日本アニメは大丈夫なの? -- いくつかのアニメ書評

初の連続テレビアニメ「鉄腕アトム」からちょうど半世紀になります。宮崎駿監督が「風立ちぬ」を最後に長編アニメからの引退を表明しました。10月の放送から「サザエさん」はセル画が姿を消し、デジタル制作に完全移行しました。アニメは半世紀を経て、新世代に移ろうとしています。

初の連続テレビアニメ「鉄腕アトム」からちょうど半世紀になります。宮崎駿監督が「風立ちぬ」を最後に長編アニメからの引退を表明しました。10月の放送から「サザエさん」はセル画が姿を消し、デジタル制作に完全移行しました。アニメは半世紀を経て、新世代に移ろうとしています。

宮崎駿作品「千と千尋の神隠し」がベルリン映画祭でアニメ初のグランプリを獲得したのが2002年。以後10年、日本アニメは世界の脚光を浴び、政府もポップカルチャーをソフトパワーの源ととらえ、熱心に支援するようになりました。

パリのジャパンエキスポには20万人のファンが殺到し、バルセロナのサロン・デル・マンガには6万人、ボルチモアのOTAKONには3万人が集まります。フランクフルト大学の日本学科には教授が2名なのに500名もの学生が入学するといいます。

日本ポップカルチャーのファンが世界に広がっている状況は、櫻井孝昌著「日本が好きすぎる中国人女子」に描かれています。世界での日本語学習者数は1998年の210万人から2009年の365万人へと急増し、その最大の理由がアニメ・マンガにある、としています。

しかし、ポップカルチャー人気に対して、ビジネスは厳しい。板越ジョージ「結局、日本のアニメ、マンガは儲かっているのか?」は、アニメなどコンテンツ産業の苦境に警鐘を鳴らします。マーケティング戦略を欠き、海外市場での人気が収益につながっていないというのです。文化経済でのナショナリズムも台頭し、各国が日本アニメの締め出しに動いている懸念も表明されています。

Tokyo Crazy Kawaii Parisの際、ぼくもパリのアニメ関係者から同じような話を聞きました。かつてフランスの地上波を席巻し、ドラゴンボールやセーラームーンが社会問題になっていた状況は失せ、地上波から日本アニメはほぼ締め出されているそうです。

こうした事態に対し、政府・知的財産戦略本部はコンテンツ産業の強化策を論じています。そこでは人材育成と海外展開策が柱とされていますが、本書はビジネスの視点からこれに呼応し、プロデューサーの育成とネット対応の強化を提案しています。

さらに本書は、日本企業が複合企業化することを求め、ディズニーやワーナーを例に挙げます。ただ、それ以上にぼくが重要だと思うのは、アップル、グーグル、アマゾンといったネットを席巻しているモデル。アップルがスマホやタブレットという端末と、iTunesというソフト流通機構を押さえているように、いずれもハードとソフトを一体として提供する形態です。

かつて任天堂のファミコンもソニーのウォークマンも、他の家電メーカーも、コンテンツとの結合ないし蜜月によって世界展開を果たしました。それを今いちど思い起こし、複合モデルを構築したい。

それは、エンタテイメントと機器の結合に止まらず、より広い範囲の融合を促すものです。

古賀義章「飛雄馬、インドの星になれ!」は、インド版「巨人の星」をプロデュースしたお話。野球をクリケットに置き換え、涙ぐましいローカライズを遂行したうえ、スズキ自動車、ダイキン工業、ANAなどのスポンサーをアニメに登場させるプロモーションを盛り込みます。こうしたコンテンツを先兵に据えた融合策。

アニメや音楽と、ファッション、日本食、観光といった他業種の協業によって、大きなビジネスを設計しようというアイディアです。K-Pop音楽や韓流ドラマと、家電や自動車との連携を後押しする韓国政府のアプローチです。日本政府もこのところクールジャパン政策と称して、こうした複合的な連携を促しています。

なお、アニメ業界の歴史と現状をデータとともに俯瞰するには、まずは増田弘道「もっとわかるアニメビジネス」を手に取ることをオススメします。

海外でアニメを学術として扱う動きも活発になってきました。日本のアニメが研究の対象と認められるようになったのもこの10年ほどのことです。以前から日本ではマンガ研究が盛んでしたが、海外ではマンガよりもアニメの方がアクセスしやすいため、研究が厚くなったといいます。

その分野も、当初は子どもへの影響を中心に論じられていたものが文化論、映像理論、そして国際政治論へと拡張しています。トーマス・ラマール著の大作「アニメ・マシーン」では、アニメ技術を軸とするメディア論がガタリやドゥルーズの思想を下敷きに展開されます。日本のアニメを西洋に対峙する特殊な文化ではなく、普遍的な表現として扱う点は、この研究領域の成熟を示していると言えるでしょう。

もちろん日本でも、マンガ研究を追う形で本格化しています。小山昌宏・須川亜紀子編著「アニメ研究入門」によれば、今や50を超える大学でアニメに関する教育や研究が行われており、文化と産業にわたる幅広い議論が見られるそうです。

例えば小森健太朗著「神、さもなくば残念。」は、2000年代以降の深夜アニメを主体にした本格研究です。「萌え」という現象をフッサールの思想を基に読み解くなど、哲学や社会学の方法論を生かして理論化すると同時に、文芸や映画の評論のように個別の作品を掘り下げるという、その挑戦的な批評スタイルは、アニメ研究も新しい次元を迎えることを予期させます。

海外から注目されて10年、いよいよ成熟し、産業面・文化面ともに重要度を増すアニメ。半世紀の節目に世代が切り替わるアニメ。その進化の方向が注目されます。

(※本稿は日本経済新聞10月20日「今を読み解く」への寄稿を大幅改訂・追記したものです。)

(2014年1月9日「中村伊知哉ブログ」より転載)

小学館ビルのロビーに描かれた「落書き」

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