参議院選挙に向け「雇用」についての国民的議論を期待する

言うまでもないが、「雇用」は日本経済成長の原動力であると共に、社会保障と個人生活の根幹をなすものである。ついては、今回の参議院選挙での政権与党自民党の大勝とそれに伴い安倍現政権の長期化が予想される状況下、日本のあるべき「雇用」について広範な国民的議論がなされ、今後の雇用政策に反映されるべきと考える。

自民党の圧勝に終わった先月の東京都議選に引き続き今月21日に第23回参議院選挙が行われる。

一方、ユニクロと並び「ブラック企業」の代名詞となっている外食チェーン・ワタミの会長、渡邊美樹氏が自民党の公認候補として参議院選挙に出馬する事を公表した。結果、「ブラック企業」の存在そのものを容認しない多くの日本国民がこれに対し眉をひそめた。

言うまでもないが、「雇用」は日本経済成長の原動力であると共に、社会保障と個人生活の根幹をなすものである。ついては、今回の参議院選挙での政権与党自民党の大勝とそれに伴い安倍現政権の長期化が予想される状況下、日本のあるべき「雇用」について広範な国民的議論がなされ、今後の雇用政策に反映されるべきと考える。ついては、その叩き台として「雇用」の背景について検討してみる事にしたものである。

☆ 国民は一体今何を望んでいるのか?

些か旧聞に属するのかも知れないが、この朝日新聞デジタルの記事が明確に伝えている。

参院選で投票先を決める時に、重視する政策を10ある選択肢からいくつでも選んでもらったところ、「景気・雇用」が76%と圧倒的に多く、「社会保障・福祉」が60%で続いた。「消費税増税」は23%、「憲法」は21%、「TPP(環太平洋経済連携協定)」は18%と少なかった。

このほか、「教育・子育て」は39%、「震災復興」は38%、「財政再建」は34%、「外交・安全保障」は33%、「原子力発電・エネルギー」は30%だった。

朝日新聞デジタル「参院選、「景気・雇用」重視76% 朝日新聞社世論調査」より。2013/06/25 23:01)

国民の声を忖度し、今少し具体的に解説してみたい。現役世代は何よりも今の職場に勤め続ける事を望んでいる。そして、子供達を育て上げ、出来れば大学まで出してやりたいと願っている。更には定年までに住宅ローンを完済する事。年金に多くは期待出来ないので、老後に備え貯金したいとも思っている。そのためには、今の勤め先が経営破綻に陥っては困る。子供達についても出来れば安定した大企業に「正社員」として就職して欲しいと願っている。それが、好景気を希望する背景である。政治が国民の声に耳を傾け、出来る限りこれに答える様に努力すべきは当然の話である。

☆ 政府は企業を支配出来るのか?

選挙が近づくと必然的に色々と面白い現象を観る事になる。「ポピュリズム」が「政策」として有権者に具体的に提示されるからである。今日を面白いなと思ったのは、田村憲久厚労相の「全所得層で上昇を」という余りに直接的な発言である。

共産主義国であれば政府は国営企業に対し「解雇規制」の徹底を厳命する事や「最低賃金」引き上げを指示する事が可能である。しかしながら、資本主義システムにがっちり組み込まれた日本において話はそう簡単にはいかない。

仮に、政府が強権を以て民間企業に「最低賃金」引き上げを求めたらどういう結果になるだろうか? 既にアジアでのサプライチェーン構築に一定の成功を収めた製造業であれば海外移転を前倒しで実行する事になる。ついでに、法人税率が日本の半分以下のシンガポールに本社も移転する可能性もあるだろう。一方、海外移転が簡単ではないサービス業等は一旦政府の求めに応じ「最低賃金」引き上げを実行する事になる。しかしながら、法に触れないように「サービス残業」を常態化する事で実質賃金の抑制を図ると思う。何の事はない国内企業の「ブラック化」である。

政府による企業の支配が困難な理由は、元々資本主義社会では経済の主役は民間企業であり、政府の関与は極めて限定的であるという原則が大きいと思う。そして、最近の傾向としては企業が「グローバル化」してしまい、政府が企業にとって好ましくない事を強要すれば易々と国境を飛び越えて逃げてしまう、という現象も付け加えるべきであろう。

雇用問題を議論しても堂々巡りを繰り返し、結果、分り易く、すっきりとした結論に至らない理由は、国民が政府の積極的な関与を期待するのは決して間違ってはいないのだが、電波帯域使用許可を伴う「放送」や「通信」それから金融庁のグリップの強い金融セクターの様な「免許事業」の如き例外を除外すれば、企業に対して政府の及ぼす影響が限定的であるという所ではないだろうか?

☆ 企業は誰に指示されて動いているのか?

既に述べた通り、「免許事業」の様な例外を除き政府でない事は確かである。それでは、企業経営者は好き勝手な経営が容認されているのであろうか? 決してそんな事はないと思う。日本ではワンマン経営の代表者の如く称される事の多いユニクロの柳井社長もその例外ではない。ユニクロは株主に対し増収増益を表明している。ユニクロの社員が作りたい商品を気儘に製造し、希望する価格で値付けしていてはとてもではないがそれは無理である。

顧客が望む以上の品質を市場が驚く低価格で供給してこそ実現出来るのである。一言でいえば市場が発するシグナルに素直に従うという事である。このためには、全世界で最も安く作れる場所に工場移転せねばならない。今は未だ「中国プラスワン」とか言っているが、近い将来この言葉は「死語」になるだろう。

今後、企業間競争は激化する。企業は生き残りのため最適(最も競争力のある)な工場立地を求めざるを得ない。結果、製造業のサプライチェーンは激しく変化する事になる。これに伴い「雇用」も激しく流動化するのは当然の結果である。日本の現役世代の直面する「雇用」問題とは、実は日本企業の「グローバル化」に伴う副作用であるとしっかり認識すべきステージに来ている。

☆ 若者が失業者になるEUの悲劇

私事で恐縮だが、私の自宅は横浜市都筑区地下鉄センター北から徒歩5分の所にある。近くにドイツ人学校がある関係でドイツ人が多く居住している。それから、外資系企業が幾つかある事や私立大学がイギリス人英語教師を雇用している事などから、時には彼らとコーヒーを飲みながら話す機会もある。

そして、その際の話題の一つは決まってEU域内25才以下(U25)の失業問題である。率直に言って日本人が漠然と想像しているよりも遥かに重篤である。EUでは労働者の権利は国によって手厚く守られている。そして、その結果として若者が労働市場から締め出されるという皮肉な結果になっている。日本が何としても避けねばならないのは日本のEU化である。

先週、EUリーダーがブリュッセルに集まり若者(U25)の失業問題を議論した。金融問題等で忙殺されていたかも知れないが遅きに失した感がある。それにしても下記数字(U25失業率)を改めて目の当たりにすると流石に言葉が出ない。若者に「職」が無いと言う事実は、若者の将来に「夢」や「希望」が存在しない事を意味する。若者に将来が無い国に未来があるとはとても思えないのである。

•Greece - 62.5%

• Spain - 56.4%

• Portugal - 42.5%

• Italy - 40.5%

• Cyprus - 32.7%

• Rep of Ireland - 26.6%

• France - 26.5%

• UK - 20.2%

• Germany - 7.5%

• EU average - 23.5%

source: Eurostat, April 2013 (Figures for Greece & UK are for February 2013, for Cyprus - March); numbers represent jobseekers under the age of 25

☆ 完全雇用か? 雇用の質の改善か?

私はサラリーマンを30年以上も経験した。従って、実感として体験した訳だが、サラリーマンとは「雇用」の確保は当然として月給が例え千円でも上がる事を切望する人種と理解している。現役世代の望みはずばり雇用の質の改善に違いない。

一方、毎年報道される大学生の就職活動の実態は引く手あまたのエリート大学生の様な一部例外を除き随分と悲惨である。何十社も企業訪問した結果、全ての企業から不採用の通知を受け取るというのも左程珍しい話ではない。それを苦にした結果、鬱を患い最悪の場合自死に至る。学生の望みは「完全雇用」の実現に違いない。

問題なのは現役世代と学生の利害が真っ向から相反している事である。「雇用」問題とは突き詰めれば、現役世代の雇用の質と学生の雇用の場の最適化をどう設計するか?という事であろう。

私は学生を甘やかす必要はないし、そうすべきでもないと考えている。しかしながら、EUが陥った悲惨な状況は避けなければとも思っている。そのためには、安倍内閣は選挙後解雇規制を緩和し雇用の流動化に舵をきるべきというのが、今回の選挙に際しての私の基本的なスタンスである。

☆ 日本から「ブラック企業」を一掃する事は可能なのか?

最後にブラック企業を取り上げる。「ブラック企業」の功罪については、一度イデオロギーを排し客観的に分析すべきと考えている。実は「ブラック企業」について書かれた記事を何度か読んだ事があるが、何れも企業毎の「罪」を実例を参照した上でセンセーショナルに取り上げ、読者の感情に訴え、追及したものばかりであったと記憶している。

それでは、兎角評判の悪いブラック企業の「功」とは一体何であろうか? 二つあると思う。第一は、最低賃金に生産性が達しない低レベルの労働者にも「正社員」の身分を与えた事である。仮に最低保障賃金が時給ベース@800円とする。一方、残念ではあるが現実の問題として時給@600円レベルの労働者は存在する。

企業がサービス残業をボランタリーベースで課す事により、実質の時給を労働者の生産性に合わせた雇用を可能にした訳である。勿論、「法令順守」が出来ておらずコンプライアンス上問題があるという批判はあり得る。更には、払うべき残業代を支払わず労働者を不当に搾取していると言う批判も同様にあり得る。政府や国民が追いかけるものが「雇用」か?或いは「雇用条件」なのか? 一度徹底的に議論すべきと思う。

今一つは、経済的には恵まれないかも知れないが本人がやりたい仕事を提供したという事実である。大学の非常勤講師という職が分かり易い。確かに非常勤講師と言う身分は不安定で経済的にも恵まれなかったかも知れない。しかしながら、自分が価値を認め興味ある分野の研究を続け、その結果を大学で学生達に教える事が出来た。

今回の、非常勤講師15名が早稲田大学を刑事告訴の意味する所は、最早非常勤講師が存在出来ないという、彼らに取って誠に以て不本意な現実である。監督官庁の厚労省は非常勤講師の身分改善のために、5年間雇ったら終身雇用にする様、善意で法改正をした筈である。しかしながら、結果としては非常勤講師から彼らの職を奪ってしまった。正に「手術は成功しました。ご臨終です」みたいな話である。これも、「雇用」か? 或いは「雇用条件」なのか? という話なのだが、発生場所が居酒屋チェーンではなく、一応「叡智」が売り物の大学なので議論に値すると思う。

今回取り上げたのは「雇用」に拘わる一部分に過ぎない。今後ハフィントンポストの場で、色々な立場、年齢の人達が率直に意見を述べ合い、議論を白熱させ、来るべき参議院選挙や、その後の政府雇用政策を少しでも実りある様にリードする展開を期待する。

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