の偶然か、この事件は長い間未解決だったのですが、この映画のクランクイン直前に解決したんです。2016年8月に主演のドアン・イーホンに初めて会ったんですが、まさにその日に犯人が逮捕されたんです。奇妙な因縁を感じましたね。

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主演のドアン・イーホン

 

――すごいですね。でもそういう偶然を引き寄せる作品は力のある作品だと思います。

ドン・ユエ:ドアン・イーホンとも、もしかして犯人は死んでいるかもね、なんて話をしていたんですが、まさかその日に解決してしまうなんて思いませんでした(笑)。

 

――今は2018年で、映画のラストの2008年からさらに10年の月日が流れています。この10年の中国の変化を監督はどう感じていますか。

ドン・ユエ:取り残されてしまった気分です。10年前は想像もしなかった変化が起きていますね。スマホの普及やWeChat Payなんてものがでてきて、それが当たり前の世の中になるなんて思ってもみませんでした。私にもこの10年の変化は何がなんだかわかりません(笑)。