「1対1の人間関係づくりに情熱を」アイスタイルが中国市場にアジャストできた理由

中国の化粧品市場の参入に成功し、業績を伸ばしているのが、日本でも名の知れたコスメ・美容の総合サイト「@cosme」を運営するアイスタイルグループである。

中国の化粧品市場は、近年爆発的に伸びている。しかし、法規制が厳しい背景や、ローカルルールが根強い影響もあり、海外企業の進出はなかなか成功しにくい。

そんな中国の化粧品市場の参入に成功し、業績を伸ばしているのが、日本でも名の知れたコスメ・美容の総合サイト「@cosme」を運営するアイスタイルグループである。巨大な資本を持つ外資系企業でも撤退を余儀なくされることの多い中、アイスタイルはどのようなプロセスで、中国のビジネス文化にアジャストしていったのだろうか。アイスタイル現地法人、istyle China Co., Limited、istyle Global (Hong Kong) Co., Limitedの代表取締役である吉田直史氏に詳しく話を伺った。

吉田直史氏 北京大学EMBA修了。大手総合印刷会社を経て、アイスタイルに入社。新規事業立ち上げや営業部長を務め、東証マザーズ上場に貢献した後、単身で中国事業を立ち上げ、2012年8月にistyle Chinaを設立し、総経理として赴任。申請代行事業やTV番組事業の立ち上げ等を行い、2年に渡り、中国TV番組の総合プロデューサーを務める。2014年より、越境EC事業に参入し、「T-MALL」や「JUMEI」など、独自で数十の大手現地パートナーを開拓し、日本化粧品の中国でのシェア拡大に注力している。

中国メディアを全国行脚、3年をかけて参入に成功

吉田さんが中国進出を検討したきっかけは、ある化粧品会社からの要望だった。

「中国で自社商品が不正にかつ多量に流通している。止める術がないなら、いっそ正式に進出したい。とはいえ、正規品を販売する手続きに手間がかかるので良いルートを開拓してほしい」。

正規品を使ってもらいたいメーカーのニーズと、質の高い日本商品を使いたい中国消費者のニーズは一致している。現地リサーチを重ねた上でこう判断した吉田さんは、中国で正規品を販売するための煩雑な手続きを一括で代行することで、日本メーカーの中国進出を円滑にサポートしようと決心。北京の政府機関などとのやりとりを通じて、新規ルート開拓に成功した。

しかし、結果から言えば、この事業はうまくいかなかった。この頃、尖閣諸島問題などを通じて日中関係が悪化した事で、目まぐるしい法改正が繰り返され、ライセンス認証の担当者が不用意に何度も代わり、そのたびに申請が滞った。その一方で2013年を境に越境ECが徐々に解禁されていったことで、中国国内にいながら海外商品が容易に購入できるようになった。そのため、ライセンス認証が中国進出の壁になることは次第になくなっていった。

「最初のライセンス取得のビジネスが成功したとは言えないかもしれませんが、その頃から中国の政府機関とやりとりできたことは、中国市場に展開する上でどうすれば生き残れるかを考えるきっかけになりましたし、中国ビジネスをする上での肌感覚が養われたように思います」と吉田さんは当時を振り返る。

成果の思わしくないライセンス代行の次に着手したのは、中国国内における@cosmeを活用したメディアコンテンツ事業だ。吉田さんはTV、動画サイト、検索エンジン、女性系ポータルサイトなど、さまざまな中国メディアの運営元を北京・上海・広州・長沙と全国行脚し、「一緒に美容系コンテンツを作りませんか?」と提案して回った。この提案の狙いを、吉田さんは次のように語った。

「振り返ってみると、中国市場で外資系企業が自力で勝ち残っていった事例って少ないんですよね。とりわけ、日系IT企業が成功しているケースは聞いたことが無い。こうした過去の分析から“中国企業と組まないとまず勝てない”と思ったんです。現地の企業と一緒に、現地に根付くメディア作りをしなければ……という意識を、常に持っていました」

30社以上への体当たりの交渉の末に、「生活時尚チャンネル」というテレビ局と「Youku」という動画共有サイトとのパートナー契約が成立した。テレビ局とは@cosmeで人気の化粧品や美容ノウハウを紹介する番組を共同制作し、2013年6月から放送がスタート。テレビで放映された番組は動画共有サイトでも無料で公開され、広告収益はもとより、@cosmeの知名度を飛躍的に伸ばすきっかけとなった。

2013年6月に、「生活時尚チャンネル」と「Youku」というパートナーと3社合作で、 「淘最可思美~タオズイコスメ~」という美容情報バラエティ番組を放映開始

こうした取り組みが、様々な事業の広がりや人の繋がりを生み、2015年2月には中国最大のオンライン・ショッピングサイト「聚美优品(JUMEI)」と販売業務提携を実施。さらに、アリババグループが運営するBtoCオンラインショッピングモール「天猫(Tmall)」の国際サイト「天猫国際(Tmall Global)」内に化粧品専門店「@cosme官方海外旗艦店」もオープンさせた。事業連携パートナー数は現在数十に及び、中国における事業展開がスピーディーに進んでいるといえる。

BtoCオンラインショッピングモール「天猫(Tmall)」の国際サイト、「天猫国際(Tmall Global)」へ化粧品専門店「@cosme官方海外旗艦店」を3月にグランドオープンさせた

足で稼いで知った中国マーケット事情

吉田さんに“中国マーケットの特徴”について伺うと、「実際に足を運んでみないとわからないことばかりだった」と話す。

「まず、想像以上に物流が発達していることに驚きました。ネット通販で商品を注文すると、早ければ半日で届くんですよ。あと、スマートフォンのシェアが圧倒的に高くて、若者はほぼ皆スマートフォンを持っていることも印象的でした」

中国政府が情報統制をしていることもあって、海外から中国国内の情勢を正確に把握することは難しい。吉田さんも現地で消費者へのリサーチを行うたびに、新しい発見があったそうだ。

「中国って、女性の購買意欲がとても高いんですよ。中には、自分の月給以上の化粧品を毎月購入している人も結構いて。どうしてそんなにお金を使えるのかを調べてみると、親や旦那、彼氏を頼って、自分の給与水準より高い生活をしている女性層が多いことがわかったんです。そして、彼女たちが化粧品EC市場の爆発的な成長を後押ししていたんですね。

最近では、中国の地方都市に住んでいる女性のEC購入が伸びていることにも注目しています。これまでは北京や上海などの大都市圏に在住する女性の購買が圧倒的に多かった。地方都市での購買が目立つようになったのは、それだけ中国内の美容意識が高まっているということ。そして、地方都市では、化粧品を買えるリアル店舗が少ない。またITやスマホの普及によって情報格差が無くなってきている。これらを加味すると、化粧品ECは今後も伸び続けるのではないかと見込んでいます。

こうした現状は、GDPや所得調査など“国外からアクセスできるデータ”だけでは到底伺い知ることはできません。中国でビジネスを始めるならば、簡単に手に入る情報だけで判断せずに、実際に足を動かして情報を集めることが重要になると思います」

諦め文句「TIC(This is China)」を言っても前進しない

現在はアイスタイルの現地法人で代表取締役を務めている吉田さん。日本とは大きく環境の異なる地での会社経営には、どんな苦労があるのだろうか。

「中国は人材の流動が激しいので、優秀な人材の確保に苦労します。従業員から給与や仕事内容について交渉されることは頻繁にありますよ。現地社員は常にトップや会社の動向をよく観察していて、それによって企業の先行きを判断しています。特にIT業界は人の移り変わりが早く、よりよい職場環境が見つかればすぐに転職してしまうので、彼らを留まらせるためには“この会社がいかに伸び、個人の成長につながり、収入増にもつながるか”を伝える必要がある。そのためには会社のトップが熱を持って対峙し、行動するしかないと思っています。」

国が異なれば、文化も違う――当たり前のことだが、とりわけ中国という国においては、他国の人間からは理解しがたいことが多いらしい。中国で働く欧米ビジネスマンの間では「TIC(This is China)」という言葉が嘲笑の意味を込めてよく使われるそうだ。「こんなことが起こるなんて信じられない。

でもここは中国であり中国人が相手なんだ。しょうがない」。このように理解を放棄してしまうことに対して、吉田さんは疑問を呈した。 「確かに中国でのビジネスでは、何が起こるかわからない。時には理不尽な対応をされることもあると思います。けれども、そこで相手との繋がりを断絶してしまっては、前に進むことはできません。“原因があるから今の結果がある”と現実を受け止めて、冷静に、前向きに対処していくしかないんですよね。この国で外からやってきた人間が商売をするためには、辛抱強くコミュニケーションを重ね、“相手が何を大切にしているか”を理解することが重要です。一つ一つの事象に過敏になり過ぎると、ノイローゼになってしまうと思います(苦笑)」

メンツを重んじる中国ビジネスで実践したこと

中国人が大切にしている慣習の中で、とりわけビジネス上に影響してくるのが「メンツ文化」だ。中国では単純なビジネス上の関係よりも、個人的な信頼関係を重んじる傾向にある。吉田さんはこの「メンツ文化」の重要性を肌で感じたことで、その後の振る舞いが大きく変わったと話す。

「事業展開して間もないころ、とある大手企業に事業提携を申し入れたんです。当時はこちらも無名であったので冷たくあしらわれ、破格の条件を突きつけられて泣く泣く帰路につきました。

後日、ひょんな縁からこの企業を束ねるホールディング企業の副総裁と会食する機会を得たのですが、その場で先方がプライベートの悩みを漏らす場面がありました。周りの方はやんわりと受け流していたんですが、私はその相談に真剣に乗って、知人の助力を借りながら、問題の解決に協力したんです。『ここで助けたら……』なんて下心がなかったとは言えませんが(笑)、話を伺って純粋に自分が力になれるなと感じたので。

それからの展開は目まぐるしいものでした。なしのつぶてだったグループ子会社との交渉が突如再開され、急転直下に話が進み、最終的には好条件で契約を結ぶことができたんです。

もちろん、これだけで『メンツ文化』が中国特有の商習慣だと断定することはできませんし、“メンツが全て”ということはありません。ただ、個人的な信頼関係の構築によって突破できる壁がある……ということは、この出来事から得た大きな学びでした」

中国人を好きになることからビジネスは始まる

「これから中国でビジネスをしようとしている人たちは何に留意すべきか」と尋ねると、吉田さんは“郷に入っては郷に従え”に尽きる、と言った。

「現実を直視し、中国での常識をありのまま受け入れること――そこから真摯な気持ちで始めなければ、現地の人たちには到底受け入れてもらえません。中国ではメンツ文化を始め、“外人(≒他人、縁のない人)”と“自家人(≒身内、親しい関係の人)”を明確に区別する習性がある。挨拶の仕方や飲食のマナーなど、日本とは異なる価値観がたくさん存在します。それらを自分の頭だけではなく、体にも徹底的に叩きこんでいくことが、彼らとよい仕事をするための第一歩だと思います。まずは中国人のことを知って、それから好きになって、その上で彼らと仲良くなるのが正しいプロセスだと感じています」

1人と仲良くなることができるようになれたら、あとは「その人づてにどんどんネットワークが広げられる」と吉田さんは続ける。

「私も、とある中国の上場企業の経営トップと信頼関係を築けてから、驚くようにビジネスが前に進むようになりました。その方の友人ということで、他の会社の重役とも簡単に繋がれるようになりましたし、“○○さんの友人”というお墨付きがあることで、初対面からとても懇意にして頂けるんですよ。

中国では現場の人といくら仲良くなっても、最終的な決定権が上にあることがほとんどなので、上から押さえなければ話がうまく進まないんです。だから、会社の経営層と個人的な信頼関係で繋がることは、そのままビジネスでも大きなプラスに繋がる。今では上場しているIT系のトップ企業の役員さんとは、ほとんど交友させて頂いています(笑)」

大きな商談はチャットで決まる

そして意外なことに、吉田さんは大企業の役員の方々と日頃から“チャット”でやりとりをしているそうだ。

「中国では『WeChat』、『QQ』というLINEのような無料メッセンジャーアプリがよく使われているんですが、私はこれで日々チャットを重ねることで、トップ企業の偉い方々と仲良くなりましたね。私は最低限の礼儀として“通訳を付けずに1対1で不自由ないコミュニケーションが取れること”を目標にしてきたので、チャットでのやり取りは中国語の会話練習にもちょうどよかったんです。最近では大きな商談がチャット上で決まることがほとんどです(笑)。

中国の商慣習には細かく気を使うべき点がいろいろとありますが、総じて言うと“自社より自分を売り込む”という視点が一番のポイントになってくると感じます。日本人的な価値観で言うと、生意気に聞こえるかもしれませんが、中国では“目の前の個人がどれだけ自分に利益をもたらせてくれるか?”という視点で見られることが多いので、個人の信頼関係がビジネスに直結する。それが中国ビジネスにおける1つの定石です」

素晴らしい日本の美容文化を中国で広めたい

最後に、今後の中国市場の動向予測と自社の展望について聞いてみた。

「先ほども言及しましたが、メーカー間の価格競争も活発であることも含め、中国のスマートフォン市場はまだまだ伸び続けると見込んでいます。これに比例して、EC市場もしばらくは成長し続けるでしょう。

こうした背景を踏まえつつ、アイスタイル中国展開のキーは現地企業や日本の化粧品メーカー各社との連携をさらに強めていきながら、自社独自展開も視野に入れ、いくつかのビジネス構想を具現化することにあります。もちろん、昨年末から開始した越境ECの展開も加速していきます。企業との連携に関しては、現地ニーズに寄り添えるような企画をどんどん提案していきたいですね。

“素晴らしい日本の化粧品・美容文化を中国で広めていく。また、中国美容業界の発展に貢献し、一人でも多くの中国女性に綺麗に、美しくなってもらいたい”をミッションに、我々が介在することで価値提供し、現地で末永く愛される会社に育てたい。そう思っています」

(2015年7月21日「HRナビ」より転載)

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